【少女と帰宅】
登場人物
案内人 …………主人公 執行人に変身したりする
シャラ …………案内人専属の女看守
少女 …………外から降ってきた謎の少女
マリウス …………『グリモワ機関』のトップ
超高速でダンジョンの中を移動する案内人。
立ち塞がるモンスターもワンパンで、邪魔をする罠も弾き飛ばしスルスルと進み、例の小部屋のドアを蹴り開ける。
「……っ……ぅ!」
綺麗に洗われた心臓を抱いた少女を片手に抱いて、案内人は急ぐ。
「早く入れて」
「……ぇぃっ!」
いつもの機械に乱暴に心臓を放り込み、ボタンを押す。いつもならのんびりまったり待つ、作業終わりの穏やかな時間なのだが、その時間が、今に限って苛立つほど長く、煩わしく感じていた。
ジュゴッ!と吸い込まれる音を見届け、小部屋からすぐに出る。すぐに球体から音声が流れる。が、軽く聞き流した。
「……帰る」
通常挑戦者を案内する通路とは別の、裏道を進む。狭く入り組んだ道は、ダンジョンの下層に向かって、深く深く下りていく。
みっちみっちに体を詰まらせ、ギリギリ通れるくらいの細い道から少女を放り出し、自分もポンッと飛び出し着地した。
そこには、ほわっと柔らかい白い光で照らされている白いドアがあった。頭にコブを作って半泣きの少女を拾い、ふたたび抱え、鍵のかかっていないそのドアを開け中に入る。
「シャラ」
名を呼び、玄関で立ち尽くしたまま待つ案内人。
抱えられた少女はジタバタと暴れている。強い力で抱えられ、その腕から逃れることは出来ない。押し潰して気絶させていないのは案内人の優しさなのだが……分かってもらえていない。プンプンと怒って、頬を膨らませ、案内人を睨んでいる。
コツンコツンっとゆっくりとした足取りで、床を鳴らす音が近づいてきた。
「おかえりなさい」
「シャラ……これ」
「これ……」
ズイッと少女を突き出す。シャラと呼ばれた女性は不思議そうに少女を見る。少し悩んでから、パチンと手を合わせ、嬉しそうに声を出した。
「お土産、ね?」
「……っ!」
少女を受け取ったシャラは、優しい笑顔をぺろっと舌なめずりをして、薄めで少女をじっと見る。
シャラの髪と同じ、白濁した水色のその瞳は、外見だけでなく、中身まで見透かされているような感覚に陥る不思議な瞳だった。
少女はそれに怯えているのか、ただ単に『食べ物』として認識されたことに恐怖しているのか分からないが、シャラの腕を振り払おうと暴れている。
「活きが良い……」
「……ぅっ!……ゃっ!」
「わざと?」
「うふ……」
案内人程ではないがシャラの力も強く、振りほどけ無いことに泣きそうになっていく少女。
「泣くとめんどう」
「ふふふ、さ、こちらへ」
「……ぅ〜」
からかわれていたのだと気付き、今度はプクッと怒っているようだった。ころころと変わる表情に興味を持ったシャラは、少女を優しく抱きなおして囁いた。
「彼と一緒だと、心細かったでしょ?」
ふるふると首を横に振る少女。
「興味深い……やはり食べてしまおうかしら」
「っや!」
「大きな声、出せるのね」
「……っ」
シャラが少女との会話が成立していることに、案内人は驚いている。
「白いの……お前、話、わかるの?」
「っん!」
「貴方があまりにも話しをしないから……では?」
「……そうかも」
そういえば、と。案内人としてすぐに行動を開始したこと、この少女を『見届人』だと思っていたこともあり、極力接触はしていなかった。
もちろん、案内人本人のめんどくさがりな性格のせいもあるのだが。
「もうすこし、こまめにお帰りになってくださいな」
「……遠いんだもん」
「んっ……子供の前ですよ」
そう言いながら、シャラの背中を人差し指でなぞる案内人。
「新しい服……」
細く華奢、白く透き通る肌。背中を大きく露出させている服を纏っているシャラ。案内人を諌めながらも、期待通りの反応をしてもらえた事に、嬉しそうに甘い声を上げた。
「何年、使ったの」
「……………」
「シャラ」
「まずは体を……」
「シャラ」
「ごゆっくり」
「シャ――……はあ」
無視され突き放され、狭い部屋に押し込められる案内人。
ドアについている磨りガラスから、シャラが遠ざかって行くのが見える。
