【アナタに魅せられて】前編
『時間がかかりましたね?』
新しい操作を覚えた案内人。きっちりと着込んだツナギの胸ポケットに入れた球体から、マリウスの声だけが聞こえる。
「降りるのは簡単、上がるのはめんどうなの、知ってるでしょ」
『裏ルートでも、ですか?』
「……白いのもいるし」
疲弊している案内人の横で、走って回って楽しそうにしているシロ。少女自身がここに来るまでに、なにか苦労した様子は伝わらない。それがあからさまに分かるほどの、元気っぷりだ。
『だとしても……貴方ならそんな――』
「もういいでしょ……察して」
『あぁ〜……はい。では簡単に流れを説明しますね』
すっきりを伴う疲れも、重なれば負担になる。いい女をパートナーに持つのは考えものかも。と、マリウスは案内人を哀れみながら、話を進めた。
基本的には通常通りに案内人としての仕事をこなせばいい。ただ、相手は『グリモア機関』から派遣される人材。普段、挑戦者が口にしない事、行動しない事をする可能性がある。
その対応をしつつ、同行人と問題なく目的の層まで辿り着くこと。
「俺の負担、でかくない?」
『そんなことはないですよ?模擬ではありますが『執行』はしてもらいますし』
「模擬……」
『生死は問いませんが』
「模擬の意味わかってる?」
『問題ありません。保留になるか、早まるかの小さな差です。まぁ、必要か必要でないか……もありますが。どちらにせよ、すべて承知で彼らは出向くので』
楽しそうに話すマリウス。正常な人間の……施設や法の管理の責任者が発していい声色の高さと、内容ではない。
「ここに来た以上、断るとかはしないけど……」
『けど?なにか、ご不満でも?』
「まりっ!」
『えっ?あ、え?シロさん?』
「めっ!!」
『え、えぇ……?』
助走をつけて案内人の肩に飛び乗るシロ。すべての会話を理解していたのかは分からないが、マリウスを叱っている様子。
「『グリモワ機関』の内部事情は分からないよ?でも、所属する人材の把握には、責任者としてもう少し気を向けた方がいいんじゃない」
『お言葉ですが、貴方がそこに囚われるようなことがなければ……もっと穏やかに、皆、命を刻むことができてましたよ』
「そうかもね……でもそれは、お互い様。俺もマリウスも従った結果、違う?」
『……善処します』
プツッと通信が切られた。
「まり、おこ?しろ、おこ!」
「らしくはあるよ、らしくは、ね」
「う〜……泣かす?」
「物騒なこと言わないで」
地上に住み、挑戦者として参加する人間にとっては、ダンジョン運営をしている政府の組織。
それは、表向きの顔だ。
だからこそ、所属する人材の関係性は、仲良しこよしではない。そんなことは、案内人も理解はしている。
絶対的存在がそこにあり、絶対的存在の為に、皆従う事に従っている。
「人の心に住み着くって、簡単で面倒なんだよ」
「……理解」
「ほんと?」
大きく頭を縦に振り、頷くシロを疑いの眼差しで見る案内人。
言葉の覚えもそうだが、様々な事の吸収する速度が早すぎる。
あまりにも、聞き分けが良すぎる。
「俺の言うことだけ覚えたらダメだよ」
「なぜ?」
「それはお前のためにならないから」
「っ〜……なぜ?」
「そこは分かっててほしいんだけど……なんで急に言うこと聞かな……いててて」
むにむにと案内人の頬を引っ張り、話を続けさせ無いようにしている。素直に受け入れたのは、案内人の方だった。面倒臭さもあっただろうが……シロを好きにさせたまま、静かに待つ事にした。
ダンジョンの入り口の扉を見つめているものの、人が近づく気配は一向になかった。ただ虚しく時を刻んでいる。
「家で待ってても良かった」
「ねっ!」
珍しくイラついている案内人。シロも飽きてしまったのか、一緒になって悪態をついていた。
それから更に小一時間経った頃。嗅ぎ慣れない匂いがふわりとダンジョンの内側から漂ってきた。コツコツと硬い靴が床を叩く音が近づき、姿を現す。と、同時に騒ぎ出した。
「ちょっと!もっと歓迎したらどうなの?!」
派手な頭髪、派手な衣装、派手なメイクの高身長の男がくねっとしながらカツーンっとヒールのついた靴を強く叩きつける。ズイッと身を乗り出し、飾り立てられた長い爪を案内人にの顔に突き立てながら。
