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アンダー・アース 終末姉弟渡界記  作者: 遁遁拍子
第3章 黒界・サンフランシスコ 白界・ニニギ
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11 右目の威力

 

「――手術は成功だ――!」


 ぼんやりした意識の外で、高らかな声がした。


「ん……」


 耳鳴りが響いている。目を開けると、鷲鼻の老人が見下ろしてくる。


「どうだ? 気分は。私の言葉がわかるか?」

「ここは……グ、ルモス、ざん? なに゛……ゲホッ」


 ジローは、喉から発した自分の声がいやにザラリとしていたことに驚いた。


「な゛ん……? げほっ」


 同時に、目の前で老人の目も見開かれる。


「よし!」

「やったわね!」


 彼はガッツポーズして、傍らに立つ老婆と手を合わせていた。


「ふだりとも……ここで何を? 僕は……」


 薄暗い部屋。燭台に照らされた台の上にジローは寝ていた。ゆっくり上体を起こすと頭がやけに軽い(・・)感じがする。

 ふと手をやると、「え?」明らかに異質な手触りがあった。


「なっ、何これ……??」


 そこにあったはずの髪が、ごっそりと剃り取られていた。


「安心しろ。耳鳴りや頭痛がするならそれは手術直後の副作用だ。言語野(・・・)はすぐに馴染む」

「言語……は……?」


 地面に散らばった焦げ茶色の毛髪が目に入る。

 いま、ジローの耳には、翻訳機がついていない。

 にもかかわらず、老夫婦の話す言葉が理解できる。


「……僕の頭に……何をしたの?」

「言葉を司る部分に少し手を加えた」


 老人が淡々と説明する。


「私の祖国で研究されていた魔法だ。ヒトの身体における重要器官を変化させる魔法なんだが。今回の場合は脳にある神経細胞だな」

「…………」

「本当は足の動きも改善してやりたかったんだが、一度に複数の部位を弄るのは負荷が大きいからな。

 ただその代わり、可能な限り後遺症はないように施術した」


 ジローには何一つ理解できなかったが、老人は気にもとめず口を閉じた。


「これでやっとお話できるわね?」


 老婆が優しい笑みで覗き込んでくる。その背後の壁には、すでに清浄されたノコギリやメスが並べられている。  


「……はぁ……」


 ジローは後頭部に刻まれた縫い跡を指でなぞり、状況をようやく飲み込んできた。

 彼がいま寝かされていたのは手術台だった。


「まず、記憶障害がないか確認する。自分の名前はわかるか?」

「……ジロー」

「よし。生まれ故郷は?」


「……えっと……“石埋市地下シェルター”」


 そう口にした途端、老人の目の色が変わった。


「……何い? シェルターだよ……第二層……居住エリアの……」


 しかし術後すぐで、判断能力が一時的に低下したジローには、その意味がわからなかった。


「やはり……ただの白界人ではなかったか。

 理由はわからんが嘘をついていたわけだな」

「……えっ……嘘ォ……?」

「続けて話せ」

「えー……っと……」


 ジローはまだぼーっとする頭を撫でながら、思い返した。


「僕は……地下シェルターで……生まれ育って」


『生きることだけは諦めないで』


「それで……異獣が入ってきて…………最下層に閉じ込められて。

 それから……地上に…………アレ?」


 思考が、上手く回らない。

 事実として、自分がいま地上にいるのはわかる。

 しかし、()()()()()()()()()、その過程がボヤけている。


 パズルの小さな1ピースのみが欠けたような……。

 しかも、決して欠けてはならない重要なピースだったような……。


『あん――に――奴らの血を飲ませて、肉を食わせた。そしたら治った』


 唯一、そんな言葉だけが浮かんできた。


「――そうだ。僕は異獣、じゃなくて……魔物の肉を食べて……生き残った……」


 と、白界の呼び方で言い直した。


「そうか……」


 老人は顎に手をやり、しばし天井に目をやった。


「そうか!!」


 ある時、カッと目を見開き、すぐさま手元のボードにメモを取る。


「思い出したぞ!! 《黒神教》に近しい言い伝えがあった……! 幼少期に魔物の肉を食した子どもは肉体が変化する……と……。

 魔物食を忌避する文化から来た根拠の無いものだと思っていたが……まさか実例に則していたとは!!」


 早口にまくし立てる言葉はジローには理解できない。


「この子、あなたの研究と関係があるの?」


 老婆が夫に聞く。


「……あぁ……。この子は我々が人工的に生み出そうとしてきたものを、自然の中で実現したのだ」


 老人は天を仰ぎ、肩をブルブルっと震わせた。


「天然の後天的魔人(・・・・・)


