12.【スキルが全てを読み解ける訳ではない】
領都の住民がすっかり日常に戻った頃。
領都にある神殿でエメライア姫縁の品が公開される事になったとのお知らせが、店の扉の隙間にいつの間にか挟み込まれていた。
開店前の掃除をしていた私は、真新しいお知らせのチラシをじっと見つめた。
以前に入っていたチラシから感じた違和感は、このチラシからもしっかりと感じられるのだが、スキルを使っても上手く読み取れない。
ちょっとだけ不思議に思ったが、よくよく見てみると絵もたくさん入っている今回のチラシは、文字ばかりだった前回のチラシと違って、明らかに複数人の手が入っているからだろう。
文章も複数人で担当して大人数で推敲し書いているとなると、スキルで読み取れる心情は複数の心が重なり合ったただの雑音でしかなく、意味らしい意味など読み取れるものではなかった。
私のスキルにこんな弱点があったとは、私自身も今知ったところだ。
「エメライア姫の所持品の公開になんて興味がありますか?」
丁度出勤してきたセシリアが私の手元のチラシを覗き込んで言った。
手紙コレクターの時には迂闊な発言をして店に迷惑をかけたと、しばらくセシリアも塞ぎ込んでいたが、向こうの自滅もあって最近は元通りになってきた。
「全然興味ないわね。私が興味があるのはチラシそのものの方。これって誰が作っているのかしら?」
「あー、神殿の見習い神官達の仕事らしいですよ。以前に運送ギルドの手紙部門で配達ついでにチラシ配りをしてましたから、その時聞いたんです」
「運送ギルドって手広くやっていたのね……あんな事がなければ良かったのに」
「そうですね。随分儲けていたそうです。そう言えば、あの盗人を引き入れた元支部長、事業を潰す切っ掛けを作ったとしてギルドから巨額の賠償金を課せられたらしいですよ。まあ、運送ギルドの名前も使って悪さしていたのですから、当然と言えば当然ですね」
窃盗で捕まった元依頼人が以前から抱えていた問題を放置していたツケと考えれば順当だろう。
前世の世界でもあるあるな話として縁故採用は天国か地獄かだ。
どこまで元支部長が元依頼人だった男性の倫理観のなさを知っていたのかは不明だが、他に誰も止められないような地位に就けてはいけなかったな、と私としては他人事として思った。
そうして私からもエメライア姫の話は日常の話の中に埋もれていったのだが、その日の午後にネーレイアが訪ねてきた。
「折角なのでエメライア姫の私物公開の優先チケットを差し上げます。都合の良い時に観覧されてみてはいかがでしょう」
何が折角なのかはよく分からなかった。
取り敢えず、チケットには値段が小さく書いてあって、神殿が小銭を稼ごうとしている事だけは理解した。
……有料でわざわざ行くものだろうか?
「チケットは完売したって聞きましたけど?」
「これは関係者用に配られた物なので別枠なんですよ。どうです、貴女も行かれますか?」
「ただで貰えるなら……ちょっと考えなくはありませんね」
ネーレイアとセシリアの会話からして、何故かエメライア姫の縁の品の展示は人気の企画となっているらしい。
どこぞの手紙コレクターのように、他人のプライベートを覗き見たい衝動は本当は一般人にもあったと言う事だろうか?
「そんな物を見て何になると言うの……」
私が呆れて呟くと、振り返ったセシリアが、
「王族の私物ですよ? どんな豪華絢爛な物かって、貴族の私物も拝めない一般人からしたら1度くらい見てみたい気もするでしょうよ。私はそこまで興味はなかったのですが、機会が頂けるのであれば見ておくべきかなと」
「あ、そっち方向の話なのね……」
気付かない内に手紙コレクターの思考に毒されていたかも知れない。
セシリアの話を聞いた私も、俄然興味が湧いてきた。
「神殿の企画展では例年開催が始まった直後の時期の、昼食前の時間がかなり空いております。その時間なら展示品をゆっくり見られますよ」
ネーレイアは親切にも空いてそうな時間まで教えてくれた。
ここまでして貰って良いのかなと私的には思ったが、
「来場者を水増しするノルマ達成の為にも、是非」
「行くけどノルマだったんだ……」
もしや早々のチケット完売の噂も、チケットにプレミアをつける為の偽装?
