28.【主役は突然に】
騎士団が現れたのはよりによってクライマックスに差し掛かった所。
タイトルの謎が今ようやく判明しようとするタイミングで騎士団が劇を止めにかかったので、観客からは盛大なブーイングが上がった。
「来るんだったら始まる前か終わった後にしろよ! こっちはチケットに安くはない金払ってんだ!」
この世界にはチケットの払い戻しなんてシステムはない。
途中で騎士団が劇を止めても払ったものは何も補填もなく謎も解けないまま終了なのだから、損を我慢出来る筈もない観客達は手にしていた物を騎士達に投げつけ始めた。
二階席やボックス席もあり、それこそ四方八方から物が飛んでくる。
突然私に上着を被せたルディウスが、私を抱え込むように壁際に移動した、
「ルディウス?」
全ての出入り口に騎士達が立ち塞がり直ぐには出られないとは言え、何も急いで壁際に寄らなくても良いのにと考えた私は甘かった。
「止めろ!」
複数の騎士の怒声と、何かが潰れるような音がいくつもした。
その時丁度背を向けていたのだが、辺りに漂う匂いから何が起きたのかは何となく分かる。
「食べ物を投げるな!」
振り返った観客席の辺りは掃除が大変になりそうな事態になっていた。
騎士達が投げつけられているのは食べかけの軽食やドリンク。しかもコントロールが悪い人も投げているので、見当違いの場所にも飛んでいる。
先程まで私達が座っていた周辺も飛沫で酷い事になっていた。
これは確かに少しでも離れた方が良いだろう。
騎士の中でも舞台に一番近い位置にいた騎士のリーダーらしき男性に最も多くの物が投げつけられていた。
来た時には舞台役者さながらに華美だった騎士服は、今や見るも無惨な事になっていた。あれは洗っても落ちなさそうだから作り直しだろう。
「お前ら……! いい加減にしろ!」
通常なら誰もが怯む筈の騎士の怒声に観客達は動じなかった。
それどころか、
「仕事もまともにしていないのに、威張り散らしている方が悪いんだろ!」
「さっさと帰れ! でくの坊共!」
「お前らがいなくなる事の方がよっぽど治安もよくなるさ!」
観客達が騎士を一斉に嘲笑う。
周囲を見ると、平民も貴族も関係なく騎士達を蔑むように見ていた。
私は一時期領都でも騎士達は立場を失っていた事を思いだしたが、ここまで憎まれていると言う事もなかった筈だ。
私を抱え込んだままのルディウスにこっそりと、
「王都だと騎士って嫌われているの?」
「騎士がって話ではなく、王家の騎士団が嫌われているんだ」
騎士団として何かやらかしたと言う事か。
まあ、王立騎士団ともなれば貴族子弟が多く、平民が多い住人との軋轢も多くなるだろう。
この取り締まりにしても仕事内容に似つかわしくない衣装めいた制服で来る位なのだから、騎士団員が相当一般の感覚とは乖離している事が表れている。
お坊ちゃん達はこれだからと私が思っていると、
「実はお前らがエメライア姫を殺したんだろう!」
誰かがそう叫んだ。
一瞬で騎士への他の野次が消えた直後、別の所から、
「騎士団ならやりかねない……」
「都合の悪い事はなかった事にするから……」
「大方、エメライア姫の婚約者を殺したのも……」
ひそひそと噂をする声があちこちから聞こえてきた。
やがて他の者達も声を潜めた噂話をチラチラ騎士団を見ながら始める。
怒声が飛び交っていた時よりも観客の目は冷たくなっていき、どうして良いか分からない騎士達はたじろぐばかり。
不穏な空気になったと思う一方で、私はさっきの叫びの直ぐ後に人々が噂を始めた事に違和感を覚えた。
その流れはまるで劇のような。
「そ、そんな事やる訳がないだろう!」
「じゃあ、何で盗賊を野放しにしたんだ! お前らが賄賂でも受け取っていたんだろうが!」
しどろもどろになる騎士達に観客が言い返す。
大半の観客達は言い返した観客を「よく言った!」と褒め称え、仲裁に入っても良さそうな貴族達は騎士達に汚物を見るような目を向けている。
圧倒的多数の敵意を前に、騎士達は動く事も出来なくなっていた。
「お前達の所為でエメライア姫と婚約者の悲劇が解決出来なかったんだろう!」
その叫びを聞いた時、私はようやく状況が腑に落ちた。
なんだ、これは『劇』じゃないか。
無駄に劇中に探していたプロパガンダが、今の状況までも組み込んだ一つの『劇』にあったと気が付いた。
劇の中止を求めて乱入する騎士達やその日集まった観客をも全て巧みに配役に加えた『劇』は、仕組んだ者の意図通りに『騎士団がエメライア姫の事件に関与している』と刷り込んでいく。
気が付いたものの、私には『劇』を止める理由はなかった。
確実に『劇』を仕組んだ者は騎士団が何かを隠している事を知っている者だ。
騎士には悪いが、私は騎士が隠している事と『劇』を仕組んだ者の真の意図を探るべく様子を見させて……
「丁度ここにはエメライア姫の孫がおられる! 血縁である彼女にも語れない真実とは何だ!」
何処からか誰かが言った。
観客は勿論、騎士の間にもざわめきと動揺が広がった。
……様子見、不正解だったかな?
