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封筒には、100万円が入っていた。
果たしてジェロムはどうやってこの金額を稼いだのか。奏介にはわからないし知らないほうがいい気もするが、とにかくこれで逃走資金の目処は立った。だから、まずはこの資金を惜しげもなくつぎ込んで、柏を脱出する。
奏介は再びタクシーを捕まえ、追っ手との遭遇率が低いと思われる県外の取手駅まで向かうことにした。そこから常磐線を使って、北上する算段だ。
「これから、どっちに行くの?」
彼方が、タクシーの車内で、ひそひそ声で訊いてきた。奏介もそれに合わせて、ひそひそ声で答える。
「ひとまず水戸で乗り換えて、大洗に行く。そこから北に向かうフェリーが出てるかもしれない」
「それって……」
「彼方、北に行きたいって言ってたから」
「海外に行くの?」
「いや、さすがにそれは難しいかな。俺、パスポート持ってないし。でも、北海道くらいなら行けるかなって」
「北海道! 行きたい!」
これからの行き先について盛り上がっていると、いつの間にか雨が降っていることに気がついた。フロントガラスでは眠っていたワイパーが仕事を始める。それから程なくして、雨はシャワーのような大雨に変わっていった。
「すごい雨だ」
「うん」
雨の勢いに驚いた2人は、あっと言う間に水浸しになっていく街の様子を眺めていた。
そして、2人は気づいてしまった。
それは、タクシーが信号待ちをしていた時のこと。最初に気づいたのは、彼方だった。
「え……うそ」
「どうした?」
初めはもう音構の人間に見つかったのかと思い、身構えた奏介。しかし、彼方の様子はそれとは少し違っていた。
「あれ」
彼方が指を差す。対向車線側の歩道。大雨の中、傘もささずに走る人がいる。こちらに向かってくる。何かを探すように、きょろきょろと周囲を見渡しながら。奏介は視界を遮る前髪をかき上げて、両の目で確認する。
間違いなく、梨音だった。
きっと、探しているのは自分達のことだ。しかし、こんな雨の中に出てまで。
「俺、梨音に会ってくる。運転手さん、ここで――」
「やめて!」
降りようとした奏介を、彼方が声で制した。マイクを通してではない、感情の乗った彼方の大声。
「梨音のことは、巻き込まないで」
「でも!」
「説得して家に帰すつもりなら、それは無駄。きっと、梨音は何を言ってもついてくる。だから、梨音には会わないで」
ぎゅっと、彼方が奏介の手を握る。
「梨音は、大切な友達だから」
そう訴える彼方の瞳からは、今にも涙がこぼれ落ちそうだった。
梨音は奏介達の乗ったタクシーを通り過ぎ、途方に暮れた梨音の姿が遠く離れていく。確かに彼方の言う通りだ。梨音は昔からそういうやつだから。だから。
信号が青に変わる。
「……そのまま、行ってください」
察したのか、もともと寡黙な人なのか。運転手は「わかりました」とだけ言って、車を動かした。
相変わらず、雨は降り続いている。水しぶきで霞ががった景色の向こうに、梨音の姿が消えていく。
それを、2人は黙って見送った。
さよなら。




