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結局、梨音は奏介達を見つけることができなかった。
ずっと雨の中を走り通していたせいで、服は全身ずぶ濡れ。足も棒のようになってもうまともに動かない。満身創痍とはこういうことを言うんだな、と梨音は身をもって知った。
そして最後、ぼろぼろの身体と精神を引きずるようにして、梨音が藁にもすがる思いでたどり着いたのは。
「梨音ちゃん!? 大丈夫!?」
カフェライナーに来た梨音は、すぐにタオルを持ってきた夏樹に介抱された。荒れた天気のせいか、幸い他に客はいなかった。
梨音は身体をふいて、誰もいないバックヤードで着替える。替えの服は、夏樹から借りることができた。Tシャツに、スウェットの長ズボン。閉めたドア越しに、梨音を気にかける夏樹の声。
「サイズ、大丈夫かな? ちょっと小さかったらごめんね」
「いえ、大丈夫です……ありがとうございます」
上下ともに丈が少し短かったが、着れないことはなかった。着替えを終えて梨音が外に出ると、夏樹は一番近くのカウンター席にホットココアを用意していた。
「あの……」
「大丈夫。今日はこの天気でバイトさんもお客さんも来れないから店じまい。もちろんココアは私のおごりだから、ゆっくりしてっていいよ」
「あ、ありがとうございます」
席についてそっと一口、ココアをすする。夏樹の優しさをそのまま形にしたような甘さと温かさ。じんわりと、身体の内側に染み渡る。湯気が綿毛のように舞い上がる。
窓の外を見ると、まだ強い雨が降っていた。
「もしかして、奏介くんのこと?」
梨音は何も言わなかった。いや、言えなかった。だから、黙ってうなずいた。
「奏介くん……いなくなっちゃったの?」
「どうして……?」
どうしてそれを、夏樹が知っているのか。
梨音はまだ話していなかった。突然受け取ったメッセージのことも。それから奏介が行方知れずになってしまったことも。
「実は、さっき私のところに来たんだ。奏介くんからのメッセージ」
「来たんですか? ソウから?」
「うん。『しばらく旅に出ます、このことは内緒にしてください』って」
「私のところにも、来ました。同じような文章で」
「そっか、やっぱりそうなんだ」
それから夏樹は顎に手を当てて、少し迷ったような仕草で。
「実は、私がもらったメッセージにはもう1つ、奏介くんからの頼みがあって」
「頼み、ですか?」
「それがね……『梨音のこと、よろしくお願いします』だってさ」
「何よ、それ」
思わず、そんな言葉が漏れた。
奏介はズルい。旅に出るだなんて一方的に宣言されて。謝られて。感謝されて。挙げ句の果てには、罪滅ぼしにもならない中途半端な優しさをくれて。
ああふざけんな。大好きだ。
大好きだって、昨日のうちに伝えておくんだった。そうすれば、また違った未来を辿っていたかもしれないのに。慢心しきっていた昨日の自分を殴ってやりたい。
ホットココアに涙が混じった。言葉にならない嗚咽が堰を切った。最近の自分はダメだ。後悔しっぱなしで、いつも心細くて、そのせいで涙もろくなった。
そんな悲しみにくれる梨音の頭を、夏樹が優しく撫でる。
「変わらないものも、ちゃんとここにあるから」
「それって……」
「梨音ちゃん、覚えてる? 路上ライブを見に来てくれた日のこと」
覚えている。さっき夏樹が口にした言葉も。今日みたいに弱くなってしまった自分を、励ましてくれた言葉だった。
「今、奏介くんがどこにいるのか、何を思ってこういう行動に出たのか。当然、私にはわからない。でも、もし仮にふらっと帰って来た時に、旅に出る前と全てが変わっていたら、きっと奏介くんはしんどいと思う」
「……うん」
「だから、私達はこの場所を守るの。いつでも、奏介くんはもちろん、他のジェロムズのメンバーが戻ってきてもいいように。そうしていれば、いつかきっとみんな戻ってきてくれるから」
「……うん」
「何か、食べよっか? 2人分、まかないでよければ作るから」
「……いただきます」
それから、梨音は残りの野菜で作った夏野菜カレーをごちそうになった。
文句なしに、おいしかった。
ちょっぴり、涙の味がした。




