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アンダー・アース 終末姉弟渡界記  作者: 遁遁拍子
第3章 黒界・サンフランシスコ 白界・ニニギ
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10 手術台

 ズリズリ……


 ズリズリ……


 雑草ひとつない、よく手入れされた庭に、二本の細い線が伸びていく。

 その先端で引きずられているのは、投げ出された白い腕――。


「にゃおっ! にゃあおおっ!!」


 懸命に叫ぶ、猫のような姿をした少女。その足元には血のように赤い果実の残骸が撒き散らされている。

「めっ」彼女に向けて人差し指を立てた老婆は、


「もう……手伝わないなら他所に行ってなさい……よっ……」


 と、息を荒らげながら、パシパエの両足を引っ張って、なんとか寝床小屋まで運び込んだ。


「ふうっ」


 (ひたい)の汗をぬぐい、慣れた手つきで、少女の四肢に鎖を繋いでいく。

 それをベッドの四つ足に括りつけると、小屋から出ていこうとして、ふと立ち止まる。


「……あらあら。忘れてたわ」


 ハンカチを取り出し、少女の鼻から垂れた血を拭ってやる。


「ごめんね。乱暴して。あとでお薬もってくるからね」


 それから、庭から採ったベリーの実を一粒、口に押し込んで、飲み込ませた。


 今度こそ、作業を終えた老婆は屋敷に戻る。

 大広間で暖炉の火箸と、ランタンを取ってくる。


 廊下の最奥の床に空いた、小さな穴に、火箸を射し込む。

 隠し扉を引き上げると、ランタンの淡い光を頼りに、地下室への階段を降りていく。


「どう? あなた」

「…………とんでもない。……この子供は凄いぞ」


 暗く狭い地下室で、白衣姿の老人が振り向いた。老婆はランタンを壁にかける。


「おそらく、魔人(・・)だろうが、海人(ネレイド)でも森人ニュンペでも鉱人(フムス)でもない」


 興奮ぎみに言った老人は、血のついたノコギリをトレーに置く。

 その奥には手術台があり、例の少年が寝かされている。


「身体的特徴は人間でありながら……内部の細胞には確かに、魔物と同じような特徴を持っている」


 興奮気味に言いながら、「ホレ」たった今切り取った、少年の“腕”を見せてきた。


「腕を切っても数分で生えてくる。とてつもない再生力だ」

「……言葉は喋れるようになるの?」


 老婆は淡々とエプロンをつけながら返す。


「娘の方はどうした」


 老人はトレーに腕を置いて聞き返す。少年の傷口からは、既に肉がプクプクと盛り上がり始めている。


「フォレちゃんのせいで気づかれてしまったわ。いまはオリブに見張らせてる。なんでシチューの薬が効かなかったのかしら。……で、どうなの」

「ああ……傷がすぐ塞がるのは少し厄介だが、手術自体は問題ないだろう」

「ならすぐに始めましょう。早くこの子を助けてあげなきゃ」

「そうだな」


 ふたりはマスクと頭巾を着用し、顔をうなずき合った。

 机には既に道具が揃っている。


「グー……んガッ……」


 手術台で眠る少年を見下ろす。すでに施術のため髪を剃られ、固定具をはめられた頭皮が、薬液でぬらぬら光っている。


「今から、お前を正しい姿に調整してやる」


 白い皮膚に、ぷつり、とメスの刃が沈み込んでいく。

 赤い線が引かれて滴となっていく。


 ※


 ポタン、

 ポタン、規則的な音がする。


「ん……う……」


 ぼやけた視界。古木の床に、赤い滴が少しずつ垂れている。


「あ……あ?」


 それが自分の鼻から垂れていると気づいた途端、パシパエの意識は急激に覚めた。


「ッ――ぐっ! うっ!」


 慌てて起き上がろうとして、硬い力で引き戻される。

