表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
代筆屋クラリスは伝わらぬ秘密を記す  作者: 夏見颯一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/34

10.【価値観の差はどうする事も出来ない】


 ロマンスとは言えない恋愛もある。

 当たり前の話であるが、現実ともなれば幸せになる恋ばかりではない。



 私はベッドの中で今日の出来事を振り返っていた。

 なかなか濃い情報を詰め込まれた所為か、横になってかなり時間が過ぎているのにまだ少し興奮しているようで全く眠くなってはいない。

 私は寝返りを打って天窓から夜空を見上げた。


「どこの世界も夜空は同じね……」


 転生した人間なら誰でも言いそうな言葉しか出て来ない。

 生まれ変わったらもっと楽しく煌めいた人生が送れるんじゃないかと期待したけれど、今回の人生も星には手が届かなかった。


 夢みたいな輝く人生なんて世界の何処にもない。



 夕方に会ったルディウスとその周囲の人生も、美しく煌めいてはいなかった。


 話の本題に入った時、窓の外は夜の帳が下りようとしていた。

 ルディウスは表情を消して、


「手紙を読んだなら私の実の母親が聖女だと知っているだろう?」


 公的には聖女ユリアは結婚していない事になっているし、当然子供なんていない事になっている。

 それがてっきりルディウスの言う秘密と思っていたが、そんなものは前振りでしかなかった。


「私は聖女である母と、第3王子殿下との間に出来た子供だ」


 隠された母がいれば、隠された父もいる事に、私はルディウスから秘密を打ち明けられるまで考えもしなかった。

 聖女の子供が王族の庶子だった話だけでも十分しっかり私は驚いていたのだが、領主直属のエリート騎士であるアレンは王侯貴族の関係をしっかり頭に入れていた。


「お待ち下さい。私は先代侯爵に仕える騎士でアレンと申します。第3王子殿下は奥方との間に一粒種のイルヴィレアート姫がいらっしゃいます。貴方様はそのイルヴィレアート姫の婚約者でございますよね?」

「それについては事実だ。だが、イルヴィレアートは王子妃の不貞の子である。私的にはいい迷惑だが、王家の血が入っていないイルヴィレアートの為に私は婚約者に選ばれたのだ」


 まず不貞を告発して離縁しろよ。

 王家に嫁いだ女性が不貞したと公表するのも王家の恥になるから何とか取り繕おうとしたにしても、中途半端に事実が流出した時はもっと困る事態になりそうで、もう少し方法がなかったのかと思う。

 いや、それよりもまずはやっぱり、不貞の子を何とかする為に実子を犠牲にするなんておかしい。

 取り繕う事に腐心した結果の理論は大抵分からないものだ。


 聖女ユリアが我が子を、今は亡き妹の実子とした事も、私には理解出来ない。

 戸籍の問題とは言え、私にはどうにも冷たい気がした。


「あの手紙の真意を知りたい。君なら読み取れるだろう」


 スキル的にも触れたら私と大体同じ事が分かるのではないのかと思ったのだが、そう言えば聖女の手紙は複数の人間を経由して、中身も確認されるものと誰かが言っていた事を思い出した。

 恐らくその際手紙を覗く邪な人間の感情が手紙に移ってしまい、聖女の思いは今までルディウスには届いていなかったのかも知れない。


 私は大きく息を吐いた。


 目の前にあるのは本物の手紙ではなかったが、幸い自分が作った手紙の複製なのだから、見ればこれを書いた時の自分の心情は読み取れる。

 私はゆっくり慎重に、聖女の手紙にあった思いを読み解いた。


「……と言う事です。本物の手紙に書いてあったのは、正真正銘子を思う母親の物だったと思います」


 締めくくった私の言葉に、ルディウスは面白くなさそうに眉を少しだけ顰めた。

 知りたかった筈の真実でありながらも、ルディウスの身の上からしたら母である聖女には複雑な感情が渦巻いているのかも知れない。

 しばらくルディウスは黙り込んだ後、


「……私も君のような力だったら良かったな」


 独り言のような呟きは、本当に羨望が滲んでいた気がした。

 読み取り系のスキル持ちは、何度も言うが生き辛い。


 実のところ手紙にある聖女ユリアの思いは、両者の事情を知った上である程度の読解力があれば、文章から母親が愛情を持っている事は読み取れる。

 それなのにルディウスはそれが目に入らない程に、スキルで読み取れる『真意』に拘ってしまったのは、スキルで読み取った事が真実だと知っているからだ。


読み取り系のスキル持ちは生き辛い。

 目の前の真実があったとしても、簡単に見過ごしてしまう。



 またね、と帰って行ったルディウス。

 私は次に会った時には、


「料金をちゃんと請求しないと」


 個人経営はとてもシビアだ。

 どうせ眠れないならと、私は起きて請求書だけ書いてからベッドに戻った。


 私の代筆屋では手紙の読み取りでも料金は発生いたします。





 再び穏やかな日常に戻れると思いきや、まだまだ見込みは甘かった。


 これまでに一通り面倒な人間は捕まったか追放されたかのいずれかになったのだが、一番面倒な人間はまだ野放しであった。

 取り敢えず、この男性は分かりやすく犯罪を犯している訳ではないので、アレンも睨むしか出来なかった。


「君の仕事で来る手紙、あれを複製して私に売ってくれれば良い」

「仕事上の守秘義務があるのでお断りです」

「何。私はちゃんと受け取った手紙はコレクションにしまい込む。外に漏れる事はないんだよ」

「他人の貴方に漏らす事自体が契約違反になります。お引き取り下さい」


 私は相手に淡々と事務的に返す。

 私達代筆屋が手紙の代筆をしていると、何処かで聞き及んだらしい手紙コレクターは、どんなに断っても何度も同じ事を持ちかけてくる。

 根負けして1度でも応じてしまえば信用的に終わりだというのに、迂闊に話に入ってきたセシリアが妥協案を出してしまったので、交渉の余地ありと見なされてしまったのが痛い。


