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あっと言う間に、渡部梨音の1学期が終わった。
濃密な3ヶ月半だったと思う。
濃密過ぎて、今の空白っぷりがちょっと気持ち悪くなるくらいに寂しい。まるで、蝉の抜け殻みたい。夏休み3日目。ちょうどそんな季節だ。今だって完全密閉の自室に籠もっているはずなのに、かすかに蝉の大合唱が聞こえる。
「なあ梨音、もっと部屋の温度下げね?」
「やだ、冷える」
「じゃあアイス奢って」
「どっちもやだ」
真夏の午前11時半。梨音は奏介を自分の部屋に招いて宿題を消化していた。ミンミンと外で叫ぶ蝉の音に混じって、ごうごうとエアコンの音。カリカリとシャーペンの芯を消費する音。それから時々、無駄話。簡単な課題から淡々と片づけていく。抜け殻な自分達に、今できることはそれぐらいしかない。
最近は、何かと2人で行動することが多くなった。当然の流れだと思う。
そもそも、彼方のいなかった頃は基本は2人で行動するのが普通だったはずだ。むしろ、梨音からすれば遠野彼方という恋のライバルがいなくなったわけで。表面的に考えればメリットのほうが大きいはずなのだ。
それなのに。
この喪失感は、何だ。
時間が解決してくれると思っていた。ところが時間が過ぎるごとに、ぽっかり空いた穴は塞がるどころかじわじわと広げられていく。
滞りなく動いていた梨音のペンがぴたりと止まり、ノートとにらめっこしていた視線は部屋の片隅へ。
「これは……なんだっけかなー……」
ぶつぶつ呟いてペンを回しながら考え込む奏介の背後。カシワニストラップがぶら下がったベースケースがひっそりと立てかけられている。
活動休止になってから、楽器に触れることはなくなった。ベースをしまったままのケースには、うっすらとほこりが積もっている。ぶら下がるカシワニの笑顔も、心なしか寂しそう。
きっと、奏介も同じだと思う。でも実際どうなのか、直接訊いてはいない。音楽の話題は、お互いに避けている節があった。まるで、以前からあった暗黙の了解みたいに。
だから、近頃2人の話題は、マンガの話。テレビの話。あとはその場で思いついた話を適当に。そして、話題は尽きていく。かつては2人で黙ってても、気まずくなることはなかった。それなのに今は、きゅっと息苦しくなる。もう1人分の空白を、意識してしまって。だから勉強に打ち込む。捗る。それが悲しい。
奏介も黙々とペンを動かしている。さっきまで悩んでいた問題は空欄のまま、さっさと次の問題に切り替えたらしい。
話題に困った時、お互いがMiXを訊いていればまだ気楽だったのかもしれない。共通の話題を持つという意味でMiXを聴くのは、きっと正解だ。賢明な判断だ。でも自分達はきっと、そんな器用なマネはできない。だからこそ、不器用なアウトロー同士で寄り添っている。
考えごとを投げ捨て、無心でペンを動かしていたら今日こなす分の課題がもう終わっていた。時計を見る。いつの間にか12時まであと5分。安堵の一息、と同時に。
腹が鳴った。盛大に。
時間を意識したせいか。思わず梨音はお腹を押さえる。目の前で奏介がうずくまるようにして崩れ、笑いをこらえて震えていた。梨音はどうしようもなく赤面。
「しょ、しょうがないでしょ! ってか笑うんならいっそ爆笑しろ!」
「そうだな、仕方ないな……それは生理現象くふっ」
「笑いながら中途半端にフォローすんな!」
「痛い痛いノート丸めて叩かないで痛い痛い」
「うるさい辞書で殴られないだけありがたいと――」
第2波。さらに盛大に。それから続けて奏介の腹も鳴った。
「飯、食いに行くか」
「……おう」
梨音はノートを振りかぶったまま、ばつが悪そうに返事した。
ちょうど、壁にかかった時計は真上を指している。
窓の向こうで蝉が鳴いていた。




