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【秘密の場所】

 ■■研修結果報告書■■


 対象【案内人】


 加点 80

 目的層までのスムーズな案内。

 挑戦者の『質問』に対する受け答え。

 同意項目の完全暗記。


 減点 100

 息をするようにダンジョンの破壊による進行の提案(前科多数)

 怠惰な態度による、挑戦者への受け答え(これにより、挑戦者側の意欲の減退へつながる可能性あり)

 同行人への雑な対応(過剰なトラップゾーンへの単独侵入の強制)


 特殊増加点 50

 執行トレーニング過程への意欲的参加。


 結果

 案内人として、総合的に平均点。問題なく、当該ダンジョンの担当継続は可能。


 以下、監視対象の報告となる。


 ■■■■ ■ ■■■


「無理やり平均点にした感が否めないですが……形式的なものですから仕方ないところですかね?さて……問題はここから」


『グリモワ機関』本部の最上階にある、機関長の執務室。

 黒く濁った、香りの良い飲み物を口にしながら、マリウスは情報記録・保存端末を操作し、閲覧していた。


 球体(ルント)の操作と同じく、浮かび上がる画面を指でスライドさせていく。じっくりと読みこんでいるのは、ロノウェが提出した報告書だ。


「……治療?」


 ロノウェとシャックスが現場で、その目で。

 間近で見たシロの治癒能力。その時の驚いた様を知っているわけではないマリウスだったが……ふたりと同じように、嫌な汗を滲ませて、目を見開き震えていた。


「シロさんが現れた当日、執行対象だった彼が使っていたのもたしか……取り憑いていたが……だとしても、直接体に取り込まない限りそんなこと……でないと無理だと仰られ――」


 その文字を画面に表示させたまま、口元に手をかぶせて考え込み、独り言をつぶやくマリウス。


「くそっ……!イポスも同じことになっているのならば、たちが悪い……いや、まて……衰えたものは食べても意味がないことは共通してるかもしれない?で、あれば……もしかしたら?」


 バンッ!と机を叩くマリウス。その衝撃でで画面が揺らぐ。そして、プツリと消えた。続きを読むことよりも、その一点だけに頭がいってしまったマリウス。勢いよく立ち上がり、早足で部屋の扉へ向かった。


「ここで一人悩んでいても仕方ありませんね」


 険しい顔をしてはいるが、解決方法を思い立ったらしいマリウスはグッと拳を握って執務室を出る。


 無機質で、温かみのない造りの廊下を真っ直ぐに進む。窓すらない閉鎖的な、息苦しさのある狭い廊下。同じ様な景色が続く中、縦に線が入った壁の前でピタッと止まり、横に付いているボタンの下を押すマリウス。


 プシュっと空気の抜ける音を出し、自動で開いた扉。小さな箱の中の様な部屋に入り『↓』のボタンを押すと、再び自動で扉が閉まった。


 ブゥンと音を出し、静かに動き出した。


「これを造る為についこの間頼りにしたばかりですが……素直に聞いていただけるか不安ですね……」


 これは特別に作らせた、ゼンマイ仕掛けではない、機械仕掛けの昇降機。機関本部、最下層への直行便だ。

 途中で止まることをさせないのは、特定の人物しか入ることを許さない、特別な場所として最下層が存在しているからだった。


 数分かけ降りた昇降機は、不思議な浮遊感を与えながら止まった。昇降機から出たマリウスは、早歩きでカツカツと進む。


 常夜灯程度の灯りしかない、ボイラー室のような場所だ。

 壁側に取り付けられた機械から、大小様々なパイプが部屋全体を巡り、所々からホースや配線が床を走っている。


 その行き着く先が、マリウスの目的の場所だった。


「起きていますか、おふたりとも」


 声をかけたのは、謎の液体に満たされたカプセルの中で浮いている、ふたりの乙女。イポスと同じデザインの衣装の色違いを、着ていた。けれど、同じなのは衣装だけ。


 その姿は若くかわいらしい、本当の意味での乙女の姿だった。異質な特徴があるとすれば、黒いレースで作られたお揃いの目隠しをしているところ。そのせいで、双子のようにそっくりに見えるが、血のつながりは一切ない。


