14 運び屋探し
※
入江にある小さな港の辺りに、背の低い建物が密集している。
建物はどれも木か石でできているようだ。道はコンクリートではなく土で固められたもので、細く曲がりくねっていた。
日本の廃墟街でよく見かけた電柱や信号機、消火栓などはは一つもなかった。
「これが……第二の地球の町っ!」
寂れた港町、と言いたいところだが、通りは以外にも人で賑わっていた。
彼らの容姿の大半は、いわゆる図鑑で見る、猿から進化した“ヒト”の形。
しかしそこにたまに、他の動物の特徴を持つ姿や、昆虫や爬虫類に似た姿も混じっている。
「白界のひとたちは本当に色んな見た目をしてるんだね……」
荷車から身を乗り出すジローを、通行人たちは奇異の目で見ていた。
「坊主、この港は初めてかい?」
軒先に立つ腰の曲がった男が声をかけてくる。
「元気がいいね。宿を探すならウチにおいで。安くしておくよ」
愛想良い笑みを浮かべて、骨ばった手を揉む。
「あー、えっと」
「遠慮しとくぜ。すぐに発つんだ」
ジローが答える間もなく、御者台にいた少女が断った。
荷馬車が止まらず進んでいくと、男はあからさまな舌打ちをして、宿に引っ込んでいった。
「隠れとけっつったろ」
彼女……エフェクタも、ヒトならざる特徴を持つ白界人だ。
ネコ科の厚い毛並みを潮風になびかせながらジローに注意する。
「お前らの事情はよく知らんが……子どもだってだけで目立つんだ。ワケありなら一層、目を引かれねえようにしろよ」
切れ長の瞳は、盗賊らしい鈍く鋭い光をはらんでいた。
「……ゴメンなさい」
ジローは大人しく首を引っ込めながらも、
「この人たちは何をしてるの? 船は少ないのに、どうしてこんなに人がいるの?」
好奇心を隠すことなく聞く。「あー?」猫耳の少女は面倒くさげに目を細めた。
「漁師じゃないよね。剣とか斧とか物騒な物を下げてる人も多いし……」
「ま……ここにいる奴らの大半は、盗賊くずれの“賞金稼ぎ”だろうな」
轍に引っかかった荷車が大きく揺れて、ジローの頭に巻いた包帯がほどけた。
「あ……」荷台に座り込んでいたパシパエは、老夫婦に剃られたジローの頭に、焦げ茶色の短い髪がもう生えてきていることに気づいた。
「賞金稼ぎ?」
「組合から依頼を受けて報酬を受け取る。運び、盗み、殺し……まァ何でも屋みたいなもんだ」
エフェクタは老人から奪ってきたパイプをふかして、答えた。
「アタシたちも登録してる。なっダーリン」
「ふうむ。ここ20年でやたら組合支部が増えた」
御者台のさらに前から、野太い声が返る。荷車を引く灰色で巨大な男、オリブだった。
「20年も前まではこの町、いや、この村も、小さな漁港だった」
その太い足が踏み締められると、馬並みのパワーで車が引っ張られて、轍を乗り越える。
「だが……賞金稼ぎ組合ができてから、外からの人間が増えて、雑多事も増えたのだ」
「オリブさんはその頃からここに?」
「まァ住んでたわけじゃないがな。
奴隷商人の護衛で、何度か来たことはあった。ガハハハ!」
悪気のかけらもない様子で豪快に笑う。「20年前……」ジローは情報を噛み砕く。
黒界と白界が初めて繋がった時期だ。
二つの世界の接触は、白界の社会にも変化を及ぼしていた、ということだろうか。
「何てったって、“賞金稼ぎ”は便利すぎるからな。
どこの国行ってもひとつは組合支部がある。とりあえず登録しとけば仕事には困らねえ」
「へぇ~……僕も行ってみたい!」
素直に言うと、「やめとけバカ」エフェクタは手を振って一蹴する。
「ガキなんざ相手にされねえよ。小狡い奴のカモにされるだけだぜ」
「エフェクタさんも子どもみたいな見た目してるのに」
「あ? アタシは元々こういう種族だ。
経験があるからいいんだよ。お前らみたいなザ・旅の初心者で……特にそっちのおまえ……パシパエ、だっけか?」
「はっはい」
