1 アキラの臨時試験
鼻につくオイルと鉄の臭いが充満する巨大な箱だった。
格納庫というらしい。
擦れ傷の多い壁には、檻のような台座が並ぶ。そのひとつひとつの中に、無骨な“鎧”が鎮座している。
整備員たちが騒がしく行き交う中、アキラは周りを見渡しながら歩いていた。
《アンチアーマー》。
黒界人が、M線汚染域で活動するための防護服であり、異獣や魔法使いと戦うための強化服。
どちらの機能もアキラにはあまり必要ないが、今回の“試験”では着用必須らしい。
「申し訳ないね。何せ急な話だったから、お迎えの準備もできてなくて」
案内してくれた若い男女の整備兵は、それぞれトーマスとメイリンと名乗った。
「さあ、着いたよ。これが君のアーマーだ」
行き交う兵士や輸送車の合間を抜け、今日着ることになる鎧と対面した。
「《Bルプス》って呼ばれてる。訓練用のアーマー……操作方法は知ってるんだよね?」
細身で若干頼りない雰囲気のブロンド少年、トーマスがたずねてくる。
「…………まあ……なんとなくは」
斜め横を見上げて答える。と言っても魔の森で一度黒い鎧――ベルムヘロスを着た経験だけだった。
「身体で覚える方が早いさ。とりあえず着てみようか」
不安を和らげるように言ったトーマスが、アーマーのバックパックを押し上げて、背中を開けてくれる。
「……ん」
アキラはおずおずと、固定台座の後ろにある梯子を昇る。
ぴったりした装着用スーツに包まれた四肢を、鎧の中に滑らせていく。
「どう? 苦しくないかい?」
ラバー素材の内装は、やはり何とも窮屈でゴム臭くて、居心地が悪い。
「苦しいわよ」
率直に返答した。
「まあ、最初は締め付けられる感覚あるよな。メイリン。電源を」
「オーケー」
もう一人、小柄なアジア系少女のメイリンがアキラの背後に回る。
身動ぎしようとすると「じっとしてて」と軽く背中を叩かれた。
「閉じるヨ」
背面装甲が閉鎖され、アキラは唐突に、無音の暗闇に閉じ込められる。
「っ……」
ドキリ、と嫌な予感がした。
ドクン……ドクン……
打ち寄せる波が次第に高くなるように、心臓の鼓動が速まる。
アーマーの外ではメイリンが、分厚い四角形のバッテリーを鎧のバックパックに差し込んでいる。
「はっ……はっ……」
暗闇の中で、首筋の辺りから微振動を感じた。
「劣化魔石バッテリー、接続よし。人工筋肉、アクチュエータ、反応正常。
主電源オン」
振動は背骨あたりから全身に伝わっていくと、手足を包む内装がギュギュッと収縮する。
「……くっ……」
腹の底で胃液が暴れている。口内に唾液が溢れてくる。
ヘルメット内のディスプレイが点灯し、外界の映像が見えるようになったところで、ようやく鼓動は少し治まった。
「動けるかい?」
外部カメラに顔を近づけたトーマスがきいてくる。アキラは汗がびっしょりと滲む手を握りしめた。
「……ええ」
台座の背骨を掴んで支えにし、よろめきながら立ち上がる。
薄緑色の訓練用アーマー《Bルプス》は、アキラの肉体に連動し、動きをサポートする。
崩れた体勢をアーマーが立て直し、直立姿勢をとった。
ディスプレイ越しの、少し狭くなった気がする格納庫を見回したあと、傍らに立つふたりを見下ろした。
「問題ないみたいネ」
メイリンがニッと笑って親指を立て、トーマスもうなずく。
「じゃあ、訓練場へ移動しようか」
「いや……ちょっと待って」
言われるがまま着たはいいものの、アキラは困惑していた。
「私、これから何やるか知らされてないんだけど」
『オーケー。それについては私から教えるね~♪』
ヘルメットの中に軽快な声が響いた。
「やっほ~アキラちゃん。着心地はどう?」
『……ベス!』
今回の臨時試験を持ちかけた張本人。
アキラが試験を受けるはずだった対魔法士特殊部隊、通称 《ボルツ》のエリザベスだ。
『話が違うじゃない。すぐに最後の試験を受けられんじゃないの?