「ねてます」


 膝を抱え、マリウスを覗き見ている紫色の乙女が、ポコポコと空気を漏らしながらハッキリとして声で答えた。


「寝てるなら返事はしないでしょう……?おふたりとも、仕事です」


 目は見えないが、明らかに顔色を変えるふたりの乙女。マリウスの言う仕事には、あまり意欲的ではない様子だ。


「今度はなに?最先端の移動技術?特殊な強化素材?それとも……今よりも精密な計算ができるコンピューターでも欲しいというの?」

「……むずかしいのは、あたまがいたくなる、いや」


 ふたり同時にそっぽを向かれてしまうマリウス。苦笑いしながら、どうにかご機嫌を取ろうとした。


「18地区で流行りの焼き菓子を用意します、どうにかそれで……だめですか?」


 マリウスの、女性への扱いの浅さが分かりやすく出た発言。甘い物をプレゼントにすれば、機嫌が良くなるという安易な考えだった。


「たべられないのに」

「ドロドロの液体になった焼き菓子を、このチューブから注ぎ入れるだけのクセに」

「わがまま言わないでください。あなた方は外の空気に触れると崩れてしまうのですから」


 険悪なムード。見えない瞳の、刺さるような視線を受けるマリウス。観念したように、謝罪を口にした。


「言い過ぎました、申し訳ありません……そんな体に無理やり定着させるよう指示したのは僕でした」

「わかればいいよ」


 深く頭を下げるマリウスを見て、ふたりの乙女は何度も頷いた。下心の手土産をチラつかせるよりも、素直に頼めばいいのだと、マリウスに伝える。


「なにが欲しいの?」

「なにがみたいの?」


 慣れた口調で、順番に問いかける左の乙女。示し合わせたように首を傾げる姿も、綺麗に揃っていた。


「死したイポスの力の行き着いた未来を」


 ふたりの乙女は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑い出した。


「くすくすくす……私たちの下位互換の、あの?」

「んふんふんふ……あってもなくてもいいじゃない、そんなの」

「その様子だと、聞かなくても既に見ていましたね?」


 マリウスの静かな声に、ピタリと笑いが止んだ。


「そりゃあそうよ?あのかたのところにいくっていっていたんだもの」

「それくらい見ても、バチは当たらないでしょう?一応、同じ場所で過ごしていたんだもの?次に会えるのはそうね?300年後くらいかしら」


 同じ力を持って、再び世に現れると言った乙女。


「なるほど。その力はまた育ってくれる、というわけですね?」

「ただ、ひつようとするニンゲンがすぐにはでてこないだけ」

「マリウス……あなた、本当に聞きたいことはそれじゃないでしょ」


 ピクッと、不自然な反応をして、顔を伏せるマリウス。ふうっと息を吐いて、ゆるく笑みを浮かべて顔を上げて答えようとした。


「そのとおりです……僕が本当に知りたいこ――」


 望みを伝えようとふたつあるカプセル、それぞれの乙女を見た。


 ボチュッ――。


「へ……?」


 日の差す事のない地下に咲いた、向日葵のような、黄色の衣装を着ていた乙女の頭が弾けた。液体は赤く染まり、残った首から下の体が力無く上部にまで浮き上がっていくのが見えた。


「呆れた……あれほど注意したのに?はあ……先走るから余計なものを見るのよ」

「まさか……あの方の『未来』を見てしまったのですか」

「この体と、それ以外……私たちの中に細工なんかしてないでしょう?」


 ため息と思われる大きな空気の泡。ポココッと口から生まれたそれを手で散らしながら、マリウスを見つめる紫の乙女。


「そうですが……万が一の為の措置がこんな結果になってしまうとは……」

「はんっ?正常に作動したことを喜んでるように見えるけれど?」

「まさか、僕が、そこまで無慈悲だとお思いですか?」


 現在、過去、未来……そのすべてを知り得ることが出来る特別な力を持った悪魔である紫の乙女。黄色の乙女も、同等の力を持っていた。その力が万が一奪われてしまう事がないように、マリウスが危惧している使われ方をされないように、と。