 手足を縛り付けた鎖がギシギシと耳障りな騒音を立てた。


「ううっ……はっ……なにこれ……」


 身体に、うまく力が入らない。

 少し動いただけで息が荒ぎ、冷や汗が垂れてくる。


「これはっ……あっ……毒……?」


 脳裏には屋敷の庭にあったあの果実が浮かぶ。

 部屋の隅では灰色の巨人が見下ろしていた。


「どっ……どうして、ここに? お、お爺さんとま町に降りたんじゃ…………まさか、じじっ、ジローさんにも何かしたのっ!?」


「…………」


 口を開かず、ただこちらを見張っている。

 乾燥した、小さなふたつの目で。


「あ……」


 パシパエは、その首にはめられた金属製の輪に気づいた。


「そっそれは……もしかして」


 たしか――《遵従の輪》。

 魔法使いが魔物を使役する時に使う、あの道具に似ている。


「まっまさか、ジローさんにもっ、それをれ」


 爺やの授業を思い出した。


 獣人は、本来人間と同程度の知能を持つ魔人の種族。

 夫婦の飼っているあの“フォレちゃん”のように、本物の猫のように振る舞うことは、無い。


 巨人族も、今ではほぼ絶滅危惧種だ。

 かつては大陸を支配していた強靭な一族。

 こんな山奥で、人間の門番に使われているなんて、おかしい。


『いい趣味をしているな……あのジジババ』


 耳元で“彼女”の声がする。


『いいか。おそらく、あの“猫”も、“巨人”も、元は普通の人間だ。

 方法はわからないが、後天的に魔人に改造されたようだな』

「そっ、そんなことが……」

『かなり手練た外科医にしかできないだろうな?』


 閉じた右目のまぶたの裏で、“彼女”は笑う。


『さあ……この状況どうする?』


「うっ……うぅッ!」


 このままではジローも危ない。

 しかし、あの果実の毒か、思考がぼんやりする。

 指先が痺れ、手足の筋肉がゆるんで、力がうまく入らない。


「どうッ……すれば……ッ」


『簡単な話だ』


 甘美な声がパシパエの頭の中だけに響く。


『右目を()けよ』


 待っていましたと言わんばかりに誘ってくる。


「ッ……そうしたら、この人がっ」


「…………?」


 パシパエの様子が変化し、巨人が眉をひそめた。


『痛い目を見ねば、わからんか』


 直後、まぶたごしに右目から光が発し、ベッドが軋み始めた。


Yatabutヤタブツvaimeatsヴァイメアツ


 木製の脚にヒビが入り、ベリベリと音を立てて木肌が剥がれていく。

 直後、手足を拘束していた鎖が独りでに砕け散った。


「っ、ゲホッ」


 部屋中に木と鉄の破片が散らばる。

 解放されたパシパエは背中を床にしたたか打ち付けた。


「なんだ……いまのは」


 その頭上から野太い声。大量の破片を受けても、巨人はまったくの無傷だった。

 重い足音が近づいてくる。「ぐッ……」起き上がることは、できない。


 巨人のゴツゴツした岩のような手のひらが、少女の頭に覆いかぶさって――


「グッ――!?」


 鮮血が降り注いできた。


「え?」


 苦悶にうめく巨人。その背中に、ブロンドのおかっぱ頭が見える。

 隣のベッドで寝ていた――白騎士の中身の少年が組み付いていた。


「ッ……ぐっア!!」


 パシパエが破壊したベッドの破片を太い首に突き刺す。


「――掻っ切られたくなければ、解毒剤の在処を言え」


 恐ろしく冷たい目付きで巨人を見下ろし、警告する。


「ッ……こと……わる」

「そうか……なら」

「まっ待って、こっ殺さないで!」

「…………ああ??」


 一瞬、パシパエに気を取られた少年。巨人は即座にその首根っこを掴み、床に引きずり落とす。


「ぐっ!」


 叩きつけられた細い胴を、間髪入れず踏み潰さんと、足を振り上げる。


 ダン!