臨時試験って何よ』
「ホントゴメンね~!」
彼女は、管制室のマイクに手を合わせた。
硬質の義手が金属音を立てる。
「ウチのワガママ隊長がどうしてもって言ってさ~」
そこにはベスを含めた、今回の試験官たちが座っていた。
ボルツ第四分隊の面々だ。
「よう」
端に座った茶髪の男がマイクを取る。
「ワガママ隊長のテイルズだ。
お前みたいなどこの野良犬かもわからんヤツに、いきなりウチの試験を受けさせるわけねーだろ」
オールバックに髪を撫でつけたテイルズは、管制室の椅子にふんぞり返って言った。
「どこの誰かはわかるわよね」
「資料を見れば書いてある」
「黙れ。こんなモン読んだだけで納得できるか」
隊員のギルバート、ノートンが口を挟むが、彼は顔をしかめて一蹴する。
『アキラ、っつったな。お前は今のところ軍人ではないどころか黒界人ですらない。
今日の試験では、野良犬のお前が、飼い犬に加わるに値するか。この目で確かめさせてもらう』
彼の眉間にはここ数年さらに深くなったシワが刻まれていた。肩をすくめるギルバートとノートン。
『ゴメンね~アキラちゃん! それじゃもうすぐ試験、始めるから、会場まで移動してもらえる?』
相変わらず底抜けに気楽なベスがいって、通信は終了した
「……」
心臓の鼓動は、まだ速い。手汗が止まらないわ腹は痛いわ、頭からつま先までありとあらゆる器官が不調だ。
やはりアーマーの中は落ち着かない。
理由も、心当たりもある。
出来ることならば今すぐにでも脱ぎ捨てたい……が、
「ふぅ……」
深く息を吐き、瞑ったまぶたの裏に、ジローの顔が浮かんだ。
「すっ……!」
息を吸ったと同時、外界ではトーマスが檻状台座の横面のスイッチを押していた。
「武装は備え付けの物を使うらしいけど、要望があれば増やしていいそうだよ」
壁がスライドし、収納されていた武装があらわになる。
「アーマー訓練用のペイント銃だ。一応想定としては、大型獣用、中型用、小型用」
口径が小さくなるほど銃の外観も小ぢんまりしてくる。アキラは当然、いちばん大きい物を取った。
分厚く重い機関銃をバックパックに懸架してもらうと、
「他に何か欲しいものはあるかい?」
「……じゃあ、ナイフを」
残りの武装を受け取り、トーマスたちに見送られて、格納庫を出た。
訓練場は、サンフランシスコの南西地域にある広大な軍所有地の一角にある。旧市街を丸々数ブロック隔離して造られていた。
『さて。今回の試験内容を伝える』
廃墟の街に足を踏み入れたアーマーのヘルメット内に、テイルズからの通信が流れる。
『サルでもわかるルールだから安心しろ。
この街の中で30分。襲ってくるヤツらを倒し、生き延びろ』
「……襲ってくるヤツ?」
眉をひそめたアキラの目の前で、無人の廃墟街の道路が割れる。
四角形にくり抜かれた穴の中から、金属の塊が複数体、せり上がってきた。
『試験開始だ』
テイルズの声。と同時に、ギイイイイイィと耳障りなモーター音が響き、その塊たちが動き出す。
四足の爪を地面に突き立て、不気味な機動でアキラに迫ってきた。
「何なの……コイツら」
アキラが後退した直後、硬質な爪が振り下ろされる。
彼女がいま居た位置にある電柱を、いとも簡単に切断した。
『異獣の動きを模倣しプログラムされた、戦闘用無人機だ』
火花を散らし倒れる電柱を避け、アキラは十字路へ走り込む。
そこで、さらなる駆動音を聞いた。
