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代筆屋クラリスは伝わらぬ秘密を記す  作者: 夏見颯一


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27.【翻弄された者はいつか翻弄する者になる】


 それは実に都合良く、女神の『範囲外』だった。

 気持ち悪い事に、と言うべきなのか。

 尤も、向こうはそれを狙っていたのだろうとしか、私には思えなかった。


「正式に聖女となれるのが十六才以降だ。その前はスキルを持っているだけの不安定な状態だな」


 流石に身内に聖女がいるルディウスはよく知っていた。

 私は生まれた時から聖女のスキルを持っていたミルディリアが、十六才になってようやく神殿に迎えられた事をすっかり忘れていた。

 妹になど興味がなかったので仕方ないと言っておこう。


「使えるようになるのは随分遅いのね」

「己の行動を顧みる事が出来る年齢になってから、なんて尤もらしい説明をされるのだが、強いスキルに体が耐えきれるようにならないと使えない一般的なスキルの話と同じだろう。現に痩せすぎで【聖女】スキルが使えるようになったのが極端に遅かった人もいる」

「聖女が食べられないなんて事あるの? それって虐待……」

「同じ女性だろ。あの年齢なら色々あると分かるんじゃないのか」


 ダイエットか。

 どの世界でも女性の考える事はほとんど同じだ。

 ただ、貧富の差が酷いこの世界で、ダイエットを考えるような女性は食に困らない裕福な家の生まれと言う事で、心配する必要は全くない。


「それにしても、前々宰相の高尚なる趣味とはね……」

「そう言う言い方、嫌いなんだけど」

「隠語だ。大体宜しくない趣味の場合、この言葉で一括りだな」


 言われてみれば、本当に誰から見ても高尚な趣味を持っているときは高尚なんていちいち言わない。

 ちょっとだけ揶揄も入った言い方だと分かると、ささくれ立っていた私の気分も少しだけ落ち着いた。


 過去はどうしようもないと分かっている。

 特に前々宰相なんて四十年も前に殺されて、歴史からも忘れ去られた人間になろうとしている事も知っている。

 けれど、二人の手紙に残された絶望の痕跡は不意に私の脳裏に蘇り、腸が煮えくり返るような腹立たしさがぶり返すのもどうしようもなかった。


「今から見に行くのはとても『面白い』劇らしいし、気分転換にもなるだろう」

「……そうかしらね」


 今日、ルディウスが私を連れ出したのは観劇の為だった。王都の外れに近い劇場なので、馬車で向かっている最中でもある。

 出かける際に侍女達から王都では人気の劇だとは聞かされていた。

 ただし、この世界で庶民を含めて人気というのは大抵何かの貴族社会や事件を風刺したものが多いので、前世の感覚を引き摺る私にとって面白いかどうかは分からない。


「……まあ、でも、私が最初にした話が悪かったわね。他に何か面白い話がないかしら?」

「じゃあ、イのつく長い名前の元姫君の話はどうだろう? まさかの文字がまともに読み書き出来なかったって、私も昨日知ったところだ」


 ルディウスが壊れたように笑った。

 こちらはこちらで今になって知り得た話に困惑の極致にいたらしい。


「嘘!? じゃあ、あの手紙何? 私、直筆だって確認したのよ」

「あんなどうかと思うような内容だったが、毒手紙までは侍女が頑張って持ち上げて修正させたものだったそうだ。これ以上イのつく女と関わり合いになりたくなくて、辞めた侍女も口を閉ざしていたという話だ」

「え……でも」


 私が読んだ手紙の文字は、自信満々だった。

 私には他人の書いた下書きを単に写しただけとは思えなかった。


「持ち上げて持ち上げて持ち上げたらしいから、そこがもしかしたら影響しているかも知れない」

「修正を納得させるにしても……うーん」


 いや、よく考えると、毒手紙の後のスラングだらけの手紙は落差があった。

 敢えて書き手がスラングを使って書いていると思っていたのだが、あの手紙は確かに『自然』だった。


「……結局、スラングを誰が教えたのか分かったの?」

「世話係だった下位貴族令息達だ。イのつく女が癇癪起こすから、顔が良くて従順というだけで揃えたらしい。ははは……あれと結婚する予定だったなんて、結婚させようと考えた方の神経を疑うよ」


 エメライア姫の時代からかなり過ぎても王家の考える事は分からない。

 王家の良かれと思った不始末をルディウスに押しつけるにしても、イルヴィレアートの置かれていた環境はどう考えても酷すぎる。


 無論、姫に男を侍らせた時点でかなりどころか全く理解不能であるし、スラングではない普通の文字の読み書きが出来ないなんて、公爵夫人どころか貴族生活をさせる気があったのかも疑わしい。

 まあ、イルヴィレアートはイルヴィレアートで自分が女王になる気だったので、王家の考えたレールに乗る必要を感じていなかったとすれば、それまでかも知れないのだが……。


 どちらにしろ、私からすれば想定外にも程がある発想だ。

 いかに絶対スキルが優秀であっても、相手の常識そのものが私と大きく異なっていれば正確に読み取れるものではない。


「何か私もスキルの限界に翻弄されている気がする……」

「私も最近はそんな感じだな。手紙を手にした時に文字が書けない事をスキルで気付かなかったのかって言われたんだ。あんな手紙は得体の知れない悪意だらけで頭がおかしくなりそうだから、触らないに決まっているだろ……」


 読み取り系スキル持ち全般にとってイルヴィレアートは凶悪すぎる刺客と言えよう。

 その中でも読み取り能力の方向性的にルディウスのスキルの方が、私よりも格段に気持ち悪さを感じていただろう。


 私はため息をついた。

 自分達のスキルについてさえこのざまだ。

 エメライア姫の聖女のスキルに纏わる何かがどうしてまともに動かなかったのか、自分達の持っているスキルの出来る事出来ない事の判別もまだつかないのに、考えるなんて無駄な事だった。


