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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
4.旅立ちの歌姫
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14

 帰り道。午後6時の合図。夕焼け小やけが流れている。

「パンザマスト」

 梨音がぽつりと呟いた。誰が言い出したのか、柏市ではこの夕方のチャイムをそう呼んでいる。聞いた話だと、こういう呼び方をするのは柏を含む一部の地域の人だけらしい。

「パンザマストの由来って何なんだろうな?」

「んーわかんないけど……でもしっくりくるよね」

 うまく表現できないが、「パンザマスト」という名前のパンザマスト感は異常だと思う。このチャイムにパンザマスト意外の名前をつけようがあるのか、という話である。梨音には思いつかない。

 梨音は口笛を吹いた。途中から、夕焼け小やけのメロディーに合わせて。

 すると、隣からも聞こえてきた口笛の音色。時々音程が外れながらも、旋律が重なる2人の口笛。

 やっぱり、音楽が好きだ。

 気づいたら、無意識的に音楽に触れている。それくらい、音楽が好きなんだ。梨音と奏介は思い知らされた。

 パンザマストの放送が終わり、2人の口笛も夕焼け空の向こうに吸い込まれていく。歩道の信号が変わる。青から点滅して赤へ。2人は立ち止まる。車道では1台の車が信号を無視して2人を追い抜いた。

「あたし、バンド始めたい」

 梨音は隣の奏介を見て言った。

「前の4人では無理でも、まずは奏介とバンドを始めたい。夏樹さんはすぐにじゃなくてもいい、って言った。でもあたしは、明日からでも始めたい。」

 梨音の言葉。徐々に熱量が増していく。自分でも不思議なくらい。

「今始めなきゃ、もうずっと前に進めない。あたしはこのまま音楽と離れたままなんて嫌だ! 今までの分全部リセットしたっていい! それでもまた奏介と一緒に音楽したい! だってあたしは――」

 すると、奏介が微笑んだ。

「奇遇だな」

 ほっとさせる、優しい笑顔。でもそれは、生きている笑顔だ。

「俺も、同じこと考えてた」

 信号が、青になった。

 信号にも、背中を押されている気がした。

 この先、障害物はない。何も気にするな。そのまま進め。真っ直ぐ進め。

「じゃ、じゃあ早速明日また集まろう! 宿題だけじゃなくて、ギターも持ってきて! これからのバンドのこと、すぐに決めないと!」

 そして、梨音は駆けだした。アスファルトに敷かれた横断歩道の白い面だけを踏みしめて、ホップステップジャンプで飛び越える。身体が軽い。まるでステージに立っている時のような、全能感。

「おい、待てって梨音!」

 振り返ると、後から追いかけてくる奏介の姿が視界の端に映った。さっき言いかけた、途切れた言葉を思い出す。

『だってあたしは――』

 でも、この場で改めて言うのはやめた。

 言いかけた言葉は飲み込んで、発散できない分をこれからの音楽にぶつける。今はそれでいいじゃないか。

 再び、梨音は前を向く。

「待たない!」


 この時、梨音はこの先明るい未来が約束されていると思っていた。

 だけど、それは全くの見当違いだったのだと、梨音はすぐに思い知らされることになる。

 この時、先に行かずに奏介を待っていれば、また違った未来があったのだろうか。

 そう過ぎ去った事象に後悔しても、もう遅い。すでに止まっていた運命は動き始めていた。

 2人の予期しない方向へ。


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