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アンダー・アース 終末姉弟渡界記  作者: 遁遁拍子
第3章 黒界・サンフランシスコ 白界・ニニギ
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12 旅の目的

 メスの薄い刃が、ジローの手のひらにくい込み、血がしたたる。


「……どういうつもりだ」


 白騎士の少年が、くたびれた表情で睨んでくる。

 パシパエと同じ人形のような整った顔立ち。しかし道端の石ころでも見るような、冷たい目つきだった。


「そっちこそ」


 しかしジローも引かない。大きな瞳に反意を露わにして、

 メスがさらに食い込むのも構わず、


「パシパエの頑張りを無駄にするなよ」


 顔を突き合わせ、しばらく無言で睨み合う。


「…………なぜそう……赤の他人の命に敏感になるのかわからんが……治安のいい環境で育ったんだな」


 低く呟いて、少年がメスを手放す。「よかった」するとジローもすぐに、しかめていた眉根を緩めた。


「……その杖は《アザガト》の物だ」


 少年は、固唾を飲んでふたりを見ていたパシパエが握りしめる、杖を指していった。


「コイツら夫婦は、おそらく……禁忌を犯し国を追われたアザガトの研究者だ。

 この地に身を隠して研究を続けていたんだろう。

 私たちのような通りがかりの人間を実験台にしてな」


 老人の所持していた杖は、なめらかな白木でできていて、幾何学的な金模様が刻まれていた。


「……アザガト……」


 パシパエも爺やから少しだけ聞いたことがあった。


 北欧に位置する小国。白界でも随一の魔法研究が発展した国だ。


 アザガト王族には黒い噂があった。

 なんでも歴代の王が、数百年かけて“不老不死の魔人”を作ろうと人体実験していたとか。

 その過程で多大な孤児や貧民の命が犠牲となったと言われている。


「案ずるな。王女。コイツらは死んでも当然のクズどもだ。傷つけたことを悔やむ必要も無い」

「…………」

「パシパエ、大丈夫?」


 倒れた夫婦を見下ろしていると、ジローが覗き込んでくる。「あっ、へっ、平気です……」慌てて両手を振った。

 取り繕ったわけでは無いが、ついそんな態度を取ってしまった。


「初めてじゃ……ないですし」

「……そっか」


 ジローは一瞬、(うれ)いげに瞬きする。だがそれ以上は何も言わずに、いつもの笑顔に戻った。


「助けてくれてありがとう。パシパエ」

「…………はっ、はい」


 パシパエは、またあの感情を抱いてしまう前に彼から目を背けた。


「君はこれからどうする? まだ戦うの?」

「…………」


 ジローに声をかけられた少年は、杖を握ったままのパシパエを見て、黙っている。

「あのさ」ジローは続ける。


「よかったら一緒に行かない?」

「えっ??」


 ギョッとするパシパエ。


「いまの君は怪我してる。パシパエの目を奪えないんでしょ? なら、案内役としてついてきてもらえたらなって」

「…………フン……」


 うつむいた少年は、やがて低く笑った。


「本当にバカ正直な奴だな」


 呆れ笑いの顔を上げて、キョトンとしたままのジローを見る。


「当然、無理だ」

「そう……ざんねん」

「ただ……ここで殺しあったとして、あなたに勝つのは難しい。それも事実です。パシパエ王女」


 片腕を失い、包帯でグルグル巻きにされた上半身に手をやりながら続ける。

 パシパエはまだ警戒を解かず、息を詰めて杖を構えていた。