全高2メートルくらいの金属の塊たちが、建物の影から現れる。
ふたつ、みっつ、よっつ……。
頭部に赤い光を輝かせ、次々に襲い来る。
『ドローン??』
「まァ野良犬にもわかりやすく言うなら、“機械の獣”だ。壊しても誰も死なねえから、安心してやれよ」
管制室で発破をかけるテイルズが狡猾な笑みを浮かべた。
「動きが速いね。見たことない型だけど、いつ採用されたの?」
ベスが隣の大柄兵士にたずねる。
「アタシも初めて見たわ」
ギルバートはなぜか持ち込んでいるダンベルで、二頭筋を刺激しながら答えた。
「新型の駆動系を組み込んだ試作モデルだそうだ。ちょうどテストの依頼が技術部から依頼が来てた」
テイルズが顎で指した先には、いつの間にか入ってきた数人のエンジニアの姿があった。
彼らは肩身狭そうにこちらの様子をうかがっている。
「あのう……本当に人間相手に、データを取ってよろしいので?」
「いいからいいから、さっさと座ってくれ」
「いやいや、思い切り黒案件でしょ!」
席に着く彼らを横目で睨み、ベスが声をあげる。
「試験段階のドローンなんか使って、アキラちゃんに何かあったらどうするの??」
「残念ながら、司令官の許可は出てるぜ」
心配げなベスに、テイルズは澄ました顔で応えた。
『ボルツに誰を引き入れるかは勝手にすればいい。お前の部隊だ。
だが俺に面倒事を押し付けるのはよせ』
彼の脳裏に浮かぶのは、数日前、《ボルツ》の司令官室での会話。
『うーむ。参ったな、そこまで嫌がられるとは……』
屈強な体格に似合わない、人懐っこい困り顔で、リンドヴルムは腕を組む。
『ホントにどうしてもムリ?』
『……』
『彼女のデータは見たろう?』
『……戦力になるだろうな。だが、兵士としてじゃない。
あれは兵器の分類だ。お前がその認識を改めない限り俺も受け入れられない』
テイルズはしかめ面で腕を組んで拒否した。『そうか、わかった』リンドヴルムは短い黒髪をガシガシかく。
『じゃあ、代わりに試験官をやってくれないか?』
『……あん?』
『彼女を含めた候補生たちを選抜する役目を君ら“第四”に頼みたい。ちょうど任務の合間のことだし。
彼女はたしかに能力も人格も未知数だ。我々の仲間に相応しいか、君の目で見極めてくれないか』
「…………」
結局、良いように言いくるめられたようだ。ただ任せられたならばこちらも機会を活用させてもらう。
というわけでテイルズは、技術部からの依頼を受けたのだ。
『アキラとかいったな。お前死なないんだろ? ならその能力を、我が軍の技術向上にゾンブンに役立ててくれ』
『うわコイツマジでイカれてる! アキラちゃん、とにかく逃げて! 戦わなくていいから!』
管制室の言い合いを聞きながら、アキラは旧市街を疾走する。
アンチアーマーの靴底が、ひび割れた道路を抉り、人工筋肉が四肢の運動を増幅する。
鎧は彼女の逃走する速度をたしかに上げてくれた。
「機械の……獣……」
ヘルメットの中で大きく息を吐き、耳元で騒ぐ心臓の音をかき消す。
曲がり角の先には、また新たなドローンが複数体、待ち構えている。
アキラは機銃を取り出し、前方の敵に撃った。
べべべべッ
ペイント弾が、やや間抜けな音を立て、ドローンの外装をまばらに濡らす。
するとそれらの動きが鈍くなる。
アキラは金属の四脚をかいくぐり、ドローンの頭部にペイント弾を撃ち込んだ。
ゴインッ!
