17 出港
夜明け前の港は一帯が靄がかっていた。
薄白く染まった水面のはるか上で、鳥たちが舞っている。
「……渡り鳥だ」
ジローはその翼の動きのゆるやかさや、飛行の軽やかさに目を奪われていた。
「まずは現在地、スフイレ島からニニギ本島へ向かう」
荷積みを待つ間、ボニートが航路の説明をする。
「は、はい」厚手の毛皮でできた防風服に身を包んだパシパエが、隣でうなずく。
ジローも遅れて、荷箱の上に広げられた地図に目を落とした。
「ニニギの首都《聖都》は治安は良いが、検問があるし、積荷に難癖つけられたら面倒だから通らねえ」
ボニートは、一晩明けて酒も抜けたのか引き締まった顔で話した。
「本島中部の国で一度物資を調達してから、大陸に航路をとる」
「フムフム」
「それから……」
説明が終わった頃、「よう!」背後から猫顔の少女が現れた。
「じゃっ、頼むな~ボニート」
小柄なエフェクタが、ボニートに飛びつくように肩を組んで連れていく。
手持ち無沙汰になったジローは、荷積みの様子を観察することにした。
ボニートの竜トーラスは船着場近くの空き地にいた。
鼻を鳴らしながら大人しく待っている。その背中と腹には、彼が見慣れない装置が取り付けられていた。
背中にあるのは人が騎乗するための“鞍”だろうか。
縦に三人くらい座れそうな椅子の周りを、風よけのような硬質のガワが囲い、さながら複葉機の操縦席を思わせた。
また腹には、革製の“蔵”のような物がベルトで取り付けられていた。
そちらには、巨人のオリブが旅の荷物を詰め込んでいる。
「あ、あれは、《フレータ》と《キャゴン》という魔道具です」
パシパエが近づいてきて、少し得意げに解説する。
「背中のフレータは、竜の飛行で発生する強力な風から乗り手を守る効果があります。
それからお腹の……キャゴンは、積荷の重さを三分の一くらいにする魔法の蔵です」
「へぇ~~……すごいね!」
故郷で“爺や”から教わったという彼女の、竜に関する知識量は本物だ。ジローは素直に感嘆し、パシパエは満足げにうなずいていたが、
「どういう仕組みで重さが減るの??」
「えっ?」
「機械の下から何か噴射して浮力を生んでるとか? それか、スプリングバランサーみたいにモーターの仕組みを内蔵して……いや、まさか、魔法で重力を操るとか!?」
「あっ、あのえっと……そっ、そこまでは……」
「小僧! 小娘!」
知識の範疇を超えた質問攻めでたじろいでいた所に、ちょうどオリブが割って入ってきた。
「最後の積荷だ。コイツをどうやって乗せる」
彼の指した先にあるのは、今回の依頼の報酬金にする黒鎧。
「他の積荷も合わせたらさすがにキャゴンにはおさまらんぞ」
「そうだなァ……なんとかサイズを小さく……」
ジローは鎧をしばらく弄くり、「あ」その腕が取り外せることに気づいた。
「これだ! バラバラに分解して運ぼう!」
「なるほどな!」
オリブがさっそく手を伸ばすと、『それ以上近づくな』鎧は素早く立ち上がり、振り払った。
「動かないでよ鎧さん」
『考え直してください。私を売却すると、重大な機密情報が漏れる危険があります』
ジローが片腕を持ったまま注意する。
鎧は腕を取り返そうとしながら忠告を返した。
「じゃあその情報が入ってる部分は売らないよ。そこを外して残りだけを売る」
ジローは避けながら応える。
『そういう問題ではありません。私のパーツが白界市場に流れることで軍の技術を盗まれます』
「それは……考えようによってはいい事じゃない? 黒界文明の良さを白界の人たちに伝えれば、二つの世界の交流がはかどるよ」
『やめてください。危険です』
「道具が主に抵抗するな。ホレっ!」
ジローを追いかけようとする黒鎧を、オリブがその腕力で無理やり羽交い締めにした。
「そのまま押さえてて!」
『やめてください。やめてく、やめて……』
数分後、黒鎧は無惨にもバラバラに分解されていた。
オリブがパーツたちをまとめて抱え、蔵にぶち込んだ。
