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帰り道。午後6時の合図。夕焼け小やけが流れている。
「パンザマスト」
梨音がぽつりと呟いた。誰が言い出したのか、柏市ではこの夕方のチャイムをそう呼んでいる。聞いた話だと、こういう呼び方をするのは柏を含む一部の地域の人だけらしい。
「パンザマストの由来って何なんだろうな?」
「んーわかんないけど……でもしっくりくるよね」
うまく表現できないが、「パンザマスト」という名前のパンザマスト感は異常だと思う。このチャイムにパンザマスト意外の名前をつけようがあるのか、という話である。梨音には思いつかない。
梨音は口笛を吹いた。途中から、夕焼け小やけのメロディーに合わせて。
すると、隣からも聞こえてきた口笛の音色。時々音程が外れながらも、旋律が重なる2人の口笛。
やっぱり、音楽が好きだ。
気づいたら、無意識的に音楽に触れている。それくらい、音楽が好きなんだ。梨音と奏介は思い知らされた。
パンザマストの放送が終わり、2人の口笛も夕焼け空の向こうに吸い込まれていく。歩道の信号が変わる。青から点滅して赤へ。2人は立ち止まる。車道では1台の車が信号を無視して2人を追い抜いた。
「あたし、バンド始めたい」
梨音は隣の奏介を見て言った。
「前の4人では無理でも、まずは奏介とバンドを始めたい。夏樹さんはすぐにじゃなくてもいい、って言った。でもあたしは、明日からでも始めたい。」
梨音の言葉。徐々に熱量が増していく。自分でも不思議なくらい。
「今始めなきゃ、もうずっと前に進めない。あたしはこのまま音楽と離れたままなんて嫌だ! 今までの分全部リセットしたっていい! それでもまた奏介と一緒に音楽したい! だってあたしは――」
すると、奏介が微笑んだ。
「奇遇だな」
ほっとさせる、優しい笑顔。でもそれは、生きている笑顔だ。
「俺も、同じこと考えてた」
信号が、青になった。
信号にも、背中を押されている気がした。
この先、障害物はない。何も気にするな。そのまま進め。真っ直ぐ進め。
「じゃ、じゃあ早速明日また集まろう! 宿題だけじゃなくて、ギターも持ってきて! これからのバンドのこと、すぐに決めないと!」
そして、梨音は駆けだした。アスファルトに敷かれた横断歩道の白い面だけを踏みしめて、ホップステップジャンプで飛び越える。身体が軽い。まるでステージに立っている時のような、全能感。
「おい、待てって梨音!」
振り返ると、後から追いかけてくる奏介の姿が視界の端に映った。さっき言いかけた、途切れた言葉を思い出す。
『だってあたしは――』
でも、この場で改めて言うのはやめた。
言いかけた言葉は飲み込んで、発散できない分をこれからの音楽にぶつける。今はそれでいいじゃないか。
再び、梨音は前を向く。
「待たない!」
この時、梨音はこの先明るい未来が約束されていると思っていた。
だけど、それは全くの見当違いだったのだと、梨音はすぐに思い知らされることになる。
この時、先に行かずに奏介を待っていれば、また違った未来があったのだろうか。
そう過ぎ去った事象に後悔しても、もう遅い。すでに止まっていた運命は動き始めていた。
2人の予期しない方向へ。