「ひとつ伝えておこう」


 唐突に、少年は口にした。


「ヴァルカンはまだ生きている」

「……え?」


 パシパエが目を見開くが、ジローにはその名の意味がわからない。


「誰?」

「うっ嘘……そっそ、そんなわけ」


 ただ彼女は、杖を、指が白くなるほど握りしめていた。


「爺やが……そっそんなはずっ……ない」


 首を振る。

 だってあの時、彼は、自分の腕の中でもう冷たくなっていた。


「いま……《オリュンテア》国内では、新王政への反抗勢力が抵抗を続けている」


 少年は無表情のまま話を続ける。


「旧王の復権をもくろむ奴らを束ねているのが、あの王国魔法士、《ヴァルカン》という情報が入った」


 ヴァルカンとは、爺やの本名。

 城の従者として勤める前、彼は王国軍に仕える魔法士だった。


「なんで……僕らに教えるの?」


 瓦礫の下から自分の杖を掘り出したジローが、パシパエの心境を察知して、尋ねる。


「……このまま行方をくらまされるのが一番困るからな。

 ヴァルカン……あなたの“爺や”は強い。が……それでも反抗勢力と、我らが王国魔法士の戦力差は歴然。殲滅(せんめつ)されるのは時間の問題です。

 わかりますね? 王女」

「なるほど」


 手を叩くジロー。

 つまり、パシパエが国に帰らざるを得ない口実を作ったというわけだ。

 そのヴァルカンという人物を、彼女が見捨てられないと確信して。


「爺や……」


 少年の思惑通りに、そしてジローの推察通りに目に涙を浮かべるパシパエ。


「……今度こそ彼を助けたいのなら、急ぐことだ。パシパエ王女」


 少年はすすのついたローブを拾い、羽織った。顔を隠すようにフードを被る。


「もう行っちゃうの?」

「あぁ、私も殺されたくはないからな。ここは退くしかあるまい」


「待って!」


 去っていこうとする背中にジローが声をかけた。


「きみの名前を教えて」


「…………なに?」


 背中は立ち止まり、

 数秒の後、少しだけ首を動かす。


「…………ホワイト」


「そうか……ホワイト。おかげで助かったよ。ありがとう」


 ジローのお礼に、少年(ホワイト)は返事をせず、森の中に消えていく。


「…………」


 爺やの生存が真実かはわからない。

 でも、確かめないわけにはいかない。

 パシパエは、濡れた目元をぬぐい、唇を結んだ。


「ジローさん……わっ私」


「にゃおおおっ! にゃおっ!!」


 と、ふたりの間に猫が駆け込んできた。

 老夫婦の飼い猫獣人、フォレちゃんだ。

 凄まじい形相で鳴きわめきながら、必死に何かを伝えようとしていた。


「ん? なになに……?」


 肉球でシュッシュッと首輪を指している。


「あ、外して欲しいってことか。パシパエ、できる?」

「あっでも……私がやったら……フォレちゃんを傷つけてしまうかも……」

「……そうか」


 惨劇を想像したジローが、仕方なく自力でなんとかする。


「鍵穴があるけど、解錠するには時間がかかりそうだ。接合部の方から壊そう」


 継ぎ目をナイフでこじって、隙間を広げたら、花壇のレンガの上に(フォレちゃん)を寝かせて首輪を固定する。

 さらにナイフの先端を隙間に押し込んで、テコの力で広げていく。


「くっ……うぅ……う」


 ほどなく金属が割れる。首輪を外されたフォレちゃんは、その場でうずくまり、


「――ううぉおおおッ!! ついにっ! 解放されたぞッ!!」


 流暢な人間語で叫んだ。


「フォレちゃん……そんな普通に話せたんだ……!」

