25.【善悪を殺すのは情だけ】
エメライア姫が隠していた手紙をベルで侍女を呼んで伝えると、王宮で働く者として感情を表に出さない筈の侍女が心底驚いた顔をした。
「……姫は聖女でしたから」
だから手紙は見つからなかった。
言外の言い訳に私としては思う所はあるものの、私達の対応に当たっている侍女は侍女の立場でしかない方なので、そういう事にしておく事にした。
あの手紙を見た王太后が何を思うのかは気にはなるが、そこは私の介入するべき所でもない。
「一つだけ教えて下さい。エメライア姫の婚約者の名前は御存知ですよね?」
「……どうせ何処かで聞くでしょうね。ヘリオス・ルーベ。今は存在しないルーベ侯爵家の長男でした」
これ以上は余分な事を尋ねて貰いたくない様子で侍女は足早に去って行った。
姫の婚約者の一家が全滅した事件から四十年もの年月が経っているのに、一体何が今も触れて欲しくないのか。
ヘリオス・ルーベの名前は神殿の展示にあったエメライア姫の手紙からも綺麗に消されていた。
消したのは間違いなく王家の誰かだ。あの手紙だけ貸し出した事も当然気にはなっているが、そちらはヘリオス・ルーベには関係のない事情からだろう。
エメライア姫の願いとは裏腹に、王家は明らかに『ルーベ侯爵家』に関わる何かを消そうとしている。
「次はどうする?」
「そうね……」
ヘリオス・ルーベの身に何が起きたのか。
私が知りたいのは、ヘリオス・ルーベの手紙にあった恐怖や絶望と言った感情の理由だ。
エメライア姫とは共通認識があったようで、エメライア姫の手紙同様、ヘリオス・ルーベの手紙にも『伝える』意志がなく、私のスキルでは理由が読み取れなかった。
「取り敢えず、調べられそうなのはルーベ侯爵家の惨殺事件自体か」
ルディウスの言葉に私は異論はなかった。
当時の現役であった宰相の惨殺事件など、少なくとも王家がなかった事にするには一番おかしい事件だ。
あの事件にも裏に何らかの絡繰りが存在するとしか思えない。
私達は時が中途半端に止まった離宮を出て、王城の奥まった庭園に向かって歩いていた。
現在は王城に賓客も滞在しておらず、主立った王族は未だシェイシル親子の後始末に追われている。奥まった庭園にまで来る者は他にいないので、話をするのに邪魔も入らないだろうとルディウスが判断したのだ。
先程の部屋のように二人きりにならないようにと周囲に心配されるのも面倒なので、いっそ周囲がオープンな状況が良いと言う事も勿論ある。
私達が庭園の一角にあるガゼボに腰を下ろすと、侍女とメイドがお茶の準備をして去って行った。
恐らく使用人達は下がっただけで、見えない位置に待機しているのだろう。
私は王侯貴族の生活は監視ばかりだとため息が出た。
幸い、エメライア姫の事を調べている私達に対して王族は積極的に教える気はないが、止める気もないとはっきりしている事は救いだ。
本当にうちの国の王族は面倒臭い。
「……ルーベ侯爵家にはお抱えの騎士団がいたでしょう。そちらはどうなったのかしら?」
「当主達が死亡したら指揮する者もいなくなったという事になる。残った騎士達も動けないだろう。事件の調査自体は現役の宰相が殺されたのだから、王家の騎士団が担当した筈だ」
「王家の騎士団なんて、王家が沈黙を求めれば一番黙ってそうな人達ね」
正面から行っても王家が伏せたいと望んでいる限り、騎士達が真実を教えてくれるとは思えなかった。
職務だからと言われればそれまでだが、これも面倒な事だ。
「一応、御父上に聞いてみるかな……」
「知っていると思えるのね」
「無理だな! あの人は知っていたら何処かでボロが出る」
「そう言う意味ではなくて、年齢的な話として知らないと思っただけよ。殿下の生まれる前後ではないかしら」
ルディウスは低く唸った。
元々実の父親とは修正不可能な関係な気がしていたけれど、イルヴィレアートの件で更に拗れているのかも知れない。
それはさておき、他に知ってそうな王族はいただろうか?
