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アンダー・アース 終末姉弟渡界記  作者: 遁遁拍子
第3章 黒界・サンフランシスコ 白界・ニニギ
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9 鼻血

 

『このガキが勝手についてきただけだ』


 それは、この部屋にはいない人物の声。

 パシパエの中にだけ存在する、“彼女”の声。


「……やっやめて……! こんな近くで」


 パシパエは、慌てて毛布を頭から被り、声をひそめた。


「お願いだから……ジローさんが見ている前では、話さないで」


 隣のベッドに寝る少年の気配を意識しながら続けると、『フン。そんなにこのガキを気に入ったのか』おちょくるような返答があった。


「そういうことじゃ……いやっ、あのていうかべつに、気にいるとか」

『隠す必要はない。意味がないからな』


 “彼女”は、そう耳元でケタケタと笑う。「く……」パシパエは顔をしかめ、眼帯を外された、右目のまぶたに触れる。


『自分でも言っていただろう。このガキの行動は、全て(おの)が目的のため。

 おまえを助けたのはついで(・・・)でしかない』


「…………そんなことは」

 

 わかっている。

 もう思い上がりはしない。


『ただまあ……想い人(・・・)の安全を思うなら、このまま、おちおち寝るのもどうかと思うがな』


 まぶたの裏の暗闇で、“彼女”の唇が諭してくる。


「だから違っ……なに?」


『いますぐ対処すべきことがあるだろう?』

 

 毛布から顔を出す。『逆だ』と言われ、ジローとは反対側のベッドに振り向く。

 そこには、見慣れない少年が寝ている。


 いや、見慣れてはいる。


 少年の顔は、なぜか()()()()()()()()()