 その姿を中心に捉え『見た』瞬間に、起爆する爆弾を脳に埋め込んであった。


「慈悲なんて言葉を使うなら、イポスに下した『執行』の事も、泣くほど後悔したのかしら」

「それとこれは別でしょう?彼女は明確な罪を犯しましたから……とてもわざとらしい、罪を」

「あくまであなたは、自分の仕事をしただけって言いたいわけね?はいはい……もういいわ」


 誠実な口調で、正しさを話しているつもりのマリウス。だが、そこには、自分で口にした『無慈悲』さが伝わる内容だった。

 話し相手が死んだこともだが、そんなマリウスの答えに、不機嫌をぶり返した紫の乙女。


「さっさと、済ませて」


 もうおだてても意味はないだろう。マリウスは機関長として、仕事の命令をした。


「同行人、シロの、未来を聞かせてください」


 紫の乙女は、大きく息を吐き出す。マリウスからは、紫の乙女の顔が見えないくらいの、空気の泡が溢れ出る。


「……ん」


 ピリッとわずかに、痛みが走り始めたのを感じた紫の乙女。その違和感が何かを察したが、マリウスには伝えなかった。くすりと、諦めたように笑いながら、再度マリウスに確認した。


「本当にいいのね」

「はい、お願いします」


 バンッ!と内側からカプセルを両手で強く叩く紫の乙女。

 普段なら、おとなしく淡々と見えた未来を語る彼女の異常な行動に、思わず一歩後ろに下がってしまったマリウス。


「教えてあげる……あの小さな少女は、マリウスの思っているようなことはしない、やらない」

「それなら……シロさんがここに来たのはなぜ……」

「シャックスは感じ取ったというのに、あなたはまだまだ盲目なのね……くすくすくすっ」

「盲目……?どういう意味ですか?!」


 淑やかにほほ笑む紫の乙女。

 マリウスをバカにして、大声で笑い始める。


「意味?ガチで言ってんの?ほんっとに、盲目ねぇ?それはもう、自分で『見る』しかな〜いの!あっはははは――……じゃあね?」


 そして、別れを告げた。


 パチュン――。


「は……?」


 ガクガクと頭を震わせ、紫の乙女の頭も弾け飛んだ。

 赤に満たされたふたつのカプセルを、呆然と見ているしかないマリウス。


 しばらく動けずにいると、チャラリと金属が擦れる音が、背後から聞こえた。その音は、眼鏡から垂れ下がっているチェーンに付いた飾りが揺れた音。

 ハッとして振り向いたマリウス。そこには、デスクに頬杖をついたまま、マリウスを見ている白衣を着た小柄な男がいた。


「おやおや……ついこの間、作り直したばかりなのに、もう壊してしまったのだねえ?」

「ベリト先生……いつからそこに……」

「最初からいてというのに、無視をしていたのは君の方だろ」


『グリモワ機関』本部、最下層の管理責任者ベリト。

 機関長であろうと、挨拶なんてしない。

 目の前の、自分の作品にしか興味がない。

 他人とコミュニケーションをとるつもりはない。

 故に、最下層から出ることは殆どしない。


 壊れたものには、未練はない。また作ればいいのだから。


「ん〜?ついこの間ではなかったか?まあ、些細なことかな」


 そう言いながらベリトは立ち上がりカプセルに近づき、下部にある操作盤に手を伸ばす。いくつかあるボタンのひとつを押して、液体を排出し始めた。


 ギャリギャリと音を出し始めるカプセル。

 底には、いつも案内人が執行対象の一部を納品する機械と同じ、刃が回転していた。残っていた乙女達の首から下が液体と混ざり、詰まることなく廃棄されていく。


「で?また作るのかね?」


 問題なく流れていく濁った液体を見ながら、淡々とマリウスに問うベリト。


「今すぐに……答えられません……」


 首を傾げながら、マリウスに近づくベリト。悔しそうな顔のマリウスを不思議そうにしている。


「何をいまさら……何度目かもわからないのに後悔でもしているようではないか?直々に恩命を受けた悪魔のクセに、実に悪魔らしくない」


 呆れたようにため息をついて、マリウスの肩を叩くベリト。

 カプセルとは反対側にあるデスクに戻り、バサバサと整理されていない紙の中から数枚抜き出し目を通し始める。


「彼女らの力を固定し、器になる肉体をわざわざ作り、文字通り永劫にこの場に閉じ込めて情報を搾取し続ける……それはあの方の為の、所業?」


 バインダーに紙を挟み、さらさらっと『終わり』を書き込み引き出しに投げ入れた。


「過去か未来かは教えてくれなかったのは彼女達の意地悪だった……この200年?で取り入れられた地上の文明には似つかわしくない、あり得ない機械の技術……あらためて、ロストテクノロジーってのは感心する代物だねぇ……ふむふむ……」