 床を転がってギリギリ避け、俊敏な動作で股の間をくぐり抜けた。

 かかとに木片を突き刺して体勢を崩し、再度、巨体の背中に組み付くと、首を絞め上げる。


「ッ……ッ……!」


 巨人が伸ばしてくる手をなんとか避けながら、「オイ!!」パシパエに叫ぶ。


「なにボサっとしてる!! さっさとトドメをさせッ!!」

「っ……あ……!」


 魔法は、通常、そのエネルギー源となる魔石がなければ発動できない。

 魔法使いたちが杖を用いるのは、魔力を放射する魔石を戦闘中に取り回しやすくするためである。


 しかし、パシパエの“鍵の目”があれば、魔石(発生元素)が無くても、大気中の魔力(エネルギー)から現象を形づくれる。


『魔法に速さを求めるならば、周囲の環境から必要材料の揃った魔法を発動すべきです。王女』


 爺やの教えを思い出す。

 もう一度ベッドの破片で《粉刃》を……。いや、ダメだ。それではあの巨人さんを殺してしまう。

 彼は老夫婦に操られているだけなのだ。


「ッ……」

「バカがっ……」


 迷っている間に、巨人の顔色がくすんだ紫色に変わっていく。やがて少年を引き剥がそうともがいていた両手が、ダランと落ちる。


 巨体は膝をついて倒れ伏した。


「はあっ……はっ……」


 息を切らした少年がこちらを睨んでくる。


「殺すなだと?」

「あっ、い、いや、そっその人は」

「半端な軟弱者が。お前に綺麗事を吐く権利などない」


 心底、軽蔑したように吐き捨てた。


『命のやり取りの状況で、他人の命まで気にしていいのは、()()()()()()()()()()()()()()


 その言葉は尖った木片のように、パシパエの胸をグッサリ刺した。


「さっさと逃げるぞ」


 巨人の服から扉の鍵を見つけ出した少年は、パシパエを無理やり立ち上がらせた。


「いっ、痛い……!」

「黙れ。ここであなたに死なれたら私が困る」


 少年に肩を担がれて、小屋の外に出る。


「ダメッ……じっ……ジローさんを助けないと」

「なに? っオイ!」


 その腕を無理やり振り切って、屋敷の方に向かおうとする。


「うぐっ」


 が……足に力が入らず、すぐに転けてつっ伏した。


「チッ……ジロー……アイツか……」


 上裸に包帯を巻かれた少年は、黄土色の髪を左右に振る。「うう……」土まみれになった顔のパシパエを見下ろし、


「残念だが置いていく。ここの家主はイカれているが、おそらく優秀な魔法使いだ」


「いまの私では分が悪い」と失った左腕の付け根に触れた。


「わっ、私……ジローさんと一緒じゃなきゃ、逃げません!」


 涙目でうずくまったまま、少女はそれでも頑なに言った。

「あのな……」それと瓜二つの少年は、もはや呆れた様子で眉をひそめる。


「なぜそんなにヤツにこだわる?」

「……それは……まっ、巻き込んで、し、しまって、ご迷惑を……」

「助けたいのなら、あなたがあの二人を殺すしかない」


 そのまま鋭い目つきで断言する。


「なっ……」

「奴らがいまどこにいるか、わかるか」


 間髪入れず聞いてくる。パシパエは日中過ごしていた屋敷を思い出して、


「見える範囲のへ、部屋には、いっいませんでした……」

「……どこかに隠し部屋があるのだろうな。捕らえた人間を弄くり回す専用部屋が……」


 顎に手を当てていた彼は、ある時思いついたように、振り向いた。


「……いや、探す必要などない。パシパエ王女。この屋敷を吹き飛ばしてください」

「はっ、はい??」

「跡形もなくサラ地にすれば隠された入口も見つかるでしょう」


 当然のような顔で急かしてくる。「えっ、え……」パシパエはしどろもどろになるが、


「いまの貴方に選択肢がありますか?」


 そこで気づいた。

 いま、目の前の少年(白騎士)が自分を殺して眼をえぐり取らないのは、怪我をしているから、

 こちらに勝てないと思っているからだ。


 しかし、パシパエが躊躇して魔法を使わないとわかれば、即座に“目”を奪って本国に持ち去るだろう。


 戦闘を避け、ジローを助けるには、ここで証明しなければならない。

 自らの脅威を。


『過去に後悔があるなら、塗り替えてやろうよ!』


「……」


 パシパエはやがて、噛み締めていた奥歯の力を抜く。

 そして右目を――


「にゃっにゃおううっ!!」


 開こうとした、寸前の所で、フサフサした毛の塊が飛び込んできた。


「うわっ!! あ、あなたは……」


 猫獣人の少女、フォレちゃんだ。

 何か強い意思を込めた目で、パシパエの服を引っ張る。


「もっもしかして……隠し部屋を知って……?」

「にゃうっ! にゃうににゃう!!」


 コクコクとうなずき、屋敷の方に駆けていく。

 呆然としているパシパエの背中を、「何してる、いくぞ!」少年の声が引っぱたく。


「はっ、はい!」


 ふたりは猫娘の後を追った。

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