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代筆屋クラリスは伝わらぬ秘密を記す  作者: 夏見颯一


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26.【答えは真実の一面でしかない】


「ヘリオスの事ね……私もそんなに知らないわね。兄の友人だった事は知っているけれど、それ以外の接点がないのよ」


 ラスター公爵夫人は困ったように仰った。

 エメライア姫の真実を探る事には協力してくれる事を約束してくれたが、知らないものはどうしようもないだろう。

 ただ年齢的に考えると、ラスター公爵夫人の方が余程ヘリオス・ルーベと釣り合っており、エメライア姫が婚約者だった事が不思議に思えた。


「社交を大事にするお母様にしては珍しい」

「縁を持ちにくい方ってどうしてもいるのよね。それに影が薄くて物静か。私の視界には入りにくい人間だわ」


 性格的な相性の問題もあったのだろうか。

 単にラスター公爵家が早く申し込んだだけの可能性もあり得るし、よその家の婚約事情など考えても仕方ない。


「あ、でもエメライアは婚約を解消したがっていたわ」

「そこを詳しくお願いします」


 私のかなり食い気味の態度に驚くも、笑顔を浮かべたラスター公爵夫人は、


「本人から直接話を聞いたの。義理の父親になる当時の宰相閣下とは良い関係が築けそうにないって嘆いていたわ。……でも、この事はお兄様、陛下達には絶対に話してはいけないわよ。当時も子供の我が儘過ぎるって烈火の如く怒ったから」


 私は陛下達がそこまで怒る意味が分からなかった。

 ラスター公爵夫人も不思議に思う点は理解しているのか、ちょっとだけ眉を下げている。


「ごく普通の悩みですよね? 陛下と王太后様が、そんなに怒ったのですか?」

「ああ、私の思い出話だから言い方が悪かったわね。兄である今の陛下と、父である先王よ。父は亡くなったけれど、兄は今でもエメライア姫がいなくならずに嫁いでいればヘリオスは死ななかったと思っているから注意してね」


 王族は面倒くさい。

 取り敢えず、エメライア姫が嫁げば一家惨殺事件が起きなかったと陛下は断定しているなら、起きた理由も詳しく知っていると言う事だろうか?

 聞いてみたい気もするが、国王相手に不躾な質問をしては答えを聞く前に牢獄に入るだけだろう。


 ラスター公爵夫人の後ろに控えていた侍女が、


「奥様、そろそろ予定のお時間です」

「もう時間なの? 仕方ないわね。今度はもう少し時間が取れると良いわね」


 エメライア姫の孫に会いたいからと無理矢理時間を作ったと聞いていた。

 現役の公爵夫人ともなると、スケジュールがみっちり詰まっているのだろう。私にはそんな生活出来そうもないので、尊敬の目しか向けられない。


 先に娘の公爵令嬢をお付きの者達と一緒に部屋の外に出したラスター公爵夫人は、すっと音もなく私に近付いた。


「どうし……」

「しっ! ここで言う事は当分は貴女の胸にしまっておきなさい。良い事、ヘリオス自身は確かに人畜無害な男だったわ。けれど、父親の前宰相は違っていたの。私も子供時代何度もお目にかかったけれど、あの方は私の体をなめ回すような目で見る気持ち悪い人だったわ」


 私は間抜けに口を開け、驚きなど隠せなかった。

 前世あわせて私は幸いにも会ったことはなかったが、存在だけはニュースだけでなくよく聞いた。


「あの男は、少女が好きだったと思うわ」


 それだけを言い残してラスター公爵夫人は客間から去って行った。


 しばらく私は無言のまま固まっていた。

 予想外に言われた事を直ぐさま整理できるほど私の頭は優秀ではない。

 たっぷり時間を使った後。

 つい年頃の女性らしからぬ低いうなり声のようなものを漏らした。


 つまり、幼女趣味。

 筋金入りの幼女趣味。


 そりゃあ、流石にそんな義父だったら恐怖もあるし屈辱的な気分になるし、逃げ出したいだろう!

 これがエメライア姫の出奔の理由としか思えなかった。

 世の中というのは複雑な物事の原因を辿ると恐ろしい程単純だったりするが、これは単純に酷くて最悪だ。


 そして、幼い婚約者を色目で見る父親にヘリオスは気付いていただろう。

 手紙のヘリオスの絶望感の理由もまさしくそれだ。

 実の息子とは言え、高々王太子の親友でしかない貴族子弟には当時の宰相を止める術はなかっただろう。

 未来の義父への不安を口にしていたエメライア姫は勿論、王女だった当時のラスター公爵夫人にさえも怪しい目を向ける程だった前々宰相に、正常な倫理観があったとは私には思えない。

 それにルーベ侯爵家そのものにも。


「一家惨殺って、まさか……?」


 一家全員処分されたのだ。

 私は最悪中の最悪の考えに至った。


 今のところ集まった情報を組み合わせただけの、あくまでも可能性の話だ。

 ただ、貴族は醜聞になりそうな事は隠すだけではなく、身分も権力も持っている人物であるならば、恐れた家族や使用人達が口を噤んで協力していたとしても何らおかしい話でもない。

 前々宰相の幼女趣味に何かしらルーベ侯爵家そのものが関与していた。

 全員関係者だったから、屋敷中の者が殺害された。


 私も女性として寒気を感じた。


 前々宰相の趣味を知りながら陛下達がエメライア姫に結婚を強要していたとは思いたくないが、今の国王を始めとした王族達の発想はかなり変わっている。

 知りながらも、ヘリオスとの縁を繋ぐ事を優先したとしたら?

