21
エレベーターに乗った2人は、小さい箱の中で重力に逆らい吊り上げられていく。わずかに空間が軋んだ。
「奏介、目の前にいる人間を言いくるめるのに一番大切なのは何か、わかるか?」
「……話術、ですか?」
「ノー。確かに話術のスキルがあるのはベターだが、俺が言いたい大切なものはそれ以前の話だよ」
「どういうことですか?」
「オーケー、答えを言ってやろう。それは……絶対的な自信だ」
そこまで話したところで、ドアが開いた。
エレベーターホールを抜けるとそこには、左右に廊下が伸びている。まるで高級ホテルのような空気の匂い。しかし、そこに真っ赤な絨毯とか、瀟洒なランプやシャンデリアは存在しない。あるのは真っ白な床と窓のない壁面、それから眩しすぎる天井のLEDライトだけ。飾り気を徹底的に排除した、研究施設としてお手本のような空間が広がっていた。
「609は右か……行くぞ」
先を急ぐジェロムの後を奏介がついて行く。
「奏介、お前はポーカーフェイスのままでいい。俺が彼方と話をつける」
「わかりました」
廊下は右側に緩やかなカーブを描いていた。大きな背中を追いながら、等間隔で並ぶ扉の数字を数えていく。605、606、607。
「実は、まだ奏介に話していないことがあってな」
608。
「何ですか?」
「俺の正体は、テロリストなんだ」
「……は?」
609。
その扉の前に立つと、躊躇なくジェロムはノックする。一呼吸分くらいのタイミングで、ロックの解除される音がした。奏介には気持ちを整える余裕すらなく。
開いたドアの前には彼方がいた。
すると、ジェロムはまるで商談前の握手のような自然な手捌きで。
ビジネスバッグから出した拳銃を彼方の眉間に突きつけた。そのまま部屋の奥へ。3人を飲み込んで、オートロックの部屋は密室になる。
「手を上げろ」
以前よりやつれた様子の彼方は無表情のまま、ゆっくり手を上げた。拳銃に動じていないのか、それとも表情と感情が状況に追いついていないだけなのか。
ちなみに奏介は後者だった。現状を数テンポ遅れて無理矢理飲み込んで、慌てて止めに入る。
「ちょ、ちょっと、何してるんですか部長!? 本物ですかそれ!?」
「見ての通り。銃は本物だ」
「見ての通りってこれじゃ説得じゃなくて脅迫でしょ!?」
「説得するなんて俺がいつ言った?」
奏介はこれまでの会話を思い返す。確かに言ってない。
「敵か味方か、今の彼方は実に曖昧なポジションにいる。音構側に何か弱みを握られて動かされているかもしれない。洗脳されているかもしれない。そういう疑念が拭えない以上、俺はまだ銃を下ろせない」
「どうすれば、信用してくれる?」
「クエスチョンが2つある。それに答えてほしい。まず、俺達の元に戻る意思があるかどうか。それから……そもそも遠野彼方とMiXは何者なのか」
窓から差し込む西日が、飾り気のない簡素な部屋を照らした。目に入るのは、きっちり整理された本棚とCDラック。それから、壁に唯一設置された小さな棚。その上には、いくつかのぬいぐるみに混じってカシワニのストラップが置かれているのが見えた。心なしか、カシワニの表情は寂しく見える。そして、逆光に染まる彼方も。
「わかった。私とMiXのこと、全て話す」