「これでよし! 蔵を閉じるぞ。小僧、その杖も積むか?」
「ありがとうオリブさん、これは持っとくよ」
巨人はうなずき、パーツたちが中で暴れている蔵のフタを閉じた。
「小娘、新しい眼帯はどうだ?」
「あ、はい……ありがとうございます。着け心地いいです」
パシパエは、昨日買ってもらった右目の眼帯に触れた。
着けたおかげか今朝からは“彼女”が出てくることも無く、ようやく安心感を得ることができていた。
そこにエフェクタが戻ってくる。
「おう、出発する前にお前ら、ちょっといいか?」
オリブの方に一瞬、目配せをした。
すると彼は軽くうなずいてすれ違っていき、エフェクタは今度はジローとパシパエに肩を組んで竜から離れる。
と同時に、オリブが入れ替わりで、ボニートに背後から近づく。
「オイ」
羽交い締めにする寸前、察知した彼が振り向いた。
「なんの真似だ? こりゃ」
細剣の切っ先を、巨人の顎下に突きつける。
「お前ら、俺にこのガキ共を運ばせたかったんじゃねえのか」
「…………」
「気が変わったのか?」
動きを止め、無言のオリブ。
「エフェクタさん?」
少し離れた場所でジローとパシパエも、異変に気づいていた。
エフェクタはふたりに目を合わせず、ただ、黙っている。
「…………エフェクタとオリブ。ようやく思い出したぜ。
少し前から見なくなってた地元のチンピラだな」
何かを悟ったボニートは、「これだから盗賊はよぉ……」小さく舌打ちした。
「義理もへったくれもねえな」
「それはお前もだろう」
直後に飛びかかってきたオリブの腕を素早く掻い潜り、トーラスの所まで後退する。
「起きろ相棒! 仕事の時間だぜ」
群青の鱗を叩いて合図すると、竜がむくりと体を起こした。
「ガキ共! さっさと来い!」
鞍にまたがるやジローたちに切迫した声をかける。
「ボニートさん! 待って――」
「行くな」
駆け寄ろうとしたふたりを、エフェクタが止めた。
「エフェクタさん? オリブさんも……なんでこんなこと?」
沈黙する盗賊たち。「よく考えろ」猫耳の少女が人差し指を立てた時、
「――落ち着け。危うく犯罪者に依頼をする所だったのだよ。君たちは」
その場にいない誰かの声が響く。
複数の足音がして、通りの奥からガラの悪そうな者たちがぞろぞろ現れた。
「え? ……あ……」
中に見覚えのある顔がいる。
たしか昨日、ボニートの居場所を聞いた竜乗りだった。
「ボニート。何も知らん子どもを騙すとは、そこまで堕ちたか」
声を発したのは、者共の先頭に立つ恰幅のいい男。ひとりだけ明らかに仕立てのいい鎧と服を着ていた。
「……しがない運び屋ひとり捕まえるのに、ずいぶん大勢雇ったな。組合長」
ボニートは剣を構えたまま返す。
「騙すって、どういうこと??」
「ボニートはギルドの掟を破った」
いきなりの状況に困惑するジローとパシパエに、ギルドマスターと呼ばれた男が静かに説明する。
「破ったって、何を……」
「依頼人のブツを盗んだのだ」
「……え?」
「希少な品種の竜の、赤ん坊だった。裏市では高値で売れる。多方、金に目が眩んで奪ったんだろう」
「……本当なの? ボニートさん」
ジローが問いかけると、ボニートは頭をボリボリかいて、
「あァ。まあだいたいそうだ」
面倒くさそうにうなずいた。
「そうか。昨日あの後、ギルドの連中に会って……俺の懸賞金の“額”を聞いたのか」
ジローから目を離し、エフェクタとオリブの方を睨んだ。
「あァ」腕を組んだ猫耳の少女がうなずく。
「ドン引いたぜ」
船着き場に集まった賞金稼ぎたちが、各々の武器を手に、ジリジリと包囲を狭めていく。
「目が眩んだのはお互い様だな」
その中心で悪態をつくボニートのこめかみに汗粒が流れた。
「ヤツの懸賞金は10万ミカだ。コイツをギルドに引き渡せば、大陸でもっと良い運び屋を付けられるぞ」
エフェクタはボニートの言葉を無視し、立ち尽くす少年少女に話しかける。
「でも……」