「真っ暗だし!ジメジメしてるし!土臭いし!最悪!」
「ダンジョンってそんなもんだよ」
「はぁ?!上級なんでしょ?!もっとピカピカしてるもんじゃないの?!」
「そういう意味の上級じゃないから……」
あまりな勢いに、その見た目もあいまってたじたじになっている案内人。シロも驚いてしまい、案内人の後ろに隠れている。
「シャックス……あまり困らせてはいけないよ」
「でもでも!こんなんならこなかったわよお?がっかり!」
「ロノウェ……?」
「お久しぶりです、案内人」
シャックスと呼ばれた男女の影から、ニュッと黒い手が伸び、柔らかく手を振っている。そこから、こごもっているのに耳心地がいい男の声が聞こえた。
「これ、新人?」
「期待の新人です……大目に見てあげて下さい」
続けて、頭の中に直接ロノウェの声が流れ込んでくる。
『目覚めは数ヶ月前になり、未だ己の存在がまだ定かではないようなのです。もちろん立候補したのは彼自身ですが……それが本能からなのか、単なる興味なのかすらもわかりません。ので、是非、優しく教えてあげてやって下さい』
「そっち側にも利点になる、体のいい研修なわけね」
「効率よく物事を進めているだけですよ」
「ま、なんでもいいよ……それで?挑戦者がシャックスで、見届人がロノウェ?」
「いえ……見届人は別にいます。見届人とは、そういうものですから」
「そこだけまともにやるんだ……ロノウェは楽してるだけだ?」
「それは内緒です」
いたずらに笑い、シャックスの影に手を収めるロノウェ。
「お話は終わったかしら?案内人さん」
「終わらせられた……が、正しいけど。いいよ、行こうか」
「いこ〜!」
「わっ?!なに?!これが例のぉ?……いた!いたい!なにするのよ?!」
これ呼ばわりされたことに怒ったシロは、シャックスの足を蹴りまくっている。逃げるシャックスを追いかけ、執拗に同じところを蹴り続けるシロ。
「うるさ……」
バタバタと騒がしい、研修が幕を開けた。
「今回向かう層は30層と指定がありました。何日かかりますでしょうか?」
いつもなら、球体から得られるはずの情報。なぜかロノウェの口から伝えられた。
「普通にいけば3日前後……ショートカットしていいなら、明日」
「なあに?ショートカットって?」
「ぶち抜くだけだよ」
「ぶ、ふちぬ……先輩……それって……」
平然と床を足で叩いて答える案内人。聞いたロノウェも、言葉を失っている。
「口頭での確認はやはり正解でしたね……そのせいもあるんですよ、今回の研修」
「……だめなの?」
「ダメに決まってるじゃない!なんのための案内人なの?!」
「『執行』の案内でしょ?」
「ま、間違ってないけどそうじゃない……っ!」
シャックスは大きくため息をついた。キリッと真顔になり、案内人が何たるかを細かく説明していく。ただ騒がしく、やかましいだけの人物ではなかったようだ。
「他のダンジョンでもそうだけれど、ダンジョンを一層一層しっかりと踏破していくことが大事なの!盛り上げて盛り上げて……最後に手にする幸運と幸福が大事なの!」
「でも、ここに来たら最期だよ」
「それでも!いいかしら?その攻略の中で、挑戦者に憑き、惑わす悪魔を刺激して、挑戦者の精神の葛藤を呼び、さらなる成熟をさせる……その魂を『執行』するからこそ、貴方の刑務作業としての仕事が実りあるものになるのよ」
フンッと鼻を鳴らすシャックス。
見事な演説に、常に足を狙っていたシロもその動きを止めていた。シャックスをキラキラした瞳で見つめ、パチパチと拍手をしている。
「ああ……だから最近の評価が低かったんだ」
「めんどくさいと思われるかもだけど、しっかり務めて?」
「ロノウェも同じ?」
「残念ですが、シャックスの言うとおりです」
「……そう」
シャックスは新人であるからこそ『グリモワ機関』から受けた教育の記憶が新しい。だが、頭ごなしに教本に記載された硬い言葉で咎めるわけではなく、自分の言葉で伝えられたその叱咤は、シロでも受け入れられる分かりやすさと優しさがあった。
自由であり、自由でないこと。自分はここに囚われた、囚人であること。
