【アナタに魅せられて】後編
「ここからは、質問ひとつだけね」
「……なんか、適当になってない?いつもそうなの?」
「まあ、もう慣れてしまったというところでしょう……その緩みも減点評価になりますが」
「……だる」
20層から29層までのモンスターの巣窟を抜け、30層にたどり着いた。案内人は、自分の研修が終わることに気を抜いてしまった様子。いつものように、挑戦者に向ける冷たい態度がなくなっていた。
30層の造りは、かなり粗雑だった。
人工的に掘り出したことだけが分かる、廃炭鉱のようになっていた。進んでいくにつれ、ダンジョンという感覚がなくなっていく、つまらない道だ。
少し進んだところで、シャックスは影の中にいるロノウェに話しかけた。
「先輩、なんか適当に質問してあげたら?」
「そうですね……では、案内人さん」
「質問?いいよ」
慎重に選ぶべき、最後の質問。
目的の層にたどり着き、興奮している挑戦者は、時に的外れな質問をする。ひとり1つの貴重な質問。その条件で、1つを消費する。これも、大事な研修だと、判断して。
「ちょっと待ってくださいね……シャックス……適当なのが思い浮かびません」
「先輩、真面目すぎよぉ……案内人が、質問だと判断するなにか、で良いんでしょ?」
ロノウェは機関に所属してかなりの年月が経っている、ベテラン機関職員だ。個性的な面子が多い中、マリウスに並ぶ生真面目っぷり。プライベートでは若干気が抜ける所はあるものの、職務中はそうはいかないらしい。
「まだ?」
「あ、えっと……その……そうだ!シロさん!」
「う〜?」
「シロさんのことは好きですか?!」
「え?なにそれ」
案内人に急かされ、出た質問がこれだった。
シロは嬉しそうに顔を赤らめ、鼻息を荒くして、案内人の返事を待っている。
その逆で、シャックスは引き攣らせた怒り顔。相手が先輩なだけに、文句が言えずに唇を噛んでいた。
「別に、嫌いじゃない」
「あいまいっ〜〜〜!!」
「った……殴られたの、ロノウェのせいだよ」
「……申し訳ありません」
「はぁ……ま、これでひと安心ね?進みましょ」
実際の挑戦者からの質問より、ひどい結果に終わった。
ただ、『質問を無駄にする』という意味では、正しかったとは言える。ロノウェは静かに、質問の評価だけは満点として記録をした。
わき道に入って宝箱の確認をしたり、行き止まりや罠に遭ったり。この層を挑戦者が進むように、奥へ向かう。探索は、時間をかけてじっくりと。シャックスは、案内人と過ごす残り僅かな時間を大切に過ごしていた。
「そろそろかしら」
スンスンっと匂いを感じるシャックス。終わりの匂いを、敏感に感じていた。
見えてきてのは赤い塗料に染まった鉄の扉。鉄格子の窓が付いているが、覗いたとしても、暗闇のまま、その先を見通すことはできなさそうだった。
「シャックスは、質問いいの?」
中に入れば、案内人の仕事は終わったようなもの。シャックス達の研修を気にしているわけではなく、早く自分に課せられた面倒事を終わらせたいだけの問いかけ。
けれど、シャックスにとってそのひと言は……自分を気にかけてくれた優しさだと、受け取っていた。
「ふふ……そうね、あたしが案内人に聞きたいこと、ね」
「うん」
扉に手をかけながら、シャックスは言った。
「あたしの印象を教えて?」
「……食の好みが合う?」
「あはっ!じゃ、この戦いが終わったら、一緒にお食事でもしましょっ」
元気よく扉を開け、るんるんっと足取り軽く部屋に入るシャックス。すぐに後を追って行く案内人。
そこは、見覚えのある廃墟。頭上にある大きな鐘が、ゴーンゴーンと、鳴り響いていた。
「ふたりして適当だけど、いいの?」
「シャックスにとっては、重要かと思われますので……」
案内人は呆れていたが、シャックスは質問の答えに満足している様子。すでに準備運動を始めている。
「ちょっとわからないんだけど」
今度は、案内人から質問がある様だ。
「どうしたらいい?」
「どうしたら、とは?」
「トレーニングじゃ、起きない」
「あら?そうなの?じゃあ終わり?」
「おかしいですね……マリウスからは、そうはならないと聞かされていましたが」