自分が今エメライア姫の孫かもしれないという設定になっていた事を私はすっかり忘れていた。
そもそも不確定要素がある騎士を配役に入れているのだ。
配置するだけで効果のある『エメライア姫の孫』など、仕込み側など当然利用するに決まっているではないか。
「あのエメライア姫に孫がいらしたなんて……」
「気の毒に、苦労されたでしょう……」
近くから聞こえてきた小声のひそひそ話の中で、しっかり情に訴える方に利用されていた。
情に訴えるのは一番シンプルで効果的であるのは何処でも同じ事だ。
気が付くと、劇場中がすっかり誘導された噂を話していた。
このまるで秘密を話し合っているような内緒話の形が、聞いた者に真実だと思い込ませる効果を高めるのだろう。
ちょいちょい不自然な内容の叫びが出ていた事に誰も疑問を呈する事もなく、観客達は『公然の秘密』を共有する事に夢中になっている。
前世の世界での劇場型と呼ばれる手法でのプロパガンダは、こうして実に見事な流れで完成してしまった。
叫んだ者や内緒話を始めた者が仕組んだ状況だと、私達以外の誰が気が付いているだろうか。
どうしようかと見上げるとルディウスも渋い顔をしていた。
私を観劇に誘ったルディウスも利用された側になるので、いい気はしないと言う事だ。
「悪いな。軽い気持ちで見に来ただけだったんだが……」
「睨んだ通り意図があった劇だと分かって良かったじゃない」
「……そうだな、相棒」
笑うのはいいが、どさくさに紛れて私を抱きしめるのは止めて欲しい。
ただでなくても騎士から距離を取りたい人達が壁際に密集しているので、抱きしめられると結構暑い。
空気を読んで黙っているが、これもどうしようかと私は考えあぐねていた。
壁際に避難し続ける者がいる一方で、投げつける物がなくなった事で騎士団に詰め寄る者達が現れていた。
なおも『劇』は終了していない。
噂話を切り上げた者達も次から次へと加わり、騎士達を目の前で詰る声は大きくなれば、騎士達の中には剣の柄に手をかけている者もいた。
何処までが『劇』の範囲なのだろう?
このまま行けば騎士は任務を妨害したとして一般人を手にかける可能性が高い。
もしくは我慢の限界が来るのが先か、どちらにせよ『劇』など関係なく良い流れではない。
「盗賊団なんて言っているが、前の前の宰相の家の財宝に目が眩んだ騎士団が殺したんだろ!」
騎士が大きく動こうとして、
「私は、お婆様の真実が知りたいだけなのです!」
私は思いきり叫んだ。
多くの人がぎょっとして私を振り返った。
叫びも野次も止まり、騎士達の剣を抜きかけていた手も止まっていた。
「血の繋がっているかも知れないお婆様の真実をどうして伏せられているのでしょうか? 私は劇ではなく、本当の真実を知りたいだけなのです!」
台詞のような言葉を口にしながら私が騎士達に近付こうとすると、誰もが私に道を譲った。
置いてきたルディウスがどういう顔をしているのか知る訳はない。
「……そうだ! 何故、孫にも伏せなければいけない。可哀想だろう!」
「ここまでわざわざ来たって聞いた。何て騎士団は冷たいんだ!」
観客達も同調し話の筋が違ってきた気もしたが、私の知った事ではない。
これは『劇』だ。
演者として配役されたのだから、私にもアドリブくらいは許されるだろう。
仕掛けたのは誰かは知らないが、誰かを利用しようと思うなら利用される覚悟はあって当然だ。文句など受け付けるつもりはない。
大いにこの機会、利用させていただこう。
「お婆様が真実愛した筈の婚約者様……私のお爺様になったかも知れないお方なのです! どうして頼んでも教えて頂けないのですか! お婆様が可哀想で仕方ありません!」
実際には私は一度として騎士団に問い合わせてもいないし、超絶下手くそな私の泣き真似は無理があったと思う。
けれど、これまで盛り上がり続けていた『劇』の高揚感につつまれている者達は、ちょっとやそっとの不自然な部分も気にならず大袈裟なくらいに心を乱す。
「何だと! 騎士団、なんて事をしているんだ!」
「教えてやれよ! 姫の孫なんだろうが!」
話は一気にエメライア姫の孫に真実を教えない非情な騎士団の図式になった。
場が整っている状況ってこんなに簡単に誘導出来るものだと知った。
怖い怖い。
「わ、分かった。エメライア姫のお孫様には騎士団がきちんとお話しする!」
おっとその場凌ぎの発言にはさせない。
「皆様お聞きになりましたか。騎士団がお約束してくれました。私に真実を教えて下さると!」
私の喜びの声に庶民から貴族から、観客だけでなく舞台上の俳優達からも大きな拍手が送られた。
私も言質ぐらい取る頭はある。
顔色が悪くなっているのはリーダー格の騎士だけだ。
他の騎士達は若いのでエメライア姫の事情は知らないだろうし、何が何だか分かっていない様子だ。
「皆様ありがとう! 私は早速騎士団で話を聞かせて貰いますわ!」
手を振ると「頑張れよ!」「応援しているからな!」と多分良く分かっていない人達から声が上がった。
よく考えたらこの状況は完全にプロパガンダを私がハックしてしまった。
見回すと舞台上や観客の間で苦笑いしている人達が仕掛け人なのだろう。
まあ、仕方ない。
多少の犠牲はあったかも知れないけれど、これで私も騎士団が隠していると思われるヘリオス・ルーベの秘密が分かる。
「逃がしませんからね」
笑顔で騎士団のリーダーの耳元でそう言うと、何故か騎士は震え上がった。
何故?
後ろの騎士達の顔色も悪くなっていた。
何故?
「一瞬で悪の親玉になった……」
壁に手をついてルディウスは笑いを堪えるのに必死だったと後から聞いた。
最後を奪い取っただけなのに。
「あー……全部持ってかれた。こんな事ってある?」
誰かが何処かで笑った。