「その歳で魔法を使えるってのは、隠しといた方がいい」
猫目を細め、エフェクタは付け足す。
「よくない連中を引き寄せないようにな」
「はっ、はい……わ、わかりました……」
パシパエはフードを目深に被りなおし、おずおずとうなずいた。
「魔法使いはこの辺りじゃ珍しいの?」
ジローが呑気にたずねる。
「あァ。魔法なんてある程度、家が裕福で、学がなけりゃ使えねえ。
金を持ってそうで弱そうな奴なんかはこの町じゃいちばんの狙い目になる」
「ふぅ~ん」
彼は町を歩く人々にもう一度視線を戻した。
剣や斧、弓を持った者たちは多く見かけるが、杖をついている者はいない。
魔力に満ちた第二の地球――白界。
この世界の生態系や文明は明らかに、魔力という未知の放射線の影響で変化している。
ただ、《魔法》という技術に関しては、そこまで人々の生活には浸透しているわけではないのかもしれない。
「アタシだって助けられた恩がなけりゃ、お前らふたりまとめて奴隷商人に引き渡してたかもな」
低く言ったエフェクタの言葉に、ジローは振り向いた。
「そういう社会だと思え」
ややドスを効かせて彼女が忠告した頃、荷車は村の外れで停車した。
「ここは……?」
「竜乗りの停泊屋だ」
「ここに運び屋さんがいるの? ついて行っていい?」
さっそく荷台から降り出すジロー。先ほどの脅しにもまったく萎縮しない様子に、猫耳の少女は呆れた息を吐く。
「いいけどよ。これからする事の邪魔はすんなよ」
「あっ、あの……ジローさん……」
それに続いて、パシパエも遠慮がちに荷台から片足を降ろした。
「あの……わ、私も……」
「ん? うん。一緒に行こ!」
ジローは、笑顔で手を差し出す。
「……はい」嬉しさと、申し訳なさを隠して、パシパエはその手をとった。
エフェクタに連れられ、ふたりはいくつかの狭い通りを歩いていく。
軒をつらねる小屋の中には、ジローも見覚えのある生物がいた。
鋼のような鱗と、巨大な翼を持つ生物……“竜”だった。
「すごい……こんなに沢山いるんだ」
体格も、鱗の色も、個体によってまったく異なる。藁の中で眠っていたり、飼い主からエサをもらったりしていた。
「竜には、地竜と飛竜という種類があるんです。
ここにいるのは……どれも飛竜ですね」
目を輝かせるジローに、パシパエが説明してくれる。
「てっきりもっと珍しい生き物かと思ってた。こんなにたくさんいるんだね」
「竜は……気難しい生き物ですが、一度ち、ちゃんと調教すれば、すごく忠誠心があるんです。だから、輸送手段としてよく使われます」
「へえ……パシパエは竜が好きなの?」
珍しく饒舌な少女にジローが聞き返すと、「そう……だったみたいです」なぜか俯きがちに答えた。
「……だった?」
「ち、小さい頃……物語に出てくる竜に憧れていて……それで爺やから、い色々教わったんです」
パシパエは遠い昔を思い出して話した。もういまでは、なぜそこまで憧れていたのか理由もよく覚えていない。
ただ、爺やがパシパエのために一生懸命、竜に関する知識を教えてくれたことだけは覚えていた。
「その爺やっていう人が、ヴァルカン? パシパエを故郷で育ててくれた」
「はい……爺やがいなかったら、私、きっともっと駄目な人間になっていました」
ジローは、白騎士の少年、ホワイトが去り際に放った言葉を思い出した。
『ヴァルカンはまだ生きている』
パシパエの爺や……ヴァルカンは、いま故郷オリュンテアで行方をくらませているらしい。
見つかれば新王政への反逆者としておそらく処刑される。
その前に、彼女はオリュンテアにたどり着かなければならなかった。
「ここらの海域は終わってる」
黙り込んだふたりの代わりにエフェクタが口を開いた。
「密航者狙いの海賊で溢れかえって、さらにはそいつらに引き渡すためにグルで客を乗せる船乗りまでいる。
だから安全に渡航したいヤツは、空路、つまり竜を使うのさ」
「……なるほど」