 ふたりはガラス玉のようにキラキラ輝く目で、ジローを見つめる。


「このまま私たちと、ずっと一緒に暮らしましょう? ね?」

「君の体を隅々まで研究させてくれ……!! これは白界史を変える発見だ!!」


「…………いや……ちょっと、嫌です……」


 ただならぬ危機を感じたジローは、身を捩り、台から降りようとした。


「どこに行くの?」


 すかさず取り押さえようとする老婆。


「離してください……杖は? 父さんの杖を返してください」

「これのことかな? 君の父親は魔法使いなのか」


 老人が杖を取り出し、その蛇が巻きついたような模様を指でなぞる。


「変わった模様だな。(めい)が見当たらんが……ん?」


 と、ある時、指を止めた。


「……“息子より。最愛なるカリスの母へ”?」


 模様の中に紛れて、文字が刻まれていた。


「贈り物か。その父親は、まだ存命なのかね?」


 何気なく尋ねてくるクルモス。だがジローの思考は完全に固まっていた。


「カリス……?」


 地下で初めて魔石の光を見た時と同じ、熱が込み上げてくる。


「それって……どこの地名……」


 その瞬間、背後の扉が突き破られた。


「にゃああああッ!」


 まず、入ってきたのは、フサフサした毛並みを持つ猫のような少女。

 一番近くにいた老婆に飛びかかるが、


「フォレちゃん! いけません!」


 彼女は即座に右手の腕輪を振りかざした。「ぎぃにやっ!?」直後、獣人は苦悶に身を捩らせ、床にうずくまる。


「もうっ、この部屋には入っちゃダメって言ってるでしょう?」

「ぐっぐっくく……」


 ギリギリと甲高い音を立てて首輪が絞め付ける。「まったく……」苦しむ飼い猫を困った顔で見下ろす。


「またお仕置っ――」


 サクッ


 その右目にメスが刺さった。


「なっ……」


 扉から、さらに少年が入ってきた。

 パシパエと瓜二つの顔。あの白騎士の中身だ。

 壁にかかったメスを手に取り、その一本を老婆に投げつけたのだ。


「ぎぃやあああああああああ!!!」


 溢れ出る鮮血。甲高い悲鳴をあげる老婆の背後にいつの間にか回っていた少年は、

 その首筋にメスを突き立てようとする。


Yozelka(ヨゼルカ) Delkeデルケ!!」


 寸前、老人が懐から取り出した自分の杖で反撃した。

 突風が巻き上がり、「ぐっ!」空中で押し流されるように、少年は壁に激突する。

 メスが床に散らばる。


「クソッ……」


「大丈夫か、ポリュペ!」

「ううぅぅいったあああい!」


 血塗れで目を押さえる妻に、慌てて駆け寄る老人。

 その間、最後の入室者パシパエが、手術台に座るジローを捉えていた。


「ジローさん!」

「あ……パシパエ?」


 ぼんやりした顔で振り向く。彼の頭には髪がなかった。


「ッ……」


 代わりに、大きな縫い跡がある。

 間に合わなかった。パシパエの頭に一瞬、煮えたぎるような激情が込み上げる。

 が、堪えた。


「……はやくっ、にっ、逃げ……」


 駆け寄ろうとするが、足がもつれて、床に倒れてしまう。


「うっ……」


 まだあの果実の毒で、力がうまく入らない。

 ジローの方も、手術台からずり落ちるようにして、床に転がっていた。


「パシパエ……!」


 地下室の出口の方に這いずっていく。


「どこに行くんだ」


 その頭上から老人が声をかける。


「まだ診察は終わってないぞ」

「ぐあっ!?」

 

