3 候補生集合
城郭都市サンフランシスコ郊外にある、とある喫茶店。
時刻は午後2時過ぎ。席の埋まり具合は半分ほどで、数組の談笑だけがまばらに聞こえる。
どこか気の抜けた、その穏やかな空間に、
「えええ!! アキラさんあの爆発に巻き込まれたんですか!」
突如甲高い声が響いた。
声の主は眼鏡をかけた赤毛の若い女だった。
「ちょっとっ」
向かいに座るアキラは慌ててメニュー表を顔にかざし、周囲の視線をさえぎった。
「一応口止めされてんだから」
「あ、すみません……」
鼻からずり落ちそうになった眼鏡を戻し、ミリーが謝る。彼女の前には、ついさっき店員が持ってきてくれたグラスが手つかずで置かれている。
天然栽培のイチゴとホイップクリームをたっぷり使ったスイーツ――パフェというらしい。
周囲の客がこちらに興味を失ったのを感じてから、アキラもスプーンを手にした。
「じゃあ気を取り直して……」
ふたりはスプーンを、同時にホイップクリームに突き込み、口に運んだ。
そして、盛大にもだえた。
「甘あ~~」
「美味あ~~」
『……軍の最終発表によると、今回の事件での死者は6名。うち軍関係者が5名。民間人が1名とのことです』
壁かけのテレビでは連日、同じニュースが流れている。
『また負傷者に関しては、60名以上が確認されています。
救助活動が打ち切られた爆破現場は現在、封鎖され、調査検証が進められている模様です』
サンフランシスコ軍警察からは、実行犯の身元まで既に公表されていた。
なんでも数週間前に保護された他都市からの避難民だったらしい。
その中に、紛れ込んでいたのだ。
「その、例の……なんだっけ」
「“フリーセーバー”、ですね」
ニュースを横目に首をひねるアキラに、ミリーが補足する。
「反黒連の黒界組織。被疑者が前にいた都市の位置的にも、繋がりはほぼ間違いないって言われてます」
「前にいたって……?」
「クローヴィス……ここから南にけっこう行った場所にあった都市です。最近、財政崩壊して、住民がアメリカ各地に転居して。
フリーセーバーの活動拠点があると言われている中米に近い都市なんです」
ミリーは役所の職員らしく、スラスラと慣れた口調で教えてくれた。「……はぁん」ただアキラには半分くらいしか理解できないので相槌は曖昧だった。
「何者なの? その、フリーセーバーって。爆破とか、何が目的なの?」
「彼らは、黒連軍が統治する現体制に反対しています。それだけでなく、黒連に対してその支配や活動を止めて、限られた非汚染領域を明け渡すように求めているんです」
「はあ??」
スプーンをくわえたまま眉をひそめる。
「そんなことしたらみんな死ぬじゃない。軍に守ってもらわなかったら、どうやって生き残るの」
「黒界には私たちとは異なる、文化や宗教など様々な理由で、黒連に馴染めなかった人たちがいます」
ミリーはガラス窓の向こうで街ゆく人たちを眺めて言う。
「彼らにとっては、たしかに、自分たちの生存圏を奪っていく軍や都市が敵に見えるのかもしれません」
私たちが、いまこうして安全に生きているというだけで。
害を受けている人々がいることは、決して否定できない事実だった。
「じゃあ、そういう人種の人たちは街に入れちゃダメってことね」
同じ景色を眺めてアキラが言う。
「え?」ミリーはぎょっとした。
「また事件を起こすかもしれない」
当然、という顔で付け足す。
「いえ、違います」
あまりのバッサリした物言いに、ミリーはとっさに否定した。
「あくまで一部の話です。少数コミュニティの人たちみんなが、テロ肯定のような過激な思想を持っているわけではなくて……」
「でも異獣と違って、私たちと同じ人間なら、見分ける方法がないわ。それじゃ次の爆破を防げない。なら、怪しいヤツはまとめて入れないようにするべきじゃないの」
まるで軍人のような冷たい合理的発想に、ミリーは内心、当惑しながらも、すぐにアキラの境遇を思い出した。
地下シェルターという極限環境で生まれ育った。おそらく、自らの生存のために差別とは言わないまでも、ある程度の他者を切り捨てる、
そんな思考を、彼女は持っているのだ。
「それは、いまの街を守る視点からは正しい意見かもしれませんけど……」
ただ合理を突き詰めることが必ずしも持続的な安全――すなわち、“平和”に繋がるかはわからない。
「未来の脅威を防ぐ上では、正しいとは言いきれません」
「未来の……きょうい?」
「強者による抑圧はやがて必ず大きな反発を招きます。旧暦以前も、多数派が少数派を押さえつけたことで起きた戦争がいくつもありました」
その言葉に、スプーンを持つアキラの指がピクリと反応した。
「たしかに、人種や民族でその人の性質を見分ける方法は分かりやすいです。でも、それは同時に私たちの認知を歪めて、相手への理解を間違わせる危険もある」
「……どういうこと?」
「たとえば……前の職場の所長さんは、初対面のアキラさんをか弱い女の子だと思っていましたよね」
ミリーの薄茶色の瞳に、眼鏡越しに見つめられて、
アキラは、都市の建設所にいた恰幅のいい所長を思い出した。
「所長さんは、いままでの経験と、アキラさんの見た目から何となくこういう人だろという認識を持った。実際は違うのに」
「…………」
初対面で採用を断られた直後、アキラが取った行動を思えば、たしかに。
「私たちは油断するとすぐ決めつけたくなる。あの人は、ああいう見た目をしてるから悪い人で間違いない。
あの人はあそこから来たから悪い人で間違いない。あの人はああいう生活をしてるから悪いヤツで間違いない。って」
アキラも、思い当たるフシはある。ただ、ミリーのまるで責めるような物言いには、
「それって、そんなに悪いことなの?」
という反感はあった。
「え?」
「たしかに、所長は私のこと使えないって決めつけてたけど、それは私がたまたま違っただけで……。
実際、私くらいの歳の女の大半は力仕事なんて無理でしょ」
人はなぜ決めつけるのか。
それは、その決めつけが“大体の場合、合っているから”ではないか?