「当たり前だ。こんな首輪からの命令さえなきゃな。あァもう、二度と『ニャオ』とか言わねえ!」


 彼女は、老夫婦の実験台にされ、人工の猫獣人にされた。フサフサした体毛に覆われ、猫耳もついていたが、元はただの人間なのだ。


「アタシの名前はエフェクタだ」


 しっかり二足で立ち、胸に手を当てて、勝ち誇るように名乗った。


「エフェクタちゃん……?」

「お? いきなりちゃん付けか、クソガキ」

「あっ、あなたはその……どれくらいここに囚われていたのですか……?」


 パシパエがおずおず尋ねると、「そーだな……」エフェクタは首をひねって斜め上を睨む。


「森奥の屋敷にジジババが住んでるって話を聞いてな。

 いっちょその(たくわ)えてやがる資産を有効活用(・・・・)してやろうと盗みに入ったのが……もう2年前ほどか……」

「けっこう自業自得ではあったんだ」

「あの時はアタシたちもまだ若くてな……無謀……ってそうだ、ダーリン!」


 そこでハッと我に返った彼女は、一目散に寝床小屋に駆け込んだ。


「ダーリン?」


 顔を見合せ、ジローとパシパエも後を追う。


 エフェクタが駆け寄ったのは、寝床小屋で倒れた灰色の巨人、オリブ。


「ダーリン! 生きてるかっ??」


 声をかけられると、「ウッ……」とうめきながら薄く目を開いた。


 ジローたちが屋敷の残骸から見つけてきた医療具を使い、オリブに処置をした。

 ホワイトに刺された首の傷は深かったが、幸い分厚い皮膚と筋肉のおかげで、致命傷には達していなかった。


「ガッハッハッ! 改造されたことが……逆に命を助けられたとはな!」

「さっすがアタシのダーリン!!」


 エフェクタと同じように首輪を外され、正気を取り戻した巨人(オリブ)が豪快に笑う。

 性格まで矯正されていたのか、まるで別人だった。


 包帯を巻き終えると、すぐさま立ち上がり、エフェクタとハグを交わした。


「よく無事でいてくれた……ハニー!」

「アンタもだよ……一時はもうこのまま解放されないかと……」


 やがてふたりの鼻が近づき、熱い口づけを始めたので、ジローとパシパエは外に避難した。


 一分後、口周りを唾液でベタつかせたふたりが出てきた。


「さんざん働かされたからな。たんまり頂いていくぜ……!」


 残骸を物色し、金品のたぐいを手早く麻袋に詰めていく。

 夫婦の荷馬車を出してきて、満杯の袋を次々と乗せる。


「はえ~……」


 ジローはそのあまりに鮮やかな火事場泥棒にひたすら目を奪われていた。


「盗賊か……面白い職業もあるんだな……」


 彼はいま、パシパエたちと同じ白界公用(アントロ)語を喋っている。

 脳手術で強制的に話せるようにさせられたのだ。


「…………」


 結果的には白界でのコミュニケーションが取りやすくなったが、

 パシパエは複雑な気持ちで、足元に散らばるカルテに目を落とした。

 そこには、とても人の手で描かれたとは思えない精細な人体の断面図や、白黒で描かれた、脳の立体図があった。


 パシパエはさらに、その中に混じる奇妙な物体を見つけた。

 真っ黒い“板”だ。


 合わせて三枚ある。

 表面は石材のようで、細かいモールドが無数に刻まれていた。


「……あれ……」


 これ……どこかで見たことがあるような。


 パシパエは石板を拾おうとして、その表面に――触れた。


 ――ヌチュ。


 濡れた感触が指先に付着する。


「『おい!!』」

 

 瞬間、頭の中に怒声が反響した。


「あっ……?」


「おい! 動けばかもの!」


 ビリッ! 

