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広くはないが、右も左も清潔感に溢れたエントランスだった。正面には奥へと続く自動ドア。その横には受付カウンター。無人だが、カウンターの上に何かいた。白いサッカーボールほどの球体に、かまぼこのような足と黒いゴーグルを取り付けたようなロボット。その前には受話器とテンキーが設置されている。どうやら受付用の簡易AIらしい。2人の存在を感知すると、ゴーグルの奥にあるLEDの目が2つ、青く点灯した。
『いらっしゃいませ、ご用件をお伺いします』
訊ねるロボットに、ジェロムが応じた。
「遠野彼方に会いたい。繋げられるか?」
『事前にアポイントは取られましたか?』
「イエス、プロデューサーの河合には話を通してある。河合が今オフィス内にいるか確認できるか?」
『確認いたします』
ゴーグルの奥で、比喩ではなく目の色が変わる。赤。黄。青。緑。数秒おきに切り替わり、最終的に緑色になった。
『河合様は16時50分まで外出しております。連絡を取りますか?』
ジェロムは口角を上げた表情で「やっぱりな」と小さくつぶやいて。
「いや、結構だ。それなら代わりに遠野彼方と直接連絡が取りたい」
『少々お待ちください』
再びロボの目がカラフルに切り替わって、今度は黄色で止まった。
『恐れいりますが、遠野様を呼び出す際にはテンキーでのパスワード入力かQRコードが必要になります』
「パスワードか、面倒な。奏介わかるか?」
いえ、と答えかけたところで思い出す。河合の言葉。
――オフィスの場所は、名刺のQRコードを読み取ってください。
「そうだ、QRコード」
「わかるのか?」
「いえ、一か八かです」
答える前に、奏介は財布から1枚の名刺を取り出した。河合の名刺。そのQRコードの部分をロボットの前にかざす。数秒。チカチカと目の色が4色に切り替わって凝視され、最後は青色になった。
『お待たせしました。認証完了いたしました』
「ヒューッ! グッジョブ!」
奏介とジェロムは拳を突き合わせた。
『遠野様は現在自室で待機中ですが、連絡を取りますか?』
「ああ、頼む」
応答するジェロムにも、安堵の気配が漂う。
『それでは受話器をお取りください』
「奏介、お前が取れ」
「いいんですか?」
「オフコース。ただし、相手の声が彼方じゃなかったら何も言わずに俺と代われ」
「わかりました」
奏介は受話器を取って、耳に当てる。受話器が鉄アレイのように重く感じられる。ぶつっ、という音の後で始まるコール音。
1回、2回、3回、
出た。
『…………もしもし』
心なしか緊張した声だった。受話器越しのせいか声は若干くぐもって聞こえた。
それでも間違いない。聞こえてきた声の主は。
「……彼方、だよな?」
『奏介、奏介なの?』
「そうだよ、彼方に会いにきた! 彼方はそういう話、聞いてなかった?」
『初耳。だから驚いてる』
彼方ならではの、抑揚の少ない声。声だけで今どんな表情を浮かべているのか、想像するのは難しい。だけど、彼女は話してくれた。
『だけど、嬉しい。すぐ奏介に会いたい』
「彼方……」
思わず泣きそうになる。
でもまだだ。目的は果たしていない。
「それなら、頼む。エントランスの扉を開けてほしい」
『わかった。部屋は6階の609号室。そこで待ってる』
すると、同時にエントランスの扉が開いた。
「ありがとう」
『……うん』
それから、2人は早足でエントランスを抜けた。エレベーターホールまで、思っていたよりも距離がある。それでも人の気配は感じない。歩くペースと比例して、心拍数が上がっていく。
緊張と不安、興奮と期待をそれぞれ両脇抱えて、上りのエレベーターに乗り込んだ。




