21.【聖女は終わりを提案する】
話の筋的には折り返しです。
クラリスも出ますが、今回は丸々第三者視点となります。
精霊に届けられた聖女ユリアの手紙は、クラリスが発見する前に自宅からするりと盗まれていた。
店の奥の住居空間はクラリスが仕事中は誰もおらず、メイドは別の部屋を掃除中だった、その空白の時間の出来事。
盗まれる事は織り込み済みだった為に精霊も手紙が盗まれる事を黙認していた。
盗人が去って行くのを見届けて、人知れず精霊は帰って行った。
そして、その手紙は幾人かの人間の手を渡った末に、聖女ユリアとは無関係な宰相の手に渡った。
無論、無関係な宰相は手紙を盗む事を指示した者でもない。
「なるほどな……」
根拠として見せられた聖女ユリアの手紙を読んだ宰相はため息をつきたい気分だった。
聖女ユリアが事態をかき回しにきた事は理解出来た。
だが、その意図するものはいまいち宰相にも分からなかった。
クラリスに追い返された貴族は、書類上には本当に遠い血縁者となっている事を確認してから宰相に会いに来た。
下心を隠しきれずニヤニヤして、宰相の護衛として立っていた騎士にも不快感を覚えさせていた。
「聖女には嘘が通用しないという事ですね。流石殿下の愛する聖女。長年探していたエメライア姫の身内をピタリと当てる」
「聖女はそんなに万能な力を持ってはいない」
一方的にユリアを捨てたくせに、勝手な都合で愛する聖女と宣う第3王子とその太鼓持ちに宰相は吐き気がした。
ピシャリと強い口調で否定され睨み付けられれば、欲深い貴族も顔色を変えて怯んだ。
「でも手紙には……」
「『貴女がエメライア姫の子なのね?』と尋ねているだけだな。断言している訳でもないのに、これが証拠と言えるのか?」
「いや、でも、問いかけるって事はそう言う事でしょう!」
「じゃあ、私が『お前は有能だよな?』と聞いたら、それが自分の有能の証拠になると思う訳だな」
その言葉で自分が無能を晒していると理解した貴族には、今度は返す言葉は出てこなかった。
誰かの言葉尻を自分の都合良く曲解するのは貴族の常とは言え、流石にこれだけでクラリスをエメライア姫の孫と判断するのは無理がありすぎた。
馬鹿馬鹿しさに宰相は貴族を睨む気力もなかった。
「……でも、都合良く貴方の血縁になっている平民女性なんて、疑うのは当たり前の事ではありませんか?」
「せめて最初からそれを言うべきだったな。断定もしていない内容の手紙を根拠などと言った時点で説得力がなくなっている。これでは君にはもう交渉系の仕事は任せられんな」
期待していたおこぼれもなく、出世の道も呆気なく閉ざされた貴族は、悪くなっていた顔色が更に蒼白になった。
ほんの少しの失敗が致命傷となるのはよくある事だが、この貴族は最初から致命的な失敗をしていたのだから移動も仕方ないだろう。
これでもこの貴族も宰相直轄の部署で文官として勤務する、ある程度有能さを買われた青年の筈だった。
それが王族に直接手紙の真偽を確かめるよう申しつけられただけで、こうも根拠もなく図に乗ってしまうとは、上司であった宰相も頭が痛かった。
「取り敢えず、殿下にはきちんと伝えてくれ。クラリス・ウェリアはエメライア姫の娘ではないと」
「……本当に違うのでしょうか」
「エメライア姫は今年五十二才になるな。クラリスが十八才である事を考えると子供でいいのか?」
書類の確認の足りていない元部下に宰相は最後の助言をした。
この世界ではなまじ魔法やスキルがある所為で医療レベルは高くなく、あまり高い年齢での出産は考えられなかった。
はっとした顔をした直後、元部下はとてもばつの悪そうな表情で顔を逸らした。
まあ、宰相としては好き勝手してばかりの第3王子に仕掛けた聖女の考えに乗ってみる事にした。
「クラリスはエメライア姫の孫だ」
あくまで聖女の勝手な考えに宰相が加担しただけだ。クラリス本人は何ら承知していない。