 ジローの細い腕を乱暴に掴みあげた。


「言うことを聞け。君にも、首輪をつけなきゃわからないか?」

「や……めてっっ!」


 パシパエは這いつくばったまま叫ぶ。

 先ほど壁に叩きつけられた少年は、傷口が開いたのかうずくまって動かない。

 フォレちゃんも、《遵従の輪》で絞め付けられて苦しんでいる。


 動けるのは自分だけ。

 自分が魔法を使うしかない。

 この夫婦を、止めなければ。


「うっ……うう……」


 でもいまやったら……。

 ここにいる人間は、おそらく全員、死ぬ。


 脳裏に血と雪に濡れた大広間がフラッシュバックする。


「パシパエ!」


 ジローの声に我に返ると、彼は床のメスを拾い、老人の手に突き刺していた。


「ぐうっ!?」


 腕を引き寄せ、杖を奪い取り、パシパエの元に投げた。


「やって!!」

「ッ――」


 パシパエはとっさに、杖を拾い上げて――

 その先端の魔石を、天井に向けた。



 山間の草原にたたずむ、古びた洋館。その根本となる地面が突如として揺れ出し、ひび割れが走る。

 材木が引き剥がされるように、下から上へ、超常的な崩壊が始まる。


「くぅ……ふッ……」


 さながら巨大竜巻の直撃。

 その解体現場の中心で少女、パシパエは、今にも暴れ出そうとする“もう一人”を必死に押さえ込んでいた。


『どういうことだ! 右目のときは(わらわ)に代わる約束だろう!』


 片手に杖をかまえ、もう片手で目を押さえながら、全神経を集中させる。


「これはっ、わっ、私がやらなきゃいけないの……っ」


 決意は、既に済ませていた。


 自分が今やるべき事。

 せめて姉弟が再会するまでは、自分が姉の代わりに、

 ジロー()を守る。


「私がっ……!」


 彼女の発動した《粉刃》は、周囲の物体を力場で一気に掴み、高速加速させ射出する。シンプルな魔法。

 他の土魔法と異なり、弾丸を生成する必要が無いため、発生速度が速い。


 屋敷は数十秒でみるも無惨な更地に変わっていた。

 ガラン、と太い瓦礫が、うずくまった白騎士(少年)の足元に落ちてくる。


「…………」


 本来、《粉刃》に使われる弾丸は、破片や砂粒など細かな物体。

 これほど大きな建造物を根こそぎ掴んで操作できるのは、パシパエの“目”の性能あってのこと。

 ブロンドの少年は無言で立ち上がり、こちらの魔法の威力を観察している。


「……」


 パシパエも横目で、彼を警戒する。


「うっ、ぐ、ぷはっ……!」


 崩れた材木の下から、ジローが這い出てくる。

 その傍らには、意識を失った老夫婦が倒れていた。


「じっ、ジローさん!」


 まだ少年の方に意識を残しつつ、よたよたとパシパエは駆け寄った。


「そっその……ふたりは……」

「大丈夫。生きてる」


 息を確認したジローが返した。パシパエは胸を撫で下ろしたのもつかの間、髪の一部を剃られた彼の頭を見て、


「これは……なっ何をされたのですか?」

「大丈夫。ちょっと、頭の中を弄られただけみたい」


 と、苦笑いで答えた。


「いっ弄られただけって、いい、意識は? はっハッキリしてますか?」

「うん……なんかボーッとするけど。まァ、大丈夫!」

「……っそんな」


 まだ不安を隠せないパシパエは、直後、表情を固くした。

 ジローの背後で、メスを手にした少年が老夫婦に近づいていくのが見えたからだ。


「……」


 彼は低く息を吐く。夫婦を数秒見下ろして……


「あ」


 躊躇なく刃を振り下ろした。

 振り向いたジローが、それを受け止めていた。


「……どういうつもりだ」


 手のひらに刃がくい込み、血がしたたる。


「そっちこそ」


 ふたりの少年がメスを挟んで睨み合う。

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