15 賞金稼ぎ
ボニート・デバン、39歳は白界の賞金稼ぎにして“最速の竜乗り(自称)”である。
大陸の裏社会では知る人ぞ知るベテラン密輸人。眉唾物という声もあるが、取引した相手からの評価は確かだ。
一方、その私生活についてはあまり知られていない。
彼の趣味は、酒、賭博、女。
それに興じることが好き。というよりも、それこそが「男らしい趣味」だと信じるから、続けている。
決して欲望に怠けているわけではない。
ボニートは信念を何より重んじる。
たとえそれを守るために、どれだけの犠牲を払うことになっても。
「あ~~クソッ! 俺はなんて恵まれねえ人間なんだ!」
今日もまた、報酬で得た金をすべて賭場で融かしたところだった。
勝つ日もあれば負ける日もある。世の摂理とは残酷に平等だ。
それはそうとして、このやりようの無い鬱憤を晴らす方法はひとつ。
運び屋仲間を揺すって金をいくらか借り、彼は娼館に足を向けた。
仕事で渡った地では常に良さげな店をマークしている。
今日はここ、スフイレ島に最近できた店を覗きに行く。
「こういうド田舎に……特大の宝石が眠ってたりすんのよねぇ」
長年の経験則である。
と、言いたいところだが、実際はいま彼はとある事情で都会に出ることができない。
そのため半ばやむなく田舎店めぐりをしているのだった。
「2時間本番ありオプションなしで500ミカです」
「安ッ! 生きててよかった!」
町外れの戸建ての、奥まった部屋で待っていたのは、レースのドレスを着た中肉中背の女。
肢体は茶色の滑らかな毛に覆われ、とんがった大きな鼻、下顎から牙が突き出た顔をしていた。
「……これは」
「優しく……してちょうだいね? おじさま」
薄暗い照明の下で、可憐な声音がとろける。
イノシシ顔の女が上目遣いで小首をかしげた瞬間、ボニートの息子は大覚醒した。
二時間後、ふたりは荒く息を吐きながらベッドに倒れ込んだ。
「すごかったわ……こんなの初めて……」
「俺もだ。いままでで最高だったぜ。嬢ちゃん……」
天井を見てしばらく感想を言い合う。呼吸が落ち着いてきた頃、
「あなた剣士なのね?」女はベッドの上で狭そうに身じろぎして、ボニートの方を向いた。
「まあな」
「大変なんだねぇ……こんなにケガして」
彼の体に無数に刻まれた古傷をなぞる。
「ほとんどガキの頃のだよ。あの頃はまだ俺も頭が悪かったから」
「ふふふ、そういうことね」
微笑んだ女は、ベッド脇に置かれた剣に目を向けた。
「変わった形してるねー。この辺りでは見ない。どこから来たの?」
「……故郷はサラマンドラだ」
「へぇ……ずいぶん遠いのね」
「まあ本職は竜乗りだからな。連れて行って欲しい場所があったら言ってくれ。良い女なら二割引だ」
ボニートは女の丸く黒い目を見つめて言う。彼女は少しだけ困ったように目を細めて「ありがとう」とまた微笑んだ。
「……さて。俺はもう行くかな」
ボニートが体を起こすと、女が彼の服を持ってきてくれた。
シャツとパンツを着た頃、
「邪魔するぜー!」
薄暗い部屋に何者かの声が響く。
「なっ、なんだっ!?」
「お、やっぱりここにいたなボニート」
「……っ!」
鍵のかかったドアがミシミシと軋む。
名前を知られている。賞金稼ぎか。
察した直後、ドアが引き剥がされた。
「きゃああああっ!」
「来い!」
巨大な腕が伸びて、ボニートの首根っこをむんずと捕まえる。
「おっおじさまあ!!」
「わ、わかった! 行くから、女には手を出すな!」
「……ん?」
侵入者は部屋の隅で立ちすくむイノシシ顔の女を見ると、
「フン。いい趣味をしている!」
すぐに踵を返し、下半身裸のままのボニートを店先に引きずり出した。
「クソッ……まさかガングのヤツ。組合にチクリやがったか……!」
“あの一件”以降、仲間への口止めには気を使ってきたつもりだった。
しかし、金をたかり過ぎたのが災いしたか。
自分にかけられた懸賞金を狙う、賞金稼ぎたちに見つかった。
と思ったが、
「依頼があるんです」
ズボンを履いた彼の前に立ったのは、くせっ毛チビの少年だった。
「僕たちをオリュンテアまで連れて行ってください」
「…………何?」
あまりに場違いな人物、そして突拍子もない提案に困惑する。
少年の隣には、同い年くらいの少女が怯えた顔をしている。
ボニートは、腰の剣を抜きかけたままふたりを睨んだ。
「……んだァ。ガキがこんなトコに」
「ん……?」
ジローは、剣を下げた男の腰の反対側に、この世界では見慣れないモノがぶら下がっていることに気づいた。
それは回転式の“拳銃”に見えた。
「ボニート。こいつらはアタシたちの恩人なんだ。頼みを聞いてやってくれよ」
