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それから程なくして、奏介は梨音と解散した。音楽活動の再始動については、明日また梨音の部屋に集まって詳しく話すことになった。
1人になった奏介は、自然と歩調も速くなる。すぐにでも、明日が来てほしいと思う。思わず、柄にもなくスキップしてしまいそう。
しかし、その浮かれた心を諫めるかのように。
携帯が震えた。
画面を見る。
非通知。
奏介は、その場で固まった。
斜陽が差し込む。それでも、辺りは薄暗くなりつつある。すぐ横には機関車公園。木々がざわざわと揺れて、かつて機関車だった鉄塊は早くも闇の中に落ちている。夜の匂いが立ちこめ始めている。
携帯はまだ震え続けている。
「いい加減切れろよ……」
切った。
しかし、それから数秒しか経たずにまた電話がかかる。同じく非通知。
ディスプレイの向こう、何も見えない。正体不明の誰かとのにらめっこ。しばらく待ってもまだ止まらない。それは小さなプレッシャーとして奏介に積み重なり、すぐに大きな強迫観念に変わっていく。
苛立った奏介は、とうとう電話に出た。
「……もしもし」
『ようやく出ていただけましたか……多田奏介さん』
いきなりフルネームを呼ばれた。しかも、聞き覚えのない男の声に。
丁寧で紳士的な物腰の声。しかし、得体の知れない恐怖が透けて見える。そいつはやばいぞ。本能が警鐘を鳴らしている。
「……どちらさん、ですか?」
じわじわと膨らむ恐怖心を抑え、なるべく落ち着いた声で対応しようとする奏介。しかし、相手は奏介の問いに答えることなく。
『私は、遠野彼方に関する重要な情報を持っています』
耳を疑った。
「今、なんて……?」
『もう一度言いましょう。私は、遠野彼方に関する重要な情報を持っています』
遠野彼方に関する重要な情報を持っています。
彼は確かにそう言った。
動揺する奏介に、電話の向こうからさらに追い打ちをかける。
『あなたの選択次第では、もう一度彼女にお会いすることができるかもしれません。どうでしょう、一度私と直接会ってお話ししてみませんか?』
甘美な誘惑だった。
甘すぎて、毒の味がする。
「……お断りします」
『ほう……それは何故でしょう?』
「俺は、貴方を信用できない」
『そうですか、それは残念です。しかし……どうしましょう?』
そこからわざと勿体ぶるように一拍空けて、男は話を続けた。
『私は多田さんの答えが意外でした。あなたはこの提案に乗ってくださるものだとばかり思っていましたので。やはり何事にもプランBは用意しておくものですね。失念です』
「……何が言いたいんですか?」
『つまりですね……私はあなたに会う前提で、すでにあなたの近くまで来ているんですよ。もう私にはあなたの姿が見えます。公園の脇に立つあなたの姿がね』
息を詰まらせ、奏介は左を見て、右を見た。右には誰もいない公園。奏介から気配は感じない。夏の匂いを含んだ生暖かい風が流れていく。
『そちらにはいませんよ、あなたの後ろです』
背筋が凍る。脊髄反射のような反応で振り返った。
1人、スーツ姿の男が立っていた。
まるで昔聞いたことのある都市伝説みたいだ。あれは確か「メリーさんの電話」だったか。棄てられた人形がメリーと名乗って電話をかけてきて、電話に気を取られていたら背後にその人形がいる。確か、そんな話。
『初めまして、多田奏介さん』
通話中のまま、スーツの男が歩み寄ってくる。その出で立ちが、はっきりと見えてくる。
今まで会ったことのない人だ。実際、男も「初めまして」と言っていた。しかし、奏介には見覚えがあった。
痩身かつ長身。余計なしわのないグレーのスーツ。銀縁のメガネと切れ長の目。オールバックの黒髪。まるで存在そのものが鋭利な刃物のような男。
奏介は思い出す。カフェライナーのカウンター席。夏樹のパソコン。流れるニュース動画。液晶画面越しにも感じ取れる、ヒリヒリとした異様な存在感。夏樹は言っていた。「この人に会ったことがある」と。
通話が切れた。男は携帯をしまう。奏介は動けない。そのまま男は、自分からあと数メートルのところで立ち止まった。
「私、音構――世界音楽機構の河合と申します。以後、お見知り置きを」
男は笑顔で、そう挨拶した。
彼が見せた笑顔に、奏介は氷のような冷たさを見た。