港に停泊していた船は、見たところどれも木製でマストがある、いわゆる帆船の見た目をしていた。
エンジンや蒸気機関のような動力がまだ普及していないのだ。たしかに長距離の航海は困難を極めるはずだった。
エフェクタは、小屋の中の竜を品定めするように眺めていると、
「よう。久しぶりだな」
世話をしていた一人の男に声をかける。
「あ? 誰だ?」
竜乗りの男は怪訝そうにこちらを見ると「……エフェクタ、か?」やがて目を丸くした。
「ひっ……さしぶりだな。どうしてた、見なくなって……2年ぐらいか? 死んだのかと思ったぜ」
驚きのあまりか少し声が震えている。「まあな。実際ちょっと人間的には死んだが」エフェクタは、尖った猫耳をぴょこと跳ねさせ答える。
「なんだその耳? それに、その毛並みは……」
ベージュ色のフサフサした毛に覆われ、尻尾まで生えて、まるで本物の猫のよう……。
「お前たしか鉱人……だったよな。なんで獣人みたいな見た目に??」
「だから、色々あったんだよ」
男の困惑をエフェクタは一言で片付け、「それよりだ」本題に入る。
「“ボニート”がどこにいるか、知らねえか」
単刀直入に質問した。「この人を雇うんじゃないの?」横からジローがひょいと首を覗かせると、男はまた目を見開いた。
「なんだそいつは、新しい弟分か?」
「ちげえよ。……コイツは雇わねえ。ボッタクリ密輸業者だからな」
エフェクタは横目で男を睨んで教える。
「ひでぇ言い草だなァ……そんなことないからね? お客さん」
「はあ~、そうなの」
「話をそらすんじゃねえよ。……で。ボニートは? どこだ」
猫なで声を出した男を再度、問い詰める。「あ、あぁ……いや、知らねえな」すると男はあからさまに目を泳がせた。
「……テメエ、アタシたちにいくら借りがあるか忘れてねえよな?」
「わ、わかってる……だが……本当に知らん。最近はここの竜舎にも出入りしてないし……こんな田舎村にはもう戻らないんじゃねえのか」
「ほう?」
見定める目をするエフェクタ。
「そうか。お前、口止めされてるだろ」
男の肩がビクッと跳ねた。
「はっ、はあ? 何を根拠に」
「多方、ボニートが何かやらかしたんだろう」
額にみるみる汗が噴き出す。
「そのぼ、ボニートさん? という方が……紹介してくださる運び屋さんなのですか?」
背後からパシパエが尋ねる。「あ、密輸の依頼? よかったら俺でも……」と肩越しに話しかけようとする男だが
「オイ。話をそらすな」
エフェクタは逃がさない。
「ここにはいないってんなら、奴はいまどこにいるんだ?」
「だ、だからっ、もうこんな島には」
「いや。むしろ何かやらかして身を隠すならここらの島は絶好だ」
「えっ……」
「ろくに衛兵もねえような島々だからな。
そんな誤魔化しが効くと思うか? いい加減にしろよテメェ」
エフェクタが、瞳孔を縦長に見開かれた目で詰め寄る。
「またあの頃みてえに遊ぶか?」
「い、いや……」
「まだ話は終わらんのか?」
のそり、と荷馬車を引いたままのオリブが顔を出す。
「オォ、ヨーク!! 久しぶりだな!」
笑顔で手を挙げる、その巨体を見た途端、男の顔が一気に青ざめた。
「オリブ……なっ、なんだ……その……体は」
「ウチのダーリンはいま、巨人族と同じ身体を持ってる」
エフェクタが鋭い牙をチラつかせながら男に肩を組む。
「人間の頭蓋骨なんて簡単に握りつぶしちまう……お前の“首から下”を売っぱらったら、総額何万ミカになるかなァ」
と、咥えパイプの先端を喉元に当てた。
「そっ、そんな……勘弁してくれよ!」
「ちょっとエフェクタさん、そういうのは」
見かねたジローが声をかけると、「あァ?? うるせえな、いま脅してるとこだろ」顔をしかめ、牙を引っ込めた。
「ダーリン。コイツら連れて先に戻っといてくれ」
「うむ」
「エフェクタさん! 乱暴しちゃダメだよ!」
