17.【秘密の価値は秘密にした者しか知らない】
可哀想なシェイシルと可哀想なイルヴィレアート。
それが王族の前提であった事は王太子妃も知ってはいた。
ただ、ここまで度が過ぎたものであったと知ったのは、今回の件が明るみに出てからだった。
あの2人とは完全に反りが合わなかった王太子妃は元々意図的に遠ざけられていた。とは言え、貴族子弟を私利私欲から殺害してしまう人間を王族としてのさばらせてしまった事は、立場上無関係だと突っぱねる事は出来なかった。
他の貴族への対応、国民への発表、シェイシル達の行動の確認と清算……いくつもの後始末に追われる王太子妃達は忙しく王城を行き来していた。
「あら……」
最初にその存在に気付いたのは侍女の方だった。
本当に偶然だった。
廊下の先で王太子妃にとっては義理の弟である第3王子が、非常に憔悴した様子で歩いていた。
イラッとした王太子妃は即座に進路を変える指示をした。
ほぼ元凶と言って良い立場であるのに悲劇の王子を気取り、後始末にも参加せず王城をふらふらと彷徨いている姿など目にも入れたくはない。
「ご自分が引き起こした事でしょうに……」
「それ以上口にしてはいけません」
侍女の1人が思わず呟いてしまった言葉を古参の侍女が咎めた。
王太子妃も口に出さずにはいられなかった侍女の気持ちは痛い程分かるが、独善的な上に繊細さを持った第3王子殿下は非常に面倒くさく、先程の言葉が聞こえたらまた盛大に嘆き始めるだろう。
始めからシェイシルとなど結婚するべきではなかった。
他の者にははっきりと見えていた将来の破綻を取り繕えると思ったのが、第3王子の最大の誤算で過ちであった。
もう少し、自分の責任ぐらい取って頂きたかった。
これ以上通常の執務が滞る事だけは避けたい王太子妃は、苛立ちもあって自分の執務室に向かう足を速めた。
結局、王族の優しさなど毒でしかない。
しかもとびきり甘く、飲み続ける者の心身を麻痺させる毒だ。
注がれるままその甘い毒を飲み続けたシェイシルとイルヴィレアート親子は、自尊心を果てしなく肥大化させ、頭の中で思い描くような理想の存在と現実の自分達は相違ないとまで思い込んでいた。
先日の騎士からの聴取の際も、実際には王族の血を引いていなかったと知らされたイルヴィレアートはショックを受けるどころか、
「だから何? そうだったとしても私が女王になる事は変わらないわ。だって、私以外の誰が王に相応しいというの?」
世話係の下位貴族令息達は機嫌が良ければ自分達の要求も簡単に通すので、何でも良いからイルヴィレアートを持ち上げていた。
実際には下位貴族令息達はイルヴィレアートを馬鹿にしていたのだが、女王になるべき存在と持ち上げられ素直に信じ込んでいたイルヴィレアートには理解が出来なかった。
「代々の王の血が入っているだけで王になれるなんて、そんなのおかしいでしょ。真の王族である私以外は必要ないし。ああ、あの毒はまだあるから、貴方、私の代わりに伯父様達にかけておいてくれる?」
毒が回りきって良心も腐り果てていたイルヴィレアートには、最早王太子と議会は修道院行きすらも認めなかった。
実際に王位を得る為に何かを仕掛けた訳ではなかったが、気に入らない程度の理由で貴族子弟を残虐に殺し、王位の簒奪をも平気で口にする者を放置出来る筈もなかったのだ。
「温情をかけても不穏分子になるだけだと申し上げておりましたよね」
国王の執務室では、宰相が涙を流す国王に呆れながら言った。
甥の惨たらしい遺体を見せるのは忍びないと、オルブレート侯爵が来る前に密葬を行おうとした王族を止めたのは、領地の先代侯爵からの連絡が間に合った宰相だった。