従っているようで、従っていなかった怠慢。長い年月、閉鎖されたこのダンジョンで過ごしていたことで、薄れてしまっていた、己に課せられたルール。
大目に見られていたのは自分なのだと受け入れ、案内人は素直に従う事にした。
「それに、修繕も簡単ではないですからね……監査の結果を見て、マルファスが泣いていましたよ?」
「仕事が増えて喜んで泣いてるんでしょ」
「人間でもそんな奴いないわよ……ま、そういう事だから、じっくりゆっくり案内お願いね?」
一層一層、歩みを進める。出現する雑魚を顔色一つ変えず、淡々と蹴散らし道を開いていく。時折邪魔をする罠からも、挑戦者を守り、導きながら。
「本当にケガとかしないのね」
「まだ9層だし……もう少ししたら、厄介だけど」
「そうなの?ごめんなさい、あたし、現場自体が初めてだから……」
「いいよ、大丈夫……なんでも聞いて?」
「あ……」
両手で雑魚を裂き、血を浴びながら答える案内人。その姿を見て、シャックスの心臓がトゥンクと不思議な鼓動を鳴らした。
「あ、えっと……じゃあ!この次の層は――」
「そうだよ……だから注意するのは――」
ぽわぽわと、表情も急に柔らかくなり、楽しそうに案内人と会話をし始めるシャックス。
その変わり様を見て、シロは首を傾げながら影に向かって話しかけた。
「ろの」
「同行人……?どうかしましたか?」
「しゃっく……どきどき、なに?」
「……さあ?」
ロノウェはもちろん、シャックスの異変に気づいてはいる。それが彼の悪い癖な事も。それをシロに上手に伝えるのは、難しい事だった。
シロはあくまで一緒にいるだけだ。下手にこちらからなにかを教えることは、許可されていない。むしろ、禁止されていた。
「ご自身で見て、思い至った事……それが答えです」
「……っ〜!ろの、ケチ」
「それだけ言葉を理解できているのなら、気持ちの変化を感じ取るのも容易でしょう」
ふてくされるシロ。ムスッとしながらも、ロノウェの言葉に従い、ふたりを観察しながら付いて歩く。
「(感情までも取り込もうとしているようですね……なんでも吸収をしようとする……懸念していたとおりかも知れません)」
影の中から、ロノウェはシロを監視する。あえて姿を取らずにいたのは、それが理由だった。
もちろん、シャックスと案内人の会話も聞きつつ、研修の仕事もこなしながら。
10層に入り、程よい明るさの、程よい広さの小部屋にたどり着いた。
「今日はここで休むよ」
「は〜い!」
「……普通なら食事もするけど、いらないよね」
「お構いなく……お休みください」
守護がある場所などはない。層と層の狭間の様な場所は、互いの層が反発している為、罠も雑魚も出現しないだけ。それが分かっているのは、案内人だけだ。
特に会話をすることなく、リュックを下ろし、それを枕にして横になる案内人。すぐに寝息を立て始めた。
「よくそんなにすぐに寝れるわね……」
「シャックス……いたずらなどしないように」
「そ、そんなことしないわっ」
「なら、反対側の壁で眠りなさい?それが、挑戦者のルールですよ」
「……はぁい」
チラチラと名残惜しそうに、案内人から離れていくシャックス。壁にもたれ、立ったまま体を休め始める。
影の中でため息をつくロノウェも、案内人の横で落ち着いたシロを確認して、ひと息つく。
『シャックス。今回は案内人さんよりも、同行人の行動を観察することが重要です。彼に興味を惹かれてしまっているようですが……我々の仕事をおろそかにしないように』
「わかってるわ先輩……なら、あれは止めたほうがいいわよねえ?」
口角を引くつかせ、怒りのこもった声でロノウェに伝えるシャックス。指差した先は、眠る案内人。
シロはべったりと体を押し付け、案内人の顔に頬を寄せる。そして……小さな舌で、味わうように案内人の頬を舐め上げていた。
あまりの事に、ロノウェは言葉を失っている。
「……あ〜っん」
一瞬、シャックスとシロは目を合わせた。シロはフフっと得意げに笑い、すぐに目をそらした。
「あんのアマぁ……あたしに喧嘩売ってるわ……」
「ま、待ちなさいシャックス!抑えて!なにもわかってないはずです!」
「わかってないですって?!あの態度で?!ふざけないでちょうだい……!!」
「や、め……なさい!」