「……我々に有利に働き運用が可能なら、どこのどんなものかは関係ありません」

「口を開いたかと思えば……おやおや……今度は実に悪魔らしい欲深い発言をするではないか?クヒヒ」


 ベリトの独り言に反応してしまい、イヤらしい笑顔を向けられてしまうマリウス。ムッとしながら会話を続けようとする。


「あなたはその恩恵を受け、自らの力を飛躍させ自由に研究を続けているでしょう?そんな稚拙な言い方をして、僕をバカにしないでもらいたい」

「こっれは失礼!最底辺でありながら『ここ』では最高責任者であるのを忘れていたよ!失礼失礼っ」


 ベリトの態度は変わらない。『グリモワ機関』での上下関係よりも、ベリトは悪魔間での上下関係を重んじているようだった。


「うっかりなんだよ、うっかり!そう睨まないでくれ?」

「『ここ』では……『ここ』に所属し続けるつもりなのであれば……僕の声をしっかりと聞き入れてください」

「それは君が悲しみで泣いて沈んでいる時にも、寄り添って慰めて、心を癒すことも、命令にはいるのかね?」

「ベリト先生!!」

「おっほ!怖い怖いっ!」


 ケタケタと笑うベリト。なにを言ってもおちょくられるだけのようだ。まともに話をすることを諦めたマリウスは黙ったままベリトのいるデスクへ移動する。


「まぁ?この技術の躍進も、ここまでにしておくべきだろうね」


 ベリトの持っているデータの紙の束。マリウスは覗き込んで見てみるが、理解できないグラフや数字が並んでいるだけで読み取れない。すっと目を逸らすマリウス。


「はっはっぁ!なに、そう大した理由ではないよ?今君が見ないようにしたデータを完全に理解しなければならないからねぇ……さすがのわたしも骨が折れる。それに、ダンジョンの構造にこれらを取り込もうにも……マルファスももう限界だろうしね」

「本当に大したことないのですね」

「おや?大義が必要かい?」


 ふるふると首を横に降るマリウス。


「そうだったねぇ……大義が必要なのは、使われる者の方だったよ?頑なに解禁はしてくれないのだから」

「兵器の話、ですか」


 乙女たちが教えてくれたロストテクノロジーの情報。

 その中には、もちろん命を奪い合うための情報も含まれていた。だが、その運用は一切していない。


「人間の作り出した繊細な技術……人間が、悪魔になろうとしたものと考えます」

「ふむ?」

「安定や安心、安寧を求め作られた情報処理能力に長けた機械技術、快適な環境を生み出す建築技法……それは僕たち悪魔が人間に与えた欲望を満たすための力と同じ。それを僕たちが等価の対価としてもらい受けるのは妥当では?」


 ベリトはマリウスの話を聞きながら、ドカッと椅子に座った。体をマリウスに向けて、じっと見つめてしっかりと耳を傾ける。


「ですが?武器?兵器?なぜそんなものを求める必要があるのです?僕らには特別な力がある。それで十分では?」

「……言い分はまぁ、わからないでもないがね」

「さらに言わせてもらいます……僕たちは無差別に人間の命を奪っていい存在ではない」


 強い言葉だった。力強い声だった。まるで、自分たちが真っ当に生きている人間のように、マリウスはベリトの目を見て言ったのだ。


「わかったわかった……従いますよ機関長様」

「……それではそちらは処分させてもらいますね」

「おやおや……」


 デスクに置かれた赤色の分厚いファイル。マリウスは容赦なく目の前で燃やし、脇のゴミ箱へ落として背を向けた。


「再製造に関しては、後日連絡します」

「もう戻るのかい?なら……」


 鍵のついた引き出しを開け、付箋のついた分厚い紙の束をマリウスへ渡すベリト。


「可愛い我が子たちの置き土産だよ?大事に使ってくれると嬉しいね?」

「……ありがとうございます、それでは」


 昇降機に入るまで、マリウスを見つめていたベリト。扉が閉まり、動き出したことを確認してプフッと、吹き出した。


「優秀で真面目は、盲目で頑固でもあるっと……君も作り直したほうが良いのではないかねマリウス?」


 大きな引き出しを開け、底面についている鍵穴に鍵を入れる。

 上げ底になっていたその中から、マリウスが燃やしてしまったファイルと同じ色の球体(ルント)を取り出し起動する。


「あんな分かりやすい所に置いておくわけがなかろうに……クヒヒッ!」


 画像と文字が並ぶ画面を、本をめくるようにすいすいとスライドさせていくベリト。


「悪魔の力も、人間の兵器も……使い方だというのに。兵器で滅亡した人間の歴史でも隠れ見たのかね?そんな事には憂うのに、悪魔の死には無頓着?心酔し過ぎも程がある……」


