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アンダー・アース 終末姉弟渡界記  作者: 遁遁拍子
第3章 黒界・サンフランシスコ 白界・ニニギ(上)
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57/63

19 一点離脱

 人工知能は困惑しない。

 情報の矛盾や不足に当たったとき、彼らは即座(・・)に、どこが間違っていたのかを解析し、訂正する。

 困惑しているように振る舞うことはできるが、その感情自体を再現することはできない。


 20年前まではそうだった。

 だが、人類が絶滅の危機に瀕した現代黒界では。


 かつての未来図とは異なる歴史を辿った人工知能があった。

 彼らは想像性の発展を失った代わりに、敵を効率的に排除する兵器制御者として進化を遂げた。

 戦場で自律的に思考し、行動する力を手に入れたのだ。


 なぜ自分は、あの少年の命令をきいている?


 ――目の前の瓦礫を退かしながら、黒鎧(ベルムヘロス)は困惑していた。


「……た、助かった……うわっ!?」


 安堵の息を吐いた者たちは、こちらを見上げて、まず驚く。

 威圧的な全身漆黒の鎧姿。救助した相手を有無も言わせずいきなり担ぎ上げる。


「なっ、なんだおまああああああああ!!」


 港町の空に、絶叫が響く。

 黒鎧はスラスターによる飛行で要救助者を戦闘地帯の外に運ぶ。

 男が尻もちをついた場所には、既に同じように救助された賞金稼ぎや漁師、商人たちがいた。


「うぅっぷ」

「うぉえええ……」


 彼らは一様にして青白い顔をしていた。

 そこら中には既に吐瀉物が落ちており、例によって、


「げええええ……!!」


 いま落ちてきた男もその場に膝をついて吐いた。


『町には近寄るな』


 三半規管とひきかえに命を救われた人々に向かって、黒鎧はそう言い残して、再び飛び立っていく。

 瓦礫を撤去して、人を救い出し、町外へ運ぶ。


 既に10往復以上繰り返している。


『鎧さんはこのまま町の人の救助を続けて。まだ瓦礫の下にいるはずだ』


 あのマスターでもない少年の命令を、黒鎧は、的確に遂行した。

 なぜこんな非合理的行動を取っているのか自身でもわからなかった。


 少年は、保護対象であり、何よりも離れず守らなければならない存在。

 魔法使いが来ている今、白界の現地民などを救助している場合ではない。

 本来は……と思考しながら、倒壊した建物に手をかける。

 魔石反応炉(ストーンリアクター)から変換された電力によって、アクチュエータが唸りを上げ、人工筋肉が収縮する。


「うぐ……あぁ……」

 

 強靭な膂力(りょりょく)で持ち上げた瓦礫の下から悲鳴が聞こえる。

 現れたのは土埃にまみれた男。

 いままで助けた白界民たちよりも、少し裕福な身なりをしていた。


「なんだ……誰だ?」


 男は咳き込みながら黒鎧を見上げ、例によって目を丸くした。


「おまえは……なぜここに……アンチアーマーが」


 ただ、その反応は今までと異なった。


 鎧に内蔵されたAIも思考する。

 なぜ目の前の白界人が、アンチアーマーなどという黒界語をしている?