影の中から手を出し、顔を真っ赤にしてシロに向かって行こうとするシャックスを掴み、止めるロノウェ。
「うらやまし?」
「な、なぁ〜〜っ?!?!?!」
「同行人も煽るんじゃありません!!!」
クスクスと嘲笑うシロ。
「ゆるせないぃぃぃ!!!」
「も〜〜っ!!大人しくなさい!」
「あっ!やぁぁぁん!!」
トプンと、影に落ちてしまったシャックス。途端に小部屋は静まり返った。
「強引」
「誰のせいです?まったく……これ以上はなにも申しません。ので、その小悪魔のような仕草と態度はあらためてください」
「う〜……?」
「わからないふりなんて、私には効きませんからね?あんまりとぼけていると、案内人にも嫌われますよ」
床にできた不自然な黒い水たまりがユラユラと揺れ、ロノウェの声を出力していた。シロは聞いているふりをして聞き流そうとしていたが、最後のひと言に反応し、表情を変えた。
「きら……い?」
「……そうです、案内人はそんな無駄な争いは望みません」
「わかった」
寄り添わせていた体を離し、隣に座る。すうっと静かに落ち着いて、目を閉じるシロ。素直すぎるその反応に、またしても言葉を失うロノウェ。
「あまりに危険な執着なのでは……これはなかなか、骨が折れそうですよマリウス……」
影の中で、ロノウェは同行人であるシロの1日目の監視の結果をまとめていく。嫉妬で泣きわめくシャックスを慰めながら、一睡もすることなく夜を明かした。
「さあ〜!いくわよ!」
「もう転層しない?」
「……めんどくさがりにもほどがあるわね」
寝起きのせいもあり、いつもよりもダルそうにしている案内人。シャックスのやたら元気な声にうんざりしている様子。だらだらと歩き、10層を抜ける。
11層に足を踏み入れすぐ。目に入った光景に、シャックスは歓喜の声を上げた。
「あら!綺麗……!まさに上級!って感じじゃない〜!」
美しい白いスベスベの壁。所々に金の細工がされた支柱。古城にありそうな燭台が並ぶ通路。上層とは違う造りに、シャックスは目を輝かせる。
「滅多に来ないから、きれいなだけだと思うけど」
「だからこそっ!この都市で1番歴史のあるダンジョン。それなのに、くたびれることなく保たれているなんて素敵じゃない!それに……挑戦者だって、ただこれを目にする事ができるだけでも……冥土の土産にぴったり」
「その価値を分かっていればですが……挑戦者の質も落ちて、低層での『執行』で済ますばかり。貴方の怠慢を加速させたのは、マリウスにも責任があるかもしれませんね」
地上の細やかな情報は、案内人のもとには届かない。得られるのは、ダンジョンを訪れる挑戦者からのみ。こちらから聞くことは禁止されている為、見た目や装備、人柄などから感じ取る程度だ。
そんなとこを気にかけるより、『執行』を早々に済ませることのほうが、案内人には大事なこと。質が悪いなら、数をこなせばいい。
「周回のほうが楽」
「よく言っておきます。貴方の質まで下がっていることを」
「……厳しいね」
研修終わりのことを憂いながら、さほど困難ではない道を進んでいく。
「あえて楽に見せてるだけなのね……」
「正解……だから、そこら辺を下手に触らないようにして。俺についてて」
「うん!はぁ〜い!」
「……うっ」
「あらごめんなさい〜?小さくて見えなかった、わっ!」
案内人に張り付いて歩いているシロに、わざとドカッと体をぶつけるシャックス。案内人の腕をぐいっと掴み、まるで恋人のように寄り添い歩み進める。
影の中で見ているロノウェは、不機嫌になっているのがあからさまにわかるシロの険しい顔を見て、大きくため息をついていた。
「ここまで辿り着くまでの疲労も重なれば、挑戦者は気が狂ってしまいそうね〜……これがあと、色違いで4層分続くなんて、寒気がしちゃう」
「俺もダルい」
「じゃあお話しながら行きましょっ!気が紛れるはずよんっ!」
「だってよ、ロノウェ」
「あなたへの提案ですよ……」
右に曲がろうが左に曲がろうが、同じ様な景色がずっと続いている。シャックスの言う通り、思考を惑わせ、鈍らせ、精神が病んでいきそうな迷路の様な造りが、11層から15層まで続く。
「う〜!!!」
「急になに……静かにしてて」
「静かすぎるのが嫌なんじゃない?あたしと同じで、ここに来るのは初めてなんだし」