流石に付き合いきれないと宰相は思っていた。
結局ルディウスは無事であったが、もし本当に殺されていたとしても国王はイルヴィレアートを無罪にする気だったと知った宰相の頭には、退職という魅力的な言葉が過ぎった。
優しさは毒となり相手を破滅させる事がある。
言わば自分が『毒』を盛ったも同然だと理解しない国王は、シェイシルとイルヴィレアートの処刑が決まった事を他人事のように嘆きながら、
「分かっていた……けれど、異母弟妹のように死んで欲しくなかった」
「……そうか」
長年の友人でもある国王の言葉に、宰相は天を仰いだ。
もしもエメライア姫の婚約者だった国王の親友がいたなら、こうなる前に説得出来ていただろうか。
既に死んでから随分経つ人物だが、今いる誰の手にも負えない程に王家の闇が深ければ、宰相とは言え縋りたい気分だった。
一度宰相はため息をつき、
「それでも、不貞をして王族を騙り放蕩を尽くした親子は、陛下の中では異母弟妹と同列に扱っていいものでしたか?」
疑問が一つ解消すれば新しい疑問が湧く。
世の中とはなかなかすっきりしないものだと私はつくづく思った。
何度も考え事で手が止まってしまうので、私はいっその事ペンを置いた。
「ねえ、前の前の宰相の家って、盗賊に全員殺されたって知ってた?」
先日の公爵令嬢は、エメライア姫の事はあまり知らないと言いつつも、手紙の受取人だったエメライア姫の婚約者の家の事を教えてくれた。
盗賊に貴族一家が襲われて亡くなるケース自体は珍しくはない。
一方で、王城の文官だった常連客の方は奇妙ななく(亡く?無く?)なり方だと言っていたのが、私としては気になるところだ。
問いかけられたセシリアは少し考え込んだ後、器用に計算をしながら、
「うーん……その家とは断定出来ませんが、宰相一家が領地で盗賊に惨殺された話を怪談か何かで聞いた事がありますね。確か羽振りのいい大きな貴族家で護衛もしっかり揃えていたのに、一夜で邸宅内の使用人も含めて皆殺しとなったとか」
「ふうん? でも怪談なら作り話もあり得るでしょ」
「この怪談は『事実に類似した話』として規制されているんですよ。規制される話って何処かで本当に貴族家で起きた事件が多いので、恐らく店長の仰る家の事だと思いますよ」
規制までされているとなると、俄然真実味が出てきた。
一家揃っての移動の際に盗賊に襲われて亡くなったのなら良くある話だが、宰相も勤めていた大きな貴族家がいくら領地だったとは言え全滅したとしたら、確かに十分奇妙な話と言えよう。
「それで、その家が何かありましたか?」
「その家がエメライア姫の婚約者の実家だったって聞いて」
「あー……店長の気にしていた手紙の受取人の家ですか。なるほど。届かなかった手紙だけが残っているなんてちょっとだけ切ないですね」
「そうね。悲しいわね」
そう、とても悲しい事だ。
あの手紙を読んだエメライア姫の婚約者は……と、かつてあったかも知れない出来事に思いを馳せようとした瞬間、私はセシリアの言葉の違和感に気が付いた。
「待って。手紙は届いているわよ。あの手紙はエメライア姫が行方不明になる直前の手紙だったから王家が婚約者から預かって保管していた物って説明書きがあったわ」
「そこまで説明が書いてあったんですね。でもまあ、婚約者に送った筈の物が所持品として出されれば、普通は『出せなかった手紙』と思いますよ」
説明書きがあるのにそんなに誤解するだろうかと思うも、前世の博物館に行った時でも周囲はそれほど説明書きを読んでいなかった。ましてほとんど字が読めないこの世界だとどうだろうか。
出せなかった手紙と周囲に認識させる作為があった?