後日、先代侯爵からエメライア姫の子供と疑われた理由と宰相の結論を聞いたクラリスは、大いに頭を抱える事になる。
長子を亡くしたオルブレート侯爵夫人の心情を鑑みて、原因の一端であるルディウスは領地に帰らず王都に留まっていた。
領地でひっそりと行われたフレデリックの葬式にも出席しなかった。
それについてルディウスに対してはあれこれ言う者はいなかった。
父と弟から届いた報告を兼ねた手紙を読んだルディウスは、眉間に深い皺を作っていた。
フレデリックの周囲にいた使用人を知るルディウスの従者達は大凡の結果を予想していたが、表情は出さないようにして尋ねた。
「ルディウス様、やはり碌な話ではありませんでしたか」
「碌な話というレベルではない。ただただ酷い話だ。兄の侍従達は兄が公爵になれれば自分達も公爵家の使用人になれると思い込んで兄を唆していたらしい」
ルディウスが公爵になる事は早くから決まっており、ついて行きたいが為にルディウスに阿るようになったオルブレート侯爵家の使用人は少なくはない。
だが、フレデリックの周囲にいた使用人達は、自分達の誘導しやすいフレデリックから離れるという選択が出来なかった。
「……えーと、ルディウス様が第3王子殿下の庶子だという事はフレデリック様の侍従の方達も御存知でしたよね?」
「庶子だと笑っていたのだから知っていただろう。イルヴィレアートとあいつらが持ち上げていた嫡男様のフレデリックが結婚したら、ただイルヴィレアートが次期オルブレート侯爵の妻になるだけとは分からなかったそうだ」
フレデリックの周囲の思惑はそもそも全くの見当違いだった。
庶子であれルディウスが王家の血を引いているのであり、全く王家の血を引いていないイルヴィレアートに何の価値があるというのだろう。
ルディウスに公爵位を譲る予定の先王の弟である公爵が、イルヴィレアートを大変嫌っている事は社交界に関係ない者にも有名だった。侯爵家の嫡男と結婚したならこれ幸いに侯爵家を継げと公爵が言う事は誰でも分かる。
「欲にかられるとそんなものも見えなくなるんですね……」
元々フレデリックの周囲はフレデリックが後継の立場だったからこそ威張っていたのに、従者にはちょっと理解しがたかった。
疲れたようにルディウスは椅子の背もたれに寄りかかった。
「まあ、それも終わりだ。フレデリックを唆した使用人達は処分された」
オルブレート侯爵は少し甘い所があるが、3男のロイドは次期侯爵としてフレデリックを結果的に嵌めた者達を許さない。
主を殺した使用人達の未来など、明るい筈もない。
「さて、問題があるのはこちらだ。エメライア姫の血縁者の遺児が今になって見つかったそうだ。それを正式に私が保護するようにと連絡が来た」
ルディウスは机の上に置いていた王家の封蝋が押してある手紙をひらひら振った。
王家からの手紙を雑に扱うだけでも問題行為とされるが、振り回されるルディウスの立場からしたらどうしてもやりたくなるのを抑えられなかった。
「最近よく耳にした噂って本当の事だったんですか? 何かエメライア姫とは似ても似つかぬ髪色で年齢も違っていたと聞きましたけど」
「ウォーゲル子爵の弟の妻の話は虚偽で、発表した人間の掲載料目当ての詐欺だったという話だ。今回の話はそれとは違う。『御父上』が言うには、宰相の家がエメライア姫の孫を保護していたらしい」
宰相の家に保護されていたと言われれば、従者の頭の中に、平民にしてはとても珍しい髪色をしていた一人の代筆屋が浮かんだ。
「まさか……」
「時期的に私を行かせる事の意図を勘繰るよな」
ルディウスは困惑している従者に笑って言った。
まあ、それならそれで面白いと思う程度にはルディウスは久しぶりに会う女性に心が躍っていた。
「あら、迎えって貴方だったの?」
王都から先代侯爵の館に着くと、エメライア姫の孫だと紹介されたのはやはりクラリスだった。
それもまた、一つの運命には違いない。