「コイツは一度、依頼人を裏切った。信用ならねえ。わかるだろ?」
「……ジローさん……」
パシパエは迷い、ジローをちらりと見る。
エフェクタの理屈は至極真っ当だった。本人が盗みを認めているというのなら、もはや言い逃れもできない。
でもこういう時、たぶんこの人は。
「いや。ボニートさんは信じられるよ」
ジローは揺らがない目で返す。
「なに?」
「最初に会った時、ボニートさんは子どもが旅なんて無謀だって、教えてくれたんだ。
見ず知らずの僕たちなのに心配してくれた。ボニートさんは、良い人だよ」
「バカ言え。そんな上っ面の応対はなんの信用にもならねえ。アイツはまだ金も受け取ってないんだろ?」
だがエフェクタも冷静に言い聞かせる。
「信用を作る最も端的な方法は“金”だ。
それを払う人間と受け取る人間の関係であることだ。
金の無い今のお前らに、マトモな信用関係なんて築けるわけがねえ」
盗賊として、騙し騙されの社会を生きてきた経験から来る、説得力ある意見だった。
「そうだよ。ボニートさんは僕たちを信頼しただけだ」
しかしジローにはやはり関係なかった。
パシパエの方に向き、目でボニートと竜の方を指す。
「だから同じように、僕もあの人を信頼したんだ。――鎧さん!!」
直後、竜の腹元でガタガタと振動音が始まる。
荷蔵の蓋をぶち開けて、無数の黒い金属片が飛び出した。
「なっ!?」
分解された鎧のパーツが、手や足の形のまま飛んでくる。
「あいてッ!」
「ぎゃっ!」
そばにいた賞金稼ぎたちを弾き飛ばしながら、ジローたちの元までやってくると、
空中でひとつに合体して人型になった。
ガツッと重音を立て着地する。
「僕たちをボニートさんのとこまで連れてって!!」
『了解』
返事と同時に腕を伸ばし、ジローとパシパエを両脇に抱えた。
「よせ!」
スラスターを点火し、一気に飛び上がる。
と、同時にいつの間にか竜に乗ったボニートも、騒ぎに混じって飛び立っている。
「逃がすな!!」
ギルドマスターが全員に声をかける。
「いいか。ボニートと子ども、両方捕らえろ! 報酬は私が全員に出す!」
「オオオオ!!」
賞金稼ぎたちが威勢のいい声を上げ、次々と竜舎へ駆け込む。
自分たちの竜に飛び乗って獲物を追おうとした。
「いくぞ! ――――」
バリッ!
何かが破裂したような轟音が響く。
「あ?」
エフェクタの顔に小さな水飛沫がかかる。
同時に竜の背から突如として賞金稼ぎたちが転げ落ちた。
いや、正確には、上半身だけが落ちてきた。
彼らの胴体は、腹の辺りから真っ二つに両断されていた。
断面から内臓がこぼれ、首を失った竜たちもろとも崩れ落ちる。
「なんだ……」
白い線状の水飛沫が、エフェクタたちの前を通り過ぎていく。
いつの間にか船着場にいたボロ船から、二つの人影が降り立っていた。
「あれは……」
片方は、鈍青色の兜を被った上裸の少年。
もうひとりの男はコートを着こみ、
杖を持っていた。
「魔法使い……? どこの奴らだ」
エフェクタは一瞬困惑したものの、すぐに眉をひきしめ短剣を抜いた。
他の賞金稼ぎたちも臨戦態勢に入る。
「くっせぇなあ……港町ってやつは……」
兜の少年は、気怠げに呟く。
「潮と魚と、薄汚え賊どもの臭いだ」
一方、魔法使いゼドは、その視線を空に向けていた。
「――――MoioMyuisha」
槍型の杖を地面にかざす。
詠唱音波が柄に埋め込まれた魔石を反応させ、魔力の放射を始める。
地面から浮き上がった土や石の粒子が集まり、10本ほどの矢が生成された。
それらは甲高い爆発音とともに射出され、上空にいる黒鎧に殺到した。
「ッ――鎧さん!」
鎧がスラスターを作動させ、矢を避ける。しかし、ゼドはその間に第二波の射撃を用意していた。
「Irisha」
今度は少し時間をかけ、2メートルほどの細長い槍が3本生成。
同じく轟音とともに発射される。
黒鎧はスラスターの慣性でまだ体勢が崩れている。
『避けきれません』
「パシパエ!」
「はっ、はい!」
