⑱ツケの清算、閉ざされた扉(完)
長らくお待たせしました。今話で第一のケース完結です。
「ぅわあっ!」
と、大きくバランスを崩し、のけ反るようにして後ろに倒れ込んだ俺の目に飛び込んできたものとは―――。
闇に慣れた俺の目を射貫かんばかりの眩い光、だった。
そして、まだその光に目が慣れない内に、
「さあ、今夜の主役の登場です!皆さま、温かく盛大な拍手をもってお迎えくださいっ!」
タキシード姿にマイクを持った年の頃40歳ほどの男性がややオーバーリアクション気味でそう言うと、観客席からはぱらぱらと疎らな拍手が返る。
ずるずるとステージ中央まで引きずり出された俺はただ茫然とその様子を見つめる事しかできない。唯一着ていた薄っぺらなバスローブもたった今、剥ぎ取られた。
だけど、そんな俺には目もくれずに司会は続ける。
「そして気になるタイムは…ああっと、これは少々残念な結果になってしまったァ~、12分25秒!は、歴代ワースト2位の記録です。そして、今日この少々残念な記録に一番近いタイムを予想してくださった、幸運なお客様は…」
ドロドロドロとドラムロールの音が鳴り、舞台裾から出てきた助手が恭しく司会にカードブックを渡す。と、司会はここが見せ場とばかりに溜めを作る。
「―――さて、お待たせしました」一度深呼吸し、息を吞み静まり返った観客席を見渡した。
「発表します!38番のお客様!おめでとうございますっっ!!」
ワアアァッ!!オオォゥッ!!
それは今日一番の盛り上がりだった。観客席から38番の札を持つ客が一人、着席したまま手を上げると、その勢いは更に膨れ上がる。
拍手と歓声。だけど盛り上がる客たちの傍らで、素っ裸の俺の首には唯一の装身具、猛獣に嵌めるような太い鎖付きの首輪が嵌められる。
「尚、賞品は………」
俺の後ろのステージ上にはたくさんのモニターが用意され、その画面上には俺が今まで居た部屋や、通ってきた通路がそれぞれ映し出されていた。
(何だ…)
スポットライトに照らし出されたがりがりの体。傷だらけの素肌。その痩せたみっともない体を縮こめ隠すでなく、俺は俺を眩しく照らし出すフットライトの向こう側の、その薄暗さとは対照的な華やぎと賑わいを見せる世界を唯々見つめ続ける。
客たちは白い歯を見せ、笑っていた。
(何だ…)
何で…。
(俺とは違うんだ)
何だ…。
(何で…)
俺って…何だ、情けない…。情けなくて、遣る瀬無い。
乞食みたいな自分が哀れで仕方なかった。
グラスを掲げて乾杯する。幸せそうに楽しそうに手を叩く客たち。
それに比べて俺はパンツ一枚纏うことを許されていない。
拍手の音がわんわんと耳鳴りとなって頭の中に鳴り響く。
そして、俺は唐突に理解した。
何だ、この茶番劇は…と。
(最初から最後まで全部分かってたんだ。知ってて、それで…)
全部、仕組まれてたんだ。俺が逃げ出そうとした事も、その日時さえコントロールして、客を集めて…。みんなでずっと面白おかしく観て笑ってたんだ。
俺が死に物狂いで右往左往し、必死になって逃げ惑う姿を見世物にして、賭けて…ナア、お前ら面白かったか?
それじゃ俺がまるで道化師みたいじゃないか…?
けど、不思議と怒りは湧いてこない。
それよりも今は何だか疲れて、気が抜けちまった。地球上の重力が今までの何十倍にも何百倍にも感じられる。一人ではもう立ち上がれない、そう思うほどに。
きっと今の俺みたいな奴の事を心が折れた状態って言うんだろう。そして、もしそれが主催者側の真の狙いなら、悔しいが目的は完全に果たされている。
現に今、俺の心を占めるのは、ああそうなんだ、そうだったんだ、っていう納得と諦めで。後はもうどこまでも続く果てしない絶望のみ。
もう逃げようとも思えない。ここが地獄の3丁目で、俺の人生の最終駅なんだって事を俺は今になってようやく理解した。
…そう、馬鹿で残念な俺はこうなるまで気付けなかったんだ。
だって考えた事もなかった。俺が喰われる、そっち側に回る未来なんて、誰が想像できた?