リュックに乗っかり、楽をしていたシロが耐えれず暴れだした。
「またまだ幼稚、ねぇ?」
「ガウッ!!」
「きゃ〜!!噛んだ!噛んだぁ〜!!痛いじゃない!!離しなさいよぉ!!」
「……うるさ」
シロとシャックスの相性は良くなさそうだ。その原因が、自分にあることなんて思いもしない案内人。騒ぐふたりと距離をとって先に進もうとした。
「白いの」
ピタッと止まり、案内人は振り返る。
「うぅ?」
「噛んだまま喋るんじゃないわよっ」
シャックスの頭にかじりついているシロに声をかけ、手招きをする。すぐさま口を離し、勢いよく飛び降りて駆け寄るシロ。
「まるで犬ねぇ……」
髪についたシロの唾液を拭き取りながら、ふたりの動向を見守るシャックス。
「そんなに退屈なら、ここ、走っていいよ」
「わっ!は〜〜〜〜い!」
「えぇ?!ちょっと……!!」
見守るもなにも、数秒で済むひと声で終わった。
案内人の行動に、驚いたのはロノウェもだった。まだ得体の知れない監視対象のシロを、野放しにしたようなもの。
「案内人さん!なんであんな危ないことを!彼女は同行人!ただそこにいるだけでいい存在です!貴方と同じ様な働きをする必要はありませんっ!」
「そうよ!いくらなんでも……まだ、子供でしょ?!」
「……子供?」
焦って怒鳴るシャックスとロノウェに向かって、ふはっと息を漏らし、鼻で笑う案内人。
「あれが普通の子供なわけ」
見てみろ、と。壁側に寄り、シロが走る通路が見えるように道をあけた案内人。
「っ!わっ……っふぁ〜!」
あえて罠の多い道を選び、先に進ませた。
以前に見た、鉄の針が飛び出てくる罠も、落とし穴もあった。
それに加え、天井から振り下ろされる刃、毒矢、全身を貫こうとする無数の鉄槍が壁から突き出したり……これでもかという程のトラップゾーンだった。
「流石に俺ほど体は硬くはないからわざと受けることはしないだようけど、見てただろうし、避けるのは得意そうだから任せた」
「任せたって……確かに罠を全部起動させて、全部避けてはいるけど……」
「案内人さんのいうように、彼女の吸収スピードから見れば想定内ではありましたが……それよりここの通路、要改善が必要だと感じます……」
「たしかに……後から取ってつけた感じだものねえ」
起動した罠の残骸で、異様に歩きにくくなった通路を進みながら話す案内人たち。
トラップゾーンを抜けると、得意げに汗を拭い、笑顔で待っているシロがいた。
「よくできました」
「ふっふんっ!」
案内人に褒められて、ご機嫌になったシロ。よじよじと案内人の体を上り、リュックの上に座る。頭を突き合わせ、くあっとあくびをした。
「これで、寝る」
「……それっぽい理由言ってたけど、静かにさせたかっただけなわけ?完全に子供扱いじゃないの……適当なんだからん」
「だとしても……よいものを見せてもらいました」
「あぁ、やっぱそうなんだ」
うっかりこぼしてしまった言葉。案内人は、シャックスの影をじっと見つめる。
「研修は、本当です……」
「わかってる……だから、ちゃんとやってるでしょ」
「仰る通り……はっきりと伝えなかったのは、自然体での監視が必要であったからです」
「自然体、ね……どうなんだか」
すっと目を逸らし、歩き出す案内人。バツが悪そうな表情をして、今度はシャックスが影にいるロノウェに向かって話しかける。
「ご機嫌損ねちゃったかしら」
「問題ありません……彼自身は囚人です。我々に従わざるを得ませんから」
「そう……先輩がそう言うなら……」
誰も口を開くことは無いまま、淡々と層を下って20層にたどり着いた。
2日目はここで終わり。10層の時のように、狭間の部屋で休息を取る。
「それほんとに食べるの?」
案内人はリュックから食料を取り出し、バリバリと音を立てながら食事を始めた。
「明日には着くから、栄養補給」
「そんなに栄養があるの……?」
棒状の硬い焼き菓子。所々に見える濃い茶色の粒々。夢中で食べている案内人の表情が、時折ほろっと緩むのを見たシャックス。ドキッとして、興味を持ってしまった。
「食べる?」
「ほんと?いいの?いただくわ!」
手渡された謎の焼き菓子に、ゴクリと唾を飲んでから、パクっと。
