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アンダー・アース 終末姉弟渡界記  作者: 遁遁拍子
第3章 黒界・サンフランシスコ 白界・ニニギ
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15 賞金稼ぎ

 ボニート・デバン、39歳は白界の賞金稼ぎにして“最速の竜乗り(自称)”である。


 大陸の裏社会では知る人ぞ知るベテラン密輸人。眉唾物という声もあるが、取引した相手からの評価は確かだ。

 一方、その私生活についてはあまり知られていない。


 彼の趣味は、酒、賭博(ギャンブル)、女。

 それに興じることが好き。というよりも、それこそが「男らしい趣味」だと信じるから、続けている。

 決して欲望に怠けているわけではない。


 ボニートは信念を何より重んじる。

 たとえそれを守るために、どれだけの犠牲を払うことになっても。


「あ~~クソッ! 俺はなんて恵まれねえ人間なんだ!」


 今日もまた、報酬で得た金をすべて賭場(ギャンブル)で融かしたところだった。

 勝つ日もあれば負ける日もある。世の摂理とは残酷に平等だ。

 それはそうとして、このやりようの無い鬱憤(うっぷん)を晴らす方法はひとつ。

 運び屋仲間を揺すって金をいくらか借り、彼は娼館に足を向けた。


 仕事で渡った地では常に良さげな店をマークしている。

 今日はここ、スフイレ島に最近できた店を覗きに行く。

 