ボニートを引きずり出した巨男の後ろから、見覚えのない少女が出てくる。
猫のような耳に毛並み、尻尾を持っていた。
「報酬ははずむぜ」
「……黙れ。誰か知らんが、どうせ組合に引渡しに来たんだろ」
「あ? 何の話だ?」
「とぼけんなよ。懸賞金狙いだろうが」
自分の名を知っているということは賞金稼ぎには違いない。
巨人と猫の獣人……見たことないコンビだが。
「とにかく俺は死んでもお前らには捕まらんからな」
おもむろに鞘から剣を抜いた。その瞬間、場の空気が変わる。
素人のジローでもわかるほどに。ボニートの構え姿からは、ただならぬ威圧感が滲み出ていた。
「まあまあ落ち着け。ボニート」
灰色の巨男オリブがズイと前に出る。
「悪いことは言わん。大人しく着いてこい。抵抗するなら腕を折る」
「秒で悪いこと言ってんじゃねーかデカブツ。その前にテメェのナニ切り取って鼻の穴に詰めてやる」
「ガハハハハ! おいハニー、コイツ案外面白い言葉づかいできるぞ!」
「よそ見すんなダーリン!」
ジリジリと睨み合う両者。静寂の中、見かねたジローが「あの~」声をかけようとする。
「話を聞い……」
「シィッ――」
瞬間、ボニートが踏み込む。
「首!」エフェクタの怒声、「ムッ!?」オリブが腕を上げる。
鋭い風切り音がして、直後、その岩のような肌に、ザックリとした斬り傷が刻まれていた。
「固ってえな」
トン、と間合いを空けて着地したボニートが、細身の剣を振って血を払う。
「切り落とせてる間合いだろ。どういう皮膚してやがる」
「……速いな」
オリブが低くうめく。
一連の動きはジローにも何も見えなかった。
体感ではアキラやホワイト並に思えた。見た目は小汚い中年男なのに、動きは洗練されて一切の無駄がない。
「チクショ……忘れてたぜ」
エフェクタが腰の短剣を抜きながら舌打ちした。
「アイツたしか、剣の腕も相当なモンだったな」
「まったく、いきなり首狙いとは血の気が多いな。助かったぞ。ハニー」
恋人に返したオリブが、斬られた腕を軽く振る。「フム。まァ動くな」と、あらためて両腕を構えた。
「そうかよ」
ボニートはトントンと軽いステップを踏んでいる。
間合いを測っていたかと思うと……唐突に踏み込んだ。
「オオオオ!!」
同時にオリブが前に出る。
距離を詰め、剣を振らせない算段だ。
だがボニートは、まるで読んでいたかのように身を翻して避け、横合いから突きを繰り出す。
「ッ――?」
が、反応したオリブは腕で防御していた。
彼は自身の剛皮から、狙われる急所に偏りがあることを理解していた。
「首か脇の下だろう!」
「チッ……」
後退しようとするボニート。しかし、剣が抜けない。分厚い皮膚と筋肉でガッチリ固定されている。
「むん!」
オリブがボニートの首に手を伸ばす。
掴まれる寸前。
彼は、左手で腰の拳銃を抜き、発砲した。
「――うッ!?」
膝を撃ち抜かれたオリブが、一瞬何が起こったか分からない顔で体勢を崩す。その隙にボニートは剣を引き抜き、
「死ね」
隙だらけの巨人の頭頂部を一突きしようとした。
――が、肩越しにエフェクタの短剣が割り込む。
「チッ」
鋭い金属音が響く。
剣を弾かれたボニートは今度こそ一時後退した。
「大丈夫か?? ダーリン!」
「ああ……」
エフェクタに支えられたオリブがなんとか立ち上がり、「ぐふふふふ、死ぬところだった」と楽しげな笑みを浮かべている。
これが賞金稼ぎの戦い。
ジローは止めるのも忘れて、互いの一挙一動に目を奪われていた。
「っ……クソ……」
一方、剣を構えるボニートの額には、冷や汗が流れる。
脇腹が、ゲキレツに痛い。
加齢、不摂生、運動不足の三拍子で、いまのボニートが全力で剣を振れるのはわずか一分ほどだった。
それ以上動こうとすると、ナイフを捩じ込まれるような激痛が脇腹を襲い始める。
さっきまで腰振りまくってたし……今日はもう活動限界だ。
「って……見とれてる場合じゃない!」
その時、ハッとなったジローが、「三人とも、待って!」両者の間に割って入る。
「退け小僧!」
「ジローさん!」
オリブが怒声を上げる。
ジローが危ない。パシパエがとっさに杖を構えようとする――
「お前らッ! ウチの店先で何してんだ」
第三者の怒声がその動きを止めた。
娼館から、ガタイの良い男たちがぞろぞろと出てきた。
「なっ、なに?」
「チッ、用心棒どもか……」
反射的に肩をすくめるパシパエ。
エフェクタが舌打ちする。
「仕方ねえ……ボニート! ここは場所を変え……ボニート?」
ジローの肩越しに声をかけるが、そこに中年の姿はない。
剣を収めたボニートは既に逃走していた。
「あっ!? アイツ……!!」
「営業妨害だろうがコラ!!」
男たちが襲いかかってくる。