 とあるページを開いたまま、とんとんとんっと指先でデスクを叩きながら頬杖をつく。


「これなんかいいと思うんだがね……?物質を粒子にかえちゃうってやつ……悪魔にも効果があるのか試してみたいのに」


 口角を引くつかせながらベリトは独り言を続ける。


「もし、効果がなくとも、真実が顕になるだけ……ああ!なんてかわいそうなマリウス!」


 体をバタつかせて大笑いを始める。


「知りたがっていた少女の事も知ることが出来ず、全て隠されたまま憤り、絶対的存在に更に溺れていくことになる。だがその存在も、少女が来たことで目覚め、知ってしまった……その事に、君はいつ気付くのだろうね」


 ベリトは密かに、乙女達に教えてもらっていた。

 たまに来る名ばかりの悪魔に従うことより、生みの親であり育ての親であるベリトの言葉に、乙女達は素直に従っていたのだ。


 しかし、それも自分の意思だけで行っていた行動ではない。

『グリモワ機関』に所属することを選びはしたものの、本当の意味で従う者は、自ら選んだとしているベリト。

 マリウスの事を散々に言いながら、ベリトもその存在に心酔し、忠誠を誓って動いていた。


「さてさて早速……」


 球体(ルント)を使ってなにかを打ち込み始めるベリト。


「っ!なんとタイミングのいいことっ!」


 ポンポンッと『既読』の通知が次々に表示されていく。それを見て、さらに笑いを込み上がらせるベリト。嬉しそうに、打ち込んだメッセージを、送信した。


「クッヒィ〜……!まあ?せいぜい?渡したリストの挑戦者候補……人間たちを有意義に使いたまえ?でなければ……君も使い捨てにされてしまうよ〜?」


 ベリトの笑い声は、ひとりになってしまった最下層で、しばらくの間止むことはなく、響き渡っていた。


 ****


「ヘッ……クシュッ!」


 帰宅中の案内人は、ベッドに横になっていた。


「あら?風邪です?」

「なんか、ゾクッとした」


 隣で寄り添うシャラが心配そうにすり寄り、案内人の頭を撫でる。


「あら大変……温かい飲みものでも持ってきましょう」

「うん」


 薄いガウンを羽織って、シャラは部屋を出ていった。シャラがいなくなったことを確認して、ため息をついた案内人。


「三日三晩、ずっと裸にされてたら……ひかないもんもひくよ……」


 研修を終えた案内人は、結果が通知されるまで待機しなければならなかった。


 大人しくしていたいのに、そうはさせてくれないシャラ。

 シロもシロで、起きている間の相手をしなければならない。


 ダンジョンを案内している時とは違う疲労感。休まらない体。

 普段から薄っすらと隈がある案内人だが、その色味と深さが増しているように見える。


「風邪の方がまし……かも……どう思う?」


 毛布を被り、丸まって問いかける案内人。もちろん、返事なんてものは、返ってこない。


「答えなくてもいいけど……そろそろ……俺、疲れ――」


 ガチャン!ドンッ!ダダダダダダッ!