「こういうド田舎に……特大の宝石が眠ってたりすんのよねぇ」


 長年の経験則である。

 と、言いたいところだが、実際はいま彼はとある事情で都会に出ることができない。

 そのため半ばやむなく田舎店めぐりをしているのだった。


「2時間本番ありオプションなしで500ミカです」

「安ッ! 生きててよかった!」


 町外れの戸建ての、奥まった部屋で待っていたのは、レースのドレスを着た中肉中背の女。

 肢体は茶色の滑らかな毛に覆われ、とんがった大きな鼻、下顎から牙が突き出た顔をしていた。


「……これは」

「優しく……してちょうだいね? おじさま」


 薄暗い照明の下で、可憐な声音がとろける。

 イノシシ顔の女が上目遣いで小首をかしげた瞬間、ボニートの息子は大覚醒した。

 二時間後、ふたりは荒く息を吐きながらベッドに倒れ込んだ。


「すごかったわ……こんなの初めて……」

「俺もだ。いままでで最高だったぜ。嬢ちゃん……」


  天井を見てしばらく感想を言い合う。呼吸が落ち着いてきた頃、

「あなた剣士なのね?」女はベッドの上で狭そうに身じろぎして、ボニートの方を向いた。


「まあな」

「大変なんだねぇ……こんなにケガして」


 彼の体に無数に刻まれた古傷をなぞる。


「ほとんどガキの頃のだよ。あの頃はまだ俺も頭が悪かったから」

「ふふふ、そういうことね」


 微笑んだ女は、ベッド脇に置かれた剣に目を向けた。


「変わった形してるねー。この辺りでは見ない。どこから来たの?」

「……故郷はサラマンドラだ」

「へぇ……ずいぶん遠いのね」

「まあ本職は竜乗りだからな。連れて行って欲しい場所があったら言ってくれ。良い女なら二割引だ」


 ボニートは女の丸く黒い目を見つめて言う。彼女は少しだけ困ったように目を細めて「ありがとう」とまた微笑んだ。


「……さて。俺はもう行くかな」


 ボニートが体を起こすと、女が彼の服を持ってきてくれた。

 シャツとパンツを着た頃、


「邪魔するぜー!」


 薄暗い部屋に何者かの声が響く。


「なっ、なんだっ!?」

「お、やっぱりここにいたなボニート」

「……っ!」


 鍵のかかったドアがミシミシと軋む。

 名前を知られている。賞金稼ぎか。

 察した直後、ドアが引き剥がされた。


「きゃああああっ!」

「来い!」


 巨大な腕が伸びて、ボニートの首根っこをむんずと捕まえる。


「おっおじさまあ!!」

「わ、わかった! 行くから、女には手を出すな!」

「……ん?」


 侵入者は部屋の隅で立ちすくむイノシシ顔の女を見ると、


「フン。いい趣味をしている!」


 すぐに踵を返し、下半身裸のままのボニートを店先に引きずり出した。


「クソッ……まさかガングのヤツ。組合にチクリやがったか……!」


 “あの一件”以降、仲間への口止めには気を使ってきたつもりだった。

 しかし、金をたかり過ぎたのが災いしたか。


 自分にかけられた懸賞金を狙う、賞金稼ぎたちに見つかった。

 と思ったが、


「依頼があるんです」


 ズボンを履いた彼の前に立ったのは、くせっ毛チビの少年だった。


「僕たちをオリュンテアまで連れて行ってください」


「…………何?」


 あまりに場違いな人物、そして突拍子もない提案に困惑する。

 少年の隣には、同い年くらいの少女が怯えた顔をしている。

 ボニートは、腰の剣を抜きかけたままふたりを睨んだ。


「……んだァ。ガキがこんなトコに」

「ん……?」


 ジローは、剣を下げた男の腰の反対側に、この世界では見慣れないモノがぶら下がっていることに気づいた。

 それは回転式の“拳銃”に見えた。


「ボニート。こいつらはアタシたちの恩人なんだ。頼みを聞いてやってくれよ」


 ボニートを引きずり出した巨男の後ろから、見覚えのない少女が出てくる。

 猫のような耳に毛並み、尻尾を持っていた。


「報酬ははずむぜ」

「……黙れ。誰か知らんが、どうせ組合に引渡しに来たんだろ」

「あ? 何の話だ?」

「とぼけんなよ。懸賞金狙いだろうが」


 自分の名を知っているということは賞金稼ぎには違いない。

 巨人と猫の獣人……見たことないコンビだが。


「とにかく俺は死んでもお前らには捕まらんからな」


 おもむろに鞘から剣を抜いた。その瞬間、場の空気が変わる。

 素人のジローでもわかるほどに。ボニートの構え姿からは、ただならぬ威圧感が滲み出ていた。


「まあまあ落ち着け。ボニート」


 灰色の巨男オリブがズイと前に出る。


「悪いことは言わん。大人しく着いてこい。抵抗するなら腕を折る」

「秒で悪いこと言ってんじゃねーかデカブツ。その前にテメェのナニ切り取って鼻の穴に詰めてやる」

「ガハハハハ! おいハニー、コイツ案外面白い言葉づかいできるぞ!」

「よそ見すんなダーリン!」


 ジリジリと睨み合う両者。静寂の中、見かねたジローが「あの~」声をかけようとする。


「話を聞い……」

「シィッ――」


 瞬間、ボニートが踏み込む。

「首!」エフェクタの怒声、「ムッ!?」オリブが腕を上げる。


 鋭い風切り音がして、直後、その岩のような肌に、ザックリとした斬り傷が刻まれていた。


「固ってえな」


 トン、と間合いを空けて着地したボニートが、細身の剣を振って血を払う。


「切り落とせてる間合いだろ。どういう皮膚してやがる」


「……速いな」

 