「おまえは……ウホンッ」


 初老の男はやがて咳払いを何度かすると、


「“お前は、どこの部隊所属だ?”」


 と、黒界公用語を話した。

 彼の発声には、埋込み型翻訳機を介したとき特有の濁りがあった。


『……当方の所属は回答しかねる。そちらは?』


 電子音声の返答を受け、男は眉をひそめた。だが直ぐに冷静な顔になり、


「……“Y537”。いまはここスフイレ島の賞金稼ぎ組合支部長(ギルドマスター)を務めている」


 事務的な口調で言う。

 白界の現地民でありながら、黒界の情報にも通じている者たち。

 コードを照合したことで、黒鎧は目の前の男が、正式な黒連軍の諜報員(エージェント)であることを確認した。


 白界にはM線がある都合上、諜報活動に黒界人は送れない。

 そのため軍は様々な方法で確保(・・)した現地民を、秘密裏に訓練し、各地に配置している。


 また、それらの活動の母体となっているのは、白界では“賞金稼ぎ組合”と呼ばれる組織である。


『対魔法士分遣隊(ボルツ)所属、AA-VVX ベルムヘロス』


 鎧は諜報員に向けて名乗った。


「“ボルツ”のアーマーだと?」


 ギルドマスター(Y537)がまた怪訝に首をかしげる。


「……聞いたことがないな。新型か。なぜここに?」

『経緯に関しては回答の権限がない。私は現在、マスターユーザーからの命令を遂行している』

「命令? なんだ?」

『“ジロー”を守る』

「あたたっ、ジロー……?」


 負傷した腕を押さえて立ち上がったギルドマスターは、眉をひそめた。


「誰だ。私には与えられていない情報だ。

 “鍵の目”の保護より優先すべきことがあるのか?」

『…………』

「何か不具合が起きているんじゃないか? お前……こちら側に転移した以前のダメージか、何かで」


 その質問すべてに、黒鎧は答えられない。


「なぜ救出活動をしている?」


 ギルドマスターは、鎧のヘルメットにある双眼を見上げて聞く。


「マスターの命令か?」

『…………違う。これは……』


 少年(ジロー)を守ることが自らの第一目的。

 だが少年(ジロー)の望みを叶えることは、それより優先事項として、既(・)に(・)書(・)き(・)込(・)ま(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)。(・)


 いつ、何者が、何のためにかは、わからない。

 それを突き止めることは自らに許されていない。


『……私は“ジロー”の命令で動いている』

「バカな。それは我が軍への反逆行為だ。許されんぞ」


 ギルドマスターが詰め寄ってくる。黒鎧はすかさずその胸に手のひらを置いた。


『それ以上近づくことは攻撃意思と判断する』

「おおう待て待て待て、そんなつもりは無い」


 マスターは慌てて両手を上げ後ずさった。「うむ……」白いものが混じった顎髭を撫で、少し考えてから、


「いいか」


  と言い聞かせる。


「何故かはわからんが……今のお前は優先事項が書き換わっているようだ。

 だが思い出せ。

 お前の第一目的は“鍵の目”の確保。彼女を、黒界に連れ帰らなければならない――」



 ※



 一方、港町の中央。

 既に町としての体を成していない、

 大量の瓦礫が散らばる更地で、ふたりの魔法使いによる戦闘が続いていた。


「――Yatabuts(ヤタブツ) Vaimeats(ヴァイメアツ)!」


 空中のブルーに、パシパエの魔法が襲いかかる。

 《粉刃》、周囲無数の破片を集め撃ち出す魔法。


「ッ――」


 先程よりも弾の数が多い。


「あれでも全力じゃなかったってかァ――Benomikaz(ベノミカズ)!」


 ブルーは瞬時に防御魔法を作り出す。

 湿気の多いこの海沿いなら一瞬で大量の水を生成できる。


 白濁した水流が膜状に展開。

 パシパエの弾を受け止めた。


 ドババッ!!

