20.【君は誰の子?】
神殿には聖女だけが使用できる区画が存在した。
その区画にあるサロンの一つで、ユリアは協力者である神官からの手紙を静かに読んでいた。
「面白い事が書いてある?」
ユリアより少し年上の聖女が編み物を続けながら尋ねてきた。
この女性は基本的に世俗に興味の薄い聖女ではあり、外とやり取りするユリアに話しかけるのも珍しい事だった。
「それなり、でしょうか。犯罪を犯した自覚がなく自分がまだ聖女でいると思い込んでいる子が、どうやら研究対象として見られているそうです」
「何十年に一人くらいは資格を剥奪される子がいるけれどねぇ。ここに入れなかったのなら、来た時点で聖女ではなかったと言う事でしょう? 周囲の者は何も言わなかったのかしら」
「今も利用出来る部分を探る為に囲い込んでいるようです」
「ふふふ、強欲な事。聖女を利用しようとした者の末路が分かっているのに懲りないわねぇ。お人形さんを作ろうとしたり、本当、暇ねぇ」
「そうですね。少し前も勝手をし過ぎて『剣』を取り上げられたばかりなのに」
それを自分達への罰と捉えなかった神官達は、罪を重ね続けていた。
騎士達のスキルの剥奪の時のように明確に女神の愛を失った事を知る方法がないのは、良い事でもあり悪い事でもある、
聖女が女神の守りがあるこの区画からほとんど出なくなったのも、研究者が作り出した『聖女の力を込めた人形』に慈悲をかけない為だった。
人形にされたのは彼女達自身が望んだ訳ではないとは言え、完全なる冒涜行為である為に女神は聖女に手出しを許さなかった。
「第2の大規模粛正が来るかも知れないわねぇ」
天気を語るように聖女は言った。
ユリアも遠からず粛正が来る事は予想していた。
特に、女神が罰を与えた罪人を聖女に仕立て上げようとした事は、いつもは様子見が長い女神も怒りを滾らせているかも知れない。
「誰か」
ユリアの一言で、何もなかった空間から人型の精霊が現れた。
この区画には聖女以外は女神の眷属の精霊しかおらず、彼らが聖女達の生活の全てを支えていた。
整った容貌でありながら生命力を一切感じられない精霊達の目は、塗りつぶしたように単色で感情らしいものも浮かんでいない。
「お呼びですか?」
「これを『クラリス・ウェリア』というルディウスの友人に届けて頂戴」
そのままユリアの手から手紙が消え、精霊も姿を消した。
様子を見ていた聖女が微笑みながら、
「届くかしらねぇ」
「届くといいですけれど、届かなかったらそれはそれで面白い事になるかも知れませんね」
ユリアも他の聖女程ではないが、俗世には興味が薄い。
あくまでルディウスがいるから外部と接触を続けているだけであった。
前回の手紙が届かなかった事は、ユリアも知っている。
そして、ルディウスに宛てた手紙をかすめ取った、よく知っている偽善者にとても腹を立てていた。
ねえ、貴方になんて書く手紙はないのよ?
