11.【優しさなど伝わらない】
比較的ルディウスと再会したのは早かった。
正式な依頼を持ち込みたいとして手紙で予約を受けた時間。前回と同じくセシリア達が帰った後の夕暮れ時、店に入ってくるなりルディウスは、
「誤字脱字を指摘されて怒るなんて何処の貴族だ?」
なかなかいい笑顔だった。
貴族だけあって他人がトラブルに巻き込まれているのが楽しいのだろう。事態を面白がっているのがよく分かる。
「あまり私自身は聞いていないのですが、噂はそこまで進化してましたか」
「私も今さっき休憩で入っていた店で聞いたぐらいだ。そんな事を指摘されて怒るなんて教育を受けている事を自負している貴族ぐらいだろ。庶民なら喜ぶだけだ」
悪評を流した筈が価値観の差で自分の正体を言い当てられるまでになるなんて、手紙コレクターは今どういう心境なんだろうか。
「実際には誤字脱字を指摘した訳ではなく、手紙の写しを売ってくれと言われたので断っただけです」
「それって、この前の運送ギルドの窃盗事件に関わっていたとか言う手紙コレクターか? 相変わらず意味が分からないな……」
重要人物の手紙なら欲しがるのは分からなくもない。
基本的に代筆屋が扱う手紙は平民相手であり、離れた地区の役所に出すような書類の類いである。私生活を覗くどころかただの事務書類だ。
ルディウスは分かっているようだが、そこら辺を手紙コレクターは理解していたかどうかは怪しい。
「……まあ、気に病んでいる様子もないなら、大丈夫と言う事か?」
「おや、ご心配をおかけしましたか。私は手紙コレクターは世間とズレているので、恐れるような事は起きないと最初から思っておりましたから」
視界の隅でアレンが遠い目をしていた。
騎士団が出る幕もなく手紙コレクターが自爆した事は誰にとっても喜ばしい事ではあるが、価値観が意味不明すぎて未だアレンは理解に苦しんでいるのだろう。
今回はルディウスの正式な仕事の依頼である。
出すか迷っていた前回の請求書は、結局ルディウスを目の前にすると返ってこない手紙への罪悪感が勝って、私は机の下で丸めてゴミ箱に捨てた。
不自然に笑顔なルディウスから差し出されたのは、またしても手紙だった。
これまでの事からかなり嫌な予感がしつつ封筒を開けると、悪臭レベルの香水の匂いが辺りに溢れだした。
「婚約者から送られたこれは手紙コレクターにあげても良いぞ」
「えー……これだと寧ろ喜びそうですけどね」
香水の匂い付きでプライベート感満載の、現在の王家で唯一の姫君の手紙だ。
その上で『毒つき』なのだからきっと目玉が飛び出る程の値段を提示してくれるだろう。
王族の手紙を当然売る気はないが。
「これ、インクに揮発性の毒が混ぜられていますね。吸い込んだら気分が悪くなると思うので、換気をしましょう」
香水の匂いがきつかったアレンが頼む前に窓を開けていてくれたので、私はもう一つ換気の魔導具を作動させた。
偽の手紙を書いた時も使ったこの魔道具は、店を始める際に備品として買い求めた中で一番高価だったが、その値段以上の働きをしてくれて今では欠かせない仕事道具となっていた。
毒と聞いて、ルディウスの後ろにいた従者が不快げに顔を歪ませた。
手紙に触れる可能性があるのは、何もルディウスだけと限った事でもない。
「手紙の文字に触れていませんか? 毒は皮膚からも吸収されます」
「……大丈夫です。流石に我々もその悪臭の元は触りません」
触れたら毒だけでなく香水の匂いも当然移る。
つけ過ぎた香水のおかげで従者は手を爛れさせる事もなかったのは、怪我も狙っていたと思われるこの手紙の書き手からしたら誤算だろう。
尤も単純に書き手の考えが足りなかった可能性もあるが、念のため手袋をして開いた手紙の文章は、
「かなり嫌われておりますね」
「本気でこんな風に毒殺を狙われるくらいにな」
わざわざスキルを通さなくとも、手紙の文章は婚約者のルディウスを格下の存在だと蔑む心情が溢れんばかりだった。
ここまであからさまな物を私に持ち込む意図が分からず、私はルディウスの顔を見上げた。
「……その手紙に、私への感情以外のものはないか?」
「それはないですね。率直に申し上げれば、貴方が早く死んでくれないかなと思われているだけです」
