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「だいたいの話はもう伝わっている」
空調の効いた部室に入ると、重々しい口調でジェロムが言った。それに合わせるかのように、室内の空気も心なしか重苦しいものになる。
「じゃあ何で止めたのよ!」
「ステイ、クール。梨音は少し、頭を冷やした方がいい」
「頭を冷やせって……じゃあどうすればいいのよ?」
「そうだな……」
数秒の沈黙。それから、重大な決断を下す軍人のような面持ちでジェロムは言った。
「軽音部、及びジェロムズの活動を当分の間休止する」
気持ち悪い鳥肌が立った。この一言は、さすがに効いた。
「……部長、それマジですか?」
「ウソでしょ……今……活動休止って……」
「本当だ。今決めた。どのみち彼方なしじゃ、今の俺達は活動できない。梨音はもちろん、俺達全員が一度頭を冷やすのがベターだ」
奏介は頭を抱えてうなだれた。ジェロムは腕を組んで、それ以上何も言わなかった。そして、梨音は。
「もういい……やってらんない!」
目の前のテーブルを蹴り飛ばしそうな勢いで立ち上がると、2人には見向きもせずに部室を出た。ジェロムは動じなかった。奏介も、動けなかった。
虚無が、空間を支配した。どうしようもないくらいに重苦しい時間が、工業廃水のごとくどろどろに濁って流れている。夕焼けに近づきつつある窓からの西日が、なおさら空しい。
「……部長」
「……何だ?」
「活動休止、本当に今決めたんですか?」
「……どうだろうな」
釈然としない返事。解決の糸口が見えない会話。
こんな状況、今はどう考えたってジェロムズの、軽音部の危機だ。
そして奏介は、どうにかしてこの状況を打破したかった。
だったら、今「あれ」を使うしかないんじゃないか。
「俺、ロッカー開けます」
奏介の言葉に反応して、ジェロムの動揺が垣間見えた。
「こんな状況が続くなら、今ここで使います」
「よせ、今はその時じゃない。今開けたところで、何の解決にもなりゃしないんだ」
「でも何もしないでじっとしてるなら、開けた方がましだ!」
奏介が立ち上がる。足がロッカーに向く。
その動作に反して、背後から掴まれた肩が力強く後ろに引っ張られた。捕まえたのは、もちろんジェロム。
「なぜ止めるんです? 鍵を渡された以上、決定権は俺にあるんじゃないんですか?」
膠着。しかし、ジェロムの握力が徐々に弱まっていく。
「そうだな……その通りだ。開けるかどうかは、お前に任せる。その代わり、俺は出ていく」
「部長……」
「一番頭を冷やさなきゃいけないのは、俺のほうなのかもしれないな」
静かにジェロムは手を離し、その手でドアノブを掴む。開く。その一連の仕草に、いつもの自信と力強さは感じない。
奏介は、何か言わなきゃいけないと思った。でも、思いつかない。今、ジェロムに伝えるべき言葉は何なのか。奏介自身が、何を伝えたいのか。
「グッバーイ」
軽い挨拶とは裏腹に、笑顔はなかった。
ジェロムの姿がドアの向こうに消えて、重い扉は閉ざされた。
4人が濃密な時間を過ごした場所。
そこには今、奏介以外に誰もいない。何もない。
結局、奏介はロッカーを開けなかった。
そして、ジェロムもこれっきり姿を見せなくなった。