ノルマに付き合わなくてはいけない程ネーレイアと親しい訳ではなかった私とセシリアがジト目で見るが、ネーレイアはノルマが2名分減ったからか良い笑顔で。
「楽しんだ者勝ちですよ」
そう、既にエメライア姫の事件そのものは国民にとって娯楽に変換されている。
ネーレイアの勧め通り、開催が始まると直ぐ、午前中の仕事を早めに終わらせた私とセシリアは、神殿の企画展に行って見る事にした。
神殿関係者がはっきり言ったように、ただの企画展だ。
この展示にエメライア姫の無事を祈る意図は全く感じられない。
「こういう文具があるんですね。机の上にあると華やかになりそうです」
「綺麗だけど使いにくそうね」
「言われてみれば、子供向きでもありませんね……」
ガラガラの展示室で私とセシリアは勝手な意見を出し合っている。
それを注意する者はいない。
一点一点が高級品なので一応警備の者があちこちにいるのだが、どの神官も椅子にどっかり座って本を読んでおり、監視をする気が欠片も感じられなかった。
これってどうなんだろ?
「神殿内でも今回の企画は賛否両論だったらしいですよ」
こそっとセシリアが教えてくれた。
どうやら警備員代わりの神官達にやる気がないのは、その辺りが原因のようだ。
展示されている品は日用品から愛用の物まであった。
ただどれもこれも綺麗すぎるので、私にはエメライア姫が、と言うより人間が使っていた物とはとても思えなかった。
こう言うのはルディウスなら分かるのかしら?
一瞬そんな考えが私の頭を過ぎったが、直ぐに物に触れる必要があると言っていたのを思いだした。
特に王族の持ち物なら侍女やらが触れる可能性は大きく時間も経っているので、読み取れるものはほとんどないだろう。
直ぐに読み取れるものが気になってしまうのは、読み取り系スキル持ちの悪い癖である。
「あ、手紙ですよ。行方不明になる直前に出した手紙だってあります」
受け取った手紙ではなく、出した手紙というのが私的には引っかかるのだが、書いたものなら私でも読み取れるかと、私は特に警戒もなくただの興味だけで手紙を覗き込んでしまった。
エメライア姫は、当時十二才の子供だった。
その前提があるからこそ、手紙を見た私は手紙に溢れかえる子供とは思えない感情に戦いた。
明らかに手紙の主は悲鳴をあげていた。
「何、あれ……」
思わず呟いた後、慌てて口を閉じた。
スキルの事は伏せているセシリアが不審に思ったかと振り返ると、他の展示品に気を取られて私から離れていたセシリアは、私が驚いている事にも気付いている様子もなかった。
近くの神官も本に熱中しており、私の呟きは誰の耳にも届かなかったらしい。
それに関しては胸をなで下ろすも、もう一度見たエメライア姫の手紙は、やはり想像も出来なかった感情で塗りつぶされていた。
怒りと屈辱。そして、どうしようもない恐怖。
王家の末の姫として先王から愛され大事にされていたと聞いていた。
だが、エメライア姫の手紙に残された心情からは、実際に姫が置かれていた状況は話と真逆のものだったのではないかと感じずにはいられない。
心臓が早く大きく脈打つ一方で、手の先が冷たくなる感覚があった。
最後まで読み進めると姫が何を恐れていたのか、私には分かってしまった。
『私は売られるかも知れない』
エメライア姫は巧みに言葉を操り、特定の『鍵』を知らなければ読み解けない場所に告白を隠していた。
その宛先は、エメライア姫の婚約者だった子息と説明書きのパネルにあった。
考え込みかけた私の背中を叩く者がいた。
「そろそろお昼休みらしいんで、出ましょうか?」
「ああ……そんな時間だったわね」
お腹をすかせたセシリアに促されて、私は展示室を後にした。
手紙の事は気になったのだが、40年も前の手紙について今更急いで何かをする事はない。
神殿近くの店で軽く昼食をとって、私達は店に戻った。