何があっても何とかなると思ってた。実際今まで何とかなってたし。
だけど、そこからもうそもそも間違いの始まりだったんだ。
何とかなる、は何とかなってたんじゃなくて、誰かが俺の代わりに犠牲を払って何とかしてくれてたんだ。そんな簡単な事に今さら気付くなんて、気付いてももう遅いけど。
またその犠牲は完全に俺のツケを清算してくれていた訳じゃ無くて、俺は今日まで溜まりに溜まったそのツケをこれからの俺の人生丸ごと全てでもって、これから支払っていかなきゃならない。
せめてこうなる可能性が少しでもあるって分かってたら…。俺の馬鹿な脳みそが少しでもそれを理解しようとしてくれてたら…。俺の顔が女受けしない不細工な顔だったら…。
たらればなんて言い出したらきりが無いけど、俺の未来はもう少しましになってたかな、なんて。けど、少なくとも現状は回避出来ていたかもしれない。
その後、俺をかけてのオークションが始まったけど、俺はそれが到底自分の事だなんて信じられなくて。その様子をまるで他人事のようにただ茫然と眺めている事しかできなかった。
そんな俺の頭の中では最後にはやっぱり、もう会えない妻子の顔と家族との想い出が繰り返し流され続けていて…。今まで散々苦しめ、迷惑を掛け続けてきた俺が言えた義理じゃないけど、駄目な父親でごめん、駄目な夫でごめん、親不孝して本当にごめん、俺は最後に心の底からそう思えた。
◇ ◇
「ではお客様、本日のお部屋にご案内しますので、こちらへどうぞ」
「ああ、…いくぞ」
じゃらりと鎖が鳴り、首ががくんと引かれる。
「‥‥(はい)」
チャッ、チャッ…。
歩幅の大きなご主人様に遅れをとらないよう尻を左右に振りながら必死についていく。
俺が歩くたびに手袋と膝に付いた装身具が子気味良い音を立てた。
チャッ、チャッ…。
早く、早く、と気ばかりが急く。恐ろしいと思う反面、期待もしていた。
一体いつからだろう、こんな風に思うようになったのは。
チャッ、チャッ…。
先に部屋に入ったご主人様が所定の位置に俺の鎖を掛けると、口元に微笑を浮かべながら振り返った。
「さあ、今日もたっぷりと可愛がってやろう」
ドキドキ…。
眼鏡がきらりと光る。その手には鞭。
(あっ、約束がちがうっ!)
痕のついた俺の肌が条件反射で粟立った。
「っと、その前に、忘れていたよ…」
ニヤリと笑うご主人様。
(うう、いじわる…)
俺はほっとして強張っていた肩の力を抜く。
ご主人様が後ろを向き再び振り返ると、その手にはくるりと一回転した特徴ある○○の尻尾が―――いや、それはただの飾りで、本体はリモコンの付いたグロテスクな玩具なのだが―――が握られていた。
試しにスイッチを入れると、ヴヴ…と羽虫のような軽微な音を立てながら本体がうねうねと卑猥なダンスを踊り始める。
(ごくり…)
その間もご主人様は俺の目を見つめたまま。
「こいつを着けないとな?」
ご主人様がどうだ、正解だろう?と言わんばかりに目を眇める。
(うん、うん、そう!もちろん、そう!)
よく躾られた俺の体はもうそれだけで(特に下半身が)うずうずと疼き出し、ピンク色のマスクの向こう側では俺の鼻が「ンゴッ」と切ない吐息を漏らした。
(足をバタバタして絨毯の上を転げ回りたい!)
俺はまたチャッ、チャッと軽快に蹄の音を鳴らしながら回れ右をし、尻を高々と上げるとスタンバイOK、三角形の大きな耳を垂らしながら後ろを振り向きざま、ご主人様に“おねだりのポーズ”を決める。
「ブヒッ」
決まった。そして、そのままじっとして待つ。
その俺の後ろでぱたんと静かにドアが閉まった。
そのドアの音は世界を隔絶する音。痛みと快楽、羞恥と狂気、陶酔が錯綜した爛れた世界を俺は現在、望んでいるのか、それとも拒絶したいのか、今では自分自身でももうよく分からなくなってきている。
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【第一のケース】
本名、三島亜季人(24才)
罪状、幼児虐待、暴行致傷、婦女暴行、売春の強要、脅迫等。
刑罰、実刑5年、並びに投薬治療含む精神矯正プログラムの実施。他、科学的去勢手術等。
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出所後の年齢、29歳と数か月。現在、住所不定無職、消息不明中。というのは表向きの話で、現住所は都内某所(と思われる)。勤務先名は会員制秘密倶楽部『cage』。そして、
現在の俺の職業―――――豚。
一体何故こんな事になったのか。俺はいつどこで引き際を間違えたのか。楽勝だった俺の人生に無数にあったはずの分岐点。そのどこが最終的にやり直しの効かない最終転換地点だったのか。答えは未だに見つかっていない。
また答えが出たところで時間は巻き戻せないし、やり直せない。
だから無意味で無駄な事なのだけど、それが、今はそれだけが俺に唯一残され、許された人間らしい事だから。その唯一を止める事はできないし、もしそれを止めてしまったら、今度こそ俺は本当の豚に成り下がってしまうんじゃないかと、そう危惧している。若しくは、そうして考え続ける事こそが神が俺に与えた本当の罰なのかもしれない。
「『所詮この世は弱肉強食。弱い奴から順に喰われていくのは世の摂理』…だよな?…だから、『恨むなら弱い自分を恨めよ?』」
鞭を手に俺を見下ろす眼鏡がシャンデリアに反射し、きらりと光った。
第一のケース(完)
ここまで長々とお付き合いくださいまして誠にありがとうございました。
これにて第一のケースは完結です。第二、第三のケースはまた怒りゲージが溜まりましたら書いていきたいと思います。(その場合はこの後ろに続けます)
ではでは、また会える日までごきげんよう。またご縁ございましたらその時は宜しくお願いいたします。
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<(_ _)> ミスター&ミセスX より
(今更だけどこのP・N酷いよね、と思う作者)




