9.【秘密を口にせずにはいられない】
領主と運送ギルド本部の本気もあり、領都の生活は手紙の窃盗事件前とほとんど変わらなくなった。
たとえ表面上のものだったとしても、商人達が利便性が悪くなった領都を外して迂回路を選択し始めるまでに間に合ったので、運送ギルド関係者は全員胸をなで下ろしているだろう。
一方、しばらくの間は話題となったエメライア姫の事について、すっかり住民達の口からは出て来なくなった。
「姫の事は何かしら商売に関係していたら関心が保ったでしょうが、私達には全然関係のない事ですし」
まさしくセシリアの言う通りであった。
エメライア姫の無事を祈ったからといって、私達の生活が変わるという事もない。
神殿が金と手間をかけて広く告知した事は、一般人にとってはエメライア姫の事件を思い出す切っ掛け程度の話でしかなかった。
身も蓋もなく言ってしまえば、無駄な事だった。
「……それにしても、エメライア姫の事件って神殿的には不祥事でしょ。エメライア姫の名前を出せば、忘れ去られていた自分達の不祥事も掘り返されるって分からなかったのかしら?」
「崇高な理念の元で動いておられる方々の発想は分かりませんよ」
先日会った常連客もそうだが、セシリアも神殿への皮肉が直ぐに飛び出してくる。
思い起こせば領都内では神殿に好意的な話を聞いた事はほとんどなく、住民は事あるごとに神殿を皮肉ったり蔑んだりしている。
私の故郷ではここまで神殿関係者を嫌う者自体見た事がなかった。
「領都住民と神殿って揉めた事があるの?」
これまで住民達の態度をあまり気にした事はなかったが、何だか非常に根深いものがあると今更感じたのだ。
私が問うとセシリアは少し考え込んで、
「……そう言えば、クラリスさんは領都外の出身でしたっけ。私達が神殿を嫌っているのが不思議ですよね? よく外から来た人達には驚かれるのですよ」
「何か理由があるの? 私の故郷ではそこまで嫌われてはいなかったんだけど」
何故か私に答える前にセシリアはしきりに周囲を確認し始めた。護衛として出向している騎士であるアレンも一通り外などを確認して、しっかりと何かを確認した2人は頷き合ってから、セシリアは私に視線を戻して、
「神殿には暗殺担当の騎士団がいるって御存知ですか?」
真面目な顔をして話し出したセシリアに、私は何があったのか薄々理解した。
あの暗部である騎士団は保持すべき秘密がないにも関わらず私を殺そうとしたのだ。
これまでも大した理由もなく他の者も殺してきた事は容易に想像出来る。
ただ、その危険な騎士団は既に壊滅していた。
元の騎士団が公然の秘密とは言え存在しない事になっているので、潰滅した事も当然の如く公表されていない。
今まで領都の住民が何人も殺されているというセシリアの話を聞きながら、私はどうやって説明しようかと途方に暮れた。
セシリアとメイドは辺りが暗くなる前に帰宅出来るよう仕事の終了時間を決めている。
業務終了が早いように見えるが、普通に身の安全の為だ。
交易地であり中継地である領都には様々な人間が流れ着き、領都の騎士団がどんなに見回ったとしても、夜は事件に巻き込まれる危険性が高くなる。
セシリア達は生まれも育ちも領都であり、危険な時間や場所は熟知しているのだが、それでも年に十人以上は犠牲になると言っていた。
田舎と違って魔物や魔獣を恐れる必要のないものの、都会には都会にしかない危険があると言う事だ。
この日もまだ開いている市場で食事を買って帰るらしい二人は、いつものように机を片付けてから店を出て行った。
残されたのは私と、私が店を閉めるまでが仕事のアレンだけである。
「後は予約客が一人いるだけですから、アレンさんも帰宅して良いですよ」
「初見で、まして男性客が来ると分かっていて、護衛が簡単に帰れる訳がないでしょう」
アレンにジロリと睨まれた私は小さくなるしかなかった。
予約を願う手紙で相手の目的をある程度私が知っているにしても、確かにこれまで本当に色々起きていた。
ちょっと警戒心がなさ過ぎる提案だったと反省する。
時計を見ると予約の時間まではまだ少しあったので、私は預かっていた書類を開いてペンを取った。
店の扉がノックされたのは約束の時間よりほんの少し遅れてからだった。
「どうぞ」
「失礼する」
従者を伴い入ってきたのは、貴族らしき青年だった。
私よりも少し上くらいの年齢だろうか。
仕立ての良い服装よりも、まっすぐに背筋を伸ばした綺麗な姿勢をしていたのが私の目をひいた。
伯母の関係で何人かの貴族子弟と会ってきた私も、これだけで青年の家の格が良い意味で違うのが分かった。
「私は代筆屋をしているクラリス・ウェリアと申します。当店にどのようなご用件でしょう?」
常連客の公爵令嬢のように纏う空気そのものが異なっている青年に、珍しくも私はかなり緊張してしまい、声が少し引きつってしまった。
いやだって、私があった事のある貴族少年って、ほぼ会話も通じない猿だったし。
「私はルディウス・オルブレート。オルブレート侯爵の次男だ。私の事はルディウスと呼ぶといい。まずはこれを見てくれないか」
カウンターの前に立ったルディウスは、手袋をしたままの手で胸ポケットから私も覚えのある封筒を取り出すと、音もなくカウンターの上に置いた。
「これを書いたのは君だと伺った」
「はい。確かにこれを書いたのは私ですが……」
インクの悪臭がすっかり消え去った手紙を前にして、私はどうしたものかと考え込んだ。
これは間違いなく運送ギルドの元責任者に予備として渡した手紙で、すり替えられた偽物である。
恐らくルディウスには運送ギルドから説明がされていると思うのだが、本物は誰の手に渡ったのかどうかも分からない。
もしや私に責任を追及しに来たのだろうか?