「……そう言えば、盗賊に襲われたと言う事で王家の騎士団が調査したんだよな」
「今自分で言った事でしょ」
「まあな。それで王家の騎士団が盗賊に襲われたと発表したのだが……宰相一家を殺した盗賊の駆逐には出てない筈だ」
「そうなの?」
「私の弟が騎士になるか考えていたとき、ここ五十年の騎士団の遠征先のリストを見せて貰った。その中に盗賊の駆逐の為の遠征など一件もなかった」
騎士団を抱える大貴族を使用人ごと一夜にして殺し尽くすような盗賊団だ。
普通に考えれば、精々護衛がいるだけの中小の貴族家が自衛出来る範囲も超えている。
近隣の貴族の家からも嘆願が上がっただろうし、騎士団は討伐部隊を出す方が明らかに自然だった。
「つまり、騎士団は盗賊なんていなかったと知っていた証拠と言う事?」
「そこまでの証拠にはならないだろう。貴族籍にある使用人達も殺されているんだ。何もなかった訳ではない」
主人一家が惨殺された状況で、使用人達の家族が黙っている理由はない。
真実、あの日全員何者かに殺されたのだ。
「騎士団だって盗賊がいたと言ったのだから、飾りでも討伐部隊を出さないと行けない事なんて分かっていただろう。なのに出さなかった」
私は頷いた。
そこまでは私にも分かっている。
「あの時点で騎士団には出せない理由があったのだろう」
出さない理由、出せない理由。
出さなかったのならば、騎士団は自ら選んで出さない事を選択したという意味となるが、出すつもりがなかったのなら最初から『盗賊』が出たなどと発表せずに違う理由を付けた筈だ。
故に、騎士団は討伐部隊を『出す事が出来なかった』と考えられた。
「でも、そうなると盗賊団の方は放置されたって事になるでしょう? それっていいのかしら」
「もしかすると何処かで四十年間燻っているかもな」
突破口ではなく、燻り続けていそうな火種が出てきた。
ここで小説の転生貴族令嬢ならこの火種から魔法のように解決策を導けるのだろうが、残念転生者の私には煽る方法も消す方法も分からない。
ついでに言うなら、私もルディウスも地方住まいで王都はあまり馴染みがなく、王都特有の事情もほとんど知らなかった。
王家偏重の騎士団が王都民にどう思われているのか私達が知るのは、もう少し後の事だ。
エメライア姫の孫かも知れないと聞いて私と無理にでも会いたがったのは、王族だけでもなかった。
「そうだと言われればそう見えるし、違うと言われれば違う、何とも微妙な所ね」
王太后とよく似た発言をしたのは、エメライア姫の姉に当たる、現在は公爵夫人だった。
エメライア姫には陛下の他に兄が二人、姉が一人いた。
その内の陛下の直ぐ下の王子が神殿改革をして女神の罰を受けた人で、その下に姉で公爵家に嫁いだ元姫、その下に現役公爵の元王子となっているそうだ。
「あら、誰かと思ったら貴女だったの」
この公爵夫人は互いに嫌悪感しかない手紙のやり取りをしている常連客の公爵令嬢の母親だった。
世間は案外狭いものだ。
「知り合いなの?」
「クラリスはいつも世話になっている例の代筆屋です。クラリス、こちらは私の母よ」
「あらあら、あの代筆屋! 申し遅れましたわ。私はラスター公爵の妻、シルヴィアです。娘が大変お世話になっているようね。これからも仲良くして頂戴」
ラスター公爵夫人は好意的な笑顔を私に向けた。
手紙の代筆で何か言われるかと思っていたけれど、読める人にはあの手紙の意図は読めるものなので、夫人も思う所があったのだろう。
ほっとしつつも、
「もう少しだけ代筆を頑張ってくれると嬉しいわ。そろそろ消せそうだから」
……元王族だなと私は思った。
それ以上の事は考えない方が私の身の為だろう。
「それで、エメライアの事を調べているそうだけど、何か分かった?」
そこまで知っているのかと思うも驚きはなく、私はラスター公爵夫人の背後の人物達をチラリと見た。
「ふふふ……大丈夫よ。私の連れてきた者達は口は堅いから」
夫人の隣に座る公爵令嬢を見ると、公爵令嬢は頷いた。