 オリブが低くうめく。

 一連の動きはジローにも何も見えなかった。

 体感ではアキラやホワイト並に思えた。見た目は小汚い中年男なのに、動きは洗練されて一切の無駄がない。


「チクショ……忘れてたぜ」


 エフェクタが腰の短剣を抜きながら舌打ちした。


「アイツたしか、剣の腕も相当なモンだったな」

「まったく、いきなり首狙いとは血の気が多いな。助かったぞ。ハニー」


 恋人に返したオリブが、斬られた腕を軽く振る。「フム。まァ動くな」と、あらためて両腕を構えた。


「そうかよ」


 ボニートはトントンと軽いステップを踏んでいる。

 間合いを測っていたかと思うと……唐突に踏み込んだ。


「オオオオ!!」


 同時にオリブが前に出る。

 距離を詰め、剣を振らせない算段だ。


 だがボニートは、まるで読んでいたかのように身を(ひるがえ)して避け、横合いから突きを繰り出す。


「ッ――?」


 が、反応したオリブは腕で防御していた。

 彼は自身の剛皮から、狙われる急所に偏りがあることを理解していた。


「首か脇の下だろう!」

「チッ……」


 後退しようとするボニート。しかし、剣が抜けない。分厚い皮膚と筋肉でガッチリ固定されている。


「むん!」


 オリブがボニートの首に手を伸ばす。

 掴まれる寸前。

 彼は、左手で腰の拳銃を抜き、発砲した。


「――うッ!?」


 膝を撃ち抜かれたオリブが、一瞬何が起こったか分からない顔で体勢を崩す。その隙にボニートは剣を引き抜き、


「死ね」


 隙だらけの巨人の頭頂部を一突きしようとした。

 ――が、肩越しにエフェクタの短剣が割り込む。


「チッ」


 鋭い金属音が響く。

 剣を弾かれたボニートは今度こそ一時後退した。


「大丈夫か?? ダーリン!」

「ああ……」


 エフェクタに支えられたオリブがなんとか立ち上がり、「ぐふふふふ、死ぬところだった」と楽しげな笑みを浮かべている。


 これが賞金稼ぎの戦い。

 ジローは止めるのも忘れて、互いの一挙一動に目を奪われていた。


「っ……クソ……」


 一方、剣を構えるボニートの額には、冷や汗が流れる。


 脇腹が、ゲキレツに痛い。

 加齢、不摂生、運動不足の三拍子で、いまのボニートが全力で剣を振れるのはわずか一分ほどだった。

 それ以上動こうとすると、ナイフを捩じ込まれるような激痛が脇腹を襲い始める。


 さっきまで腰振りまくってたし……今日はもう活動限界だ。


「って……見とれてる場合じゃない!」


 その時、ハッとなったジローが、「三人とも、待って!」両者の間に割って入る。


「退け小僧!」

「ジローさん!」


 オリブが怒声を上げる。

 ジローが危ない。パシパエがとっさに杖を構えようとする――


「お前らッ! ウチの店先で何してんだ」


 第三者の怒声がその動きを止めた。

 娼館から、ガタイの良い男たちがぞろぞろと出てきた。


「なっ、なに?」

「チッ、用心棒どもか……」


 反射的に肩をすくめるパシパエ。

 エフェクタが舌打ちする。


「仕方ねえ……ボニート! ここは場所を変え……ボニート?」


 ジローの肩越しに声をかけるが、そこに中年の姿はない。

 剣を収めたボニートは既に逃走していた。


「あっ!? アイツ……!!」

「営業妨害だろうがコラ!!」


 男たちが襲いかかってくる。

 エフェクタに飛びかかろうとして、「ごアッ!?」オリブの太い腕にまとめて弾き飛ばされた。


「仕方ない……お前たちはヤツを追え!」


 灰色の巨人はボニートが逃げた方を指す。


「は、はい!」

「うん!」


 ふたりはうなずき、後を追った。

 娼館が軒を連ねる道のむこう、角を曲がって、大通りへ。

 だがボニートの姿は無い。


「こっちだ!」


 路地を見つけたジローが指さす。「はっ、はい!」足の遅い彼の代わりに、パシパエは即座に駆け込んだ。


「あっ!?」


 杖を構えた彼女が目にしたのは、鮮やかな群青色の鱗。


「グァアアアアアッ!!」


 なぜかそこにいた小柄な竜は、叫声とともに長い翼を広げ、路地裏からはばたいていった。

「っ……!」吹き寄せる突風に目を細めたパシパエは、竜の背中にあの小汚い男の姿を見た。


「……にっ、逃げられちゃった……」

「いや。まだ僕たちにも“アレ”がある!」


 追いついてきたジローが言う。


「アレ?」


 ふたりは荷車に戻り、荷台にかけられた(ほろ)を外した。

 老夫婦の屋敷から強奪した金品を退けると、すべてを吸い込むような漆黒の鎧があらわになる。


「パシパエが着させられてたら黒連軍の鎧!」

「でも……じ、ジローさん? これでどうやって……」

「前にも使ったんだ。たしかここをこうして……」


 ジローが鎧の首元あたりのカバーを開く。

 システムを立ち上げるスイッチを押し、背面にある主動力炉(リアクター)を作動させた。


 ゴウッ!


