22.【底なしの罪を贖う事は出来るのか】
王都に向かう馬車の中でルディウスに、
「これはあくまでも君がエメライア姫の孫である『可能性』があるからと言うだけの招聘だ。いくら君がエメライア姫の血縁ではないと否定しても、損得勘定から無理矢理繋げてくる者はいくらでも湧いてくる。だから一度はしっかりと国王に会って否定して貰うのが一番いい」
説明された話は、先の王家の使者から聞いた話とほぼ正反対であった。
使者は私がエメライア姫の孫である前提で話をしてきたので、縁もゆかりもないと知っている私的には結構困っていた所だった。
しかし、直ぐには喜べない。
「それは、王家としての見解? ルディウスの見解?」
「私が話したのは国王の見解だな。使者が伝えたのは第3王子殿下の見解」
その言葉に親子関係が拗れている気配を感じ取った。
あのやり方では無理もないだろう。
取り敢えず王城で一番警戒しないといけないのは、間違いなく独特の価値観を持つ第3王子殿下だと思っている。
「私がエメライア姫の孫だと何か良い事でもあるのでしょうか?」
「具体的にはどうというものではないが、シェイシル親子を持ち上げて旨い汁を吸っていた者達からしたら、次の獲物に見えるのだろうな」
金と権力の中枢に近付けば、ハイエナばかりだろう。
足下を見られるのは当然好ましくはないが、振り払うだけの権力は持っていない中途半端な立ち位置に私は据えられてしまった。
今まで散々助けて貰っていた先代侯爵と宰相の頼みでなければ、面倒極まりない話なんて私は引き受けなかったのに。
「そう言えば長い名前の元姫君は、若い男を侍らせて遊興にふけっていたと言う話ですが、その時の男達って処分されたんですか? 気持ち悪いんで教えて下さい」
「ああ……新聞で言われているような身分ではなく、彼らは一応下位貴族の令息だったんだ。故に責任を取らせて、彼らに相応しい場所の仕事を斡旋したよ」
とてもマイルドな言い方だと思った。
出生を隠されて嫁ぐ予定だったのを完全にぶち壊し、高位貴族令息の殺害に加担した令息達は……貴族として責任を取らせられたのなら、もしかすると家族も連座となっているかも知れない。
仕える貴人と愛人関係になるような息子を送り出したのだから、家族も無罪とは言い切れない部分がある。
私としては王城からいなくなっているかどうかだけ知りたかったのだが、これは私の質問の仕方が悪かったのだろう。
とは言え、今聞くか後で聞くかの差だ。
「でもな……長い名前の元姫君か……」
笑いを堪えるように口に手を当て俯いたルディウスの体は震えていた。
そんなに面白い言葉だっただろうか?
現在の王族で一番意味のない音の羅列でしかない長いだけの名前を見たら、誰だって何となく思う事の筈だ。
「あの長い奇妙な名前を付けたのは誰でしたか?」
「奇妙……!」
吹き出す音が聞こえた。
……元がうけていたのだから、変な言い方はするべきではなかった。
ルディウスはもう堪えきれずに一頻り大笑いをすると、
「……ああ、面白い。あの奇妙な名前はシェイシルが付けたらしい。王族より王族らしいお姫様っぽい名前にしたかったって話だ」
またもや謎思考が出てきた。
そんなに娘を王族にしたかったら夫の第3王子殿下と普通に子供を作っていれば良かったのに。
「良く分からないわね……」
「多分ずっと理解出来ないだろう」
既にシェイシル親子が見世物になっていた檻も撤去されたと聞く。
可哀想ではなく自分で選んで彼女達は行動した結果なのだ。
相応の場所に行った二人はもう王都に帰ってくる事もなく、私もルディウスも会う事はない。
王都に来て最初に確認したのは、国王の一筆だった。
賢い人達は私では到底思い浮かばない準備がしっかりとしている。
『エメライア姫の孫でなかったとしても、クラリス・ウェリアの罪は問わない』
自分で言い出した事ではなくとも、噂が大きくなれば王侯貴族の名前を騙った罪を問われるのが平民の理不尽な立場だ。
言い出した者や広げた者も特定されて不敬罪として処罰される。
そう言えば、最初に『エメライア姫はウォーゲル子爵家の弟の妻』だと言い出した新聞各局は何か処罰を受けただろうか?