「私は手紙の下書きでも買い取りますよ?」


 渡すのは嘘の下書きでも良いでしょうとセシリアは考えていたらしいが、コレクターは侮ってはいけない。

 自分が目をつけられた事にも気付かないセシリアはメイドが奥に引っ込ませたが、ここで私がきちんと拒絶しないと手紙コレクターはセシリアにも付きまとって『本物』を持ってこさせようとするだろう。


「手紙の下書きを書いた時点で既に守秘義務がついて回っております」

「どうせその下書きはゴミにしているんでしょう? それを私が金銭を払うというのですから、貴女は得をするんですよ」

「私の店では下書きも依頼者に渡しますから」


 下書きの話を出したセシリアを恨んだ。

 ゴミにするくらいなら貰っても良い筈だと思った手紙コレクターは、しつこさも増してしまった。

 結構時間が経ったのに居座り続けている。


「仕事の邪魔です。帰って下さい」

「私はきちんと商談をしているのだがね」


 本当に質が悪い。

 何かしら明確に危害を加えそうな気配があればアレンも動けるのだが、男はずっと腕を組んでいて崩さない。

 ある種知っている者の動きだった。


「私は売らないと言いました。既に商談は不成立となっております。これ以上貴方が粘ったとしても私は考えを変える事はありません」


 単調に同じ話を繰り返せばうんざりした私が何処かで折れるとでも思っていたのだろう。

 視線を合わせて、はっきりと拒絶の言葉を突きつけた私に、手紙コレクターは醜悪に顔を歪ませた。


「……ふうん。断ったらどうなるか分かっているのかな?」

「知りませんけど、私は断ると申し上げております」


 運送ギルドの元責任者が融通していた事で、手紙の入手は相当ハードルが低いとでも思っていたのだろう。

 あれはあくまで巨大ギルドの名前があったからこそのレアケース。


 取り敢えず私は、他人の私生活を覗きみたい嗜好の人間とは関わり合いになりたくないから頑として断った。


 睨み付ける視線に臆する事なく見返している私に、手紙コレクターは諦めたようにため息をついた。


「……後悔しても遅いからな」


 ありがちな捨て台詞を残して手紙コレクターは店を出て行った。

 やり取りを見守るだけにしてくれていたアレンが、心配そうな顔をして私に駆け寄ってきた。


「何かを企んでいるかも知れません。今すぐ騎士団の方に知らせておきます」

「ありがとうございます。でも、多分大丈夫だと思いますよ」


 実際に話してみてよく分かったが、手紙コレクターは私達と価値観が全く違う。

 警戒はしていた方が良いものの、心配するような事は起きない予感がした。



「あの代筆屋、手紙を勝手に写すんだって」


 数日後、私の店の周辺から聞こえてきたのはそんな話だった。


「手紙を写す?」

「うん。写すらしいよ?」

「何で手紙を写すんだ?」

「知らないよ。そう聞いたから言ったんだ」


 話し手も聞き手も疑問符ばかりの会話をあちこちでしているのが聞こえてきた。

 手紙コレクターの手の者は一生懸命悪評を広げる仕事を頑張ったのだろう。

 その後はかなり離れた地区で働くセシリアの友人も噂を聞いたと話していたそうだ。


「へー。写したから何だって言うんだ?」

「何かさあ、売れるらしい?」

「何言ってるんだ。そんなのが金になるなら誰も苦労して働かねぇよ」


 庶民の会話は概ね『手紙を写しても金にならない』で終わる。

 通常の私も写したくらいで金は貰えないし、住民達の反応は当然でもあろう。

 そもそも運送ギルドでの手紙の窃盗事件の際も、住人の大半は手紙を写す事が仕事だと理解出来なかった。


「俺らの誤字ばかりの手紙を写して金になるなんて、ありえねぇよ」


 仕事で忙しい住人にとって、手紙を通じた他人の日常などはっきり言って興味もない。

 そもそもまだこの世界はそれほど文化が進んでおらず、平民も貴族も四六時中誰か一緒にいないと生活出来ないようなレベルである。当然、プライベートもプライバシーの観念もないのだ。

 私的な手紙を写したからと言って、他人の目があって当たり前の中で生活している者達は首を傾げるだけ。


「あれだろ。手紙の誤字脱字を指摘された客がつけた言いがかりだろ」

「ああ……大変だな」



 住人達に分かる範囲に噂は変換され、結論としては私の店には悪評は立たなかった。

 アレンもセシリアも手紙コレクターの行動が明後日の結果となってしまった事を知ると酷く遠い目をしていた。


「文字の読み書きが不自由な庶民に言った所で通じる訳がないでしょ。手紙に金銭的価値を見いだすのはコレクターだけだって……」


 違いすぎる価値観は、喜劇にしかならない。


 手紙コレクターからはその後接触はなかったが、周囲との価値観の差を目の当たりにしたからか小さくなっているとの事だった。

 自滅したのだから、これで少しは大人しくなってくれるでしょう。


 私は少し気分が晴れやかになった。




全然夕方じゃないし……頑張ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