23.【罪の欠片】
王家には時期こそ違うが、かつて二人の聖女がいた。
一人はエメライア姫であり、もう一人は王太后からすれば孫でエメライア姫にとっては姪である令嬢が聖女だった。
その令嬢の方もまた、不幸にも若くして亡くなっていた。
「私達は罪深い」
王太后の言葉は、深い悲しみに満ちていた。
全てはエメライア姫から始まった王家の抱える罪は、今もなお加害者である王家を苛み続けていた。
王太后が住んでいる離宮の一角にエメライア姫の部屋はあった。
エメライア姫がいた当時はそもそもエメライア姫の為の離宮だったそうで、保存をかねて王太后になったときに移り住んだそうだ。
「この部屋にある物はエメライア姫がいなくなられた当時のままです。清潔を保つ程度に掃除はしておりますが、持ち出された事もありません」
「神殿でエメライア姫の私物の展示がありましたが、あれは?」
「……神殿にもエメライア姫の部屋がございましたので、基本的にはそこから持ち出したのでしょうね」
案内してくれた侍女がため息交じりに言った。
なかなか酷い事実だった。
勝手な展示だけでも王家から不信感をもたれるだろうに、これで神殿は王家に近付きたいのだから、私も笑ってしまいそうになる。
「では、私はこれで。何かありましたら、入り口にあるベルを鳴らしてお呼び下さい」
侍女は、ちらりとルディウスを見てから出て行った。
「意味深ね……」
「いや、あれは単に未婚の女性を男と一緒の部屋で二人きりにして良いものかと言う目だった」
貴族女性だったら起きたか起きなかったかは関係なく。異性と二人きりになる事は十分醜聞になり得る事を思い出した。
私達は二人きりになった程度で何が起こるという関係でもないのだが、貴族女性は色々大変だなと、今は平民となった私は選択が正解だったと何度も頷いた。
「じゃあ、始めるか。私はこちらから見てみるから」
「なら私は引き出しを見るわ」
私のスキルでは文字に対してしか働かないので、ルディウスに手伝って貰う事にした。。
とは言っても、ルディウスは少女とは言え女性の私生活を男性が勝手に見るのは宜しくないと言い張り、作業に邪魔でも手袋はきっちり着けたままだった。
どこぞの手紙コレクターにはルディウスの爪の垢を煎じて飲んで欲しいものである。
「ねぇ、神殿改革があったって知ってた?」
黙って確認作業するのも辛かった私は、王太后から聞いた話をルディウスにも聞いてみた。
手を動かしながらルディウスは、
「ああ、知ってる。三十年程前に今の陛下からしたら弟に当たる方が中心になって行った、大失敗した改革だな」
「失敗ってはっきり言って良いんだ」
「普段は意見を仰らない教皇も激怒させた後にも先にもない失敗だからな。女神からの罰を受け、たくさんの関係者が粛正されたらしい」
その部分の結論は聞いていなかった。
王太后の話では、改革は女神の怒りを買う事になり、改革を主導した当時の第2王子が罰を受けて、第2王子の娘として生まれた聖女が全ての責任を負わされたというくらいだった。
意図的に端折ったのだろうかと考え込んだ私に気付かず、ルディウスは話を続けた。
「……これはエメライア姫も無関係の話ではない。エメライア姫が行方不明となった時に神殿が機能していなかったと判断したエメライア姫の兄である当時の第2王子が、神殿のいわば『正常化』を目指した改革だった」
なるほど。
その話の当時は王太后も現役で、王妃だった頃だ。
女神の罰が関わる話と言うだけでなく、王妃だった王太后も当時の第2王子の神殿改革については責任を負う立場の人間だった筈。
「第2王子は文官達のような運用の仕組みを神殿内部に適用して、聖女にも効率的に運用される事を強いた。それまで聖女は仕事を選べていたのだが、第2王子はそれを一切許さなかった。聖女に義務を果たせと」
「義務?」
「人々を救う義務があると言って、貴族からの申請を受け付けて神殿が聖女を派遣していたそうだ」
「え……でも、【聖女】もスキルだよね?」
「ああ、だからスキルを使える条件には当て嵌まらなければ、満足に治癒一つ出来ない。第2王子はそれを分かっていなかった」
時折聞く、聖女が我が儘だと言う噂は完全なる的外れな話だと、意外に知らない者が多い。
スキルが使える条件を満たしているかどうかを見て、聖女は仕事を決めているだけなのだ。
女神は細かく条件を与える事で聖女を便利な道具にはしなかった。
これは一般人の私でも簡単に調べる事が出来る知識で、少なくとも文字が読める王族や神官達が知らなかったと済ませられるようなレベルの話ではない。
「感謝も必要なく使える道具にさせられた聖女達は、無理を強いられた事で次々に命を落とした。貴族の寄進に目が眩んだ神官達が、聖女に寝る間も食事の時間も与えなかったのだから、当然だろうな」
「最低じゃない。その神官達は処罰されたの?」
「粛正があったと言っただろう。第2王子も罰を受けた。その結果、最後に残っていた第2王子の娘であった聖女が責任を取らされ、父親の増やした聖女の仕事を死ぬまでやらされたらしい」
流石に私も手を止めてルディウスを振り返った。
話しているルディウスの方は言葉同様に、表情も淡々としたものだった。
「……よく知っているわね」
「私が聖女の息子で第3王子殿下の庶子だと知っている者が教えてくれた。悪意か善意か微妙な所だが」
ルディウスも合わせてしまうと、王家と聖女と神殿はかなり複雑な関係ではなかろうか。
いや第3王子殿下は考えるだけ無駄な部分があるので論外か。
「あれ?」
棚を触っていたルディウスの声に続き、カタン、と軽い物が落ちる音がした。
落ちたのは何かの木の蓋のような?
「同色の板で隠していたのか……」
私も近付いてみると、棚には外れた板の向こうにスペースがあった。これは軽く掃除する程度では気が付かないかも知れない。
その隙間には、ひっそりと箱が縦に置いてあった。
まさしくエメライア姫が隠していた物だろう。
そっとルディウスが箱を取り出すと、木ではなく紙製の箱であった。
棚の隙間に隠すので、下手に厚みがある物を避けたと言う事だろうか。
「開けるぞ?」
私はルディウスの言葉に頷いた。
わざわざ隠してあったのだから、その中身はエメライア姫の謎を解く何かが入っている事を期待したのだが。
入っていたのはエメライア姫の婚約者からの手紙だけだった。
それ以外に入っている物は何もない。
「これを隠す必要があったの?」
私の問いにルディウスは首を傾げるだけだった。
だが、手紙となれば私の出番でもある。
「見せて頂戴」
あの展示されていたエメライア姫の手紙の対となる手紙もあるかもしれない。
ルディウスも手袋を外そうとしたが、途中で止めた。
「見ないの?」
「余分には見ない方が良いだろう」
紳士はちょっと面倒臭い。
隠してあった手紙の量はそんなに多くはなかった。
日付順に並べると明らかに日付が飛んでいて、本来はもっと来ていた中からこれだけを分けたように見えた。
理由は考えなくても読めばそれも分かるだろう。
私は古い方から手紙を開いた。




