4 鬼女(オーグリス)
ベスに案内され、ゲートを越えた先に待っていたのは、無骨な軍用車だった。
総員20名の《ボルツ》候補生たちは二台の車に半数ずつ乗り込んだ。
車内に窓はなく、両側の長椅子に並んで座る形式だった。
試験会場までの道中、アキラたちは一切の情報を知らされなかった。
どこを通って、いつ到着するのかも分からないまま、激しく揺れる車内に放置された。
「っ……」
体感では、すでに30分以上が経過している。
閉鎖的空間に長時間閉じ込められ、アキラのこめかみには、鈍い痛みがこみあげてきていた。
「…………」
他の兵士たちも、だいたいアキラと同じくらいの年齢感だった。男女の数は男が少し多いか。
体格、肌の色などはバラバラだ。
全員、表情は険しく、会話は一言もなかった。
アキラの隣には、仏頂面のグレンが座っている。さっき再会してから頑なにシカトを貫かれている。
なぜかこちらに目を合わせようとすらしない。
せっかく声をかけてやったのに。アキラは周りにバレない程度に、その横顔を睨みつけていた。
「みんな。暗い顔だね」
ふと、うるさいエンジン音に紛れて、真向かいから声が発した。
浅黒い肌をした顔立ちの濃い少年だった。
「いやァ、喋りたくなかったらゴメンね。ずっと黙っとくのが耐えられない性格でね。
いちおう挨拶しとこうと思って。僕は、ロメール・コーギー」
少年ロメールは、絶妙に胡散臭い、にこやかな表情で皆を見回した。
「出身は南アジア連合だ。……みんなはどこ出身?」
兵士たちは、少しめんどくさげな顔をした。ここにいる者の大半は出身も動機もバラバラだ。
ただひとつ、共通していることがあるとすれば、
馴れ合いなど求めていない。
「エマ・グレッグ」
と、一番端に座っていた少女が答えた。
彼女はこの揺れの中でも背筋を正して座っていた。
表情も微動だにせず、「出身はワシントンです」よく通る声で、全員の目をしっかり見て自己紹介する。
内巻きの短い茶髪、くっきりした目元。
優等生気質が顔立ちに出ている。
「よろしく」
「……?」
と思っていると、彼女は挨拶の最後に、アキラの方を少し睨んだ。
「ウィンストン・バロンだ」
間髪入れずその隣で、大柄な少年が口を開いた。褐色の顔は、曇りひとつなく、自信に満ち溢れているといった表情だ。
「よろしく。ウィンストン。出身は?」
「あ? あー、ヨハネスブルグだ」
彼が出身を口にした時、兵士たちは少しざわついた。
「あのヨハネスブルグ?」 「市民兵だけで、都市を奪還したっていう……」
「なるほど。通りで屈強なわけだ」
ロメールが二の腕を叩いてウインクする。
「フン。あんたの言う通りだよロメーロ。俺たちはべつに罪人でも捕虜でもねえんだ。肩の力抜いてこうぜ」
おだてられたことには特に反応せず、ウィンストンはマイペースに言い放つ。
張り詰めた空気も気にせず、兵士たちを見回した。
「あぁ、うん……ロメーロ……」
ロメールの笑顔がやや引きつるが、「あ?」ウィンストンが振り返ると、すぐに首をぶんぶんと振った。
兵士たちの空気が、少しほぐれた。
それからの数分、彼らはぽつぽつと口を開いていった。
「……俺は、ダニエル・オコナー。出身はアイルランドだ。よろしく」
「イワン・ペトロフ。モスクワから」
「リン・ウェイです。北京から来ました」
「ケイレブ・ンゴマ。ナイロビ出身だ」
改めて聞くとまるで分からない地名ばかりだった。
ただアキラが知らないだけなのか、誰かが出身を名乗るたびに、兵士たちの中には納得感のようなものが流れていた。
特にロメールは「ああ、あそこか」「いい所だよね!」「その髪飾りいいね」と律儀に合いの手を入れていた。
そんな彼のおかげもあり、車内の空気はだいぶ和んできた。