エフェクタに飛びかかろうとして、「ごアッ!?」オリブの太い腕にまとめて弾き飛ばされた。
「仕方ない……お前たちはヤツを追え!」
灰色の巨人はボニートが逃げた方を指す。
「は、はい!」
「うん!」
ふたりはうなずき、後を追った。
娼館が軒を連ねる道のむこう、角を曲がって、大通りへ。
だがボニートの姿は無い。
「こっちだ!」
路地を見つけたジローが指さす。「はっ、はい!」足の遅い彼の代わりに、パシパエは即座に駆け込んだ。
「あっ!?」
杖を構えた彼女が目にしたのは、鮮やかな群青色の鱗。
「グァアアアアアッ!!」
なぜかそこにいた小柄な竜は、叫声とともに長い翼を広げ、路地裏からはばたいていった。
「っ……!」吹き寄せる突風に目を細めたパシパエは、竜の背中にあの小汚い男の姿を見た。
「……にっ、逃げられちゃった……」
「いや。まだ僕たちにも“アレ”がある!」
追いついてきたジローが言う。
「アレ?」
ふたりは荷車に戻り、荷台にかけられた幌を外した。
老夫婦の屋敷から強奪した金品を退けると、すべてを吸い込むような漆黒の鎧があらわになる。
「パシパエが着させられてたら黒連軍の鎧!」
「でも……じ、ジローさん? これでどうやって……」
「前にも使ったんだ。たしかここをこうして……」
ジローが鎧の首元あたりのカバーを開く。
システムを立ち上げるスイッチを押し、背面にある主動力炉を作動させた。
ゴウッ!
と装甲が勢いよく震え、ヘルメットの双眼に青白い光が宿る。
『AA-VVX ベルムヘロス臨時起動完了』
電子音声が響いた。
「君たしか空飛べたよね?? 追って欲しい人がいるんだけど」
黒鎧は話しかけるジローには答えず、しばらく周囲を見回していると、
『第一ユーザー不在。本部との交信が途絶えています。
緊急事態と判断し、自立行動モードへ切り替えます』
「うわっ!?」
突然、彼を押しのけていきなり立ち上がり、荷台から飛び降りた。
乱闘を続ける盗賊と男たちを、カメラアイの視界に捉える。
『攻撃性の高い魔力体を複数確認。排除の必要性』
腰をかがめた攻撃態勢に入る。「ちょっ、ちょっと待って!」ジローが慌てて割って入った。
視界に未知の情報が増えて、黒鎧の動きが一瞬止まる。
『あなたは……』
「ジローだよ! 前にも1回、君のこと“着た”よね??」
『……あなたはマスターではありません』
「うん?」
聞き返しながら思い出した。
「それって……」
魔の森でジローが初めてこれを着ようとした時のことだった。
『あなたはマスターではありません』
『どういうこと?』
『さっき―――ちゃんのことを第一ユーザーとして登録しちゃったからね~。
この《ベルムヘロス》は最初に登録した一人しか着ることができないシステムなの』
一緒にいた女兵士、ベスが教えてくれた。
『マジ? それじゃあ作戦が……』
『――い――からコイツに着させなさいよ!』
「ッ……」
ズキン! と、鋭い痛みがこめかみを突く。
「……あ……ぐっ」
あの時、たしか、―――が無言で立ち尽くす黒鎧のケツを蹴り上げて命令した。
「あれ――?」
誰?
『マスターを守ることが本機の至上任務です』
『はぁ? ――はいら――いわよそんなの』
やたら不機嫌そうな声だった。まるで世の中全てにウンザリしているような……ジローと真反対に諦観的な。
『あ――たはこれから――しの代わりに――――ジローを守りなさい』
代わりに……守る……?
『―――ちゃん! またそんな勝手に言ったら……』
『了解。マスターの命令を遵守します』
『やべえよ!!』
機密を個人利用され、悲鳴をあげるベス。
黒鎧はジローに向き直った。
『これ――であんたが使――るはずよ』
―――がジローの肩を小突く。
いま、あの時と同じように黒鎧の青白い双眼で見下ろされたジローは、
顔も名前も知らない“――”に触れられた肩を押さえた。
「……なんだ……いまの……」
脳内で映像化された記憶の一部が、白いペンキで塗りつぶされたように消失している。
「ジローさん……?」
パシパエが不安げに見つめてくる。
「……ん……いや……なんでもない」
ジローは首を振り、鎧を見る。
黒鎧のヘルメットは厳つい顔をしているが、もう敵意はないようだった。
ジローの前に膝を着く。
「うわっ??」
いきなり彼を抱き上げた。『保護対象を確保。戦闘地帯を離脱します』次いで全身各所のスラスターが点火。
見えない“力”で押し上げられるように、機体がふわりと宙に浮く。
「やっ、やばい……パシパエ、捕まって!」
「はっ、はい!」
パシパエは無我夢中で荷台からジャンプし、鎧の背中に飛びついた。
直後、黒鎧ははるか上空に飛び上がった。