裏側なので読者が分からないまま、ごっそり記者が入れ替わっている可能性はあり得る。
王族の中で最初にプライベートなお茶会に私を招待したのは、私と髪色が似ていると言われている王太后だった。
会ってみると、本当によく似た色合いで……まあ、普通に髪色の法則的に他人でもあり得る事なので、だから?としか言い様もない。
「そうだと言われればそう見えるし、違うと言われれば違うわね」
王太后の話は容姿の事かと思ったら、
「そうですね。エメライア姫は外国語が苦手でしたものね」
「覚えている人も少ないだろうけど、そこはね」
後ろに控えていた年配の侍女と王太后は、何やら私には分からない話を始めていた。
孫とするにはエメライア姫の得意不得意と異なるという話なら、そもそも親子の時点で一致するとは限らない。
変わった事を言っているなと、勧められるた菓子を食べて私は話が終わるのを待っていた。
「まあ、エメライア姫の孫を名乗るにしてはギリギリ及第点かしら」
その言葉に貴族生活もまともにした事のない私はどう返して良いのか分からず、困惑がばっちり顔に出ていたと思う。
王太后は少し寂しげな笑みを浮かべられた。
「ちょっと複雑ね。エメライアの子供を飛ばして孫がいた事にするなんて。あんまりエメライアの事で皆が騒ぐから仕方ないのでしょうけど」
うーん……王太后は普通に複雑なのだろう。
私の雑な計算では、私がエメライア姫の孫として生まれるとしたら、エメライア姫が十七、八才で産んだ子供が十七、八才で私を産んだ事になった。
早婚で早期出産が多い王侯貴族にしても、エメライア姫が行方不明になったのは誘拐も考えられる状況では、少し配慮が足りない話である気がしていた。
「ふふっ。私は不快には思っていないから心配しなくても大丈夫よ。それよりも貴女のスキルの事は聞いたわ。何でも書かれた文章から書き手の心情を正確に読み取れるのよね? 部屋から外に持ち出さないのなら、エメライアの持ち物を見る許可を出してあげるわ」
「宜しいのですか?」
「私も生きている内にエメライアに会いたいのよ。無理でもせめてあの子が何を思って、何があったのか……知りたいのよ」
四十年と言う月日はとても長い。
王太后の年齢を考えると、最後の機会とみられていてもおかしくはなかった。
「多分、エメライアは死んでいるのでしょうけど」
噂も聞かないし帰っても来ない、手紙だって一つとして寄越さない娘。
親であるとしても諦めが浮かぶ時間が経っていた。
魔力やスキルを持ち、次代にも期待が出来る王侯貴族の子供が、無事で済む訳がない。
それは私の常連客も言っていた事だが。
「エメライア姫は聖女ですよ? 女神が守っているのではないですか?」
聖女という存在はそういうものだと聞かされていた。
女神が目をかける存在で、害そうとした場合にも相手に罰が下るとネーレイアが言っていた。
それは、私以外にとっても常識だった。
私の目の前で、すっと王太后は王族の仮面を貼り付けた。
何故、王族がエメライア姫の事で嘆くか。
王族はエメライア姫を語らないのか。
神殿が王家に纏わり付くのか。
それは王族が罪を犯していたからだ。
「これは口外してはいけないわよ?」
現在の国王の弟、王太后からしたら二番目の息子は、エメライア姫の事で機能しなかった神殿の改革に乗り出した。
バラバラで連係もなく部署や派閥で動いていた神殿を、管理を徹底した組織に生まれ変わらせ、効率よく運用出来る形に整えた。と言う、一見すると非常に理想的な姿になっていたらしいのだが。
それは、私の知らない所で聖女達が言っていた第一の粛正の切っ掛けだった。