 水面に重い物を落とした時のあの音が乱発する。

 《粉刃》に切り刻まれた膜が剥離し、飛散していく。辺りに生じた大量の水蒸気を突っ切って、


「――Tokarukh(トカルク)!!」


 ブルーが攻撃魔法を繰り出してくる。

 《水刈》――極細に圧縮加速されたアブレシブウォータージェット。

 太陽光を反射し、ガラスのようにきらめく線が地上のふたりに振り下ろされる。


 パシパエは目を細めた。

 攻撃範囲が広く軌道も読めない。

 防御魔法を……


「Tegnó(テグノ)taseft(タセフト)!」

「パシパエ!!」


 詠唱したところで、ジローに突き飛ばされる。

「あっ!」地面に転がりながら、自分が発動した魔法の行方を見た。


 形成された《土盾》は、水の刃によって真っ二つに切断されていた。

 そのまま刃は地面に直撃し、湿った土煙をあげる。


「グっ――!」


 そこに短い悲鳴と、鮮血も混じった。


「あああッ」

「ジローさん!」


 回避が間に合わずに、ジローの片足が切り飛ばされていた。


「ッ――まだくる!!」


 ジローが叫ぶ。振り向くと、ブルーが既に着地し、肉薄してきている。

 慌てて杖を向け直す。


「ッ――Dainshi(ダインシ)!!」


 高速の石弾が発射されるが、ブルーは難なく躱し、懐に入ってくる。


 やられる――。


『だから言ったのだ』


 恐怖が脳を支配した時、“彼女”が出てくる。


『Ranoth(ラノト) hachis(ハチス)』


 ブルーの拳がパシパエの細い腰を貫く寸前、突如として何かが、彼のまたぐらを突き上げた。


「ッ――ぐあ!?」


 それは、足元から勢いよく伸び出た石の柱だった。

 ブルーをはるか上空まで吹き飛ばす。


「いまのは……」


 ジローには一瞬、パシパエの声が一段低くなったように聞こえた。


「…………」


 彼女ははっと振り向く。見られた、という焦りの顔だった。


「あ……いま……私」

「まだ空中にいる!」


 すぐにジローはそれを飲み込ませた。パシパエも削がれかけた意識を目の前の戦闘に戻した。

「はっ……はい!」ふたりでもう一度、頭上に杖を向ける。


「くはっ! さすがに速えぜ……」


 ブルーは身を捩り、地上に向き直る。

 すでに三度目の《粉刃》が発動されていた。


「純正の“鍵の目”か……!!」


 蝿(ハエ)の大群のような騒音を立てながら、無数の瓦礫片が飛来する。


「ラミヌ――」


 詠唱しようとした時、右目に痛みが走った。


「ッ……」


 “鍵の目”の力は、あくまで身体機能の一部。連続して使いすぎれば負荷がかかる。


 魔力の操作が乱れる。


 腰帯のバックルにはめ込んだ魔石からの魔力だけで、なんとか防御魔法を発動させる。

 しかし生成が間に合いきらず、

 瓦礫片は水の膜を突き抜けてブルーの体をまばらに切り裂いた。


「ッ――!」


 破片が、その顔を覆う兜を掠め、ヒビを入れる。


「チッ」


 まだだ。

 畳み掛けてくる。


 地上のパシパエが、もう一度、土魔法を放つ。

 ブルーは風魔法で方向転換し、射程外へ逃走した。


「クッソが!」


 建物の陰に隠れ、体力を回復させる。


「ッ……ぐ……」


 さすがに連続して魔鍵眼を使いすぎた。

 不本意だが、ここからは正々堂々真正面から戦う、というわけにはいかなそうだ。


 幸いパシパエ王女(奴)は町への被害を恐れて、地上にいる間は大きな魔法を使いたがらない。


 建物に身を隠しながら、奇襲で仕留める。

 数秒でそう決断し、再び開いた右目で、瓦礫の向こうの様子をうかがった。


「……ん」


 王女たちの姿がない。

 当然。こうなれば奴らも身を隠さざるを得ないだろう。

 この大量の倒壊物の中……お互いの居場所を探ることになる。


 だがブルーの方は、周囲への被害などを考慮する気は毛頭ない。

 探知魔法を使うほどの体力はないが、相手が攻撃してこないとわかっているならば、大胆に動いて探せる。

 そして見つけた瞬間、隠れ場所もろとも破壊する。


「どこに行きやがった……」


「……いた!」


 と、物陰から動き出したブルーの姿を、ジローの瞳が数十メートル頭上から捉えていた。


「いた――痛ッてええ! いやっ、パシパエ! あそこだっ!」

「は、はい!!」


 ふたりはブルーが町に降りた直後、上空へ飛んだ。

 先ほどブルーに使った《石柱》の魔法によるカタパルト射出だ。


 突き上げの瞬間、凄まじい衝撃がふたりを襲う。

 しかし、ジローがパシパエを抱えて飛ぶことで、彼の足腰の骨が粉砕するだけ(・・)で済んだ。


『――いまの状況で、周りを巻き込まずに敵(アイツ)を攻撃する方法は二つあると思う』


 パシパエは、ジローの悲鳴を聞きながら、彼の作戦を脳内に呼び起こす。


『①敵が空中にいる間に攻撃する。②敵の真上から敵だけを狙い撃ちにする。

