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一方、その頃。
「くぅーっ! 朝シャワー気持ちいっ!」
男性陣より一足早く起きた梨音は、彼方を誘ってこっそり体育館にある女子更衣室内のシャワールームを拝借していた。隣では同じく彼方がシャワーを浴びている。
ざっと寝汗を流してボディーソープで身体を腕から洗いつつ、何となく、彼方が気になって声をかける。
「彼方?」
「どうしたの?」
降り注ぐ温水の音に混じって、彼方の声が返ってくる。それで、梨音は少しほっとする。
何でもない瞬間に突然、彼方が遠くに消えていなくなってしまいそうな、変な空想に囚われることがある。何故かはわからない。でも、もしかしたら時折、彼女がどこか遠くを見つめているからかもしれない。
昨日、ギターを練習していたときもそうだった。練習に打ち込む彼方は、きっと梨音には見えない「何か」を見据えていた。そして、その「何か」に自分は絶対届かない気がする。
彼方はバンドの仲間で、大事な友達だ。断言できる。
だけど、だからこそ。見えない壁の存在を思い知らされることがある。見えないくせに、シャワールームのそれよりも強固な壁。
「ねえ、どうしたの?」
「あ、ごめん……えっと、夜はちゃんと寝られた?」
「あんまり。梨音は?」
「あたしはもう気づいたら朝だったよ。結構どこでも寝れちゃうからなー」
「うらやましい……その超能力欲しい」
「エスパー扱い!?」
「サイキック・ノンレム睡眠」
「名前がついた!」
でも、こういう何気ない会話で漠然とした不安は溶けて流れ出す。出しっぱなしなシャワーのお湯と一緒に、排水口へ吸い込まれていく。心地いい。
「昨日、ずっと考えてた」
「何を?」
「ギターのこと」
「それで寝れなかったってこと?」
「うん」
「相変わらず真面目ね彼方は。結局、答えは出たの?」
「出た。だから今日、奏介とジェロムにも伝える」
全身に染み渡ったボディソープの泡を洗い流そうとシャワーの向きを変えようとして。
「答えは、奏介が教えてくれた」
手が止まった。
「え、ソウが? どゆこと?」
「奏介が言ってくれた。私は歌うだけでいいって」
「なるほどね。彼方に言ったんだ」
きっと、奏介なら言うだろうとは思っていた。それにしても、随分とフットワークが軽い。やっぱり、彼方だからだろうか。ちょっと悔しい。
「でもソウが彼方に言ったのって、いつの間に?」
「夜明けの時に、眠れなくて一緒に屋上に行って、それで」
「は? 屋上? 2人で? 何それ!?」
ちょっと悔しいが、めっちゃ悔しいに変わった瞬間だった。テンパった梨音は泡まみれのまま思わず仕切りのカーテンを開け、彼方のシャワールームに侵入する。しゃっとカーテンを閉める。
「彼方、ちょっとその話詳しく! ってかあたしも一緒に行きたかった! 彼方ったら何抜け駆けして――」
もみっ。
「えっ」
梨音が固まった。そのまま視点を落とすと、自分の両胸ががっちりホールドされていた。彼方の両手で。
「おっきい……」
「いやっ、あっ、ちょっ……!」
じっと見つめながらそれを揉む、彼方の両手。動きに合わせて、梨音から漏れる変な声。泡を落としてない分、さらに効き目は抜群だった。
「すごい。何を食べたらこうなるの?」
「えっ、あふっ、そんなのっ……わかんないわよっ!」
質問の間にも、彼方の手は止まらない。力ずくで押さえようにも、力が入らない。きっと彼女の行動は、純粋な好奇心かもしれない。しかし、いやだからこそ、この鷲掴みの両手は罪深い。
「嘘。さっきから梨音、何か変だもん」
「あぅっ、それはっ……あんたがっ、揉むからでしょっ!」
「じゃあ、教えてくれたらやめる。何を食べたらこうなるの?」
もう我慢ならなかった。これ以上なすがままにされていたら、どうにかなりそうだった。だから梨音は、とっさに思いついたものを叫ぶ。食べ物じゃないけど、この際関係ない。
「牛乳だと思うっ!」
梨音の情けない叫びが、更衣室で反響した。




