24.【隠した理由は偽善】
最初の手紙は義務感から始まっていた。
「そう言えば、エメライア姫の婚約者は今の陛下の親友だったと聞いたわ。陛下と姫は年が離れていたように、年の差があったのかしら?」
「どうだったかな……エメライア姫の婚約者については基本的に誰も話さないからな……」
「あ……ごめんなさい。手紙に年齢について書いてあったわ。婚約者は陛下と同じ年だったのね」
九才差か……。
エメライア姫が行方不明になった十二才当時は、婚約者は完全に大人の二十一才だったと言う事だ。
その年なら、エメライア姫より遙かに自由に動く事が出来た筈。
「……最初の手紙は政略結婚への義務感しかないわね」
「そうだろうな。しかし、九つも離れていると共通の話題も少ないから、なかなか手紙でも大変だろう」
エメライア姫と婚約者が婚約する事になった理由は何であろうか。
年の差がある政略結婚は時々あるが、その場合は大抵借金だったり令嬢令息に問題があった時と言われる。
私が日付の古い順から手紙を読んでいる間、ルディウスはドレッサーの上にあるアクセサリーボックスの方を手袋を外した手で開いていた。
「そっちも何か分かる?」
「残念ながら時間が経ちすぎだった。掃除確認した侍女の『アクセサリーは全部残っている』という思考で上書きされてしまっている」
「全部ねぇ……姫は出先で消えたのに、全部残っているのね」
「確かに変だな……」
いくら華美な服装は控えるべき神殿に行ったにしても、神殿訪問は社交の一環であるので髪留めや小さめのネックレスくらいは着けないといけない。
王侯貴族女性が社交の際にアクセサリーを着けていなかった場合、家が困窮していると取られてしまうので、最早絶対不可欠と言って良い。
私は少し考えて、
「不思議に思っているような思考はないの?」
「うん? ああ……古くて誰かまでは分からないが、『驚き』があるかな。何度もアクセサリーを確認した感じだな」
「王族の私物として管理されているアクセサリーにはなくなっている物はなかったけれど、エメライア姫は神殿に行く時にはアクセサリーを着けていたと言う事かしら」
「……万が一着けていなかった可能性は?」
「ないわね。王城にどれだけ侍女がいて、王族のちょっとした失敗をフォローして取り立てて貰う機会を窺う人間がどれだけいると思っているの? 何度も確認しているのは、当日のエメライア姫はアクセサリーを着けていたからでしょう」
近くの侍女、通りすがりの侍女、警備の騎士、事務担当の文官……王族が動くとしたら様々な部署の様々な人間が集まるものだ。
それでもアクセサリーを着けないまま出かけたとしたら、本人が頑としていらないと言い張った場合のみだが、その場合には今度は書類に王族の言葉として記録される。
まして、行方不明になった日に限ってそんな事を言い出したとなれば、確実に良くも悪くも話題になっただろう。
「侍女達が知るエメライア姫の私物として公的に記載されているアクセサリーではない別のアクセサリーを着けて行ったと言う事か……」
別のアクセサリーだったら誰か気付きそうな気もするが、貴族の家と同じなら、全てのアクセサリーを把握しているのは限られた侍女だけだろう。
その侍女が当日はいなかったら、誰にも分からなかったのは仕方ない。
かつては婚約者にアクセサリーを贈ったであろうルディウスは、じっと並んでいるアクセサリーを見つめていた。
アクセサリー一つで大袈裟と言えるのは、何も知らない平民だけだ。
「誰が贈った物なのか、だな」
大事な物だったから着けて行ったか、或いは読み取り系スキルで知られるのを恐れて持ち出したのか。
何処にも存在した記載がない時点で、少なくとも隠す必要がない婚約者から贈られた可能性は低いと思われる。
「王家は気付いたけれど、相手が誰だか特定出来なかったのでしょうね」
「それこそ醜聞を恐れて調査しなかったのかも知れない」
馬鹿馬鹿しい気がした。
ただ、ルディウスが言うと、当時の王家はルディウスの言う通りに考えていたのだろうと思えた。
「まあ、だからと言って今更分かる話もないだろうな」
痕跡は擦り切れるか上書きされ、ルディウスも肩を落としていた。
「アクセサリーの送り主か……誰だろう」
「誰もあの日の姫のアクセサリーが浮いているとは思わなかったんだろう? つまり姫が着けても不自然ではない品を贈る事が出来、尚且つエメライア姫に入れ知恵が出来る人間だな」
「入れ知恵?」
「手紙の隠し方だ。こう言う隠し方は少年向けの小説には時折出てくるが、姫の趣味とは思えない」
確かに言われてみれば、暗号まで駆使したエメライア姫にしては手紙の隠し方だけは他とは違って稚拙だった。
「でも、この入れ知恵は本当にアクセサリーの送り主であっているのかしら? 何か庶民ぽくない?」
「さあ? 情報が少ないし、もしかすると送り主の近くにいる別人かも知れない。ただ私が断言出来るとしたら、その入れ知恵した者にとっても、こんなに長い年月隠した物が見つからなかった事は誤算だっただろうね」
隠す道具に使っていたのは、棚と同系色の板一枚のみだった。
特に固定されておらず、ルディウスが少し触れただけで簡単に落ちてしまう程度に中途半端に置かれていただけだった。
しっかりと掃除していたならば、気が付いたであろうに。
誰かに見つけて貰いたかった手紙を手に、私は何とも言えない微妙な顔をしていたと思う。
「隠したのが誰かの入れ知恵であれ、手紙は何らかの意図があって隠されていた事には間違いない。早く他も読んだ方が良いのではないか?」
「うーん。私が分かるのはあくまで手紙の書き手の意図だけだから、隠した意図となると王太后様に渡した方が分かるんじゃない?」
「あの人達は今自分の都合に悪かったら隠蔽するし、最悪なかった事にするな」
否定の言葉は私の喉で引っかかって出て来なかった。
当初ルディウスが死んだとされた事件でも、王太后も含めた王族はイルヴィレアートの犯行を知っていて庇う事を選んだのだ。
何の信用もない事を思い出すと、私は読んでいない手紙を広げた。
王家に任せ切ったら、間違いなくエメライア姫の真意は誰にも伝わらない。
生まれる家の家族を選べない身の辛さは私にもよく分かる。
そのエメライア姫の思いを間接的に伝える手紙は……義務感から別の心情へと変わっていた。
義務感は消えて、この手紙にあったのは恐怖だった。
恐怖が何なのか、書き手には伝える気が全くない為に恐怖の理由が読み取れなかった私は眉を顰め、次の手紙を見た。
次の手紙は恐怖から、どうしようもない切迫感へと変わっていた。
何これ?