 ①は狙いやすいけど読まれやすい。本命は②だ――』


 地上から拾ってきた瓦礫片を取り出す。


「Irisha(イリシャ)」


 詠唱により魔力が干渉し、瓦礫片を分解。またたく間に長細い《石槍》として再形成する。


『敵は僕らが①を狙ってることに気づいたら、地上の遮蔽物に隠れようとするはず。

 そのタイミングが②を決めるチャンスだ!』


 爺やから教わった通りに、ただ真っ直ぐに飛ばすことだけを意識して、

 地上に向け、槍を一直線に射出した。


「クッ――――」


 上空を見上げたブルーが回避する間もなく、槍は鉄兜の顔面を削り、彼の足元に突き刺さる。


「このッ――威力は――!!」


 先ほどとは違う。巻き添えを考慮せず放たれた魔法は、大地を陥没させ、甚大な衝撃波を巻き起こす。

 大量の砂塵と瓦礫片とともにブルーの身体は弾き飛ばされた。


「当たった!」


 パシパエとジローは顔を見合せガッツポーズして、「あ」遅れて、気づいた。


 着地をどうするか、考えていなかった。


 上昇が止まり、落下が始まる。


「うぉあああああ――!!」


「グゥアアアアッ!!」


 悲鳴をあげるふたりの頭上から、獣の叫声が響く。


 銀色の鱗をした戦闘機のような生物。

 竜が迫っていた。


「もう一人の魔法使いっ――!」


 その牙がふたりを捉える瞬間。

 高速の黒い影が横合いから掠めた。


「ッ――鎧さん!」

『救助は85パーセント完了しました』


 スラスターで宙を舞う黒鎧は、抱えたジローに報告する。


『あとは彼らで対処可能です』


 もう片手に抱えられたパシパエが地上を見ると、「行け!!」猫耳の小柄な人影が手を振っている。


「エフェクタさん!」


 その近くでは、灰色の巨人が、瓦礫の下から賞金稼ぎを引きずり出している所だった。


「チンタラしてんじゃねえ! そのまま行け!!」


「オリブさんも……うぐっ!!」


 手を振り返そうとした時、鎧に強い衝撃が伝わる。


 撃たれた。

 後方から迫り来る竜の背に、無数の《石弾》が生成されていた。


「く、空中で、どうやって――」


 うめいたパシパエは、竜の全身からキラキラ輝く粒たちが、独りでに剥がれていく光景を見た。


「あ――」


 竜の鱗には鋼と同等の硬度がある。


 軍服姿の魔法使いが杖を構える。

 竜鱗製《石弾》は、機銃のごとき爆音を立て鎧に殺到した。

 スラスターで身を翻(ひるがえ)し、間一髪で回避する。


「Haitsu(ハイツ)bhadakrus(バダクルス) Irisha(イリシャ)」


 避けた先に追撃の槍が撃ち込まれる。

 スラスターを逆噴射した黒鎧の、数メートル距離で爆発し、炎と破片をばらまく。

 ふたりを庇った黒鎧は、その速度を急激に落としていく。


『メイン・スラスターにダメージ。推力低下』


 ジローが見ると、爆片をもろに受けた背中の排熱ノズルが破損していた。


 鋼翼で風を切る竜がピタリと追従してきている。

 その鞍に跨るゼドは、さらに蔵(キャゴン)から拳大の鉱石を取り出した。

 硬質の輝きを放つ石を宙に投げ、構えた杖に次なる魔法を発動する。


「Utsuteno(ウツテノ)korus(コルス) Irisha(イリシャ)」


 魔力の再結合作用によって、鉱石が削り伸ばされ、装甲貫通に特化した槍へと変化する。

 戦車滑腔砲のごとき大轟音とともに、《徹甲石槍》が発射された。


「鎧さん!」


 ジローはとっさに叫んでいた。


「分離して!!」


 瞬間、アーマーは空中でバラバラになった。

 両腕のパーツがそれぞれジローとパシパエの襟首を持って飛ぶ。

 空を射貫いた槍はそのまま海に落ちた。


『リアクター、出力低下。これ以上の飛行は困難です』

「なッ!?」


 再び合体したアーマーは、そのスラスターの光を激しく明滅させた。

 このアーマーは、魔石からのM線を動力源に動いている。


「魔石のエネルギーが枯渇しかけてる……!」


 魔法使いたちも、定期的に杖の石を交換していた。


 放射性物質が放射線を出す期間は永遠ではない。

 物質によって数秒から数億年まで幅は広いが、

 いずれはやがて、放射線を出しきって、安定した別原子に変化する。


 魔石の場合は、詠唱音波により魔力を放つことで、本来よりも急速に原子崩壊が進むという特性があった。


 ふたりを抱えたアーマーが、空を滑るように海へ落ちていく。


 後ろから、ゼドを乗せた竜が迫る。


「パシパエ、魔法で防御できる??」

「わわっ、私……使えるのは土と火の魔法をちょっとだけで……」


 土魔法による防御は空中では役に立たない。

 トドメの魔法発動のため、ゼドが竜の姿勢を安定させようとした時、

 その首筋がピクリと持ち上げられた。


「――? なんだ?」


 前方はるか地平から、何かが来る。

 いや、来た(・・)。


 ド――――――――ッ!!