「なんなの……この人……」


 異様、としか表せない。

 目の前の光景を現実とは思えない。

 でも現実だから、

 視界に入れていると、腹の底を揺さぶられるように、居心地が悪い。


『あの白い騎士の中身だ』


 顔を背けたパシパエに、告げる。


『城の中では見たこと無かったが……。“鍵の目”を持っているということは』

「……私たちと同じ……王族……?」


 だとしてもおかしい。

 オリュンテア王族の兄妹は男が三人。

 女が一人。


 こんな兄も弟も、自分にはいないはずだ。


『やるなら今すぐにだな』

「…………やるって……何を」

『とぼけるな。殺すのだ』


「っ……」


 パシパエが息を飲むと、『将来は玉座につく者が、人ひとり殺せないと?』“彼女”はまたおちょくってくる。


「…………私は……べつに……ぎっ玉座、なんて」


 と言いつつも、脳裏には、さらなる否定がよぎる。


『何を言う。爺や(ヴァルカン)と父に託されただろう』


 パシパエがわかっていることは、“彼女”もわかっている。


『彼らの思いを裏切る気か?』


 パシパエが曖昧に済ませようとするそれを、的確に言葉にされる。


『王に刃向かった逆賊を打ち倒し、祖国を取り戻せるのは、もはやお前しかいない』


 常に見たくない現実を突きつけてくる。


『さあ、やれ。

 覚悟が出ないのなら、(わらわ)が代わってやろうか?』


「どうしてあなたは……そんなに。私を、王にしたいの……?」


 思わず聞いた。

 それは自分には全く理解のできないことだった。

 右目のまぶたの裏にいる存在を、自分ではなく“彼女”としか思えない理由でもある。


『……何をいまさら』


 ニヤリ、とまぶたの裏で、赤い唇が裂ける。


『当然。むしろ、妾が王でないことが有り得ないからだ』


 爛々と輝く、紫色の瞳に見据えられた気がした。

「ッ……」恐怖をかき消すように、ぎゅっと目を瞑り、また毛布を被った。


 やっぱり認められない。

 こんな“化け物”が、“自分”だなんて。


「爺や……」


 もうここにはいない、唯一の心の拠り所にすがりながら、少女はその夜を耐え抜いた。


 ※


 翌日。目を覚ますと、ジローが消えていた。


 隣のベッドにも、中庭にもいない。


 少し慌てたが、門前の小屋にいた馬がいないのを見て、思い出した。


 昨夜、屋敷の主人である老人とともに、町に行く話をしていた。

 ふたりとともに転移してきた――黒界の技術品を売るためである。


『あの鎧を私の知り合いの“異界物”を取り扱う商人に渡してやる。

 それが売れたら、金は全額お前たちのものだ』


 老人はそう言って、ふたりのオリュンテア(故郷)までの旅費の工面をしようとしてくれた。


 どうやら白界では、黒界から転移してきた科学技術が高価で取引されているらしい。

 熱心なコレクターがいるのだ。


『私もコレを二年ほど前に手に入れた』

『それは……』


 自身もそうだという老人が取り出したのは、黒っぽくゴツゴツした手のひら大の装置。

 たしか、黒界で“銃”と呼ばれるものだった。


『美しい工芸品だろう……それに武器としての機能性も高い。弾丸さえ作れれば、狩りに使いたいくらいだ』


 少年に戻ったように、ウットリした顔で老人は言い、『こんな事にお金を使って』と隣の妻にため息をつかれる。


 老人いわく、ふたりの持っていた黒鎧は、『かなりの値がつく見込みがある』そうだった。


「お兄ちゃんならもう出発したわ。大丈夫、オリブが付いてるから安心よ」


 屋敷の本館に向かうと、朝食の準備をしていたお婆さんが教えてくれた。


「買い出しもするって言ってたから、帰ってくるのは日没ごろじゃないかしらねえ」

「そうですか……」


 パシパエは寂しさを隠し息を吐いた。


「…………」


 寝てたとはいえ、ジローさん、声もかけず行ってしまうなんて。

 連れて行ってほしいとは言わないけれど、せめて一声かけてくれたらいいのに……。


「……って思うからいけないんだ……」


 結局まだ思いを引き剥がせずにいる。


 お婆さんには、日中、屋敷の中は好きに使っていいと言われた。

 だが正直、どこにいてもあまり落ち着かなかった。


「こっちにいらっしゃい」


 玄関前で座り込んでいると、庭からお婆さんが声をかけてきた。「はい」おずおずと立ち上がる。


「何をし……しているのですか?」

「菜園よ。ここで果物を育てて、町で売っているの」


 屋敷の敷地内にある庭。

 その一角にあるこじんまりした菜園には、鮮やかな花を咲かせる植物が育っていた。


「綺麗でしょ?」

「はい……」


 純粋にそう思えた。

 顔をほころばせたパシパエを見て、お婆さんも微笑む。

 ふたりでジョウロをもって、植物たちに水をやる。


「昔はね、この屋敷に息子の夫婦も一緒に住んでいたの。いまは都会に出ていっちゃったんだけど。

 可愛い孫がひとりいてねぇ……こうして、一緒に水やりしたものだわ」