問い詰めるのを一旦諦め、リュックを下ろしひと息つく。
「……はいろ」
汚れた服を脱ぎ、全裸になる。汚れた服はゴミ箱へ投げ入れ、すぐ隣の内扉を開いた。
モワッとした湯気が立ち込め、熱気が籠るこの部屋は、浴室。
薄暗い浴室の真ん中に、白いバスタブがポツンと。
ちゃぷっと手を浸ける。少し温めのお湯だ。長く浸かるには、丁度いい温度だった。豪快にお湯を溢れさせながら、しっかりとバスタブの底に腰をつけ、天井を見上げる案内人。
「はぁ~……」
殺伐としたダンジョンの中にある、庶民じみた空間。
ここは、案内人が帰りたがっていた、自称、『家』だ。
帰ってすぐに風呂に入るのは、帰宅してからのルーティンだ。
と、言っても、毎回の様に、強引に押し込まれているだけ。
汚れたまま徘徊されるのを嫌うシャラに、無理やり習慣化させられた。
「……汚な」
温まりほぐれる体と、濁っていく湯。拭き取るだけでは拭えない、染み込んだ穢れ。そんな手で、体で……触れられたくはないと思うのは、当然だろう。
汚れた湯を抜き、シャワーの栓を回す。優しく打ち付けるお湯の粒を全身で感じる。
おもむろに指先で自分の下腹部を触る。肌色と黒の境界線を、優しく撫でる。
「寝てる?」
目を閉じ、かける声は、優しく切ない声だった。
「……フ、ゼア……なにこれ……?地上のもの?」
小瓶からとろりとした液体を布に垂らすし揉み込む。キメ細やかな泡が立ち、甘い香りが浴室に充満していった。慣れない匂いに眉をひそめながら体に泡を擦り付けていく。
湯に浸かる、湯を流す、シャワーを浴びる、体を洗う。
淡々と入浴を済まし、見た目の男臭さから似つかわしくない香りの湯気を立たせて、浴室を出て気付く。
「あ……あれ、シャラのか」
いつも通りの流れで動いていたせいで、シャラのものと思われる洗浄剤を使ってしまったらしい案内人。スンスンと腕の匂いを嗅ぎながら洗面台の鏡の前に立った。
「ま、いいや……どうせ俺のだし」
棚からハサミを取り出し、手慣れた手つきでシャクシャクと前髪を切っていく。汚れも気になっていたが、長さも気になっていた。やっと整えられで満足げにクシで仕上げをして笑う案内人。
「完璧」
はた目から見れば、数ミリ程度の長さの違い。重たい前髪なのは変わらないが、彼なりのおしゃれの成果、満足気に笑う。
新しいツナギに着替え、奥の部屋へ向かっていく。
明かりが漏れる部屋のドアに近づいていくと、食欲をそそるいい香りが漂ってきた。
中に入ると、そこはゴチャッとした雑貨や、生活感のある家具がひしめくダイニング。続きになっているキッチンには、シャラの後ろ姿があり、ぐつぐつと音を立てる鍋をかき混ぜていた。
「……ぁ〜!」
「これは、ダメ」
大きいテーブルで少女が球体を転がして遊んでいた。壊されたらたまらない、と、少女から球体を取り上げる。
ムスッとしてテーブルをダンダン叩く少女。今度はテーブルが壊されるかも……と、壁の建具からうさぎのぬいぐるみを取り出し、少女に渡し、椅子に座る案内人。
「これならいいよ」
「った〜!」
喜んで受け取ってくれた少女。静になると安堵した直後、少女はウサギの耳を引き千切って楽しそうに振り回し始めた。
「こわ」
「貴方のマネ、しているのでしょう?」
「耳は千切ってない……」
「『執行』〜〜!」
「ここでは物騒、やめて」
「むぅっ!うっ!」
少女を膝に乗せ、口を塞ぐ。怒って膨れてはいるものの、案内人の膝の上である事が嬉しい様子。大人しく、テーブルに料理が並ぶまで動かず待っている。
「わからない……」
「私は、貴方の食の趣向の方がわかりません」
「そう言いながら……いつもありがとうシャラ」
「ほんと……趣味が悪い……」
全体的に茶色で統一された料理の数々に手を付ける案内人。
「んま」
「……うぇ」
「地上でゲテモノ料理店でもやろうかしら」
不機嫌な女と不機嫌な女児に挟まれながら、空気の悪い食事の時間すらも、美味しくいただく案内人。
ほとんどひとりでたいらげ、笑顔の案内人。食後のお茶を飲みながら、球体をいじりだした。
「シャラ、逃げない」
立ち上がろうとしたシャラを止める。渋々座り直したシャラに、浮かび上がった文字のとある項目を読み始めた。