「それは予想の範囲内だな」
段々私も自分の顔が渋面になるのが分かった。
いくら何でも不貞の子と知りながら王族として扱う王家の態度も、実子の方に我慢をさせる第3王子殿下のやり方も、とても気分の悪いものだ。
王家の血をひきながら侯爵家の養子となっているルディウスに、拒否する事は出来ないのが余計に癪に障る。
私が納得出来ない顔をしている事にルディウスは顔を逸らした。
「まあ、事情を知っていたらイルヴィレアート姫の態度には思う所があるよな。ただ正直、私だってあれとは結婚などしたくない」
「……本当にどうにもならないと言う事です?」
「私からはな。私は君にこの手紙の事を黙っていてくれとは言わない。そう言う事だからな」
そう言ってルディウスは従者に私への報酬を出させた。
貴族だから多い!……じゃなくて、かなり大目の金額を出されたので、私は慌てて立ち上がって返そうとしたが、カウンターに顔を近づけた従者が、
「これで、宰相様へのお取り次ぎをお願い出来ませんか? 何とぞ、婚約の話を今一度お考え直して頂けるよう、貴女様からもお願いして頂ければ幸いです」
あー……。
私はもう貴族はやっていないのだが、貴族に関われば貴族的な回りくどい方法を取られる事はあると言われていた。
まさか、ここでやられるとは思ってもみなかった。
「……最初に自分の身の上を説明したのは、同情をひきたかったからですか?」
「私はそこまで企める程器用な性格ではない。それとこれとは別だ。今回は手紙の怪しさが度を超えてきたのでな……とうとう家族を狙ってきたのかと思ったんだ」
「それは……このインクで死ぬまでは無理でしょうが……」
書き手が狙っているのは明確なルディウスの死だ。
聞いている年齢的にもルディウスとイルヴィレアート姫の結婚の予定は遠い未来の事ではなく、手紙にも姫の焦りが見え隠れしていた。
「私の命がかかっているから宜しく頼むよ」
それが一番断れなくなる言葉だし。
多過ぎる報酬は断ろうと思ったが、何度も何度も従者に頭を下げられた私も根負けして受け取った。
こう言う貴族のやり方は、本当に汚いと思う。
けれど、そのままには出来ないので、私は次の日に宰相の父親である領主の先代侯爵の元へ出向いた。
私の話を一通り聞いた先代侯爵は、重苦しいため息をついた。
「私が王城で働いていた時からイルヴィレアート姫の事は公然の秘密だった。知られていると知らないのは王子妃とイルヴィレアート姫だけだった」
婚約者に据えられたルディウスが第3王子殿下の実子とは、流石の先代侯爵も知らなかったらしい。
状況に納得はしつつも、
「その毒入り手紙は王家に伝えておこう。しかし、王家は恐らく見て見ぬ振りをするだろう」
「そこまで庇うんですか?」
私はいまいち理解出来ない心情だった。
街で聞く限りでも、第3王子妃とイルヴィレアート姫は王族として威張り散らしていると評判がとても悪い。
不貞とその結果の態度は、それ自体はまだバレてはいなくても元王家のイメージ的にも良くない筈だ。
「王子妃であるシェイシルは不幸な生い立ちなのだ。王城で勤めていた父親の不在時に叔父一家が母のいないシェイシルの面倒を見ると言って屋敷を乗っ取り、シェイシルを虐待していた」
確かにそれは悲しい話であろうが、王族が第3王子妃とまでなったシェイシルを優遇する理由にはならない。
「それってよくある話ではないですか。そんな程度で王族が不貞を見て見ぬ振りをする必要などありませんよね」
「全くその通りだ。だが我が国の王族は、それを庇う」
立ち上がった先代侯爵は、私の頭をポンポンと軽く撫でるように叩いた。
この先代侯爵には、私はまだ十代になったばかりの子供の時から色々と世話になっている。
それこそ、絶対スキルを狙う者達から、幾度も庇って貰った。
「目の前に見える不幸に弱いんだよ」
それが次の不幸を生み出している事に気付かないまま、勝手な優しさを振りまいているのが今の王族と言う事だ。
その優しさは私が考えたよりも遙かに根深く。
エメライア姫にまで、その優しさが不幸をもたらしたとは、そのときの私には考えが至る事はなかった。