 遠い目をして言った。


「…………そっそうだったの、ですね」


 パシパエも、王城で爺やと、他愛ない話をしていた頃のことを思い出した。


「気持ちは繋がってるって、思っていたのに。悲しいわよ。離れてしまえば連絡のひとつもよこしてくれないのよ。

 だからパシパエちゃんも、大切な人はなるべく遠くに行かせちゃダメよ?」


 植物たちを優しく愛でながら、お婆さんはそう話してくれた。


「……はい」


 ジローのことが一瞬浮かんだが、すぐに黒界で待つアキラのことも思い出す。

 そう、このままではいけない。

 姉弟(ふたり)は離れていてはいけないのだ。


 私が……何とかしなきゃ。


 ジョウロの取っ手を、小さく握りしめた。


「あなた……何か他人(ひと)には言えない事情を抱えてるみたいね」


 ふと顔をあげると、お婆さんが覗き込んできた。

「えっ――」皺の多い顔の中心にふたつ。あまりに透き通った瞳に見据えられ、思わず肩を強ばらせる。


「大丈夫よ」


 お婆さんは見透かしたように、くしゃりと笑う。


「苦しかったら、ぜんぶ投げ出して、逃げたって。あなたはまだ子どもなんだから」

「…………」

「家に帰りたくない理由があるなら、本当に、ずっとここに居たっていいのよ?」


 と、草木の葉をめくりながら続ける。

 さりげなく促すように。


「あ……ありがとうございます」


 パシパエは、ジョウロを傾けていた手を止めた。


「でも……すみません。私はもう……逃げたくはないんです」


 初めて見せる、固く強い声だった。


「……そう」


 お婆さんは少し目を見開くと、すぐにまた優しく笑って、「ふ~……」伸ばした腰をトントンと拳で叩いた。


「そろそろ休憩しましょっか」

「……はい」


 パシパエが返事をすると、庭の片隅で寝転がっていた猫獣人の少女が、ぴくりと顔を上げる。


「パシパエちゃん、そこに()ってる実、何か知ってる?」


 老婆はパシパエの近くで生っている果実を指した。


「……なんですか?」


 粒が寄り集まった姿形は、オリュンテア(故郷)にもよくある、ベリー系の果実に似ている。


「よく()れてるでしょ? よかったら、味見してみて?」


 ただしその色は、見たことがないほど真っ赤だった。


「あ、は、はい」


 親指大くらいの果実をひとつ、素直にもぎ取って、口に運ぼうとした。


「にゃウッ!! ニャオおっ!」


 その瞬間、いつの間にか背後にいた少女が飛びついたきた。


「うわっ!?」

「ニャアウアアッ! ニャアウウウッ」

「こらフォレちゃん!」

「あっ……いっいえ、大丈夫ですからっ!」


 パシパエは今度こそ彼女に慣れようと、あえて無抵抗に受け止めた。


「にゃおう!!」


 すると猫耳の少女は、パシパエが持っていた果実を、爪ではじき飛ばしてしまった。


「……もう~……本当にいたずらっ子なんだから」


 地面に落ちた果実を前足でゲシゲシする猫に、老婆が駆け寄っていく。


「…………」


 パシパエはその様子を眺めながら、何気なく房からもう一粒、実をとった。


「ニャおおおっ! にゃぅぅぅぅッ!!」

「もうどーしたのフォレちゃん! いつもはこんなに悪い子じゃないでしょ?」


 老婆に抱きかかえられたフォレちゃんは、それでもなお必死に暴れている。


「あっコラ」


 腕の隙間から逃げ出し、パシパエにまた飛びかかってきた。


「あっあの……これが欲しいのでしたら、あっ、上げますよ! ほら」


 パシパエは、必死な形相の猫の頭を撫でて、果実を手渡した。

 するとすぐさま、彼女はまた実を地面に落として踏み潰す。


「……?」


 たび重なる不可解な行動に、さすがに困惑してきた。


「パシパエちゃん。大丈夫ー?」


 背後から老婆の声がする。

 

「……?」


 パシパエは、目の前でうずくまる猫獣人(フォレちゃん)の頭に、奇妙な縫合跡(・・・)を見つけた。


 いかにも猫らしい、とんがった耳が二つ。

 ベージュ毛の隙間から生えている――。


 ――ように見えたが、違った。


 その耳は、頭皮に|直接縫い付けられていた《・・・・・・・・・・・》。


「……あの、お婆さん? この子の耳って……」


「ニャアアアアア――ッッ!!」


 今度の叫びは明らかに意思をはらんでいた。

 パシパエが振り向いた瞬間、鉄色が目の前にあった。


 ゴッ!


 鈍音が体の芯に響く。


「あ゛っ……えぇ……?」


 ボタタ……と熱いものが垂れてくる。地面に溢れたそれは、潰れた果実なのか、それとも血なのか。

 判別するまもなく、視界はゆらぎ、意識は暗闇に落ちた。


「ふぅ……」


 倒れた少女を見下ろし、老婆がスコップを置く。

 トントンと拳で腰を叩いて……一息つくと、

 投げ出された少女の両足を持った。

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