「さしてお話し出来るようなものはまだございませんが……」
私がラスター公爵夫人達に知り得たエメライア姫に関わる話をしている同時刻、ルディウスはエメライア姫の兄に当たるソルフェ公爵に会っていたそうだ。
「どうだ、国家転覆に興味はないか?」
「間に合ってます」
豪快な笑顔のソルフェ公爵は会う度にいつもルディウスにそんな事を言う。
国王への不敬罪で捕まるだけで済まないような発言だが、他の誰が耳に入れても国王に密告もしないし、仮令言っても国王はソルフェ公爵を罰する事はない。
「災難だったな。私がいたら、お前の父親をぶん殴って止めたのに」
人の話を聞かない王族の最大のストッパーであるソルフェ公爵も、今回ばかりは怒りを通り越して呆れ果てた。
元々そこまでシェイシルの身の上は可哀想だとも思っていなかったし、何なら勝手に思いを寄せられ謎の手紙を送りつけられていた友人の方に同情していた。
「まだ陛下は行動に理由があるが、陛下にそっくりに見えてお前の父は何も中身がない。一番腹が立つな」
「ああなる前に手を打って欲しかったですね」
「これは痛い返しだな。他の兄妹がまだしっかりしていたから、ああもスカスカに育つとは思わなかったんだ」
まさか王族として申し分のないルディウスが生まれたから第3王子は捨て置かれたと、ソルフェ公爵としても正直に言う訳にも行かなかった。
「それでエメライア姫の孫って言う女性はどうだ? 偽物か?」
「偽物として分かって入ってますよ。違っていても無罪だと陛下は一筆書いておりますし、そもそも宰相の縁者です」
「あー……そろそろ宰相も陛下の迷走に付き合いきれなくなったか」
ソルフェ公爵は頭をガシガシと乱暴に掻きむしった。
何処で歪んだのかと言えば、もう先王の時代に始まっていた事である。
エメライア姫の事件が始まりと勘違いする者が多いが、あの頃の王家はもう一つ歪みを抱えており、それが真の悲劇の始まりと言うべきだった。
「ルディウス」
ただ、ソルフェ公爵にしても、異母弟妹をシェイシル親子と同列にはして欲しくなかった。
「エメライアの事とは直接関係ないが、私の父である先王が代替わりする時にあった悲劇の事を教えておく。これが陛下の暴走の理由だからな」
国王は割り切れない。
かつての事件に囚われたままの国王は、情で目が曇り全てを見誤る。
それはルディウスを『病死』にしてまで第3王子とともにイルヴィレアートを守ろうとした行動にも表れていた。
「今の国王が即位する時、先王の側妃の子供達は障りとならないよう慣例から毒殺された。賢く性格も良い弟妹だったが、延命を許される事はなかった」
側妃の子供も王妃の子供とする事が、この国の習わしだった。
これは側妃が子供を持つ事は許されない中での唯一の正当な抜け道だったのだが、側妃は書類上自分の子供ではなくなる事を嫌がった。
自分の存命中だけならと、先王が認めてしまったのが判断の間違いであった。
先王が急死した結果、側妃も含めて慣例通りに殺された。
王族は側妃達親子が死んでから知らされた。
「そこまでする必要はなかったのでは……」
「側妃は王妃の上の存在にはなってはいけないんだ。その側妃が王の子供を抱えて育てて……側妃の行動は、自分が王妃に成り代わろうとしていないと言い切れるものなのか?」
なまじ側妃の子供を王妃の子供とする慣例があった事が周囲に疑心を抱かせた。
本当はただ子供の母親と名乗れないのが嫌だった、単純な母親心からの我が儘だった。
それを知っていた今の国王は嘆き、ソルフェ公爵は感情だけを優先した側妃が悪いと思った。
「お前は誰が悪いと思う? 何か不測の事態で急死の可能性があるにも関わらず側妃の我が儘を通した王族と、いつか殺されると知っておきながら自分の子供として抱え込んでいた側妃と、どちらが悪い?」
シェイシル親子の問題に答えが出せなかったのは国王と第3王子だけだ。
ルディウスは口を開いた。
「王族と側妃、両方です」