『グリモワ機関』に所属する一部の人材は、基本、食事を摂ることはしない。その中のひとりでもあるシャックス。口になにかを含む感覚自体久しぶりなのに、よりによって案内人が食べているものを口にしてしまった。
「ガリって……パリパリ?不思議……でも、木の実の味で美味しいわ〜」
「……シャックス」
むふむふと美味しそうに食べているシャックスに、ロノウェは告げる。
「それ、虫ですよ」
「ごっふっ!!」
思わず吹き出したが、すでに飲み込んでしまっていた為、咳き込むだけ。
「味は良いでしょ」
「そ、そうねぇ〜……あたしもこの味、は!好きよ……ごちそうさま」
貰ったものは、無駄にはしない。たとえそれが、ダンジョンに棲む虫だったとしても。シャックスは、案内人に笑顔で礼を言った。
そんなシャックスを、案内人は、気に入ったようだ。珍しく、優しげに笑った。
「おそまつさま」
「……わらっ……!はあん……」
その笑顔にやられたシャックスはふうっと、自分の世界に入り浸ってしまった。
「ロノウェ」
「なんでしょう?」
眠ったまま起きないシロを床に寝かせながら、案内人はロノウェに話しかけた。
「楽しみだね?」
「そうですね……明日、無事に終われば――」
「果たしてここから、無事に帰れる者がいるのなら、だが」
「……っ!!」
「おやすみ」
シロを湯たんぽに横になる。目を閉じた案内人はすぐに深い眠りへ落ちていった。
「案内人……どこまでわかっているのやら……なんとも、気が重い」
「先輩……どごまでなんて考えるだけ、無駄。そう教えてくれたの、先輩でしょ?なにを怯えているの?」
「それは――……あなたはまだ、直接目にしたことはないのでしたね?」
「執行人のこと?」
『グリモワ機関』に所属することなって、まだ日の浅いシャックス。業務として所属の人材が務めることになる『見届人』の仕事も、まだ任されたことはない。
本来は、球体に記録された映像を新人研修の資料として見ることで、『案内人』と『執行人』の存在を理解してもらっている。
「あんまり理解できないし、したくないわ……あたし、案内人の方が魅力的に感じてるから」
「その感覚の方が、おかしいのですけどね……まあ、明日、それが覆ると良いのですけど」
「いいことなの?それも、理解できない……」
男の姿でありながら、女心を持って生まれたシャックス。それもあり、他の所属する人材とは、この特殊な上級ダンジョンに覚える感覚が違っている。それは、まだ見えていない……自分がこのカタチで生まれた理由を知るためでもある、研修とトレーニングへの立候補にも繋がっていた。
「今日は私も眠ることにします、シャックス、あなたもできる限り休むように」
「は〜い」
ロノウェの息づかいが変わったことを確かめ、シャックスはポツリと呟く。
「あたしが生まれた意味を知る執行人……あたしにトキメキを与えてしまった案内人……」
ついたため息は、恋煩いをしている乙女のような吐息だった。
「あたしは挑戦者として、彼と手合わせしなきゃならないのよね……それもそれで、きっとドキドキするような新しい感覚を与えてくれるのだろうけれど……」
視線は眠る案内人へ。シロを腹に抱えて胎児の様な体勢をしている。
「あたしが……食べちゃいたいくらいだわ」
乙女の視線から、狩人のように獲物を狙う目に変わるシャックス。見つめるのは案内人……睨み見つけているのは、シロ。
寄り添い、温められて眠る彼女に向ける嫉妬の瞳。
「どさくさでヤッちゃうかもだけど、ねえ?今後そういうこともあるかもなんだし、ねえ?」
クスッと笑い、シャックスも明日に備えて目を閉じる。
案内人への研修は、残り10層。最終地点で行われるのが、執行人へのトレーニング。
通常の挑戦者であれば、一方的に終わらせられる『執行』だが、今回の相手は、一味違う。
それは何故か?
『グリモワ機関』に所属する人材は、人では無いからだ。
見た目こそ人間の形はしているが、その中身や、構築する思考と感情は『悪魔』だ。
忠誠を誓った、悪魔が崇拝する悪魔の頂点の為に存在する。
その身に宿した力は、その者のための力として、存在する。
その身を深く堕とした、王の為の糧となる『悪魔』たち。