「303年……なにに使ったらこうなるの?」
案内人の目が怪しく光る。その眼光に、シャラは素直に答えるしかなくなった。
「主には食品……あとは……衣料品と、化粧品です」
「『女』だからね、わかるけど……もし次があったら『看守』……変えてもらうから」
「……はい」
静かな怒りの、最後通告。しょんぼりとしたシャラの顔を見る。ため息をつく。
……ここまでが、本当の帰宅後のルーティン。
このダンジョンという名の『刑務所』の中にある、自宅という名の『独房』で、美しい女の『看守』が待つ、案内人が唯一体を休めることができる、自由で窮屈な、特別な場所。
「で、いつもはここまでだけど」
「……お土産の、処分」
「みっ?!」
「食べないから」
ポフンッとテーブルの真ん中に少女を置く。
「動かないで」
球体を操作して、レーザーを少女の全身に当てて数秒――結果が表示された。
" ERROR "
赤く点滅するその文字に、案内人とシャラは困った顔をして見つめ合う。
「……マリウス案件?」
シャラは静かに頷いた。
了解を得て、案内人は球体にある青い小さなボタンを押す。
ザザッとノイズが走り、しばらく点滅した後ポンッと軽やかな音を出し、声が聞こえ出した。
『……どうしました?』
「変なの拾った」
『変なの……とは?』
「これ」
そう言って、浮き出ている画面の前に少女を置いて見せるようにした。
『あのですね……ルントからではお互い声でしかやりとりはできません』
「これルントって言うんだ」
『そこから?!――シャラさん、ちゃんと説明したんですよね?!』
「ボタンの説明はしましたよ」
深いため息としばらくの沈黙が流れる。
『緊急監査をします』
「え、やだ」
『やだじゃありません!5分待ってて下さいね!!』
プツッと強制的に通信を切られ、今度は案内人がため息をついた。
「お茶菓子はあります」
「友達が来るんじゃないんだシャラ」
聞けばすぐに分かり、終わるだろうと思っていたのだが……余計な時間を費やすことになってしまった。
シャラは1杯追加でお茶を用意し、冷めてしまった案内人と自分の分も入れ直してテーブルに付いてすぐのこと。
「………――わぁぁぁ!!!」
扉の向こうで若い男の叫び声が聞こえ、直後ドカドカと足音がこちらに向かって来るのがわかった。
バンッ!と乱暴にドアが開く。
「久しぶり」
「あ、お久しぶりです……じゃないです!なんですかあの汚い部屋わ!」
「挨拶は大事よマリウス」
「〜〜っ?」
どこか別室に飛んできてしまったのだろう。マリウスと呼ばれた優しい面立ちの男は部屋の外を指さした。が、案内人の膝の上を見て、今度はそこに座る少女に指をさす。
「なんですかそれ?!」
「それを聞きたくて」
「え、えぇ〜……おふたりのお子さんとかじゃないんですか」
「あらやだエッチね」
「することはするけど子作りはしないよ」
平然と夜事情を答えられ、聞いた側なのに赤面してしまうマリウス。シャラに促され、落ち着くためにテーブルにつく。もてなされた温かいお茶に手を付けながら、案内人から話を聞いた。
「なるほど……空から降ってきた、と」
床でうさぎのぬいぐるみを解体して楽しんでいる少女を、チラリと見る。
「見た目こそシャラさんに似ていますが……本当に違うんですか?」
「まだ擦るの?」
「詳しく知りたいの?マリウス?なら、ご一緒にどう?」
「すみません……異常事態なのはわかってるのですが、久しぶりに貴方とお話ができたのが……その……ちょっとうれしくて」
子供っぽく笑うマリウスだったが、咳払いをしてすぐに話題を戻した。
「ダンジョンにもたらされる奇異な出来事は多岐に渡りますが……この事例は、貴方が貴方としてここに存在してからは初めてです」
「ああ……そうかも」
「ですので、僕にもわかりません」
「管理の長がわからないのであれば、お手上げかしら」
同じタイミングで、お茶に口をつけ、唸る。
「ほんとに知らない?」
「我々『グリモワ機関』に所属する者でも、所有する物でもありません」
「転層、知ってたよ」
「ん……だとしたら」
真剣な目で案内人を見て、マリウスは言った。
「貴方の糧になる存在……ではないでしょうか?」