本来なら、挑戦者という名の罪人がいて、『執行』が下される。執行人は、その罪人に反応して目を覚ます、らしい。
「ん〜……っほい!」
「あ、こら……取っても無駄だから」
シロは、執行人になる時はヘルメットを取ればいい。そう思っていたらしい。ぴょんと跳ね、ヘルメットをふっ飛ばしても変わらないことに腕を組んで首を傾げて難しい顔をしていた。それは、ロノウェも同じだった。
「見届人からの記録や連絡でも、確かにヘルメットを取れば執行人となる、とあったのですが」
「なんか……かっこいいからそうしてただけ」
「お、おちゃめねぇ……」
ただ見栄えがいいから。
いつの頃からかそんな理由で……『ヘルメットを取って姿を変える』段階を踏んでいた、という事実。おそらくマリウスも、それを信じていたのだろう。
「手加減してくれるなら、俺がやってもいいよ」
案内人の意外な発言に、ギョッとするシャックス。
「ちょ、だめよ!いくら頑丈だからって……人間相手にそんな事……あたしできない」
「俺は、正しい人間じゃないよ、シャックス」
「でも……」
「大丈夫……やってりゃそのうち出てくるよ」
そう言うと、案内人はリュックを下ろした。シャックスと同じように、準備運動をする。
そして、いつものようにぼーっと立って、シャックスを待っている。
「先輩……」
「仕方ありません。こんなやる気の案内人さんはなかなか珍しいですし、お相手して差し上げましょうシャックス」
「あたしほんとに……」
「仕事です、切り替えなさい」
渋々……ほんとうに、しぶしぶ。シャックスは、仕方なく……案内人と向き合う。
「じゃあシャックス……遊ぼう」
「あたしにとっては、遊びじゃないの……痛くしたらごめんなさい」
「大丈夫、おいで」
「……〜っ!言い方がエッチすぎぃ!!」
心乱されながら、シャックスは腕を前に出す。なにも手にしていないのに、弓を構えているように見える。その姿に、案内人は驚く事も、構えることもせず、微動だにしない。
「あぅ……ない」
「心配いりません、なにかあれば自分が止めますから」
シャックスの影から離れたロノウェ。黒い水たまりになり、シロと一緒に下がって見守る。
見守り、止める……と、いうのは建て前。シロが勝手に動いた時にすぐ対応する為に寄り添っている。
「どうしたの?射っていいよ」
震えている、シャックスの腕。強く引き絞っているからではない。案内人へ攻撃する事を、躊躇しているからだ。
「……仕方ないな」
「へっ……?!」
動くことのない展開に痺れを切らした案内人。シャックスに向かって走り出し、その懐に潜り込んだ。グンッと姿勢を下げ、シャックスの腹に拳を打ち込んだ。
「ぐぇっ!!」
胃液を吐かされる、重い一撃。シャックスの薄い腹筋では、威力を抑えることはできなかった。膝をつかなかったものの、ジンジンと痛みに耐える。
一歩下がった案内人は、シャックスに向かって言った。
「結構効くでしょ?」
「ゴホッ!ゴホッ……そう、ね、流石って、かんじ」
道中の雑魚の殲滅を見てきた。傷ひとつ作らず、雑魚を紙を破るように裂いてしまうほどの力を持っていること。加えて、リュックを下ろして身軽になっている。
それが、受ける側になれば、どうなるかくらいは予想はできただろう。
「避けれる速度だと思ったけどな」
「近づかれちゃうと、ドキドキしちゃってダメなのよ」
「変な理由……で?射ってくれるの?」
案内人は、シャックスの攻撃を見てみたいらしい。その見えない矢じりを、自分に向かって射って欲しいと、言っていた。
シャックスは構え直した。
その目は、確実に獲物を捕らえようとする鋭い眼光に変わっていた。
「……あなたの本気に応えるわ」
「いいね、きれいな目」
「だから……無意識で誘うのやめて……っちょう、だいっ!!」
案内人が、その瞳を綺麗だと思ったのは、本当だ。
案内人も、シャックスに興味があるというのは事実。
ただ、違うのは……その文句が、シャックスが望むような愛から出た言葉でも、恋焦がれているから溢れる言葉でもないということ。
案内人の目に映ったシャックスの、悪魔としての美しさに対して、自然に漏れた言葉。
それでも、シャックスの胸は高鳴っていた。自分の力を求める案内人に、思いを乗せた矢を放っていたから。
