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それから部室に戻った2人は、あっという間に深い眠りの中に落ちていった。屋上に行く前の寝付きの悪さが、まるで嘘のよう。
奏介が次に目を覚ましたのは、ジェロムに起こされた時だった。
「ウェイクアーップ、奏介」
「おふっ」
突然脇腹を蹴飛ばされ、一瞬奏介の呼吸が止まる。それほど威力はなかったが、無防備だった脇腹には効いた。
「グッモーニン、起きたな」
「げほっ……もっとましな起こし方なかったんですか部長……?」
「普通に起こしても何も面白くないだろう?」
「寝起きから面白さを追求するほどの芸人魂はないんですけど?」
「なんだつまらん」
それがさっき蹴った人間に対して言う言葉だろうか。だが仕方ない。ジェロムにそういう常識の話は割と通用しない。今更ながら、窓の外がまぶしい。
「まあいい、ちょっと俺について来い」
「どこ行くんですか?」
「下の自販機」
すっかり目は覚めたし特に断る理由もない奏介は、黙ってジェロムについていくことにする。ちなみに残りの女子2名は見当たらない。
「梨音と彼方は?」
「さあな。俺が起きた時にはもういなかったし、買い出しにでも行ったんじゃないか?」
部室の外に出ると、すっかりいつもの朝の学校だった。日曜日だから人の気配こそ少ないものの、部活の準備で動いているらしい生徒の姿が下の道路や廊下、階段なんかで見かけるようになっていた。時計を確認すると、時刻は8時半。なるほど、もうそんな時間なのか。
下まで降りて、自販機の前。ジェロムは迷うことなく500ミリペットボトルのコーラを買った。
「奏介、好きなの選べ。奢ってやる」
「マジすか」
「ただしコーラかコーヒーに限る」
「ありがたいですけど、その縛りいります?」
そう言いながらも、奏介はアイスの缶コーヒーを選んでありがたくお言葉に甘えることにする。
2人並んでベンチに座った。昨日、彼方が必死にギターを練習していたベンチ。その名残に、置きっぱなしになっていたタブ譜と飲みかけのペットボトルがそのままの状態で残っていた。後で回収しておこう。それよりも。
彼方のことについて、今ここで言うべきだろうか。
「ぶはー。朝一のコーラはやっぱうめえな」
奏介が迷っているうちに、いつの間にかジェロムの手に持っていたコーラの中身が半分ほど消えていた。早い。
「そんなコーラばっかりがぶ飲みしてたら早死にしますよ?」
「コーラを飲みまくって死ねるなら本望さ。人生、太く短くだ」
再びジェロムはコーラを流し込む。きっと、今の言葉に嘘偽りはない。最大限に生き急いで、老い衰える前に華々しく散るつもりだ。例えばジミ・ヘンドリックスや、あるいはカート・コバーンのように。
奏介もコーヒーを飲んだ。微糖と書いてあったくせに、十分過ぎるくらいの甘さ。安っぽい糖分がカフェインと混ざり合って、寝起きの身体に染みこむ。これなら、まだブラックで飲んだ方がよかったかもしれない。
「ところで、部長は何かあったんですか? 急に朝から俺のこと呼び出して」
「ああ、俺は大したことじゃない。それよりも奏介が先に言え」
「えっ?」
「何か俺に言いたいことがありそうな顔してたぞ、さっき」
奏介に心当たりは、あった。そして、それがまた表情に出ていたらしい。
「HAHAHA、奏介が俺に隠し事できるとは思わんことだな! さあ何でも言って見ろ! たとえ恨み言だったとしても遠慮はいらん! カモン!」
このジェロム、ノリノリである。こうなってしまっては、今更手を引くことはできない。奏介は大人しく白状することにした。
「……彼方を、ボーカルに専念させてください」
ふむ、とジェロムは目を細める。それからコーラをぐいっと一気。あっという間に空になった。
「ボーカルに専念させる、その理由は?」
「その方が、彼方は楽しそうだからです」
「なるほど、大正解だな。屋上で歌ってるときの顔を見てればよくわかる。最高に楽しそうだった。そこは否定しない」
「それじゃあ……」
奏介の言葉の途中で、ジェロムが大きな手を広げ遮った。まだ続きがあるから聞いてくれ、と。
「だが、俺にも理想とするバンドの形ってのがある。遠野彼方のボーカルは圧倒的だ。だがそれを支えるには周りの音が足りない。そして、彼女自身には前に出たその瞬間に観客のハートを掴む、あと一歩のインパクトが欲しい。その条件を全て満たすのが、ギターボーカルだ。それは昨日話した通りだし、可能な限り俺の妥協したくない部分だ」
「でも、部長は彼方の意見を尊重するって言ってました」
「確かに言った。だからこそ、ここで明言はできない。ちゃんと遠野君本人の口から、意見を聞きたい」
ジェロムらしい考え方だ、と奏介は思う。
今話したところで、こちらの案をそのまま鵜呑みにされるとは思わなかった。言うか言わないか。奏介の迷いは、そこにあった。
でも、結果的にジェロムに話すことができてよかった。ジェロムがギターボーカルについて、今どう考えているかもわかった。後は、彼方次第だ。
「それじゃ、今度は俺の話な」
すると、ジェロムはポケットから何かを取り出した。銀色に光るシルエット。鍵だ。自転車のそれよりも一回りほど大きい鍵。
「何の鍵ですか?」
「部室のロッカー。一番上に鍵のかかってるロッカーがある。そいつの合鍵だ。奏介にやる」
「……はあ」
そのまま受け取る奏介。だけどいろいろと、わからなかった。何故この大事そうな鍵を託されたのか。そもそもロッカーを開けたら、中には何が入っているのか。
「ただし、一つ条件がある」
奏介が質問しようとする前に、先手を打たれた。
「そいつはジェロムズのリーサルウエポンだ。開ける時を選べ」
ジェロムの言葉が、さらに謎を呼ぶ。リーサルウエポン、すなわち最終兵器。ジェロムは戦争でもするつもりだろうか。それじゃあ相手は、仮想敵はどこだ。
「もし……もし部長が」
「俺が、何だ?」
「……部長がこれを開けるとしたら、それはどんな時ですか?」
「その時は、ジェロムズの危機。もしくは、遠野彼方の危機」
「彼方の?」
「あいつは、俺達のイメージ以上に危なっかしい存在だと思ってる。不安定だ。内面はもちろん、おそらくは外的要因も含めて、だな」
外的要因。
それが具体的に何を指すのか。奏介にはまだわからない。
ジェロムは何か知っているんだろうか。奏介も知らない、彼方の秘密を。
「部長、彼方について知ってること、全部教えてください」
「何だ、顔が険しいぞ奏介。もしかして、ヤキモチか?」
「違います」
むっとする奏介とは対照的に、口元をニヤニヤさせるジェロム。殴りたい。
「悪いが、俺が知ってることなんて奏介と対して変わらない。今までそれっぽく話してたことも、結局のところ推測だ。確たる証拠なんて、どこにもない。それでも、はっきり言えることがあるとするなら――」
ぬっとジェロムが立ち上がる。座った状態から見上げるジェロムの姿は、まるで子供の頃に見上げたスカイツリーのようで。
「遠野彼方がどうなろうと、俺達の大切な仲間に変わりないってことだ」
その瞬間の朝日に照らされたジェロムのアフロと白い歯は、普段の3割増しで格好よかった。
ような、気がする。