「なら、食うよ」
「っ!!」
「逃げましたね」
「逃げた……と、いうことは、食べられることの意味を理解してるのかも知れません。ますますもって、存在理由がそれである可能性が……!」
キッチンのカウンターの影に隠れ、3人を睨み威嚇する少女。
「うぅぅっ!」
マリウスの言う通りなら、と。じっと少女を見つめて見る……が、すぐにがっくりと肩を落とした。
「起きない」
「そうなのですか……ん……?あ!そうか!」
マリウスは良いこと思いついた!と得意げに笑いながら、球体を高速で操作し、フンッ!と鼻息を荒くして案内人に笑顔で伝える。
「登録をしておきました」
「はい?」
「名前はどうしましょう?」
「マリウス……説明が足りないと私に怒鳴ったというのに、感情で動くのはどうなのかしら?」
シャラにキッと睨まれるマリウス。怒鳴ったつもりは無いと思いつつ、先走ったことは事実。慌てて案内人に説明を始める。
「食せないのであれば、まだ少女は天上の落とし物なだけ、と、考えられます。意図的か、自らか、事故か……は、分かりませんが、ここに落ちてしまった以上、我々の所有物として扱っても問題はないと考えました」
「それで?なんで登録なんかしたの?」
「嫌がらせではありません。糧になるよう、堕ちるところまで堕ちてもらえばいいだけの話です。なので、貴方と共に行動をして罪を重ねてもらいます」
マリウスの話を聞き、考え込む案内人。
「俺は元々罪人としてそっちの法に則った指示の仕事をしているから罪になることはない。白いのは俺と同質の存在ではないから『執行』の現場にいるだけで罪に問われ、染まっていく事になる?」
饒舌に話して、マリウスを驚かす案内人。
「さ、さすがご理解が早い!同行をするだけでも少しずつ枷が増えますから!……貴方の好みに熟したところで頂けばこの少女の存在がここにあっても問題はありません!」
「裁く側のお前が問題無いと言うのなら、従うよ」
ふたたび少女に視線が集まる。気付いた少女は、今度は案内人の後ろに隠れてしまった。
「好かれているようですし、同行人として問題なさそうで良かったです」
「同行人……?」
「その少女専用の役職のようなものです、書面として残すことになるので名称が――……あっ」
「あっ?」
「そうでした!監査!サクッと終わらせてお暇させていただきますね?お茶、ごちそうさまでした」
バタバタとひとりだけ忙しそうに部屋を出て、叫び声をあげて各部屋を回り、息を切らしてマリウスは案内人の家から出ていった。
やっと静かになったが、監査の結果は芳しくないのは明らか。それに、同行人になる事を承諾してしまった事。それは、少女の世話もしなければならないということになる。
隠れたままウトウトして寝そうになっている少女を見て頭を抱える案内人。
「とりあえず今日は貴方のお部屋に寝かせては?懐いているなら、貴方の匂いが濃い場所であれば大人しくしてくれるでしょう?」
「……俺はどこで寝るの」
「そんな野暮な質問するなんて……先に誘ったのは貴方でしょう?」
「いや俺……」
体を乗り出し、案内人の唇を奪うシャラ。
「私と同じ匂いにしたのも……わざとでしょ?」
「いや、間違えて……あ〜……」
潤んだ瞳で見つめるシャラ。その気になってる女を冷たく断れない案内人は、シャラの頭を撫で、部屋で待つように囁いた。
足取り軽くシャラは自室へ向かい、案内人も少女を抱え自室へ向かう。
「……すぅ」
ベッドとクローゼットがひとつだけの簡素な案内人の部屋。冷たいこの空間で、穏やかな寝息を立て、熟睡する少女。
「……起きた」
ズクンと下腹部が熱くなるのを感じ、身を任せる案内人。
「天上……それが本当なら、お前はなんのために私のもとに来た?罪として生まれ直すためか?それとも……」
「んにぁ……ふふ」
「……」
起こすつもりでかけた言葉。だが、その声に応える様子はない。夢でも見ているのか、笑みを浮かべた寝顔と幸せそうな寝言だけを見せる。
「時を重ね……待つ、か」
ため息をつき、シャラの部屋に向かう。ノックをすることなく、まるで自分の部屋のように自然に入室し、ベッドにごろっと横たわった。
「あら嬉しい……貴方様が来てくださるなんて……」