「っ……ぅっ……」
ドッ――と、案内人の腕に穴が空き、血が飛び散り滴り落ちる。案内人は突然襲ってきた痛みに声を上げた。喚くような大きな声ではなかったが、確実にシャックスの攻撃をまともに食らった事を教えていた。
「急所は外したわ……でも、もうそっちの腕は使えない……だ、大丈夫?」
「獲物に対して、かわいそうなんて思ってちゃためだよシャックス」
「でもこれは……模擬だもの。さすがにやりすぎちゃダメでしょ?」
ぷらんっと力無くぶら下がるだけの案内人の左腕。その一撃に本気を見せたものの、これがトレーニングであり、模擬である事をしっかり理解している様子。自分が案内人に傷をつけたことに不安になり、巣に戻って心配をしてしまうシャックス。
その隙を見逃さない者が、ひとり。
「〜〜〜っめ!!」
「あだっ?!」
ボンッと飛んできたのは、シロ。ボールの様に丸くなり、回転しながらシャックスの頭にぶつかりに来た。見事に頭に当たり、シャックスの脳内をグワンっと揺らした。
シロ自体は、当たった反動で、うまい具合に案内人の方へ跳ねかって跳んでいった。
「邪魔はダメだよ」
「やっ!」
「わがままいわな――」
「きらきら、やるの」
ぶら下がった案内人の左腕を掴んだシロ。ぎゅっときつく目をつむる。すると、ぱあっと柔らかい光が溢れ、案内人の左腕を包んでいく。
「うっそ……なんで……?どういうこと?!」
「信じられません……」
シャックスとロノウェは、シロが案内人の傷を癒していく光景を見て、驚きを隠せないでいる。
案内人は、わずかに目を見開いたが、すぐに納得した様子。素直にその癒やしを受け入れていた。
「吸収って、そういうこと?」
「否定」
「違う……?内緒ってこと?」
「うん」
「……ありがと、下がってて」
左腕の穴が塞がり、問題なく動くことを確認する案内人。あいかわらず、不思議な受け答えをするシロだったが、傷を治してもらったことには、素直に礼を伝えた。
治った左腕で頭を撫でると、ニコッと笑い、案内人の言う事を聞いて、瓦礫の陰に戻っていった。
「ほんとになんなの、あの子」
「さあ……でも、これで怪我しても大丈夫なの、わかったよね」
「……ホントの本気でってこと、ね」
「うん、俺も、そうするから」
案内人の目付きが変わる。それをすぐに察したシャックスは身構える。
初手と同じ様に、懐に向かっているのがわかる動き。シャックスはバッと腹部をガードしていたが、襲ってきたのは横からの蹴り。見事にわき腹に当たってしまう。
「同じなわけ、ないでしょ」
予想できる、予測不能な動き。単純な物理攻撃しかしてこない案内人に、逆についていけないシャックス。
「お腹ばっかり……っ!」
「ダメージある所狙うのは、当たり前」
「勉強に、なるわっ!」
それなら、と。シャックスも負けじと対抗する。
両腕で構えるのではなく、今度は片腕だけを前に突きだした。音もなく、目にも見えない、俊足の矢が連射され、案内人を襲う。
寸前で感じ取れる気配だけで、避ける案内人。
「……あぶ」
「かすっただけなんて、流石ね」
「必死だよ、これでも」
「余裕そうな顔して、よく言うわっ」
しっかりと型のある武術では無いが、接近戦で戦う案内人。その逆で、己の能力と言う型を持ち、飛び道具で戦うシャックス。
戦闘の相性自体は最悪で、戦いにくいのはシャックスだった。が、案内人自体は、悪魔の力を使っているわけではない、少し手練れの人間というだけ。シャックスの不利な部分は、その差で埋められ、意外と拮抗し合ういい戦いになっていた。
「当時より洗練されているみたいですね……やはり、執行人の影響がその肉体にも表れているのでしょうか」
ふむふむ、と、ただの観覧客の様になっているロノウェ。シロを一度止められなかったこともあり、シロの監視もそこそこに……案内人と、シャックスの戦いを楽しそうに見ている。
「あ」
シャックスに拳と蹴りを次々に打ち込み追い詰めながら、ピクっとなにかに反応した案内人。
一瞬止まった攻撃。シャックスはその隙に距離を取ろうと飛び上がる。
「……えっ」
「逃げちゃ、だめ」
空中にいるわずかな時間。追いつけるはずのない距離のはずだった。なぜか、目の前に、眼前に……案内人の顔があった。