「……いい教訓だったと思う事にするわ。そして今後ずっと思い出さない」


 他に結論となるようなものもなかった。

 ルディウスも反論はしない。


 その後しばらく無難に王都での生活の事を話していると、私達を乗せた馬車が速度を落とした。

 窓の外を見ると。他の馬車が劇場の入り口近くに何台も集まっており、馬車を降りた人々も徒歩でやってきた人も次々と中へ入っていった。

 王城の侍女達の話通りに人気の劇のようだ。


 劇の内容には相変わらず警戒はしていたが、久し振りに少し心が浮き立った。

 なにせ、この世界に私が生まれ落ちてから初めての観劇なのだ。


 馬車を降りる時に紳士らしく私の手を取ったルディウスは、


「劇のタイトルは『エメリー姫の真珠』だ」


 にやりと笑った。

 この表情は貴族青年と言うより、領都の新聞売りの少年が皮肉を言う時の表情に似ていた。

 タイトルのエメリー姫が本当は誰を指しているのか、そんな事は説明がなくても誰でも分かる事である。

 道理で私を劇に誘う訳だと合点がいった。


「楽しみね」

「そう言うと思ったよ」


 当日販売のチケットはルディウスの従者が先に劇場で買っており、私達はそのチケットで劇場の中に入った。

 食べ物らしき匂いがするのは、基本的に庶民向けの劇場であり長い時間の観劇があるので売店で軽食を売っているらしい。


 割と綺麗で新しい劇場だった。

 立地はそんなによくはないにも関わらず集まっている客の数は多く、基本的に田舎住まいで人の多さに慣れない私達は自然に壁際に移動した。


「この劇は誰の出資なんだろうな?」

「出資? チケット代で興業をしているんでしょう」

「それは最終的な話だ。こういう劇場や劇団は、まず出資者から金を集めて興行するものなんだ。つまり、金を出してわざわざこんな劇をやらせようと考えた誰かがいるって事だ」


 エメライア姫を彷彿とさせる名前を使っている事からして、所謂プロパガンダを目論んでいる可能性があるというのだろうか?

 物騒な話であるが、人間の数だけ思想があれば何かを企む人間もいて当然なのだろう。

 前世でも何処かの国がプロパガンダに映画などを用いていた事を思い出した。


 ただ、私達はプロパガンダを確認しに来た王城の役人でもなく、普通に観劇に来ただけの客でしかない。

 人気な所為か当日分の貴族専用のボックス席は既に満員だった。

 拘る事もなかった私達は少し値段の張る方の一般席に座って開演を待った。




 その劇の物語は、とある宰相がいる国の物語だった。


 有能で国王からの信頼も厚い宰相だったが、実は裏では恐ろしい犯罪行為に手を染めていた。特に見目麗しい子女を好んで売り買いし、屋敷の地下牢には違法な手段で集めた子供や女性がたくさんいた。

 それを咎めたのは宰相の息子ソルだった。

 だが、そんな心優しきソルは婚約者のエメリー姫に手を出されたくなければ黙って従う事を逆に父の宰相から強要されてしまう。

 それを知ったエメリー姫は一緒に戦うとソルに訴える……。




 物語はとても単純に作られている。

 難しい歴史的な部分は本当に知識のある人だけにしか分からない部分に潜ませ、基本的にはソルとエメリー姫の恋物語だった。

 摘発を避ける為なのか物語上の都合なのか、ソルとエメリー姫の年齢差は開いておらず、義務で始まった婚約と言うより互いの恋愛感情で始まった関係のように語られている。

 実に綺麗に作られていた。


 前世がある分捻くれている私は、劇を見ながら同じく劇を見ている他の者達がどう思うかをぼんやり考えていた。

 間違いなくここまで現実のエメライア姫に準えてきたのだから、この劇はプロパガンダと言えないまでも何かの意図を持って公開しているのだろう。

 気になるのは劇中の宰相の事情だ。

 劇の都合上作った設定にしては、対外的には明かされていない前々宰相の高尚な趣味に随分近く、私には少し違和感を覚えた。


「ルディウス、どう思う?」

「気になる事は色々あるが、プロパガンダにしては到底足りないな」


 ルディウスの言う通り、この全体的に恋愛に偏った物語では特定の政治思想への誘導どころか、印象の操作という点でも難しい。

 殊更劇が人気な事にしても、衣装やセットが一般人向けにしては物凄く手の込んだ品で、主役のエメリー姫とソルも演技力のある美男美女で揃えるという、分かりやすい外見上の受ける要素を押さえているからだろう。

 どこからどう見ても普通の劇だ。


 その事実に私達は首を傾げるしかなかった。

 わざわざ意味深にエメリー姫の名前を出しておきながら、いつまで経っても劇の制作者の意図が全く見えてこない。

 もしかしてただの偶然だったのだろうか。

 劇を素直に楽しむ事もなく、私達は同じ事を考えていた。



 舞台の上の物語は結末に向けて話が進んでいき、エメリー姫はソルから真珠のネックレスを受け取った。


「騎士団だ! 劇の中止を命じる!」


 一番大きい出入り口が開け放たれ、騎士達が観客席に突入してきた。

 タイトルの謎が解ける寸前だったので、客の大半がイラッとして騎士達を睨み付けた。

 そんな反応などお構いなしに、騎士達を率いてきたらしい上等な騎士服を着た男性が舞台上に近付いた。


「この劇は秩序を乱すものと認定された! 即刻中止せよ!」



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