どうせまた手紙を盗むであろう男は、今でも自分への愛が残っている証拠を文章の中に探すだろう。
息子の死を隠蔽して『可哀想な』女を守ろうとした男に、何の未練もあるものか。
手紙部門がなくなってから商業ギルドがある程度は手紙の配達を引き受けていたとは聞いていた。
ギルドで引き受けた商人が自分のスケジュールの合間に届ける為に思った以上に時間がかかるそうで、安い以外は特にメリットもなかったらしい。
しかも、紛失が高確率になっては客の方が堪らない。
一年も経たずして、多くの要望を受けた運送ギルドは手紙部門をもう一度立ち上げる事になった。
それにあたって元手紙部門の事務員だったセシリアにも声がかかったそうな。
「再就職先の斡旋も私一人がなく、給与も未払いのまま放り出した所に戻るなんて意味が分かりません」
突然自宅に訪ねてきた運送ギルドの関係者に対し、毅然としてセシリアは言い返したそうだが、
「え? 嘘でしょ? 全員にきちんと紹介した筈だし、給与未払い? ええ?」
ギルドの関係者の方が意味が分からない様子で戸惑っていたとか。
まあ、私も給与未払いなんて、信用問題が重要な巨大ギルドではあり得ないとは思っていた。
セシリアの言葉を受けての調査の結果、セシリアの元同僚がギルドが発行した紹介状を勝手に自分の身内に使わせた上、給与もサインの偽造で横領していた事が遅蒔きながら発覚した。
手紙の窃盗事件自体からは無関係だったとは言え、部門の調査で漏れていた事は何とも不審しかなかった。
運送ギルドでもかなり上の立場からの直接の謝罪と、口止め料を含んだ半年分の給料と同じ額をセシリアは渡されたという。
「まあ……決着もついているならいいですけどね」
実際にはセシリアは解雇になる時、ギルド支部上層部へそれらを訴えたのに、一切無視されていたのだ。
自分のした申し立てそのものもなかった事にされていたセシリアは複雑そうだったが、既に当時の関係者は支部上層部を含めて一新されており、蒸し返しても面倒なだけで意味はないだろう。
セシリアが得る予定だったものを横領した者はギルドへの再就職を認められる訳もなく、横領の罪を問われて騎士団に捕縛されたとは、アレンからの話だ。
紹介状を使った者にしても、経歴に見合わない能力の低さで早々に職場を追い出されていたという。
なかなか波瀾万丈なセシリアに私は笑ってしまった。
「セシリアも大変ね」
「店長程ではありませんよ。今度はエメライア姫の娘なんて、何やったらそんな事になるんですか?」
私は本当に何もしていない。
何もしていないのに、午前中に現れた貴族らしき客がカウンター越しに私に言ったのだ。
「貴女がエメライア姫の娘だと伺いました」
驚きのあまり咄嗟に言い返せなかった。
私が固まっているのは真実をつかれたからだと思い込んだらしい貴族は、何度も頷きながら、
「流石、王太后によく似た髪色。間違いないですね」
「違います。私は平民で……」
「ああ、身の上をご存知ないのですね。大丈夫です。私はこれでも王家に近しい者ですから、悪いようには致しません」
「だから違いますって! 私の血縁者には宰相様がいらっしゃいますので、確認して頂ければ違うと分かりますから!」
今の身分を作る時に侯爵家の血縁者となるよう書類を作っていた。
煙が立たない所からも火事は起きるとの先代侯爵の言葉は本当に正しかったと私は噛みしめていた。
現役の宰相を出された事で謎の貴族は帰っていったのだが、何故そんな事を言い出したのか聞くのを忘れていた私は、慌てて先代侯爵に連絡をした。
その午前中の一連の出来事を思い出しながら、
「前々から思ってましたが、店長の髪色って高位貴族っぽい色ですよね」
「この髪色の所為で色々嫌な目に会っていたから、私には嬉しくない色なのよね」
この世界の人間の髪色は血縁だけでなく、環境や本人が持って生まれた魔力やスキルで変わるものなので、両親と子供の髪色が大きく違う事はそれなりにある。
両親が王太后の髪色を知っていたとは思えないが、魔力もスキルもない下位貴族に生まれて凡庸な色の髪をした両親は、特に平民に多いくすんだ髪色の母親のコールディアは、原色に近いはっきりとした髪色の私を目の敵にしていた。
今思うとあの2人は髪色に何かコンプレックスを持っていたのだろう。
ミルディリアの方は聖女のスキル持ちなのに、不思議と両親に似た凡庸な髪色だったので可愛かったらしい。
1人だけ鮮やかな髪色をしていたクラウディアだった頃は、ずっと髪を帽子か鬘で隠す事を強要されていたので、私の本当の髪色を知る者は故郷にもほとんどいない。
まあ、この髪色のおかげで誰も侯爵家の縁者ではないと言う者もいないので、今は助かっている。
「私は何処から辿っても平民なんだから、エメライア姫の娘なんて笑っちゃうわね」
この時の私は逆算をするべきであった。
唯一エメライア姫の年齢と自分自身の年齢の両方を知る者なのだから、『娘』である筈もない事に気が付けた筈なのに。
コールディアがエメライア姫だと疑われていた情報の所為で、私は考えが至らなかったのかも知れない。
そして、宰相との繋がりが貴族にどう捉えられるかも、もっと考えるべきだった。
「いや、エメライア姫の孫だ」
後日私の事を問われた宰相がそんな風に答えるなどとは知らない私は、暢気に夕食のデザートに何を食べるかを考えていた。