シャックスの肌に刺す不気味な感覚。ザワザワと肌に刺さる、心地よい痛みの様な異様な空気感。
「あ……や……」
「怖くないよ……シャックスじゃないから、安心して」
優しく声をかけながら、つうっとシャックスの頬をなぞる案内人。その声に安心したシャックスは、ふっと笑って話しかけた。
「前髪……おしゃれなのに、残念」
「今、それ言うの?やっぱり……面白い」
飛び上がっていく向かい風で、前髪が上がっていた。その前髪は戻ることはなく、そのまま髪質まで変わっていく。虚ろだった瞳の形も変わり始め、肌の色も黒く染まっていく。
「これ、貰うね」
案内人としての声はこれで最後だった。
「キャッ!なに?!」
シャックスの体に密着し、腰に手を回す。そして、もう片方の手で、頭に付いている髪飾りを掴んだ。
「……さあ、どうする」
赤く大きな石に、極彩色の羽根が付いた派手な飾り。案内人の手の中にある赤い石。中で何かがゆらりと揺れた。力を込めると、ピキピキと音を立て始め、ヒビが入っていく。
割れ弾ける瞬間、黒い煙のような塊が勢いよく飛びだした。宙を右往左往しながら舞い、身を隠す場所探している様だった。
「大人しく、見ているといい」
「は……い」
黒い煙の塊を捉えながら、シャックスを地上に降ろして、フッと笑いかけた……執行人。
目の前で変わっていった案内人の姿。収まることなくバクバクと鳴っている自分の心臓の反応を疑問に思いながら、言われた通り執行人の姿を見守るシャックス。
「素直に姿を見せたらいい」
ユラユラと煙を立てながら、執行人の声を聞いている。その場でピタッと止まると、煙が渦を巻いて繭のような形を作りはじめる。
執行人の姿に変わった事で、部屋の空気も変わっている。その空気に飲まれながら、ロノウェはシャックス同様、見守ろうとしていた。だが、普段ならあり得ない状況に、自分の思考を思わず声に出していた。
「見届人の正体は、我々も知らされていない……姿を見せるなんてことも、あり得ない……なぜあのまま帰らなかった?」
「未来」
「同行人……?なにを……」
「あれは、未来を見た……彼に触れた。だから、帰れない」
感情のこもっていないシロの発言。突然流暢に話しだした事にも驚いたロノウェだったが、息を飲んだのはそれだけが理由ではなかった。
シロが見ていたのは、見届人の持つ本質的な力だった、と言うこと。
「よかったね、ろの」
「な、にがです、か?」
「あなたじゃなくて」
黒い水たまりに向かって、ニコッと愛らしく、子供らしく笑うシロ。心癒やされるような笑顔のはずなのに、ロノウェはゾクリと悪寒を感じた。得体のしれなさに拍車をかける、シロの言動に。
パシュッと繭がはじける音がした。
「ごきげんよう、執行人……?」
くるんっ、ふわんっと。ふわふわのレース生地が重なった丈の短いスカートを翻しながら、ゆっくり地上に降り、執行人に挨拶をする繭から生まれた乙女。
「……随分と、変わった、な?」
「そうかしら?ヒッヒッ!」
執行人も珍しく目を見開いている。以前会ったことがあるらしく、その時と全く違った姿になっている事に驚いていた。
ふたりが挨拶の対峙をしている隙に、シャックスはコソコソとロノウェとシロのいる瓦礫の陰に移動していた。
「な、なにあの人……あたし見たことないんだけど……」
「それは仕方ありません。持って生まれた力が特異であるが故、機関本部内の特別室でほぼ軟禁状態で表に出ることはないのですから」
「……おばばっ」
「ちょ、あんた!聞こえる!しっ!」
慌ててシロの口を塞ぐシャックス。しかし、無駄に終わった。シロの暴言は、しっかりと乙女の耳に届いていた。
「ずーっと見てたけど、ほんっとうに失礼なメスね?!熟れた果実なだけよ!!」
瓦礫から頭をのぞかせていたシロとシャックスを指差し、少しズレた言い方で怒りをぶつける。そのズレ方は、執行人との会話でも披露されていた。
「ふっ……まぁ確かに?少々熟れすぎたか、腐ってしまったみたいだが」
「あらいやだ……食べ頃だって、褒めてくれるなんて」
「……言ってない」
