15.【その死は欲に塗れ】
ルディウスが尋ねてきてから1週間程経った頃。
いつもの開店時間前にやってきたアレンはとても変な顔をして私の前に立った。
「どうしました?」
「ルディウス・オルブレート様が2日前にイルヴィレアート姫とのお茶会で亡くなったそうです」
「は?」
ルディウスは私の前で間違いなくお茶会への断りの手紙を書いていた。
その手紙自体も経過日数を考えれば、恐らくまだ王城に着いていない筈だ。
怪訝な顔をする私に、ルディウスが手紙を書いた時にも私の護衛で店にいたアレンは、
「取り敢えず、ここであった事は領主様に報告しました。後、明らかにオルブレート侯爵令息は用意もなく行く気がなかった事も説明しました」
「そうですよね……準備もなく、そもそも行く事が出来ないとも言っておられましたよね」
「我々が知るだけでも不審な点が多い為、現在領主様が確認中です。もし何か耳に入れられても、動揺されませんように」
本題はニュースではなく気遣いだったようだ。
確かに先に知っていたのなら動揺する事もない。
「……王城側はルディウスだと判断したのですよね?」
王城にはルディウスの実父である第3王子殿下がいる。
オルブレート侯爵家の関係者もいるだろう。
「判断した状況が分からないので、何とも申し上げられません」
モヤッとしているのはアレンも同じなのだろう。
色々とおかしいと思いながらも、私達にはそれ以上の情報がなく、先代侯爵かルディウス自身から連絡が来るのを待つしかなかった。
その知らせがオルブレート侯爵家に届いたのは、クラリスが聞いてから更に2日後だった。
王城から早馬が来たオルブレート侯爵家では大騒ぎとなっていた。
「王城から?」
「兄さんが婚約者とのお茶会を断った件だろ?」
「まだ私の返事は下手をすると届いてもいないと思うが……なら、来なかった事だろうか。いやでもただのお茶会だけで早馬まで使って連絡があるだろうか?」
オルブレート侯爵の執務室に向かいながらルディウスは首を傾げていた。
手紙の件を聞いていたオルブレート侯爵家3男のロイドは何か嫌な予感はしたものの、具体的な事は浮かばないまま父の執務室の前に到着した。
「父上、ルディウスとロイドです」
ノックをするとオルブレート侯爵から「入ってきなさい」と中から言われた。
部屋には既に王城からの連絡を持ってきた者は去っていた。
「お待たせしました」
「挨拶はいい。私の前に座りなさい」
何処か疲れた様子のあるオルブレート侯爵に言われ、兄弟は口を挟む事なく客用の長椅子に並んで座った。
オルブレート侯爵は俯いたまま、しばらく黙り込んでいた。
様子のおかしい父親に兄弟は顔を見合わせ、
「父上、王城からの連絡に何か問題が?」
「大ありだ。王城にて予定通りイルヴィレアート姫のお茶会が行われたそうだ。その際に不幸な事故が起き、オルブレート侯爵家の養子であるルディウス・オルブレートが死亡したと連絡があった」
「は?」
兄弟揃って耳を疑った。
ロイドは思わず横に座る次兄を振り返った。
当然ルディウスは生きているし、隣の別の侯爵領には出かける事はあったが、王都には向かおうともしていなかった。
意味が分からずルディウスは呆然と父親を見つめていた。
「先に言う。私にも意味が分からん」
何度も王家からの手紙を確認したが、持ってきた王城からの使いも正式な者であり、手紙の内容以外は本当に何ら不審な点もなかった。
王城側に嘘をつく必要がないと知りつつも、これまでの事を思い出したオルブレート侯爵は苦々しく、
「……王家としては、ルディウスの死に関して事を荒立てる事は本意ではなく、王城側で密葬を行うと言う話だ」
「私は生きてますよ!」
自分自身が知らぬ間に死者として扱われている事に、ルディウスも流石に叫ばざるを得なかった。
到底受け入れられるものではない。
宥めるように次兄の背中を叩きながらロイドは冷静に、
「兄さんを『死んだ事にしたい』と言う意味の手紙でしょうか?」
「なら死を悼む言葉を何度も挟む間にイルヴィレアート姫に罪はないと書かないだろうな」
「うわぁ……」
感情が死んだ声での父の言葉に、ロイドもルディウスもどん引きした。
ルディウスの扱いは隠された庶子という事もあり、ある程度はオルブレート侯爵家でも諦めていたのだが、不貞の子であるイルヴィレアート姫の扱いに関しては最早気持ち悪いものになっていると恐怖すら覚えた。