頭に緑のインクがぶちまけられる。
両目にあたる位置で爛々と輝いていた光を失い、金属の塊は完全に沈黙した。
「……こういうことね」
アキラはすぐに振り向き、背後のドローンにも射撃を加えた。
頭部に着弾。機能停止。
頭部に着弾。機能停止。
走りながら次々と仕留めていく。
ドローンの動き自体は異獣並に速いが、反応速度はノロマだ。
カメラセンサーでしか敵を認識できない機械では、五感を持つ獣には遠く及ばない。
弾倉を交換した時、アキラの視覚外に、直感が反応した。
「……?」
街路にたたずむ商業ビルが小刻みに揺れている。
アキラが立ち止まった直後、窓ガラスが一斉に割れた。
鉄筋がひしゃげ折れる轟音が廃墟の街に響く。土煙の中から現れたのは、巨大な鉄の脚だった。
道路のアスファルトを貫き、アクチュエータの騒音を響かせながら歩行する。
20メートル近い巨体がアキラを見下ろす。
「ッ――!?」
とっさにペイント弾を撃つ。足に着弾し、ぺぺんっ、と音が響く。
巨大ドローンの動きは止まらない。
効かないと分かった瞬間アキラは逃げる。
が、逃げた先にはさっきの小型たちが待ち構えている。
『アキラちゃん!』
ヘルメットの中でベスが叫び、『こっからが見ものだぜ』テイルズが笑う声がした。
「クソ……」
四肢を夢中で動かす。人工筋肉が締め付ける。
心臓がうるさい。鼓動の速さが、もうほとんど機関銃の銃声と変わらない。
「あァ……もう……」
強烈な気だるさと目眩に襲われたアキラは――
靴底を道路に打ち付けて、ブレーキをかけた。振り向きざま、機銃を小型ドローンの頭に叩きつける。
銃身と頭部が同時にひしゃげ潰れる。
まばゆい火花と、破片が飛散する中、間髪入れず空いた手でナイフを抜いた。
二体目小型の脚にナイフを突き刺す。
すぐに引き抜く。次の脚に刺す。抜く。刺す。抜く、刺す。
四脚を一瞬で破壊しきると、崩れ落ちるドローンの頭を踏み潰した。
三体目、と顔を上げたところで、側面から巨大な質量が衝突した。
《Bルプス》の装甲が悲鳴を上げてひしゃげる。
アキラは砲弾のように街路を吹き飛んだ。
建物を突き破り、飛散するガラスと鉄コンをしばらく眺めて、ある時、停止する。
「……そんな」
管制室の面々が息を飲む。
「こりゃダメね」
プロテインシェイカーを片手にギルバートがため息をついた。
アキラを吹き飛ばした大型ドローンが、鋼鉄の脚を踏み下ろす。
一歩進むたび、コンクリートが陥没し、大量の土煙が上がる。
足元に無数の小型兵を引き連れて、街路を進行する。
その先にはアキラが突っ込んだ建物がある。
「…………っ……たいわね」
残骸の奥から、声がする。
直後、アーマーが街路に躍り出た。
武装を失い、外装も所々取れて人工筋肉が露出しているが、
それでもまったく衰えないスピードで駆け抜ける。
大型ドローンのカメラセンサーが彼女を捉えた次の瞬間、足元の小型兵たちがバタバタと倒れ始めた。
「わかったわよ」
アキラは、すれ違いざまに小型ドローンの首をすべてもぎ取っていた。
「お望み通り……一匹残らずぶち壊すから。後で文句いわないでよ」
ヘルメット内で吐き捨て、両手いっぱいに持ったドローンの頭を握り潰す。
すぐに、残りの小型たちが来る。
アキラはナイフを抜く。
向かい来る鉄の塊たちを、次々に解体し、鉄屑に変えていく。
「ちょ、ちょっ待て、これでは本当に全滅するっ!」
管制室のディスプレイ映像を見て、エンジニアが悲鳴をあげた。
「都市間コンペに出す貴重な機体が! 止めさせてください! テイルズ少佐!!」
「…………」
テイルズは聞こえないフリをして、映像に集中していた。
アキラはナイフを2本抜いて、ドローンの頭を串刺しにする。
刺したナイフを殴って貫通させつつ、もう片手のナイフを二体目に刺す。さらに一体目を貫通して空中にあるナイフを取って、三体目に投擲する。
「……フン」
大型ドローンが振り下ろす巨腕を掻い潜り、ビルの外壁を足場に、大きく飛び上がる。
「っ――――!!」
機械仕掛けの顔面を、思い切りぶん殴った。
アーマーの腕パーツが丸ごと砕け散る。
銅鑼を叩いたような轟音が響き、大型ドローンの頭が陥没した。一対の赤い光が明滅した後すぐに失われ、巨体はビルにもたれかかるようにして崩れ落ちた。