面識のない挑戦者の中にも、おかしな奴は数多いたものの、面識のあるおかしな奴の相手は、いつも冷静で冷徹な執行人のペースを大いに乱してしまう様子。
やりにくさを感じながらも、球体を取り出し、いつも通り罪状を読み上げ始める執行人。
「重要な内部情報の書き換え……それに伴った横領行為、人材の抹消行為。これらは内部告発によるもの……事前に処分を受けるよう通達がいっている筈だが……これも、書き換えたな?」
「んふふ……過去は知らないわ、ごめんなさいねぇ?」
「よく自分を分かっているようで結構なことだ……それら含め、今ここでお前は受けることになる」
球体を閉じ、ゆっくりと口角を上げながら乙女を見る執行人は告げる。
「グリモワ機関に不要な存在と判断、よって……罪人、悪魔【イポス】に対し、罪人による、『執行』の制裁を」
シワシワの顔をさらに歪ませ笑い、飛び込んできた執行人を迎え入れるイポス。
「……一緒に卵を温めましょうねぇ〜〜っ!!」
「っ!ちっ!」
一撃で決めるつもりだった執行人。
バッと手を広げ、無抵抗で受け入れようとしているイポスの行動に危険を感じ、シュンッと即座に離れた。
「確かにあの勢いで抱きしめられたく無いわ、あたしも」
「しゃっく、やりかねない」
「まっ!失礼しちゃう!あたしはちゃーんと相手を敬った行動をするわ?だから、今も、案内人の言う事を聞いてここにいるの、わかる?」
「上々」
「その話し方ドン引きだわ」
ロノウェは、執行人の苦戦よりも、シャックスとシロの距離が近くなって和やかに笑い合いながら会話している事に驚き、引いていた。こんな短時間で、なにがきっかけでここまで急激に仲良くなれるのか、理解できていない様子だ。
シャックスとシロに気を取られていると、突如ドドドドッ!と、大きな破壊音が響き渡った。
「あ〜あ……割れちゃったたぁ」
「気色悪いものを……」
土煙が収まっていくと、地面に複数のくぼみが出来ているのがわかった。その周辺には、ネトネトとした粘液がこべりついている。直撃は確実に避けている執行人。だが、弾け飛んだ粘液が僅かに肌に付着してしまっている。
「ねえ?あったかいでしょ?」
「焼けるほどに……な」
「よかった〜!喜んでくれてうれしいぃぃ!!」
喜びの高笑いしながら、イポスは短いスカートをたくし上げる。すると、スカートのフリルから、ポポポポポッと大きな卵が飛び出した。ゴロンゴロンと、地面に転がった卵。
バッと、姿勢を下げ、片足を伸ばして地面を擦りながら回転蹴りをして、卵を四方八方に飛ばしていく。老女の見た目からは、あり得ない運動能力だった。
執行人は今度は避けることはせず、蹴り返して反撃をした。狙いを定めていたが、当たることはなかった。イポスの背後で弾け飛んだ卵。爆風を受けながら執行人を見つめるイポス。
「別にね、あなたに命を取られるのが嫌だってわけじゃないの」
急にしおらしく、まさに乙女のように語りはじめるイポス。
「初めて会ったあの時の感動……胸の高鳴り……この姿で生まれた事の意味……過去を振り返らないと決めたわたくしの、唯一残るの至上の思い出……もう一度、感じさせて」
黒く輝く、美しい姿。悪魔として、憧れる光であると……執行人に手を伸ばす。
「悪いが……衰えきったお前に与えられるものはない」
その手は、届かず跳ね除けられる。
「もう私の一部になるほどの力も残っていないだろう?」
イポスは黙ってしまう。
「沈黙は肯定か?もし、違うというのなら、この先の未来を予知してみろ」
「……いいわよ、見せて差し上げるわ」
卵爆弾の攻撃を続けながら、イポスは自身の本来の力を絞り出す。全盛期の状態であれば、何ら問題なく、その力を使っていただろう。むしろ主軸にして、戦いをしていただろう。
シワが目立つようになった顔、首、腕……見た目の齢は80は優に超えている老女。見た目の衰えは、力の衰えを如実に映し出していた。その為、執行人を近づけさせないようにしながら、本質に持つ力……『未来予知』を行うのは至難の業となっていた。
チカチカと断片的にしか見えない、脳内に映し出される映像。思い通りにいかない歯がゆさ。滲む嫌な汗。
「あっ……!」
そんな中で見えた、ハッキリとしたひとつの映像。久方ぶり見ることができた。思わず声を漏らして動きを止めてしまうイポス。