 圧倒的な衝撃波が頬を掠め、つんざく轟音が鼓膜を襲う。


「ッ――何!?」


 突風に首がもげそうになりながら、すぐさま自竜を旋回させた。


 視界に捉えたのは群青色の鱗。

 鋼鉄で編み込まれたような長い両翼の上には、黒鎧と少年、パシパエ王女の姿があった。

 そして、手綱を握るゴーグルをかけた男。


「ボニートさん!!」


 ジローが男を見上げ名を呼ぶ。「クッソ……」竜乗りのボニートは、しゃがれ声で舌打ちする。


「なんで戻ってきたの!?」

「こっちが聞きてえぜッ……! 自分でも自分のマヌケさが信じられねー!!」


 と、悪態をつきながら、足で竜の脇腹を叩いて合図した。


「トーラス! 行け!」

「ぐぅルルル……」


 しかし、トーラスは鼻を鳴らして失速する。


「おいっ! 速く逃げろ!! 離脱だ、離脱っ!」

「グルル……グゥがう」


 面倒くさげに羽ばたいて、上下ジグザグに飛行し、追尾するゼドの竜をあしらう。


「く……」


 青い鱗が絶妙に朝空に馴染んで、ゼドは射撃の狙いをつけられずにいた。

 もっと接近するしかない。彼は《遵従の輪》を介して自竜に命令し、さらにスピードを上げさせる。


「そうじゃねえよ!! 速度を上げろ!」

「グがううっ。グルルァウ」

「背中が重くてこれ以上ムリ?? 嘘つけお前、朝でしんどいだけだろ!!」


「クソッ……なぜ追いつけん!!」


 追う側は必死に方向転換して飛んでいるが、

 逃げる側は会話の片手間といった空気をかもしながら、

 その実、正確無比なスピードコントロールで空を軽やかに舞っている。


「運動性能は上回っている……! 何故……!!」


「よしわかった!! 今晩は特別サービス缶詰3缶……いや4缶だ!!」

「グァアアアウッ!!」


 やる気になったトーラスが、雄叫びとともに大きく羽ばたいた。


「ぐぅ、おっ――」


 視界の捻れるような感覚と、肺を押し潰す重圧(G)が、ジローたちを襲う。

 コクピット代わりの竜の鞍は乗り手を守る魔道具としての機能もあるのだが、

 それでも防ぎきれない圧倒的な速度の余波だった。


「バカな……」


 音速を越え生じた衝撃波で海面を巻き上げながら、一瞬でゼドの射程外に離脱していく。


「速すぎる。なんだアイツは」


 彼は呆れたため息とともに杖を下ろした。


 ※


「あ~あ、ガラにもねえことしたなァ」


 エフェクタは大きな伸びをして、地面に寝転がった。


「こんだけ働かされて報酬ゼロだぜ」

「あァ……まったく割に合わん」


 隣の瓦礫に、オリブもどっかり腰を下ろす。

 巨体の重みに耐えきれず瓦礫が潰れる。


「おっと」

「アタシの言う通りに動いてりゃこうはならなかったってのに。あのバカガキども……」


 尻についた破片を払いながら、彼は悪態をつくパートナーの横顔を見つめる。「なんだよ?」エフェクタが振り向くと、


「いや。その割には最後。ガラにもなく熱くなっていたと思ってなァ」


 猫耳がピクンと尖った。


「……うるせえっ」

「わかりやすいアンテナができたな。ガハハ!!」