「だから仕事のリスクを増やさないために、女は雇わないって言う所長の……そういう線引きは、
ムカつくけど、仕事を安全にやっていく上では、べつに間違ってないとは思うけど」
アキラはいままでの人生で、こんな問題について考えたことなど一秒もない。
だがジローと地下で生活し、彼と日々会話する中で、
いつの間にか彼の知識や論理的な思考パターンを吸収していたのだ。
「被害を防ぐために助ける人を線引きするのも、間違ってはないんじゃないの。知らないけど」
「むぐ……」
ミリーは思わず口をつぐんだ。
「でも、アキラさんはその場合、不当に職に付けなくなる可能性もありましたよね?」
「……仕方ないんじゃないの」
アキラは少なくなったパフェの底を弄って呟く。
「みんなの安全の為に。そう決められたのなら、他の私にできる仕事を探すしかない」
「今の私たちは職の選択肢がありますし、最悪、職につけなくても生きていけますけど……そうでない場合もありますよね」
「…………え?」
「生活が立ち行かなくなる。お金が無くて、食べるものがなくて、死んでしまうかもしれない。そんな、命に関わる場面で、もし同じことを言われたら?
不当な理由で、仕方ないって、命を切り捨てられたら……」
「…………む……」
今度はアキラが唸って、腕を組む。
「私は、納得できません」
ミリーはまたズレ落ちかけた眼鏡をなおし言った。
「納得とか、そういうこと言い出したら、キリないんじゃないの」
「もちろん人から差別を完全に奪えるとは言いませんよ。でも、可能な限り公平な判断を行う努力はすべきです」
「努力ぅ……?」
真剣な顔で言い連ねるミリーの言葉は、かたっくるしくて、大層な綺麗事に思えた。
「それは、権力を持つ者の責任なんです。
たとえどれだけ困難で、非効率な道のりでも、正しい道を選ぶ努力を諦めちゃいけない」
アキラはそれが少し懐かしくなった。
弟以外にも、この世界にはこんな物言いをする人間が大勢いるのだ。
「…………」
「……あ、ごめんなさい!」
黙っていると、ミリーはハッとして謝った。
「何が?」
「いえ、こんな自分の考えを押し付けるような話し方をして……不適切でした」
「……いや、別に」
アキラが気にしていない様に振舞っても、ミリーは心底、反省したようにうつむいた。
「私……昔から話しすぎてしまうクセがあって……孤児院でも他の子たちによく怒られてたんです……」
と深く息を吐くと、ウェイターを呼び止め、コーヒーのおかわりをもらった。
「とにかく、ごめんなさい。アキラさん。あくまでこれは私の意見ですから、気にしないでくださいね」
「いいわよ。私、他人の思想とか聞いてもぜんぜん影響されない自信あるから」
地下シェルターで弟に散々聞かされていたから。
と心の中で付け足し、アキラはスプーンを置いた。
「そうなんですか……?」
「ええ。パフェ食べながらならいくらでも話し相手になるわよ」
ウェイターはふたりのコーヒーを注ぐと、会釈をして、去っていく。
「まあ思想はともかく~、民間人を巻き込むのは許せないよね~」
代わりに、一人の少女がテーブルの前に立った。
突然割り込んできた第三者の声にふたりは肩を跳ねさせた。
そこにいたのは、フワッとした薄金色の髪をした少女。グレーの軍用ジャケットを羽織り、鮮やかな青い瞳を細めて、微笑む。
「倫理的に♪」
「ベス……! いつの間に」
「やっほー。ってかてかこれなにー?? ちょー美味しそうじゃん!!」
彼女はミリーがまだ食べかけていたパフェに目をつけ、子供のような歓声をあげた。
「一口もらっていい?」
「あ、え、ええ……いいですよ」
「ありがとう~~!!」
勢いに押し負けたミリーがうなずく。ベスはスプーンで一口、パフェをすくって口に運び、「~~~~っ」もだえた。
「あァ……美味しいっ! うめえ! 胸が苦しい!」
「アキラさんのお知り合いですか?」
「……まあ、そう。エリザベスって名前」
「お友達です♪ 気軽にベスって呼んでね~! えっと……」
「初めまして、ミリーです。アキラさんがこの街に住む手助けをしています」
「あら~市の方なの~♪」
アキラの隣にしゃがみ込んだベスは、頬の横で手を合わせる。