一通り互いのことを知り、話していないのは、あとふたりだった。
「グレン・ウォーカー。サンフランシスコ」
アキラの隣で、グレンが無愛想に自己紹介する。
名前と出身という最低限の情報だけで口を閉じ、もう開く気もないという顔だった。
「ウォーウ、地元出身か。運いいなァ」
するとウィンストンが茶々を入れる。
「ここらの廃墟は見慣れてるだろ」
あまりにデリカシーの無い発言に、兵士たちが一瞬、凍りついた。
「試験内容については? なんか事前に聞かされてねえか?」
白々しい笑みで尋ねてくる。「知らねえ」グレンは一言で返し、そっぽを向いた。
「そもそも俺の出身は東海岸だ」
「あ? なんだ。そいつァ悪かったな」
「…………」
車内の空気がふたたび微妙に引き締まる。
そして、最後にアキラの番が来た。
おのずと視線が集まる。
アキラは、肩を狭めて、口を開きかけ、一瞬、躊躇した。
唾を飲み込んで、「私は……」話出そうとした時。
「お前のことは知ってるぜ」
ウィンストンがまた口を開いた。彼の声は他の誰より大きく、車内の空気によく通った。
アキラの心臓に連動するように、車体が大きく跳ねる。
「みんなもそうだろ? 今は亡き地上汚染の爆心国・日本から来た、鬼女だ」
「…………?」
聞きなれない言葉が最後に付け足され、眉をひそめた。
「ああ、知ってるよ」
「私も聞いた」
若い兵士たちの間に、目配せが走る。
彼らは、緊張と若干の好奇が入り交じった目を、アキラに向けてくる。
「地下シェルターで、生き残ってたんでしょ。弟とふたりきりで」
「信じられないよな。何歳からふたりだけで?」
「どうやって生活してたんだ? 食糧は?」
ひとり、またひとりと口を開く。尋ねる機会を待っていたと言わんばかりに。
「いや、ほれは……」いきなり質問責めを受けて、アキラは口を開きかけ、ためらった。
話していい内容なのか。
そもそも、こんなにも自分の情報が広まっていることが驚きだった。
関わった兵士など数える程なのに。
まさか、誰かが広めているのだろうか?
隣のグレンをチラリと見る。
「異獣の肉を食ってたんだって?」
冗談めかして聞いてくるウィンストン。だが目の奥は笑っておらず、静かな威圧感を帯びていた。
こちらの素性を見極めているような。
「っ……」アキラは顔が強ばるのを感じた。
「まさか。ありえねえ」
「それは流石にデマだろ」
「奴らの肉を食って、生きていられるわけがない」
兵士たちが口々に否定する。
どうやら“体質”のことまで知られているわけではないようだ。
ほっと息をついたのもつかの間、
「わからんぜ。鬼女ってぐらいだからな。人喰いくらいしてるかもしれん」
ウィンストンは半笑いで話を続ける。
そこに僅かに含まれる、嘲笑の気配を感じ取ったアキラは、
「……さっきからなに? それ」
彼を睨んで、低く尋ねた。
「さあ? 俺も詳しい由来は知らんが、だいたい自分でも察しはつくんじゃねえか?」
彼は太い腕を組み、肩を揺らしながらはぐらかす。「は……?」アキラがゆっくり身を乗り出そうとすると、「君の二つ名だよ」代わりにロメールが答えた。
「汚染領域で生き延びていた“鬼のように強い”少女ってね。軍内でもの凄い噂になってる。
兵学校で訓練を受けていたわけでもないのに、いきなり《ボルツ》にスカウトされるなんて。異例中の異例だ」
浅黒い肌の青年は、悪気の無さそうな顔と口調でそう説明してくれた。
「アーマー無しで魔物や魔法使いとも戦ってたんだってね。会えて光栄だよ」
視界の端で、彼の方を見たウィンストンが、つまらなさそうに鼻息を吐く。
「…………」ロメールの屈託ない笑顔を受けて、アキラはしぶしぶ腰を下ろした。
「あなた」
すると、端に座った少女が口を開いた。