 ぷいとそっぽを向いた彼女の頭を、オリブは気持ちよく笑って撫でた。

 周りではまだ救助作業が続けられている。ギルドマスターが指揮を取っているので、もう手伝いもいらないだろう。


「これからどうする? ダーリン」

「ウーム……ひとまずは、飯と睡眠だな」

「……そうだな……」


 しばらくふたりで空を眺めていると、「あいつらは」エフェクタがぽつりと尋ねた。


「無事に逃げたかね」

「……問題ないだろう。ボニートがついている」

「あいつが助けるか?」

「あぁ。俺の見立てではな」


 同じ空を見上げ、オリブがうなずく。


「あの男も、おそらく小僧たちと同質だ。結局は情に流されるタイプ」


 エフェクタは懐から、老人のパイプを取り出して、 「……なんでそう思うんだよ?」。

 陥没した地面から、賞金稼ぎたちによって、気絶した魔法使いが引きずり出されている。


「なぜボニートが客の積荷を盗むなんてバカな真似をしたか、理由を知ってるか?」

「理由って……そりゃ積荷が希少な竜の赤ん坊で、高く売れるからじゃねーのか」

「これは組合で流れてた噂話なんだが」


 オリブは少し声をひそめて前置きし、


「アイツは盗んだ赤子を親竜の所に返しに行ったらしい」


 エフェクタはまた耳をピクンと跳ねさせ、はね飛び起きた。


「なんだそりゃ?? なんでそんな勿体ねぇこと??」

「さあな! 俺も意味がわからん。ガハハハッ!!」


 エフェクタから受け取ったパイプをふかし、彼は笑う。

 すっかり日が昇った朝空に白煙がたゆたっていく。


「ヤツもまた、愚かな頑固者のひとりだ」


「お前らと一緒にすんなよ」


 竜の加速が止み、安定飛行に入る。一息ついたボニートが、ふたりに念押しした。


「俺が戻ったのは情に流されたわけじゃねえ。俺はただ信念に従っただけだ」

「信念?」


 鞍にしっかり座り直したジローが、パシパエの手を取りながら聞き返す。


「ああ。俺は一度受けた依頼は必ず完遂する」

「……?」


 とは言われても、積荷を盗んだ一件を聞いたばかりのジローにはピンとこなかった。

 そんな少年の視線に気づいたボニートは、 思い出したように顔をしかめ、


「……まあ……ウホンッ、その、例外的な事情がある場合を除き基本的には……だ」


 と、歯切れの悪い言い訳をする。


「よくわかんないけど……とにかく戻ってきてくれただけで嬉しいよ! ありがとう!」

「ボニートさん。これから、よっ、よろしくお願いいたします」


 ジローは満面の笑みを弾けさせ、彼の後ろに座ったパシパエは、礼儀正しく頭を下げた。


「……」


 底抜けに素直なふたりの反応に、毒気を抜かれたボニートは、もうそれ以上の言い訳を諦めた。

 三人はゴーグルを着用する。


 上機嫌の雄叫びを上げた群青色の竜が、大きくはばたいて、海原に溶け込んでいった。

とんとん拍子です、ここまで長きに渡り読んでいただきありがとうございます!

物語はさらに展開を広げていきます。

次章は「第4章 黒界・ボルツ入隊試験 白界・冥灯」です!

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