そう考えるも、そこから先の事は……
「……別に出せなかった手紙でも、受け取り済みでも大差ないような」
「そもそも手紙を一枚庶民に見せた所で、何が起こるっていうんですか? 流石にそこから始まる陰謀論は突飛だと思いますよ」
私としてもセシリアの言葉にぐうの音もなかった。
あの手紙一枚で意味が伝わるのは読み取り系スキルを持つ者くらいで、伝わった所でも何が変わるというものでもない。
何でも裏があるのではと疑ってしまう時点で、私はきっと疲れているのだろう。
あの手紙を含めてただの神殿の小銭稼ぎだと分かっていたのに。
「……でも、あの手紙は私的にはちょっとないかなって思いました」
書類から顔を上げ遠くを見るような目をしたセシリアは、少しだけ小さな声で言った。
「どういう事?」
「仕事で手紙を扱いすぎて麻痺してますよ、店長。秘密保持を契約して読むのではなくて、見世物として一般人に広く見せたんですよ。この部分だけでも意味合いが違っているでしょう?」
「う、うん……まあ、ほとんどの人が読めないとは思うけど」
「読める読めないに関わらず、誰だって恋人や婚約者に書いた手紙だけは公開して欲しくないに決まってますよ! それをいくら四十年も経ったからと言って見世物にするって、家族として最低なんじゃないかって思うのですよ」
四十年経ったとは言え、エメライア姫の母親や兄弟は存命中で、神殿の企画に同意してエメライア姫の私物を持ち出す許可を出したのはその誰かであろう。
言われてみれば、王家はエメライア姫が無事に帰ってくる事を待ち侘びていると言う割に、本人が嫌がりそうな私生活の奥まで公開するこの企画を認めた事はかなりと言うか非常に無神経だ。
晒したと言っても過言ではない。
「本当にエメライア姫って王家から愛されていたのでしょうか?」
そこは私としてもなるべく考えないようにしていた部分だ。
売られるかも知れないなど恐怖を感じていたエメライア姫が、聞いていた通りに本当に愛されていたとしたら、そんな事を心配する必要はなかった筈だ。
前世でも物だけ与えられて放置されている虐待が存在しており、豪華な所持品は愛されていた証拠にはならない。
「冷遇されていたって思うの?」
「もしくは、家族が相当変わり者だったか」
何があってセシリアは後者の考えが出てきたのかは分からないが、後者の考えは私も否定は出来なかった。
貴族達から聞いた話を総合すると、この国の多くの王族は変わり者だ。
しかして、変わり者だったと認めてしまうと、全ての疑問と不自然さがそれで説明がついてしまいそうなのが怖い。
王族の事を考えていたら、未だ発表はされていない元第3王子妃とイルヴィレアート元姫の処遇の事も思い出した私の思考が再び逸れている間にもセシリアの話は続いていて、
「ですから、エメライア姫は行方不明になったのは誘拐じゃなくて、自分で逃げたと思うんですよ!」
私はその言葉に驚愕してセシリアを振り返った。
余程驚いた顔をしていたのか、私を見たセシリアも驚いて椅子から転げ落ちた。
貴族子弟がただ逃げ出して平民の暮らしが出来るかと言えば難しい。
だが、逃げるだけに絞り込んだら難しい事ではない。
そもそもエメライア姫は神殿で行方不明になったのだ。
最初にエメライア姫が神殿関係者に売られるかも知れないと怯えていた情報のインパクトが大きすぎて考えが至らなかったが、エメライア姫を助けようとした神官がいたとしても何ら不思議な事ではない。
いや、寧ろいた筈だ。
何処の組織も一枚岩である筈もないのに、エメライア姫の行方不明時に神殿の者が誰1人協力しなかったと言う不自然さが示しているのは、良くも悪くも全員が何らかの形で事件に関係していたからではないか。
そう考えると一応筋は通るだろう。
エメライア姫は婚約者に不安を打ち明けた後に、逃げ出した。
その後に不自然極まりない形で婚約者の家が全滅した事は、果たして無関係だろうか?
「秘密の下の秘密……」
エメライア姫の行方不明事件だけが意図的にクローズアップされ、婚約者の家が全滅した話は噂でしか残らなかった。
貴族も不思議な程沈黙し、まるで王家が命じたかのように。
常連客は「王家は秘密を隠す為に秘密にしている」と言っていた。
エメライア姫の逃亡を秘密にする事で、婚約者の家の事件を秘密にしている?
天候不順で体調崩してます……
不定期が不定期になってますが、見捨てないで下さい……