「今日は気分じゃないらしい」
「……貴方様も?」
「私はどちらでもないが……人の体の本能に抗う術はない」
「なら……その本能を刺激させていただきます」
「ふっ……どれくらい本気にさせてくれる?」
裸体に、深いスリットの入った、薄いシルクのシュミーズ姿で待っていたシャラ。
食事の時に見せていた態度とは全く違っていた。それは、ただ単に欲情しているからだけではない。案内人を呼ぶ名も。身を捧げる体の動きも。甘く艷やかに漏れる吐息もすべて。
そんなシャラに対して、あまり乗り気では無い素振りを見せてはいたものの、シャラの陶器のように滑る滑らかな肌に触れ、舌を這わせ、その味を確かめ……静かに笑う。
「その服も新しいもののようだな」
「お好きだと思ったのですが……似合いませんか?」
「私にはわかるのは……あとで怒られるということだけだな?」
「っ……そんな意地悪なことを……っ!今は言わないで下さい……っ」
鋭い歯に舌が当たる、心地よい刺激の深いキスを交わす。
人の温かい体温と、冷たい心の交わりを、夜が明けるまでじっくりとシャラは楽しんだ。
******
「ぐふっ!」
シャラの部屋でぬくぬくと気持ちよく寝ていたのだが、突然腹部に強い打撃のような刺激を受け、胃液を吐き目覚めた案内人。
「なんで……いるの」
「お……こ!」
「おこ?……怒ってるの?」
「ふんふん!」
横で寝ていたはずのシャラの姿はなかった。代わりに、怒っているらしい少女が案内人のみぞおちをドゴドゴと殴り続けている。
「力つよ……痛いからやめて」
「……たい……?」
「うん、痛い」
「……っい」
素直に殴るのを止め、案内人のうえから下りる少女。
懐かれている、ことは本物のようだった。「してはいけないこと」は、素直に聞き入れてもらえるようだった。
「シャラは……」
「……っち〜」
「ああ……飯かな」
「っこ?」
グイグイと腕を引っ張られ、ベッドから引きずり出された。ズルっとベッドから落ち、ダルそうに立ち上がった。
「ちんっ!!」
当然、裸の案内人……そのド真ん中に、嬉しそうに指をさす少女。
「……なんでわかるの」
「神秘」
「……」
突然流暢な言葉を話す少女を、怪訝な目で見つめる。案内人が口を開こうとした途端、なにかを察して逃げるように走って消えた。
「……勘は良さそう」
昨晩マリウスに言われた少女の役職。
自分と同行する事になるのなら、ある程度自身で身を守ってもらう必要がある。少女を見る案内人の目は、「どれだけ自分に手間を掛けさせずに同行できるかどうか?」に、変わっていた。
異物であり、異質な存在。面倒で、余計な存在。
その認識から切離されたのなら、ある程度は上手くやっていけるだろう。そんなことを考えながら部屋を移動する。
焼き立てのパンの香ばしい香りと、甘いスープの匂い。案内人の腹がくうっとかわいらしく音を鳴らした。
「おはようございます」
「おはよ」
「マリウスが、連絡か欲しい……と、メッセージが来ていましたよ」
朝食の皿の間に転がっている球体が、チカチカと点滅している。パチッとボタンを押し、画面を表示させ、前日と同じように呼び出す。
「おはよ」
『おはようございます。よく休めましたか?』
「心地よい、疲労感はあるよ」
「あ、ああ……はい、そうてすよね」
挨拶と、他愛のない会話を交わす。咳払いをし、すぐに本題に入るマリウス。
『僕としたことが肝心な事を確認し忘れていました、申し訳ありません』
「いつものことだから、いいよ。それで、なに?」
『いつも…………あ、えっと……登録するつもりでお話してのですけど、少女の名を聞き忘れていました、教えていただけますか?』
「白いのじゃだめ?」
『ダメでしょ……』
はっきりと言葉を話さなかった事もあり、コミュニケーション含め、名を聞くことなどどうでもよいと思っていた案内人。
『名をここに刻むこと……名の重要性を、貴方は分かっているはずです』
「それは、そうだけど……喋れないから」
『確かに……でしたら、貴方が名付けて差し上げるのが良いでしょう。いくつか思いつく名で少女を呼んで、反応が良いものを真名に』
