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ジェロムに言われた通りの場所に、鍵のかかったロッカーはあった。
ロッカーの一番上、向かって左端。「Top secret!」とジェロムの荒っぽい筆跡で書かれた紙が貼ってある。
言われてみれば、ずいぶん前から貼られていたような気がする。しかし、今までほとんど気にしたことはなかった。正直、背景の一部みたいなものだった。
ところが、こうして改めて注目してみるとなかなか胡散臭い。何故これまでスルーしていたのかが不思議になるくらい。くすぐられる、いけない好奇心。例えるなら「立ち入り禁止」に立ち入りたくなるような。あるいは「混ぜるな危険」を混ぜたくなるような。
そして、今の自分はこの封印を鍵1つで解くことができる。その事実がさらに好奇心をちくちくと刺激する。鍵を入れたズボンのポケットに手が伸びる。
「開けるなよ」
「ひっ!?」
背後から、強烈な威圧感。言うまでもなく、声の主はジェロム。
「ヘイボーイ? 今もしかして開けたい誘惑に負けそうになってなかったかーい?」
「だ……大丈夫です……たぶん?」
「ヘイボーイ? 何で最後がクエスチョンになってるんだーい?」
「だ、大丈夫ですっ!」
シンプルに、怖い。そのまま黒塗りの高級車に詰め込まれて帰ってこれなくなりそうな恐怖を感じる。平時に開けるのはやめておこう。
すると、外からかしましい声が聞こえてきて、部室のドアが開いた。
「あ、起きてる。おはよー」
「おはようございます」
何気なく「おはよう」と返事して、奏介の視線が止まる。
2人はパリッとした制服姿で、肩から似たような色と形の白いトートバックをぶら下げていた。髪はさらさらで手にはペットボトルのコーヒー牛乳(梨音はともかく、彼方がコーラじゃないのは珍しい)。2人とも、全体的にさっぱり感がある。加えて、控えめながら爽やかに漂う石鹸の香り。
そして何より奏介の目を惹いたのが、彼方の長い髪だった。適度な水分と朝の光を吸った黒髪が、艶やかに。
と、不意に目覚めそうになった煩悩を押さえ込むため、奏介は半ば強引に会話を切り出した。
「……2人でどこ行ってた?」
「体育館の更衣室。朝シャワー気持ちよかったー!」
「すっきりした。あと、梨音のが大きかった」
「やかましいわ」
朝から漫才みたいなやり取りの2人。この会話からして果たして何が大きいのかはお察し、と言いたいところでわざわざ割って入るのが隣のアフロである。
「そりゃビッグだろう。何せベリオンの胸部装甲はEカップだからな!」
「な、なんで知ってんのよ!?」
「おや、ビンゴか! 適当に言ったのに当たったがはっ!?」
気づいたらペットボトルを顔面にぶん投げられていた。
「アウチ……何だこれ、お前のペットボトルか?」
「そうよ、だから返して」
「HAHAHA、愚かなりベリオン! こいつは俺が預かった! 返して欲しくばふぁっ!?」
「ベリオン言うな」
今度は手持ちのトートバッグで殴られてあっさり奪い返された。どうしてこの人はわざわざ火に油を注ぎに行くのだろうか。マゾなのか。あるいは本当にただのバカなのか。
「ほらー、彼方こっちおいで。ちゃんと髪乾かしてあげるから」
「ん、ありがと」
梨音の言葉に従って、ソファーにちょこんと座る彼方。その隣、同じソファーに置いたトートバッグから、梨音が取り出したドライヤー。パステルピンクのそれは、奏介には見覚えがあった。
「梨音、わざわざ自分のドライヤー持ってきたの?」
「な、何よ? 普通でしょ、マイドライヤー持ってくるぐらい」
「そうか……いや、意外とちゃんとしてるんだなーと思って」
「い、意外とは余計でしょ……」
と、尻つぼみ声が小さくなってもにょもにょする梨音。
その反応にいち早く気づいたのは奏介ではなく、やり取りを横で見ていた彼方だった。そして、その彼方に「空気を読む」というスキルはこれまでの行動を見ての通り、皆無である。
だから馬鹿正直に、思ったことを口に出す。
「梨音、もしかして照れてる?」
「えっ、て、照れてないし!」
「赤くなってる、顔」
「ぬあ――――っ!! 見るな――――!!」
空気を読まない分、なかなか容赦ない彼方である。慌てて梨音は別の方向に話題を切り返した。
「そ、そんなことより彼方はソウと部長に言うことあるんじゃないの?」
「あ、そうだった」
座ったソファーから、彼方はもう一度立ち上がる。それだけで、部室の空気が変わる。その場にいる全員の視線が、彼方に集まる。
「私は、まだギターは弾かない。私は、ジェロムズで、自由に歌いたい」
梨音はよく言った、とうなずき、奏介は視線をジェロムに移した。ジェロムの表情はわずかに目を細めただけで変わらない。彼方はちゃんと自分の口で言った。残されたのはジェロムの答えだ。
ジェロムは一瞬奏介を見て、口の端から白い歯を覗かせた。
「オーケー、遠野君の気持ちはわかった。その意見を尊重しよう」
ほっと、自然に安堵の息が漏れた。梨音はドライヤーを持ったまま、小さくガッツポーズ。これで話はまとまった、後は練習あるのみだ。
と、思ったところで。
「まだ、2つ言いたいことがある」
彼方の主張は、まだこれで終わりではなかったらしい。
「いいだろう、聞こう」
「まず1つ、ジェロムは『遠野君』って呼び方をやめて。彼方でいい」
「確かに、部長のその呼び方ってよそよそしいもんね。あたしも賛成」
「オーケー彼方、了解した。あと1つは?」
「新曲で、歌詞を書きたい」
「歌詞かーいいんじゃない……って歌詞書くの!?」
梨音の鮮やかなノリツッコミの横で奏介は目を丸くする。
冗談かと思った。でも、ジェロムに訴えるその瞳は本物だった。そもそも彼方は軽口で冗談を言うような人じゃない。
きっとこれは、彼方にとっての大きな革命だ。彼方の自由の鳥は、今大きく羽ばたこうとしている。
そんな彼女を、否定する理由なんてどこにもない。
「HAHAHA! エクセレント! 彼方、君は最高だ!」
彼方の決意表明を目の前に、ジェロムは盛大に笑った。嘲笑ではない、哄笑。いい意味で、彼方はジェロムの想像を裏切ったのだ。
「彼方、好きなように書いてみろ! ただし最高に楽しい音楽だ! 今感じている音楽への喜び! 楽しみ! そして情熱! 全てを全身全霊で歌詞の中にぶつけろ!」
「わかった」
短い返事。その一言で十分だった。ジェロムズに、スイッチが入る。
「よし、それじゃ新曲を昼までに仕上げる! リズム隊は予定通り、ギターは奏介に一任だ! 気合い入れるぞ!」
「「「はいっ!」」」
合宿2日目、練習はジェロムズらしい最高潮のテンションで始まった。
「……ってまだ彼方の髪乾かしてないでしょ!?」
「あ、忘れてた」
「髪なんて放っとけば自然と乾くだろ?」
「いやいや、彼方のは部長の雑なちりちりアフロとはわけが違うんだから」
「ヘイユー、今ディスったな? 俺の高貴なるアフロヘアーをディスったな?」
せっかく綺麗にまとまったのに、やっぱり今一つ締まらない。
それもまた、ジェロムズらしいところなのしれない。




