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必要なものを、ジェロムと奏介で一通り持ってきた。ジェロムが家から持ち出して来たらしい火起こし器、ケトル、オイルランタン。全員分のカップラーメン。携帯用アンプにジェロム用のカホン(ドラムの代わりに使用する、木箱型の楽器)。それから、部室に置いたままだった奏介のギター。もはや、屋上はキャンプかあるいは夏フェスのテントゾーンみたいな雰囲気だった。一足早い、夏休み気分。
星空弾ける、澄んだ夜の空気。それを全身に浴びながら食べるカップラーメンは、最高に美味かった。奏介は麺をすすりながら思わず「うめーっ!」と叫びたい衝動に駆られた。結局叫んだのは奏介ではなくジェロムだったが。
「そういえば、なんで部長ってこんなに本格的なキャンプ道具を一式揃えてるんです? わざわざ買ったんですか?」
「まさか。親父の仕事道具を拝借しただけだ」
「……あたし前々から思ってたんだけど、部長のお父さんって何してる人なの?」
「さあな。先月まではカーボベルデって国に行ってたらしい」
「どこですかそれ?」
「たぶん……アフリカ?」
「そうだ、確かアフリカ西部の島国って言ってたな。それで今月からはグリーンランドだそうだ」
岸田家の謎は深まるばかりだ。
夕飯を食べ終えた4人は、ランタンを囲むようにして地べたに(ただしジェロムはカホンの上に)座った。カホンにベースにギター。それぞれの楽器を携えて。ちなみに彼方は何も持っていない。今回のところはボーカルだけ。
「もうあれ、カメラ回ってるんですか?」
奏介はジェロムに訊ねた。4人の円から少し離れたところ。縦置きで設置されたジェロムのタブレット。
「もうムービーで回ってるぞ。演奏前のシーンは編集のときにカットするか、初回限定版特典のオフショットだな!」
「まだCDすら作ってないのに気が早い!」
「何言ってんだ奏介! 夢をビッグに持つならこういう未来のお宝映像になるかもしれない俺達のオフショットの1つや2つ、今のうちから撮っておいて損はないだろうが!」
ジェロムはPV撮影に対してやたらと気合いが入っていた。もしかしなくても、発案者の彼方以上に。
でも、確かにこういうライブ以外の一面が記録として残るのは、いいことなのかもしれない。
自分達が立つ、現在。いつか来るはずの、遠い未来。映像として残すことで、リンクする過去。全ての時が1つに繋がる。それはきっと、とても美しいことだ。
奏介はチューニングついでに、適当なコード進行で音を鳴らす。共鳴した5本の弦から発せられた音が、夜の空気を震わせる。普段の部室で鳴らすそれよりも、ずっと澄んでいるような気がした。自分達を照らす、輝かしい夜のせいだろうか。
「じゃ、やるか」
全員が準備完了したのを見計らって、ジェロムが始まりの合図を出す。もう演奏する曲は決めてある。それぞれがアイコンタクトの視線を巡らせる。
1、2、3、4。
奏介のギターリフから始まる。心地よく、夜に染み込む。
『ナイトフライト・フリーバード』
それが、この曲のタイトルだった。
奏介が作詞作曲したこの曲は、元々しっくりとした歌い方とアレンジが見つからず、お蔵入りになっていた曲だ。しかし、今日になって彼方の声に合わせてアコースティック風に直したところ、全員納得する出来のアレンジに仕上がったという経緯がある。まさに、今回の合宿で完成された曲だった。
いや、ここで彼方が歌い上げてこその、完成かもしれない。そう思った瞬間、奏介の胸の奥で言葉にならない熱い感情が沸き起こる。
今、この場所で輝く全ての星が、月が、街の灯が、一層強く瞬いた。そんな気がした。
彼方が立ち上がる。別に誰かに促されたわけではなく、事前の打ち合わせがあったわけでもない。ごく自然な動作で、当然のアクションとして、立ち上がった。そして、歌った。静かにささやくように響き、反響し、夜空に歌声が満ちていく。
ここで立ち上がって彼方の通る声で歌ったら、最悪誰かに見つかってしまうかもしれない。でも、それでもいい。ここで散るならまさに本望。ただ、せめてこの歌だけは、最後まで歌いきってほしいと思う。
広大な星空の真ん中。大きく羽ばたき、滑空する一羽の鳥。そのイメージは、彼方にぴったりだった。
冷たい風が吹く夜の中、たとえ1羽でも力強く翼はためかせ飛び続ける。その先に光があると信じて、ただひたむきに、真っ直ぐに。それはまさに、彼方の歌い手としての生き様そのものなのかもしれない。
ひとりぼっちで、辛いときもあっただろう。苦しくて苦しくてたまらなくて、飛ぶことを諦めたい日もあっただろう。孤独に飲み込まれそうになって、泣きそうになった日もあるだろう。
だけど、彼方は飛び続けた。五線譜の夜を、その歌声という翼だけで、飛び越えたのだ。
だから、奏介は支えたい。彼方という渡り鳥の旅路を肯定し、応援したい。そして伝えたい。もう彼方は、ひとりぼっちなんかじゃない。
そんな奏介の思いと呼応するように、新しい音が加わる。梨音のベースと、ジェロムのカホン。1羽の鳥が2羽となり、さらに4羽となり、より力強く、夜明けを目指す。
不意に、彼方の表情が目に入った。
歌い続ける彼女は、笑っていた。今までに見たことのない満面の笑みで、歌を紡いでいた。
それは、奏介と出会ったばかりの頃の音楽を嫌う彼方ではない。心の底から音楽を愛し、音楽に愛された彼方だ。
その姿はまさに、重圧やしがらみから解放された、「自由の鳥」だった。
これだ、俺が見たかったのは、今ここにいる遠野彼方だ!
奏介は心の中で叫びながら、最後の1フレーズを鳴らす。彼方の、ジェロムズの音楽がもっと遠くまで、夜の向こう側まで届くことを願って。
きっと、この夜のことは一生忘れない。