「あのお茶会は私には行く事も不可能だったのに、何故王城側はそんな程度の事が分からない!? おかしいだろ!」
「うーん……兄さんが仰る事も確かに疑問ですが、まずこの手紙の話だと誰か間違いなく死んでますよね。それを兄さんだと判断したという部分が私達にとって問題ではないでしょうか?」
「そうだな。ルディウスは現に生きているのに、王城側では死んだ事になっている。何か王家が早まった行動を取る前に王城に向かうとしよう」
そこでオルブレート侯爵の視線は兄弟の間を行き来した。
頭を抱えてそれどころではないルディウスは視線にすら気が付かなかったが、ロイドの方は意味が分かって何とも言えない気分になった。
ここには本来もう1人いるべきだった。
仕事があるからと、ここ一週間以上は姿を見ていなかった。
正式に認められていない庶子なのに姫と結婚して公爵位を得る、本来は従兄弟でしかない弟を妬んでいたフレデリックがいない事が、オルブレート侯爵とロイドに言い知れぬ不安を覚えさせた。
「とにかく王城だ。ルディウス、お前は私と一緒に。ロイドは留守を頼む」
「母上には?」
「まだ何が起きているのか分からないのだから伝えなくて良い。変に伝えるのも体に障るから、慎重にな」
現時点では病床のオルブレート侯爵夫人にやれる事はない。
なるべくなら母親を苦しませる結果でなければ良いのだが、状況的にオルブレート侯爵は最悪の事態を覚悟していた。
悠長に馬車など使っている事が出来ず、オルブレート侯爵とルディウスは何度も馬を乗り換えながら4日で王都に駆け込んだ。
当然辿り着いた時点で疲労困憊だったオルブレート侯爵だが、休憩などほとんど取らず身支度だけ整え王城に向かうと、通りすがりの知り合いに声をかけた。
「やあ、久し振り。私は今、息子が王城で死んだって連絡を受けて慌てて飛んできた所なんだ。王城にいたなら何があったか知らないかい?」
「え、侯爵の子息が!? いや、聞いていないが……」
質問された方が慌てふためく中、答えを待たずに片っ端からオルブレート侯爵は尋ねて回った。
徐々にオルブレート侯爵から聞かれた者は別の者にも話し、その者がまた別な者と……どんどん話は広まっていき、静かだった王城内は隠された事件があった事にざわめきだした。
ルディウスは何も言わず父の後ろに控えていた。
王城に勤めるほとんどの者が事件について何も知らなかったが、オルブレート侯爵は見た目通りに情報を集める事が目的ではなかった。
自分達の身に何があったのか、尋ねる形を取って知らせて回っていたのだ。
王族は絶対に有耶無耶にしてくる。
確信しているからこそのオルブレート侯爵の行動だった。
それもまた、確実に貴族としての保身の形だった。
姉が王族に振り回されたオルブレート侯爵は、それほど王家を信頼していない。
話を聞きつけ血相を変えて飛んできた文官に別室に案内されるまで、オルブレート侯爵は知り合いを捕まえ続けた。
真っ先に連れて行かれたのは客間でもなく、隠された礼拝堂だった。
王城には様々な目的と用途で隠された施設が点在しており、このやや埃っぽい礼拝堂もその一つだ。
祭壇にはひっそりと棺が置かれていた。
ここに連れてきた文官は何も説明する事なく2人を棺の前に立たせると、力を入れて蓋をずらした。
中には腐敗防止と防臭の為の聖花が惜しげもなく入れられていた。
「……フレデリックだな」
上半身に毒を浴びて変わり果てた姿となっていたが、オルブレート侯爵は特徴的な髪色と装飾品を見つけて息子だと断定した。
情けなさが悲しみよりも勝った。
オルブレート侯爵はルディウスとイルヴィレアート姫との婚約自体を何度も王家に見直すように求めていた。
イルヴィレアート姫だけでなくシェイシルの性格からしても、いつか恐ろしい事が起きるような気がしていたのだが、まさかフレデリックが犠牲になるとは思いもよらなかった。
背後から扉の開く音がして、ルディウスは振り返った。
入ってきたのはルディウスの実父である第3王子で、ルディウスの姿を見て目を大きく見開いていた。
「……まさか、ルディウスなのか? どうして……」
ルディウスは冷めた目で戦く実父を見た。
そもそもこの事態を招いたのはこの第3王子だからだ。
「それはこちらの台詞ですよ。ここで眠っているのは私の兄であるフレデリックです。一体全体何があったのか聞かせて頂きましょう」
ルディウスの横にオルブレート侯爵も並んだ。
その目は我が子を無為に殺された父親のものであり、最早逃げる事を許さない目であった。