「もういい! 充分です!! これ以上は!!」
「やれやれやっちゃえアキラちゃん!!」
「やめてくれええええ!!」
管制室では、エンジニアの悲鳴と、ベスの歓声が交互に響いていた。
テイルズが見つめる映像。
アキラは宣言通り、会場内全てのドローンを残らず解体した。
「…………ふぅ……」
最後の一体の頭を踏み潰した時、ちょうど試験終了のブザーが鳴った。
アキラのアーマーは、装甲も筋肉もほとんど剥がれ落ちて、もはや着ていないも同然の状態だった。
死骸から足を引き抜くとどす黒いオイルが溢れる。
少し顔をしかめながら息を吐き、街頭カメラを見上げた。
「…………」
映像を見終えたテイルズは、目を瞑り、黙って腕を組んでいた。
「なるほどねえ~。けっこう見込みあるんじゃないの?」
プロテインドリンクを飲み干したギルバートが声をかけてくる。ノートンも無言で頷く。
「ふん……ま、“個の力”は想像通りだ」
テイルズは手で顔を覆い、独り言のようにいった。
「問題は次の試験だな」
映像の中では、無惨に破壊し尽くされたドローンの亡骸がどこまでも映されていた。
「お疲れ様!」
訓練終了後、格納庫に戻ったアキラにトーマスとメイリンが声をかけてきた。
「……ごめん、アーマー、けっこう壊しちゃった」
アキラは、身体にへばりついた装甲の残りをひっぺがしながら謝る。
「けっこうっていうか。“全壊“ネ」
「いやいや、あの状況じゃ仕方ないよ」
メイリンが呆れたため息をつき、トーマスが首を振る。
「こりゃすごい人材が来たもんだね。もうボルツ入隊は確定なんじゃない?」
「……」
褒められても安心はできなかった。
ベスによれば試験はまだある。今日はあくまで臨時試験だ。
アーマーを脱がせてもらったアキラはため息をついた。
早くジローを助けに行きたいのに、そこまでの道のりが、思ったよりも長そうだ。
「クソ。これじゃいつになったら……」
窮屈な鎧から解放された彼女が地面に足をつけた時、不意に嫌な感覚がよぎった。
格納庫の床が、小刻みに震える。
工具箱が落ち大きな音を立てる。アーマーの台座がギシギシと激しく軋む。
「なっ、何??」
「地震だ……!」
整備兵たちが周囲を見渡す。アキラたちも動こうとしたが、それより先に、頭上から閃光が発した。
「ッ――」
とっさに頭を覆う。凄まじい爆音と、衝撃波に突き飛ばされ、アキラは地面にうずくまった。
視界の端で、破砕した瓦礫片が落ちてくる。
「くっ!」
手を伸ばし、近くに倒れたトーマスとメイリンを、自分の方に引き寄せる。
瓦礫が次々と床に激突する。粉塵が巻き散り、辺りは煙に包まれていく。
「げほっ、ちょっとっ、起きて」
アキラは、ぐったりした二人を抱えて走った。
降り注ぐ瓦礫の中を突っ切って、なんとか屋外に出る。
「なんだ、これは……」
外にいる整備兵たちは目の前の状況に唖然としていた。
格納庫は、大量の炎とどす黒い煙を夕暮れの空に吐き出している。
「はぁ、はっ……」
トーマスとメイリンを下ろしたアキラも、周囲を見渡し、気づいた。
「は……?」
格納庫だけではなかった。
基地の敷地内からは、同じような煙がいくつも昇っていた。
《黒連界兵隊》
白界と黒界の中間域、グレーゾーンを活動する黒連内の軍隊。
黒界のみで活動する陸海空軍とは違い、黒連から広範囲な活動特権を与えられている。
その活動のほぼ全ては一般市民には知らされない。作戦行動時には、他軍に優先して兵器運用が可能。報道管制、証拠隠滅など、時に超法規的な措置などを行うことが出来る。
《対魔法士特殊分遣隊・ボルツ》
界兵隊大佐、ロバート・リンドヴルムが司令官を務める独立部隊。
界兵隊の指揮系統や特殊作戦コマンド等には属しておらず、現在はほぼ彼の独断で動かされている。
昨今その大半が異獣との戦闘を想定している軍内において珍しく、対魔法士戦闘、すなわち対人戦に特化した部隊である。
規模は四個分隊から編成される1個小隊相当の少数精鋭。
界兵隊内では唯一、作戦が市民に公示されている。メディア露出も圧倒的に多く、司令官である“英雄”リンドヴルム含めて、広報部隊としての側面も強い。
戦時は遊撃隊として統合参謀本部からの特命で作戦行動を行う。