「見えたか?」
その隙を、見逃さない執行人。動きの方向を変え、初手と同じように、イポスに間近に迫り、囁いた。
「ええ、見えたわ」
イポスが見たのは、数秒後の未来。
執行人が寄り添い、自分に優しく声をかけてくれている……自分が望んでいた、思い出の一部。現実に起きる事を知ってしまったイポス。ニコッと笑いかけたその顔は、執行人が始めてみたイポスの、若く美しい顔に戻っていた。
けれど、すぐにその顔は……消え去る。
「それは、なにより」
鋭い尻尾で細切れにされ、卵が生まれ落ちる時と同じように、ボトボトっと地面に落ちていく肉片達。
執行人の足元で血とともに広がり、ジュクジュクと音を立てながら湯気をあげて蒸発していく。
「人間の肉体という器を持たず、悪魔そのものとして存在する事になってしまった我々は、痕跡をこの世に残すことなく消え去ります……お疲れ様でした、執行人様」
執行人の元に移動した黒い水たまりのロノウェ。シャックスへの研修の言葉なのか、わざとらしい説明をしながら労いの言葉をかけた。
「この状況になってしまえば、こうなる……私にも、お前たちにも利点はない。マリウスに念を押して言っておくといい、部下の動向は、気にかけろと」
「承知しました」
「地上での生活が長い弊害だろうが……悪魔である事を忘れさせるな」
そう言うと、執行人の黒い皮膚が元に戻っていく。人らしい肌に変わっていくにつれ、卵の粘液が張り付いた肌の部分が、赤く爛れているのがわかるようになった。
それを見逃さないシロ。勢いよく走って駆け寄り、先程のように、すぐさま治療をし始める。
「シャックス」
「あ、な、なあに?案内人?」
「勉強になった?」
前髪を直しながら、シャックスに声をかけた案内人。
少ししょげた顔をしながら、シャックスは言った。
「機関の所属するものとして、とても有意義な時間だったわ」
「……自分のことは?」
「っ!?」
どこか虚ろで、他人を見るその目は、相手を見ていないようでよく見ていた。案内人に見透かされていたことに驚きながらも、シャックスは応えた。はあっと息を、吐いてから。
「わっからないわ」
「そう」
「でもね?ひとつだけ……あたし、執行人よりも、案内人の方が大事なんだってすごく感じるの。もちろん、愛なんだけど……それ以上に、愛っていうか……変かしら?」
なぜかシロは、激しく頷いている。案内人は、ジッとシャックスを見たまま黙っている。
「ソ、そんなに見ないで?!はずかしいじゃない!」
「……ロノウェ」
「え、はい?」
「看守、シャックスに変えれない?」
突然の申し出に、ロノウェも、シャックスも慌てている。
「な、なんで急にそんなことを?!ここ数百年、シャラさんはあなたに尽くしていたではないですか?!」
「だって、浪費家だし、夜の相手も大変だし。シャックスなら、そんな事ないでしょ」
「夜の、相手……っ!同じ屋根の下……それが許されているなら、さすがのあたしも、理性が持つかはわからないわっ!!!」
シャックスの熱い視線が刺さり、ゾッとする案内人。
「やっぱ今のなしで」
「まったく……冗談でもそんな事を言うものじゃないですよ、案内人さん。看守とはいえ、仮でもあなたの伴侶なのですから」
「「えっ?!」」
ピシャーンっと、稲妻が全身に走る衝撃を受けたシロとシャックス。
「俺の事を気にして、勝手にそういう括りにしたのはそっち、余計なお世話……シャラも悪魔憑きの人間だからって、人間の生活も必要だって、勝手に――」
愛し合うのは肉体だけ。人間にある欲求を満たす為の、かりそめの関係。
それならば……つけ入る隙は十分にある。そう、共感した、稲妻に打たれたふたり。
「シロちゃん」
「しゃっく」
案内人が疲れと帰宅後の心配でグッタリしている横で、シロとシャックスはぎゅっと手を握りあっている。
「お互い頑張りましょう、偽りなら問題ないわ」
「肯定……しゃっくもがんば」
「おふたりは、いったい何を意気投合なさってるのです?」
さらに仲を深めたシロとシャックス。お互いに笑顔で、ロノウェの問いに答えた。
「「ないしょ〜!」」
笑顔と疲労の対比が凄まじい、研修とトレーニングが終わりを告げた。