 指先から鋭い痛み、ハッとなったパシパエは、拍子に石板を取り落とした。

 瓦礫の隙間に滑り落ちていく。その行方を一瞬目で追った後、声のした方を見た。


「動け馬鹿者!!」


 盗賊たちが何やら困っているようだった。

 荷馬車に袋を乗せたはいいものの、それを引っ張る馬は、さっきの爆発で怯えてしまっていた。

 巨人(オリブ)に尻を引っぱたかれると、悲鳴をあげてどこかに逃げていく。


「まったく……根性なしの馬が……」


 仕方なく、オリブが代わりに車を引く係を担った。


「よし、ずらかるぞ!」


 御者台に乗り込んだエフェクタが声をかける。


「パシパエ、行こう」


 ジローが手を挙げて応え、声をかけてくる。


「……どうしたの?」


 彼女は瓦礫の前に立ち尽くしていた。


「……いえ……」


 石板に触れた指先は、ぬめりけのある黒い塗料のようなものが付着していた。

 また毒物か何かに触れてしまったのか――。

 一瞬、ヒヤリとしたが、指で軽く擦ると、サラサラと簡単に落ちた。


 痺れも、痛みもない。

 ほっと胸を撫で下ろす。


「……なんでも、ないです」


「さっさと乗れガキども!」

「……あ。ちょっと待って。あのふたりはどうするの?」


 思い出したように、ジローが庭の片隅で横たわる老夫婦を指す。「行かないで……お願い……」片目を押さえた老婆がかすれ声で懇願してくる。


「……置いていかないで……」

「やめろ……早く行かせろっ……」

「だって、あの子たちが」


 この期に及んでまだ夫婦で言い合っている。


「このまま黙ってれば、見逃してもらえるだろう……!」


 実験体にされかけたとはいえ、助けてもらったのは事実。

 死んで欲しくはない、というのはパシパエはもとより、ジローの思いでもある。


「……コイツらは金持ちだから、治癒魔法士を呼べば治してもらえる。死ぬことはねえ。死んで当然だけどな」


 エフェクタはそんなふたりの心配を解消し、唾とともに吐き捨てた。


「オラ。さっさと乗れ」

「あの……どっ、どこに行くのですか?」


 彼女をまだ信用しきれないパシパエが、おずおずと尋ねる。


「あァ?? 運び屋を探してんだろ? 助けられた礼に紹介してやるよ!」


 猫耳の少女はどデカい声で豪語した。


「ホントに!」

「ああ任せな。白界最速の“竜乗り”を知ってるぜ」


 そうしてジローとパシパエは、盗賊たちとともに屋敷を後にした。


「そんな! 行かないで!」


 去り際、片目を押さえた老婆はふたりに手を伸ばしていた。


「お願い! 私たちのっ……何がいけなかったの!」


 なぜか少し罪悪感を覚えながら、パシパエは荷台から首を引っこめた。



「反省するから……治すから! 一緒に暮らして! 置いていかないで……!」

「…………」


 ジローの脳裏には、去り際に老人と交わした会話がよみがえった。


『あのォ、カリスってどこの地名か、教えてもらえませんか?』


 父の杖を片手に尋ねた。


『国の名前ですか?』


 杖の柄に刻まれていたメッセージの正体を確かめようとした。


『…………国じゃない。島だ。オリュンテアの南西にある……島の名前』


 倒れた老人は、まだ少し怯えた様子のまま、教えてくれた。


『そこが父さんの……故郷?』

『……かは、わからないがな』


 断言を避けるように付け足し、それから少し間を置いて、


『……私を恨んでいるか?』


 と聞いてきた。視線はジローの頭の傷痕に向けられていた。


『私は……君のためを思って手術を施した。それは本心だ。

 だが、不快にさせてしまったのなら、謝る。だから頼む、命だけは……』

『まさか。恨んでなんかないよ!』


 ジローは笑顔で首を振った。


『言葉を喋れるようにしてくれて、むしろ最高だよ!』


 ジローには、ふたりの気持ちが理解できた。

 老人の、どうしても抑えられない好奇心。

 老婆の、何を引き換えにしても癒したい孤独。


 選んだ道こそ違えど、ふたりの根っこは自分と同質だった。


「――ありがとー!!」


 だから彼はいま、荷台から身を乗り出して、小さくなっていく老夫婦にめいいっぱい叫んだ。


「ふたりのこと、忘れないよ! いつかまた会いにくるから!」


 話せるようにしてもらった言葉とともに、

 屋敷が見えなくなるまで、手を振り続けていた。

 

 小高い山を越えるとほのかに潮の匂いがただよってくる。

 ほどなく港町が見えてきた。

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