パシパエがジローの杖を受け取り、防御の魔法を使う。
「Tegnótaseft!」
魔力が大気中をめぐり、土粒子を集めて盾を生成――できなかった。
「あれっ!?」
魔法は、無から有を生み出すことはできない。
空中に僅かに巻き上がった土粒子だけでは、望んだ現象を発生させる材料としては不十分だった。
「空中で土魔法を選ぶとは。あのヴァルカンの教えを受けていながら……」
地上から呟いたゼドの石槍が迫る。
「なんと愚かな」
「そんな……」
動けないパシパエを、ジローが抱き寄せる。そのジローをさらに黒鎧の腕が庇い、1本の槍を弾く。
2本目はふたりの僅か頭上を掠めていく。ほっと安心したのもつかの間、3本目の槍がジローの肩に突き刺さった。
「ッ――」
貫通した先端がさらに顔面に向かってくる。頭だけは避けるように首を逸らすと、下顎から頬にかけてを貫かれた。
「ッふぁ!!」
「ジローさん!」
ぬるい血と唾液が、パシパエの頬をよごす。
「……ッへ……ばいじょうぶ?」
槍が刺さったまま笑いかけるジロー。しかしパシパエには逆効果だった。
「いやああああじじっ、ジローさん!!」
「……なんだ、あの少年は……」
ゼドは、予期せぬ第三者の存在に眉をひそめる。
その時、鎧のスラスターの光が弱まった。「どうしたの??」減速し、高度を落としていく鎧。
「お前ら!」
そこには竜に乗ったボニートの姿があった。
「ボニートさん!」
「さっさとずらかるぞ。乗れ!」
手を伸ばし、ジローたちを鞍の上に引っ張りあげた。
「なんで俺を選んだ、テメェら!」
なぜか怒ったような様子だった。
「だっへ……ボニートさんはいい人だもん」
ジローが黒鎧に槍を抜いてもらいながら答える。
「はぁ??」
「それに、僕たちは一日もはやくオリュンテアに行きたいんだ。だから最速の竜乗りが必要なんだ」
そう言い切ると、ボニートはまだ不服そうに口を噤む。「行け!」竜に一言命じた。
「グゥゥウウ……」
ところが彼の愛竜は主人の命に従わない。
「あァ? 重い? いまだけガマンしろっ!」
「グルルル……グゥゥ!!」
駄々をこねるように鼻を鳴らす。深青の巨体が上下し、「おわわっ」ジローたちの腹の底も揺らした。
「んだよわかったよ! 今夜は缶詰1コ増やす!」
「クゥ~~ン」
ボニートの交渉で機嫌を取り戻したトーラスは、翼を大きく羽ばたかせた。
強力な風圧がジローたちの髪を巻きあげる。
そのまま加速し、一気に離脱しようとしたが、
「待って!」
ジローが慌てて止めた。
「戻って! エフェクタさんたちを助けないと!」
傷を再生しながら呼びかける。
「あァ??」
地上では、賞金稼ぎたちと魔法使いの戦闘が続いている。
前者の分がかなり悪いようだ。港のそこかしこに死体が転がり、地面は赤く染まっている。
「ッ……」
パシパエが、がく然と目を見開く。
「何言ってんだ」
振り向いたボニートは少年の揺らがぬ目を睨んだ。
「戻る意味がねえ。お前らの目的は《オリュンテア》に行くことだろうが」
「意味はあるよ。このまま行くのが嫌だから、助けたいんだ」
「嫌だ、だと……??」
それでは、本当にただの子どものワガママだ。
だがジローは、そんな無理難題を言っていることすら自覚した上で、開き直って要求してくる。
わけが分からない。
了承するとでも思ってるのか?
「行かせてください。ボニートさん」
言葉を失っている間、パシパエがさらに口を開く。「魔法使いは私の追手です」悲痛に眉をしかめながらも、決意の固まった声で。
「あの方たちには関係ない。わたしが……止めなきゃ」
「……知るか」
ボニートは引かずに突っぱねた。
「戻るなら勝手にしろ。その代わりお前らとの契約は切る」
「…………わかりました」
ジローも答えが分かっていたようにうなずく。
直後、黒い鎧がふたりを抱え、竜の背から飛び降りた。
「……バカが……」
空に残されたボニートはただ一言吐き捨て、竜の高度を上げていった。