「なぜボルツに入りたいの?」
全員の自己紹介が終わるのを背筋を正したまま待っていた。あの優等生顔のエマが尋ねてくる。
「スカウトされたからですか?」
アキラは、彼女の方をちらと見る。
「……べつに、大した理由なんてないわ」
目を逸らし、ぶっきらぼうに答えた。
「私たちには教えたくないの?」
「そういうわけじゃ……」
白界に転移した弟を助けに行くため。
……と、この場で正直に答えていいのかが、わからないのだ。
ベスに事前に聞いておけばよかったが、
万一機密を漏らしたとかで咎められることだけは裂けたい。
「なら、どうして? 大した理由もないのに、ボルツに入ろうとしているの?」
エマは一度言葉を切って、能面のような無表情でこちらを見据える。
「兵士をふたりも殺したのに。私だったらきっと、罪悪感で押し潰されて、軍に入るどころか、軍の施設に足を踏み入ることすらできないでしょうね」
だが、その淡々とした口調には、明確な敵意が滲んでいた。
「……何が言いたいの?」
「対魔法士分遣隊は、ただの魔法使い退治の部隊ではありません」
彼女は、膝の上で握られた手にやや力を込めて言う。
「黒界連合軍が、白界の脅威に対抗できるという力の象徴。
仮に“奴ら”がこちらに攻めてきても、守ってくれるという市民たちの心の支え。
そして、すべての黒連兵士たちの憧れなのです」
雑音の多い車内でも、よく通る声で言い切る。心なしか、最後の一文には特に熱がこもっていた。
「俺は憧れてはないけどな」
ウィンストンがまた茶々を入れると、エマは怯まずひと睨みした。研ぎ澄ましたナイフのように鋭く、冷たい瞳だった。それで彼は肩をすくめて口を噤んだ。
アキラはうつむき、黙りこくった。
「弁明しないのね」
エマは少し意外そうにしていた。
アキラは、このことに関しては、奥歯を噛み締めるしかない。
「やっぱりあなたも、本当は罪の意識が」
「やめろ」
その時、グレンが口を開いた。
初めて会った時と変わらない、真っ直ぐな目で、エマを睨む。
「どうして?」
彼女は振り返り、首をかしげる。
「殺されたのは、あなたの仲間だったと聞いています。なぜこの子が、この場にいるのか、理由を知りたくないの?」
「そうだよ。あァ、殺された」
グレンは面倒くさそうに、被せ気味に答える。
「でも、助けられもした」
アキラは、彼の横顔を見上げながら、そういえばたしかに、ミリーに少し雰囲気が似ていると思った。
言動の節々に滲んでいる。素の人の良さ、というのだろうか。
「それは許したということ?」
「コイツの処遇は軍が決めたことだ。俺たちがこの場で、ベラベラ口出ししていい話じゃねえ」
グレンは突き放すように言い切る。「…………」エマはまだ納得いかない様子で、こちらを睨んでいた。
だが、また車両が大きく跳ねた時、
「まあ~俺としても、これ以上鬼女に刺激を与えるのは賛同しかねるなァ」
ウィンストンが声を響かせる。座席によりかかって、ふたりを仲裁した。
「いつ癇癪起こされるかわからねえしよ。正直、猛獣の檻に入れられたみたいでチビりそうなんだわ」
と、アキラにまた茶化す視線を送る。
エマは鼻息をついて腕を組み、座席に身を沈めた。
グレンも黙って顎を引いた。
「…………」
アキラはまだ俯いたままだった。
車両による輸送はさらに30分ほど続いた。
ようやく止まった車を降りると、そこは薄暗い部屋だった。
どうやら屋内の離陸上らしく、候補生たちはさらに航空機に乗り換えさせられた。
アキラも見覚えのある漆黒のコウモリのような機体。
《Mー2》の機内は、やはり全ての窓が目隠しされていた。
けたたましいエンジン音と酷い耳鳴りに耐えて離陸し、一時間くらい経ってようやく、足裏の感覚が安定する。