「ウチのアキラちゃんがお世話になってます~」
「あっ、いえいえ。むしろ私の方が勉強させていただいているというか……」
「なんであんたの子みたいになってんのよっ、ベス、なんでここにいるの?」
もたれかかってくるのをなんとか押し戻し、アキラが尋ねる。
「えー? カフェにスイーツ食べに来たんじゃダメ?」
「どうせ違うんでしょ」
ベスがこの見た目に反して割としっかり“軍人”していることは、もう知っている。
「アキラちゃん、メール見た?」
「メール? って何?」
「やっぱりか~!」
天を仰いだベスは「コレコレ!」と自分の携帯端末を取り出す。
「臨時試験の結果! 送ってたんだよ」
「えっ?」
「ベスさんって、軍関係の方なんですか?」
ミリーが首をかしげる。「こう見えても一応~」サラッと流すベス。
「メール……メール」
「あっ、ここのアプリから見れるんですよ。フォルダを開いて……」
「フォルダっていう概念がちょっと」
ミリーに手伝ってもらい、強ばった指で画面をスワイプしていくと、一件の表題を見つけた。
「これ?」
《アキラ・イタカ様 臨時試験結果のお知らせ》
……
おめでとうございます。厳正な審査の結果、あなたは第7回対魔法士分遣隊入隊試験の臨時試験に合格しました。
最終試験は都市外での実技試験となります。
交暦20年5月1日 ターミナル第三ゲートにお越しください
……
ご丁寧に日本語で、最低限の情報だけが記されていた。
「実技試験……2日後って」
「受かってるじゃないですか!」
ミリーが歓声を上げ、「おめでと~!」ベスもこれみよがしに拍手する。
「まあ、形式上の試験って言ってたし……」
アキラは窓の方を向いて、頬をかいた。
「いやいやいや、詳しくは知らないですけどボルツ試験は超難関らしいですよ。倍率が数万倍とか、毎回怪我人や、下手したら死人も出るとか」
「……そうなの?」
「すごいです……!」
また眼鏡をずり下げたミリーは、鼻息荒く褒めてくる。「ウンウン♪」ベスも微笑んでうなずく。
「実は……孤児院で、二つ下の男の子が軍にいて。その子もボルツを目指しているんです」
アキラは、とりあえずテーブルの砂糖とミルクをありったけコーヒーに投入した。
「いま、まさに試験を受けているらしくて、話には聞いていたんですけど」
「ふうん」
「無事に帰ってきてくれるかちょっと不安で……でも、アキラさんが一緒なら安心ですね」
「……そうね。その子の名前は?」
カップを持ち上げながら、何気なく聞き返した。
「えっと、グレンっていうんです」
極甘のコーヒーを一口すすったところで、予想外の名前が飛び出してきた。
「グレン・ウォーカーっていう、幼なじみの男の子です」
ベスが青い目を丸くして見上げてくる。
サンフランシスコ市街、午後の喫茶店で、アキラは盛大にむせた。
※
二日後。サンフランシスコ中央黒連軍基地、通称に、十数人の若者たちが集まっていた。
彼らは、黒界の各都市から招集された、『候補生』。
ボルツに見初められた、黒連軍内でも抜きん出て優秀で才能溢れる兵士たちだ。
グレンは、その1人として自分が立っている現状に、耐え難い苦痛を覚えていた。
バッグの肩掛けを握る手が汗ばむ。両足の裏にある床の感触がひどく不確かに思えてくる。
俺がボルツに?
初めて連絡が来たときから実感はまったく湧いていない。
一応、サンフランシスコの兵学校を次席卒業して、要人警護部隊に入った経歴はある。
経歴だけで見れば。
だが彼は、その後の初任務で、自分は『優秀』でも『才能』などないことを思い知らされていた。
彼女に会ってしまったから。
「あ、こっちこっち~!」
名簿を見ていた試験官のベスが顔を上げ、手を振る。
「アキラちゃん!」
すると、兵士たちの空気が変わった。
全員の顔が警戒に張り詰め、視線が、一点に向けられる。
第三ゲートに最後にやってきた少女。
サンフランシスコでは平均より少し高いくらいの背丈、純粋な黒髪、猫のような切れ長の目。
彼女は気だるげな顔で、鋭い目をした兵士たちを見回すと、その中にグレンを見つけた。
「……久しぶり」
彼が顔をしかめると同時に、全員の視線がグレンに集まった。