 と装甲が勢いよく震え、ヘルメットの双眼に青白い光が宿る。


『AA-VVX ベルムヘロス臨時起動完了』


 電子音声が響いた。


「君たしか空飛べたよね?? 追って欲しい人がいるんだけど」


 黒鎧(ベルムヘロス)は話しかけるジローには答えず、しばらく周囲を見回していると、


第一(マスター)ユーザー不在。本部との交信が途絶えています。

 緊急事態と判断し、自立行動モードへ切り替えます』

「うわっ!?」


 突然、彼を押しのけていきなり立ち上がり、荷台から飛び降りた。


 乱闘を続ける盗賊と男たちを、カメラアイの視界に捉える。


『攻撃性の高い魔力体を複数確認。排除の必要性』


 腰をかがめた攻撃態勢に入る。「ちょっ、ちょっと待って!」ジローが慌てて割って入った。

 視界に未知の情報が増えて、黒鎧の動きが一瞬止まる。


『あなたは……』

「ジローだよ! 前にも1回、君のこと“着た”よね??」

『……あなたはマスターではありません』

「うん?」


 聞き返しながら思い出した。


「それって……」


 魔の森でジローが初めてこれを着ようとした時のことだった。


『あなたはマスターではありません』

『どういうこと?』

『さっき―――ちゃんのことを第一(マスター)ユーザーとして登録しちゃったからね~。

 この《ベルムヘロス》は最初に登録した一人しか着ることができないシステムなの』


 一緒にいた女兵士、ベスが教えてくれた。


『マジ? それじゃあ作戦が……』


『――い――からコイツに着させなさいよ!』


「ッ……」


 ズキン! と、鋭い痛みがこめかみを突く。


「……あ……ぐっ」


 あの時、たしか、―――が無言で立ち尽くす黒鎧のケツを蹴り上げて命令した。


「あれ――?」


 誰?


『マスターを守ることが本機の至上任務です』

『はぁ? ――はいら――いわよそんなの』


 やたら不機嫌そうな声だった。まるで世の中全てにウンザリしているような……ジローと真反対に諦観的な。


『あ――たはこれから――しの代わりに――――ジローを守りなさい』


 代わりに……守る……?


『―――ちゃん! またそんな勝手に言ったら……』

『了解。マスターの命令を遵守します』

『やべえよ!!』


 機密を個人利用され、悲鳴をあげるベス。

 黒鎧はジローに向き直った。


『これ――であんたが使――るはずよ』


 ―――がジローの肩を小突く。

 いま、あの時と同じように黒鎧の青白い双眼で見下ろされたジローは、

 顔も名前も知らない“――(誰か)”に触れられた肩を押さえた。


「……なんだ……いまの……」


 脳内で映像化された記憶の一部が、白いペンキで塗りつぶされたように消失している。


「ジローさん……?」


 パシパエが不安げに見つめてくる。


「……ん……いや……なんでもない」


 ジローは首を振り、鎧を見る。

 黒鎧のヘルメットは厳つい顔をしているが、もう敵意はないようだった。


 ジローの前に膝を着く。


「うわっ??」


 いきなり彼を抱き上げた。『保護対象を確保。戦闘地帯を離脱します』次いで全身各所のスラスターが点火。

 見えない“力”で押し上げられるように、機体がふわりと宙に浮く。


「やっ、やばい……パシパエ、捕まって!」

「はっ、はい!」


 パシパエは無我夢中で荷台からジャンプし、鎧の背中に飛びついた。

 直後、黒鎧ははるか上空に飛び上がった。

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