 でも、そうなると誰がルーベ侯爵家を処分したというのか。


 一人、私は頭を抱えていた。

 まだ明確な答えとは言えないのだが、かなり形が浮き出てきた事は……この形では嬉しくはなかった。




 面会の申し出は他にはなく、調べ物で歩き回る気力も失った私は割り当てられた客室でぼんやりと過ごしていた。

 今日はルディウスに会う予定もなく、丁度良い感じに相談出来る相手もいない。

 エメライア姫とヘリオスの裏にあった事情は、考え始めると何だか気分が悪くなるばかりなので、窓から見える外の景色を眺める他はなかった。


 テーブルのお茶も飲まないまま冷め切っていた。

 この状況ではっきり言える事があるとしたら、私が一人になっていた状況は偶然の産物だったという事だ。


 一人でお茶を片付けていた侍女が不意に世間話をするように、


「……貴女がエメライア姫の孫というのは、嘘ですよね?」

「そうよ。暴走する噂の沈静化を兼ねて来ただけで、王族は全員知っている事よ」


 ただただ面倒なので、私は振り返らずに答えた。

 王城の侍女にしては酷く不躾な質問をしてきた事に驚く事もなく、まさしく一般人が何も考えずに答えるような口ぶりで。


 しばらく王城に滞在する事が決まった時点で、私は自分を担当する予定の侍女やメイド達の書いた書類を見せて貰っていた。

 わざわざ直筆の履歴書など見なくても、普通の書類で分かる事は分かるのだ。


「それで、はるばるこの国に来て何の諜報をしているの?」


 どんなに流暢な文字で書いてあっても、私のスキルなら母国語で書いている訳ではない事など簡単に判別出来る。

 一人の侍女だけが、この国で生まれ育ったとしながら母国語ではない文字を使っていた。

 分かった時点で捕まえる事をしなかったのは、ギリギリまで目的と協力者の有無を探る為であった。


 一般人に意表を突かれたからか、思わず侍女は隠し持った武器に手を伸ばしたようで、次の瞬間、王家の影に取り押さえられていた。

 五年以上も侍女をしながら気付かれなかった間諜は、今更捕まる事を信じられないとばかりに目を見開いていた。


 私のスキルはかなりイレギュラーなスキルだ。

 間諜も一般的なスキル対策はしていただろうが、レア中のレアスキルなんてまず存在しないものの対策は難しい。

 まあ、間諜の運が悪かったとも言える。


 そのまま予定通りに騎士に引き渡されて行った。

 茶器は別のメイドが片付けに来て、中途半端に片付けられている事を不審そうにしながらも何も言わずに部屋を出て行った。


「喋りますでしょうか?」

「練度はどうあれ、工作員なら難しいでしょうね」


 王侯貴族が自分一人と言う時は気をつけた方が良い。

 メイドは勿論、護衛も部屋にいる人数として数えないものなので、護衛の一人として王都まで一緒に来てくれたアレンは、最初から私の近くにいた。

 ではなかったら間諜相手に警戒なく話す訳もない。

 五年も騙し切れていた事に余程間諜は油断をしていたのだろう。鍛錬も怠っていたのは間違いなく、王家の影どころかアレンにも気付かず、あんな形で捕まったのは私からしても間抜けな事だと思ってしまった。


 エメライア姫の孫ではない、か。


 泳がされている事も気付いていなかった間諜は、私にはっきりと問いかけた。

 それも間諜の失態であろう。

 普通なら長らく行方不明になっている王族の身内が出てきた所で、他国にとってはどうでも良い話である筈なのに、わざわざ確かめに来た。

 つまり間諜の母国には確認する意味があったと証言したも同然だ。


 今のところスキルを使って分かったのは母国語かそうではないかだけで、間諜の母国が何処か特定する事までは出来なかった。

 これから騎士団が調べるのであろうが、私には一つ気になっている国があった。


 かつて、エメライア姫を嫁がせて欲しいと訴えていた国があった


 不思議なくらいにエメライア姫は何一つ痕跡を残さず姿を消していた。

 その綺麗すぎる失踪の一方で、遠い国からの突然の求婚の謎だけは今も宙ぶらりんな形で残ったままだった。

 行方不明事件が起きた当時、両国の関係は平民を入れたとしても希薄な関係であり、事件と繋がるまでの伝手があるとは思えないと判断されて『犯人』から除外された事は私も知っている。

 だが、そもそもの話として、そんな遠い国がどうしてエメライア姫を知っていたのかを考えると、何か何処かで繋がるものがあったと思えるのだ。


「姫は聖女でしたから」


 王太后付きの侍女が言った言葉を思い出した。

 あの時は言い訳に聞こえたが、我々が出来ないと思い込んでいる事が聖女には可能な事があるとルディウスも言っていた。


「あれ?」


 不意に私はおかしな事に気が付いてしまった。

 気が付いてしまうと、一気に血の気が引いて気が遠くなってきた。


「どうしました?」

「アレンさん、エメライア姫が失踪してから先王が亡くなるまで、どれくらい空いているか分かりますか?」

「期間ですか? どうでしたでしょう? 確か先王が亡くなって直ぐに国王となられた陛下の在位三十年は来年ですので、単純計算だと十一年くらいですか?」


 予想に反し、大きく時期はズレていた。

 いや、ズレていたとしても、それはそれで問題だった。


 聖女を害したら罰を受けるように、エメライア姫にあそこまでの恐怖を与え出奔までさせた原因の婚約を決めた先王達は本来なら罰を受ける筈なのだ。

 なのに、亡くなったのは神殿改革の後。


 エメライア姫は本当に聖女だった?


 エメライア姫が聖女でなければ説明がつかない事もある一方で、聖女であると説明がつかない真逆の話もある。

 そんな事があり得るのだろうか?

 全く分からない私はいっそ気分が悪くなってきた。



 ルディウスのいない日は、疑問ばかりで整理が追いつかない疲れる日だった。






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