予約の手紙からルディウスの目的が『とにかく会って真実を知りたい』だと分かっていたが、その詳細までは判然としていなかった。
手紙を複製した事についてだったら、窃盗に関わったのがいくら本意ではなかったにしろ私も返す言葉はない。
「えーっと……知らなかったとは言え、勝手に手紙を写してしまって申し訳ありません」
「それは良いよ。あの人の手紙はいろんな人が興味を持って確認するから、そんな程度はよくある事だ」
異世界貴族事情、こっわ。
ルディウスの話を聞いた私は、まだまだ理解が甘かったと知った。
それとも、聖女周りだけと言う事なのだろうか。
ルディウスはちらりと壁際に立つアレンの姿を確認した。
そして、その途中でカウンターの横にある領主の家紋が刻まれたプレートにも気付いたようだ。
「これがあると言う事は、つまり領主も君のスキルを知っていると言うことかな?」
「……」
ネーレイアの時もそうだったが、スキルそのものの話はなかなかセンシティブに分類される話である。普通は初見の相手に出す話題ではない。
それをルディウスの身分で分からない筈もないのだが。
私は表情を変えず、ルディウスを見返した。
ちょっとだけ私の内心を探るような目をしたルディウスは、
「君のスキルで何が出来る? 私のスキルは【過去読み】だ。文字通り触れた物の過去が見える」
その言葉を聞いたアレンは勿論、ルディウスについていた従者も非常に驚いた顔をして振り返った。
「……驚かないか。流石、上位スキルの持ち主と言うことか」
ルディウスは態度を全く変えない私に感心していたが、実際には単にそのスキルの価値が私にはいまいち分からなかった残念な話だった。
私は伯母のウォーゲル子爵家に女の子が生まれなかったので、もしもの時の為に政略結婚の駒になれる程度、本当に最低限の教育を受けただけだった。
前世の知識があったから今のところ不自由なく生活は出来ているが、この世界の常識的な知識が揃っているかどうかについては、私自身かなり怪しいと思っている。
この場で聞ける雰囲気ではないよね……。
取り敢えず、私は話の流れのままに従うことにした。
分からない事は後で領主に聞けば良いだろう。
「私のレアスキルより上だと分かっている。外で言いふらすことは絶対にしないから教えてくれないだろうか?」
「……私は【読書家】の絶対スキル所持者です」
「絶対スキルか!」
今度は私の方をアレンとルディウスの従者は驚いた顔で振り返った。
一応私も絶対スキルがレア中のレアなスキルだというぐらいは知っているので、無駄に利用されない為にも家族にもずっと黙っていた。
だが流石に今度ばかりは私も負い目があるし、貴族令息であるルディウスが自分のスキルを明言したのであれば平民でしかない私も話さざるを得ない。
「なるほど。最上位の読み取り系スキルか……なるほど」
ルディウスが何度も頷きながら「なるほど」を繰り返し口にしている意味は私には分からない。
どうとでも使える貴族的無表情を維持したまま、自分の無学を理解している私はこの後どうやって乗り切ろうかで頭がいっぱいだった。
「そうすると、私が出した手紙で私の目的は知っていたと言う事かな?」
「ある程度。そもそも書いた時の心理や伝えたい事は読めますが、まあ、読めると言ってもそれくらいですね」
「なるほど。【読書家】ってだけあって、文字関係に限定されているのか。それは羨ましい」
私はついルディウスの手袋をした手を見た。
スキルを知ってしまうと、そう言う事かと思ってしまう。
「逆に私が書いた手紙を持っているなら、貴方には私の考えていた事は筒抜けと言う事ですか?」
「同系統の読み取り系スキル同士なら、下位スキルでは上位スキル持ちが関係するものをほとんど読み取れないんだよ。まあ、だから会いたいと思ったんだけど」
そういうスキルのルールは私は初耳だった。
ただ、私も幼い頃に読み取り系スキルを潜在的に持っていると分かった時、大層鑑定人から同情された記憶があった。
読み取り系スキル持ちは、総じて生きづらい。
スキルが通じない相手というのは、読み取り系スキル持ちにしたら非常に大事だと以前に聞いた事がある。
ルディウスが心なしか嬉しそうなのは、そう言う事だろう。
まあ、私としては聖女の手紙の過失を責められなくてほっとしたのだが、
「それじゃあ、秘密の話をしようか?」
ここから先にルディウスが語った話は、本当に秘密にしなければいけない話だった。
ルディウスの知りたい『真実』は、本物の手紙を読んでいた私しか知らない秘密であり、私は期せずして王家と聖女のもう一つの秘密を知る事になってしまった。




