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結局、奏介は男の話を聞くことにした。
もちろん、奏介は快諾したわけではない。河合の雰囲気に気圧され、呑まれてしまったような形だ。
しかし、こうなった以上はできる限りの情報を聞き出そう。奏介は腹をくくっていた。
そんな決意を固めた奏介の、最初の質問。
「あの……どうして公園のベンチなんですか?」
現状を説明しよう。
今、奏介がいるのは薄暗くなった機関車公園のベンチ。その隣にはまるでカタギには見えないスーツの男、河合が同席している。黄昏時、公園のベンチに座る高校生とヤクザもどき。端から見たら、シュールを通り越して不気味な絵面かもしれない。万が一お巡りさんにでも見つかった時には、間違いなく職質案件である。
「あなたと話すのは、なるべく第三者には聞かれたくない内容です。客のいる喫茶店よりは、現状誰もいないこちらの方が安全だと判断しました」
「な、なるほど」
理にはかなっている、と思う。
次の質問。
「彼方は……彼方の正体は、MiXなんですか?」
「おそらくは、あなたの想像通りです」
上手くかわされたような気がする。ただこの言い方なら、やはり彼方はMiXに関わっている人間ということで間違いなさそうだった。
さらに、奏介は質問を投げかける。
「彼方が学校に来なくなったのも、MiXと関係が?」
「関係はあります。ただ、それ以上具体的な内容はお話しできません。今のあなたには、ね」
すると、今度は河合が奏介に問う。
「あなたは今後、バンド活動を続けるつもりですか?」
「はい、続けます?」
「今のバンドで?」
「はい」
「そうですか……」
メガネの奥、切れ長の目がさらに細くなる。
「2つ、今のあなたにもはっきりと言えることがあります」
その眼光は暗殺者の刃のように、奏介へと刺さる。
「まず1つ、あなた方のバンドに、遠野彼方が戻ってくることはありません」
覚悟はしていた。しかし、いざはっきり言われてしまうと、その宣告は想像以上に重い。
「それからもう1つ、私はあなたをプロのギタリストとして迎え入れる準備があります」
「プロの……ギタリスト……?」
奏介はその先の言葉を失った。河合の鋭さが、幾分和らいだ。
「あなたはまだ私を警戒しているようですが、そこは勘違いしないでいただきたい。我々はあなたを1人のギタリストとして正当に、高く評価しているのです」
1人のギタリストとして高く評価している。
正直信じられない。信じられないがしかし、バンドマンを志す者にとってこれほど甘美な言葉はあるだろうか。奏介の警戒が緩みそうになるところで、さらに河合は畳みかける。
「もしプロのギタリストとして活動する場合、多田さん、あなたには当然ですが現在のバンドとは別のバンドで活動していただく形になります。そして、そのバンドのボーカルは……遠野彼方、彼女です」
奏介の、心臓が跳ねた。
「本当に、そんなことが……?」
「ええ、可能です。我々はMiXの輩出した世界音楽機構ですよ? 甘く見てもらっては困る」
河合は鼻で笑い、さも当然のことのように言う。絶対的な自信。そこに、姑息な嘘は見えない。
「もう1ヶ月半ほど前になりますか……私は、あなた方の演奏を目にしました。素晴らしかった。特に遠野さんの歌とシンクロするギターは一級品だ。だからこうして、私はギタリスト多田奏介に会いに来たんです」
夏樹の言っていた通りだった。本当に、河合はミューサンに来ていたのだ。ジェロムズのライブを観るために。
相変わらず河合の表情から本音は見えない。だけど、嘘にも思えない。自分にとって都合のいい話だから、だろうか。
すると、彼は浮かれそうになりつつも困惑する奏介に名刺を差し出した。
「失礼。順番が逆でしたが、こちらが私の名刺です」
奏介は慎重に受け取る。名刺には、最初に名乗った通り河合の名前があった。偽名ではないらしい。
「もしよろしければ明日の17時、我々のオフィスでお話ししましょう。オフィスの場所は、名刺のQRコードを読み取ってください。携帯で読めば地図が出てきます。そちらを利用していただければ。それから最後に1つ」
再び、河合の眼光が鋭くなる。
「この件については、くれぐれも口外しないように」
そう言い残して、河合は公園を去った。
遠くで、爆竹の破裂音が聞こえた。