タラップから外に降りると、そこはまたしても、薄暗い屋内だった。
もう半日くらい外を見ていない気がする。
アキラは服の内側にじっとり汗が滲むのを感じた。
「どこだ?」
「出城か?」
兵士たちがまた、アキラにはわからない言葉を言い合っていた。
『ようこそ試験会場へ』
室内放送で声が響く。聞いたことがある気がする、男の声だ。
同時に、照明が点灯した。
候補生たちは鉄製の箱の中にいた。
そこは無人の格納庫だった。
『ハンガー内に識別番号順にアーマーを配備している。さっそく準備に取り掛かれ』
両側の壁沿いに、ナンバー塗装を振られた台座が並んでいる。
『全員、5分以内にアーマー着用し、入出口前に集合せよ』
男の声は端的に言い放った。
次の瞬間、兵士たちが一斉に駆け出した。
「え、え?」
迷わず台座にとりつき、幌を外す。あらわになったのは艶消し灰色の試験用アーマーだった。
兵士たちはさっそく着用作業を始めていた。
「え……?」
アキラは一人だけ取り残された。
「自分で、着るって……」
私、そんなの教わってないんだけど。
スピーカーからは、それ以上説明の放送は一切ない。
整備兵も誰も来てはくれない。
とりあえず、一つだけ残った台座に近づいてみるものの、何から始めたらいいかもわからなかった。
目の前ではエマが着々とアーマーのシステムを立ち上げている。
開いた背部装甲から、体を滑り込ませる寸前、ちらりとこちらを一瞥された気がした。
「……ぐ……」
アキラは、問題を解決することも、その場から逃げ出すこともできずに、ただ立ち尽くしていた。
拳を握りしめて格納庫の床を睨み、胸の中が、ここに来た後悔で塗りつぶされていく。
「おい」
ふと、隣にグレンが立っていた。「あ……」アキラが目を泳がせていると、彼は無言でアーマーの背後に回り込み、ヘルメットのカバーを開けて何やら操作をした。
灰色の迷彩装甲が微振動し、起動する。
「さっさと着ろよ」
と目で言って、グレンは離れていく。
「く……」
アキラは、安堵と屈辱に支配された気分で奥歯を噛み締める。
「なんなのよ、アイツ!」
アーマーの背部装甲をこじ開けた。
『全員集まったな』
きっかり5分後、ヘルメット内に通信が入った。
兵士たちは各自武装を整え、格納庫の出口前に集合していた。
通信の声は臨時試験の時と同じ。たしかテイルズといっていた、皮肉っぽい《ボルツ》の兵士だ。
『カメラを見ろ』
『?』
『ホラ上だ上。監視カメラだ。全員笑えーーはいピーース』
いきなり命じられて、兵士たちは天井の監視カメラを見上げる。数名が言われるがままに困惑ピースサインをした。
『よし。この画像は兵役率の低い都市に送り付けてプロパガンダ広告として活用させてもらう』
「……ええ……」
『ちゃんと全員、揃ってるようだな。じゃあ本題だ』
通信越しのテイルズはそこで一度、咳払いをした。
『これから最終試験の内容を説明する。その前に、先に会場を見せよう』
格納庫の扉が重い音を立てて開く。
乾いた空気が流れ込んでくる。
扉の先には、広大な廃墟の街並みが広がっていた。
端の壁が見えない。
臨時試験で使った試験場よりも十数倍は広い。
「やっぱ汚染域か」
ウィンストンが腕を組んで呟く。
『そうだ。ここは都市の外。魔力に満ち、魔物がはびこる汚染域だ。“敵”にとってはホームグラウンドだな』
わざとらしく強調されたその言葉に、アーマーに身を包んだ兵士たちが身構えた。
「敵?」
『最終試験の目標は単純明快だ。
お前らガキども全員で協力して、この街に潜伏する敵――《魔法使い》を仕留めろ』
なんとなく予想していたが、やはり。
アキラはヘルメット内で唇を噛んだ。
『増援も補給もない。これは《ボルツ》の実戦と同じ。
魔法士狩りだ』