 全身が温まり、うとうとし始めたところに聞こえた騒音。気付かないわけがないが、耳を塞いで聞こえないふりを決め込む。


「やだ!シロも!」

「あなたには無理なの!聞き分けなさいな!」

「やだ!やだ!一緒がいいの!」


 シロが起きてしまったらしい。部屋の外で言い争う声が、キンキンッと頭に響く。


「ねえ……うるさい」


 仕方なく起き上がり、ふたりの元へ向かい、凄む。


「ちん!!」

「あ」


 バッチン!!とシロは勢いよく案内人の股間を叩いた。

 突然の事にシャラは固まって、耐える案内人を見つめる。


「あ、あの……大丈夫……です?」


 恐る恐る声をかけるシャラ。わずかに震えている案内人は、バッと手を伸ばし、シロの首根っこを掴んで自室に向かって歩き出した。


「の、のみものは……」

「あとで」

「わ、かりました……」


 キャッキャッと嬉しそうなシロ。ドカドカと強く床を踏んで歩く案内人。


「……残念」


 シャラはふたりを仕方なく、寂しそうに見送るしかなかった。

 乱暴に自室のドア開け、案内人はシロをベッドに投げた。


「ねえ」


 転がって壁に頭をぶつけたシロは痛そうにしていたが、そんなことは構わず、案内人はシロに迫った。


「痛いことはしたらだめって……言ったよね」

「気持ちいい、じゃない……の?」

「丁寧に扱うもんなの……これは」


 なぜかシロを押し倒している体勢で、真剣に股間の重要性を説く事になった案内人。真剣なその眼差しに、シロはドキドキしているようだった。


「ごめん、なさい」

「もうしないで」

「……やさしくは、いいの?」

「なにいって……っう?!」


 シロの小さく、少し冷たい足の裏が案内人の股間にぶら下がっているモノを優しく挟んでいた。思いがけない刺激に思わず声を出してしまった案内人。慌てて離れ、事なきを得た。


「あのさ……そもそもここを狙うのはやめてくれる?」

「なぜ?」

「大きくなったら、教えてあげるから」


 危うい約束をしてしまう案内人。でも、こうも言わないと、シロの好奇心を抑えられそうになかった。


「そこ、おっきい」

「黙って」

「遺憾」

「……こっちのセリフなんだけど」


 怒った顔をしているシロを放置し、クローゼットから着替えとタオルを用意した案内人。


「とっとと寝て」

「……わかった」

「素直なの……好きだよ」

「はいっ!」


 案内人がいなくなった部屋。

 毛布の中、シロはもぞもぞ動いている。


「しってるの……ここ……ん……あなたの……っふ」


 吐息を漏らし、上気していく頬はほんのり赤く染まっていく。案内人と自分が触れ合う姿を想像し、小さな体の敏感な部分を、自分の小さな手で触れていく。ゆっくりと時間をかけ、しっとりとかいた汗がシーツを湿らせていく。


「……っ……ん……あ……」


 シロが出すその声は、部屋の外に漏れていたらしい。


「はあ……俺のベッドなんだけど」


 自分を慰める行為は、案内人の湯浴みの時間よりも長かった。


 ドアを開ける手を止め、引き返していく案内人。

 シャラの部屋に戻る気もしない案内人は、仕方なく空き部屋に引きこもることにした。


 そこは、球体(ルント)と同じ機能を持っている通信用の機械と椅子が置かれているだけの小さな部屋。


「静かなだけマシ……」


 機械の前の椅子に座り、なんとなく電源をいれてみる案内人。


「ああ……やめときゃよかった……」


 この部屋に来るのは、半年ぶりくらいだった。その間に溜まっていた、ベリトからのメッセージの通知が山のように点滅していた。


「あいつも暇だね」


 球体(ルント)との操作とは違い、モニターと繋がっている盤面のボタン操作で画面の中を動かしていく。とはいえ、同じボタンを交互に押す程度。

 メッセージの内容も、たまに日記のようなものも含まれていて、注意深く見る気も起きず、なんとなくで目を通していた。


 通知が消えた瞬間。


「……今?」


 最新の最後のメッセージ。

 流し見ではなく、じっくりと読んだ。

 直接ではないが、この瞬間はベリトと繋がっている。その不思議な感覚に興味が湧いたから。


「あと、何年だったかな……間に合うと、いいね」


 好奇心だけ満たされる、くだらない内容ではないメッセージに満足した案内人。

 背もたれにグッンっと体を預け伸びをする。下腹部をさすってつぶやきながら、ゆっくりと目を閉じた。


 ■■■メッセージ(1)■■■


『やあ我が君!なかなか楽しい日々を送っているようだね?

 それはそうと、ウァサゴとオロバスが自害したよ。残念だよね? マリウスはいつも通り自分の力に引っ張られ、自害だと思わず、自分のせいだと揺らいでるみたいでね?なんともかわいそうに抱え込んでくれているよ。

 それもこれも、少女のおかげだね?仲良くしなきゃだめだよ?じゃないと……マリウスが罪を裁くことになるから、ね?

 ……嘘じゃないよ?』


 返信不可の、一方通行で届くメッセージ。

 文字すら届かないのに、声なんか届くわけがない。

 それでも声に出していた。


「それを目の当たりにした時……世界が終わるか、私が終わるか」

「楽しみだね?我が君――……その日が待ち遠しいっ」


 受け答え、会話するように。

 ベリトと執行人は、独り言を口にした。

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