徐々に切り替わるのではなく、あたかも心情が一番はっきりした手紙を選んだかのようだった。
「……エメライア姫は聖女だったのよね? 読み取り系スキルの持ち主ではなかったのよね?」
「【聖女】スキルは謎が多い。何が出来るかは当人しか知らないんだよ」
職業系スキルは、絶対スキルに似て複数の下位スキルが使える事は知られている。
どれが使えるかは人それぞれ。
ただ、絶対スキルと違って使える下位スキルのレベルは低いという。
私が考え込んでいると、
「この手紙を選んだのは何らかの読み取り系スキル対策かもな。入れ知恵した者にエメライア姫は当然協力している。惑わそうとしたのか、それとも……」
説得力を持たせようとしたのか。
はっきりした感情が残る手紙を選んだのは、恐らくそう言う事だろう。
それぞれの手紙の内容は繋がっておらず、エメライア姫本人の手紙のように暗号も仕掛けられていないので、他に理由があるとは思えなかった。
悲哀が占める手紙を読み終えた後、最後に残った一通の手紙には、エメライア姫の手紙同様に暗号を用いて、『何処にいても貴女の幸福を祈ります』とあった。
日付は、エメライア姫の手紙の後だ。
手紙の暗号の内容を片付けていたルディウスに伝えると、
「へえ。あの日、エメライア姫が出奔する事を知っていたんだろうな。身内よりも信頼出来そうだし、もしかすると助力もしたかも知れない」
「それについては同意するわ。だけど、それを伝えたかったのかしら?」
エメライア姫がこの手紙を選んだ理由は、別の人物が書いた手紙の文章の中には読み取れなかった。
それはそうだろう。
読んだのが無関係の私だったからだ。
エメライア姫が想定した手紙を見つける相手もしくは報告を受ける人物は、第三者などではなく身内の筈だ。
【読書家】の絶対スキルはどう受け取らせたいかは正確に分かるが、同じ物を読んだ他の人がどう受け取るか自体については範囲外なのだ。
どうしても読んだ者の経験や思い出が影響し、受け取り方は多種多様に変わってしまう。
「貸してみろ」
手袋を外したルディウスが手紙を入れた箱の方を触った。
箱はエメライア姫の思念しか残っていない筈。
「……駄目だな。古くて消えている」
年月は無情だった。いや、無情なのは時間だけでもない。
少なくともルディウスの今の言葉で、やはり誰も手紙の箱を見つけていなかったと分かってしまった。
あんな簡単な場所にあった箱を、四十年間も誰も見つけなかったなんて、おかしいとしか言い様がない。
「ねえ、エメライア姫って本当に末の姫君として大事にされていたのかしら?」
以前、セシリアも疑っていた。
私の前世で、箱入りだった友人が黙って旅行に行ったら、心配した親が部屋中のものをひっくり返して手がかりを探していたと言っていた。
なのにエメライア姫の部屋は、行方不明になってから軽く掃除をする程度だった。
「……心配した親の痕跡がないな」
部屋は綺麗に保たれたまま。
それを愛情と思えば愛情だが、今の国王はエメライア姫の実兄ながら王太后が移るまで館ごと朽ちるままにしようとしていた。
エメライア姫の謎を自分達が暴かないように。
「結局、エメライア姫の婚約者の家が問題という事かしら」
どうしても王家が伏せたかったエメライア姫の婚約者の家の事情。
手紙はもしかすると、「絶対に忘れるな」と家族の性格など知っていたエメライア姫の家族に向けた忠告だったのかも知れない。
「何があったんだ?」
一夜で全滅したとされる家は、事故ではなく目的を持って殺されたのだ。
それが分かっても、まだその理由は見えては来ない。