ボロボロになっているうさぎのぬいぐるみで、まだ遊んでいる少女をじっと見つめ、なんとなく頭に浮かんだ名を呼んでみる。
「白いの」
「……?」
良いも悪いも無い、昨日もそう呼ばれていたから振り向いた。そんな反応だった。
「ちび」
「しゃーっ!」
「それは名ではありませんよ」
威嚇されて当然。
パクパクっと朝食をつまみながら、なかなかまともな名が浮かばない様子の案内人。
「白いの……自分で名乗って」
「……う」
寝起きで交わした会話を思い出す。言葉が話せるようになり始めていることを。
「る……ふぇ」
スッと立ち上がり案内人を見上げる。はっきりと発音できたのは二文字だけだった。だが、そのふたつの言葉だけで、空気が重く変わった事は確かだった。
「…………お前はシロだ」
「っ……あい!」
無理やりに。強制的に。
案内人の声であり、案内人では無い者が決めた名を、少女は笑顔で受け入れた。
『ほんとにそれでいいんですか?』
「いいんだって……喜んでるから」
「わかりやすくかわいらしいですし、私もいいと思うわ、ね?シロ」
「しろ〜っ!はい!」
喜びはしゃぐ少女の声は、マリウスのもとにも届いていた。
『――はい。お食事の時間のお邪魔をして申し訳ありませんでした、登録、おわりました!』
「ほんとに、邪魔」
『……確かに悪いのは自分ですけれど……次の作業内容重くしておきますね』
「許して」
『冗談です、いつも通り……といいたいところですが』
通信のノイズで籠もって聞こえるマリウスの声。それでもはっきりと分かるくらいの、低く重たい声に変わっていた。
『監査結果があまりにも最悪でしたので『執行』は一旦お休み……同行人との研修とトレーニングにさせていただきます』
「それも冗談?はは、わらえる」
『本当です。ので……ゆっくり体を休めたあとで結構です。通常装備で準備をし、入り口に到着次第連絡をください』
昨晩のうちに『家』を含め、ダンジョン全ての監査をしたと言うマリウス。その結果なのだそうだ。
家の内部のマイナス評価のほとんどはシャラのせい。
ダンジョン内のマイナス評価は、案内人のせい。
「好きな時でいいなら……」
『何年、何十年籠もってもらっても構いませんよ?ですがその間、罪の選定はしません。これがどういう意味かおわかりですね?』
「お買い物ができない……」
「シャラは黙って」
案内人として『執行』を続けるには、同行人との研修をパスしなければならない。
のらりくらりとここで過ごし、永遠とも言える年月をここで過ごす事になると。
だが、年数を減らすだけの目的で『執行』を下しているわけではない。それを知っているからこそ、マリウスは案内人を煽り、試している。
「随分上から物を言うようになったな、マリウス」
『その立場に添えたのは、貴方様です。僕はその責務を果たすべく、貴方様を見守り、評価し、正しい罰を与えるだけです』
「実に実直で、誉れる忠誠心……わかった、近々受けるよ」
『では、ご連絡をお待ちしておりますっ』
マリウスの期待に満ちた声を最後に、プツッと球体での通信を終え、静かな食卓に戻る。
温かかった食事は冷めてしまっていたが、案内人は残さずたいらげ、満足気に息を吐いた。
「白いの」
ヒョイッと少女を抱き上げ、問う。
「お前が染まるのは……どっち?」
「黙秘」
「急にはっきりしゃべるのなんなの……」
登場も、行動も、言動も不可思議な少女。
同行人として認めざるを得ないものの、案内人は訝しむ。
それは、マリウスも同じだった。
自分達『グリモワ機関』に有利で前向きな提案をしたのは、その不審感と不安を少しでも払拭するためだった。
研修と称し、同行人とした少女シロを『グリモワ機関』所属の人材が、直接その目で監視をする。少しでも情報を得るために。
「得た知識の吸収の成果がひと晩であそこまでなるものだろうか?もしかしたら、あの御方に深く関わりのあるなにか……まさかそんなこと……今さら――」
球体に表示されていた同じ登録欄。案内人と並んでいるシロの、あまりにも少ない情報欄を見ながらマリウスは悩み、長い時間ブツブツと独り言を呟いていた。
そんなマリウスの意図を知ってか知らずか……案内人が家を後にしたのは、それから1週間経ってからだった。