オリブに軽々と担ぎ上げられ、ふたりは荷馬車に戻った。
待つこと数分。エフェクタが満足気な顔で戻ってきた。
「奴が行きそうな場所いくつか聞き出したぜ。さっそく行くぞ」
一行は竜舎を後にする。
「オリブさん……昔あの人になにしたの?」
ジローが尋ねると、「うん?」荷車を引くオリブはキョトンとして振り向く。
「あまり覚えとらんが……借金の取り立て人をしてた時期もあったからな。
奴の家に押しかけて、金品と身ぐるみを剥いだくらいじゃないか?」
「……なるほど……」
ジローは若干の恐怖とともに納得して、荷台の奥に身を引っ込めた。
「クソ。まさかアイツらが戻ってくるとはな」
一方、残された竜乗りの男はオリブたちが見えなくなると、すぐに竜舎の中に戻った。
「しかも、“ターゲット”と一緒とはよォ……」
敷き詰められた藁をまさぐる。
取り出したのは、折りたたみ式の携帯電話だった。
慣れた手つきで番号を入力。
プルル、プルル、
数回の呼出音がした後、
『私だ』
くぐもった声が反応する。
「もしもし。ヨークだ」
『…………ターゲットが来たか』
「ああ。“上”の行動予測通り、運び屋を探してるらしい。
少年の方も一緒で、あと盗賊をふたり連れてる。昔の知り合いだったからビビったぜ」
『発振器は?』
「あー抜かりなく取り付けた。奴らは、ボニートを探しに行った」
『ボニート?』
電話口の男が一瞬、声をひそめる。『……なら都合がいいな』すぐに含みのある返しをした。
『こちらで捕獲隊を用意する。お前も後を追え』
「了解」
通話を切ると、男はもう片手でポケットから別端末を取り出した。
端末の液晶画面には、この付近の電子地図を移動する、青いライトがあった。
「ボニートさんの居場所ってどこなの?」
同じ色のライトを点滅させる小型発振器は、ジローたちが乗る荷車の裏側に取り付けられていた。
が、彼らは気づかず会話する。
「んー……お子さまになんて説明すりゃいいかな……ダーリン」
「風俗街だ」
「ダーリン! 直球すぎるぜ」
「風俗街?」
荷車は町を横切り、港の反対側にある山間の通りにやってきた。そこは何かが焦げたような匂いと、甘ったるい香りが漂っていた。
軒先には派手な服装の女たちが客を待っている。
「安くするよ……2000でいいよ……」
「ここって……わっ、私たちも来ていい場所なのですか?」
「あァ? そうだな一応、ガキ共は目合わせんなよ」
エフェクタは軽く忠告する。パシパエは膝を抱えて座り込み、自分のつま先だけを見ていた。
「うわ~……こんな場所初めて来た!」
ジローはというと、興味津々で辺りを見回している。ただ、それは純粋な好奇心のようだったので、パシパエは安心した。
「ここだな」
荷車は、ある娼館の前で止まった。
「さて」
ジローとパシパエを下ろし、盗賊たちは建物に入っていく。
「なんだお前ら? 先に金を払っ……!」
オリブが一撃で警備人を昏倒させ、悲鳴をあげる娼婦たちをかき分け、奥の部屋へ。
「おいっ、なんなんだよっ!」
ジローたちが外で待っていると、ほどなく一人の男を担いで戻ってきた。
「ぐわっ!」
小汚い中年だ。なぜか下半身裸で、エフェクタからズボンを投げられる。
「この人が……運び屋さん?」
「そうだ。久しぶりだなボニート」
「クソッ……なんで居場所がバレたっ」
いそいそとズボンを履いた男が口を開くと、むせ返るような酒の臭いが押し寄せた。
「うっ……」
パシパエは反射的に鼻をおさえた。
男はくたびれた皮のジャケットを羽織り、ズボンの腰には、剣をぶら下げていた。
「さては……ヨークのヤツ。組合にチクリやがったな……!!」
「依頼があってきました、ボニートさん」
血の気の多い叫びをあげる男の前に、ジローが歩み出る。「あァ?」剣の柄に手をかけた男を制して、
「僕たちをオリュンテアに連れて行ってください!!」
高らかに、遠慮なく、依頼した。




