8 顔
「なあ、“いい顔”する奴を知らねーか?」
とある雨の日の廃村。
暗がりの室内に、稲光が射す。
「は……あぁ?」
遅れて発した轟音が降りしきる雨の中に消えていく。
「見せしめにすんならよぉ……特別人の心を動かす、“いい顔”で死ぬ奴を選ばなくちゃいけねえだろ。全員の首を持ち帰るのは手間だからな」
淡々と話す。その周囲には、おびただしい数の死体が並んでいた。
壁も床も天井も、血塗れと化した中、生きている人間はふたりだけだった。
「あんたに任命していいか?」
少年は、最後の一人となった男を見下ろす。
「……見逃してくれ」
その男は、屈強な肉体に、幾重にも分厚い鎧を着込んでいた。
対して少年は貧相な下履きに、上裸だった。
「お前だってわかるだろう。いまの新王政は異常だ」
男は、自他ともに認める有能な兵のはずだった。
しかし部下を皆殺しにされた今、彼にできることはもう、これしかない。
「アイエイテス様は、お父上をいきなり投獄するようなお方ではなかった。裏でそそのかした者がいる。信頼に足る情報源を掴んだのだ」
奥歯を食いしばり、男は少年の前にひざまづいて必死に訴えかける。
「お前も、我々とともに祖国を取り戻して……くれ」
見上げると、少年はボリボリと頭をかいて「そうか……こういう感じになっちまうか」つまらなさそうに、ため息をついた。
「…………頼む」
まったく響いていない。この少年はおそらく祖国の復興などに興味は無い。
その実感をかき消すように、一言、懇願した。
「あのな」
するとブルーは首をコキリと軽く鳴らして、片足を上げる。
「誰の許可で喋ってんだゲリボケが!!!」
男の足首を思い切り踏みつけた。
「いっ!?」
ミシリ、骨が大きく軋む。
「俺の話を無視してんじゃねえよテメーの話なんてクソほどの興味もねェんだよ俺の質問にだけ答えろカス。
その話にそんな価値があんのか? 俺を舐めてんのかァ……?? オイ! オイ!!」
「ああ……ぐ……!!」
少女のように甲高い悲鳴を上げる男を見て、「うぅむ……」少年は顎に手を当てて、
足にさらに力を込める。
「フン!」
「あああああ!!」
バキッと軽い音がして、骨が砕けた。
「なぜ……ッ、貴様はッ……祖国への忠誠はっ……少しもないのか……ッ……」
「お前、マジか」
間髪入れず、男の口に手を突っ込む。
「この状況でま~~だそういうこと言うのかよ」
「ッ……!?」
「もっとやって欲しいってことか? どマゾか? テメェ――」
上顎を掴んで、凄まじい握力で引っ張りあげる。
口内に爪がくい込み、「ッ~~!」涙目でもだえる男の顔を見て、「おっいいかもな」少し声のトーンを上げた。
「その顔のまま死んでくれると助かる」
「ッ……ぉごああっ……!」
残忍な笑みを浮かべる少年。獰猛な犬歯が、チラリと覗く。
「ああっご……お……おお!!!」
見開かれた目から、大粒の涙が溢れ、悲鳴が最骨頂に達する。
「いつまでやっている! ブルー」
――その時、背後から鋭い声がかけられた。
軍服姿の男が入ってくる。
「ゼドの旦那ァ!」
ブルーと呼ばれた少年はぱっと振り向いた。「あぁがあああ!!」その拍子に、男の顎の継ぎ目が限界に達した。
「馴れ馴れしく名で呼ぶな」
「え? アラピュロス少佐なんて呼びにくいじゃないっすか……あ」
バリッという音で、下顎と上顎が分離する。
頭部を失った男の身体は、糸が切れたように突っ伏した。
「あー」
「なんだこれは。……また遊んでいたのか??」
一瞥した上官のゼドが、眼鏡越しに、鋭い三白眼で睨んでくる。
殺気すらこもっていたその目に、「まさかァ」ブルーは肩をすくめ、否定した。
「反乱分子への見せしめっすよ。うーん……まァこれでいいかなあ」
剥がし取った男の上顎――その顔に貼り付いた苦悶と恐怖をながめ、うなる。
「……そんな物はいらん」
ゼドは胸ポケットからハンカチを出し、しかめ面の鼻を覆うと、
「それより、国王から命が出た」
と続けた。
「王女が“こちら側”に戻った。これから我々が回収に向かう」
「おっ? マジ? ホワイトの野郎、成功したのかよ」
「かーっ」と何故か悔しそうなブルーの隣を通り過ぎ、ゼドは窓の前に立つ。
外を見て、目を細める。
「オイ。ひとり逃げられてるぞ」
「へ?」
視線の先には、雨の中を必死に走る人影があった。
「あらっ、見逃してた。じゃあちょっくら……」
「いい。私がやる」
ゼドはため息混じりに制し、いつの間にか手にしていた槍を構えた。
窓枠にかけた脚に、太い血管が浮き出る。
「フッ――――!」
剛腕が風を切り、槍を投擲した。
「誰か――!! 助けてくれ! 助け――」
走る賊の背中を、串刺しにする。
賊はつんのめるように倒れ、動かなくなった。
「命中! さッすが旦那」
「フン」
ゼドは肩を回して窓枠から足を下ろすと、部屋に散らばる死体を見回す。
「わかってるのか? 一人でも逃げられたら、奴らにお前の“顔”を知らせることになっていたぞ」
「いやァ、どうせ皆殺しにすんだからいいじゃんよ~」
「お前が判断するな。これで最後だぞ。勝手に兜を、脱ぐな」
厳命し、先にアジトを出ていくゼド。
「へいへい~」
ブルーは剥がした男の上顎を、ゴミ箱にゴミを捨てるように、窓へ投げ捨てた。
そして、部屋の端に転がった自分の兜を拾う。
「……いいね。やっと“あの方”が俺を使う気になったか……」
舌なめずりをする。その整った人形のような顔は、いまオリュンテア国内を騒がせている、亡命中の王女と瓜二つだった――。
※
認めたくない。
だが、もう間違いはない。
私は彼のことが気になっている。
「じゃあ、おやすみ! パシパエ」
少女は、笑顔で挨拶した少年から目を背けたとき、そう自覚した。
「……お……おやすみなさい」
避けた視線を、窓の外に向ける。
ふたりは、老夫婦の屋敷の離れ小屋で泊めてもらえることになった。
夜闇に包まれた辺りには、他の家は見当たらない。森と、山並みの景色だけが、どこまでも続いている。
虫の微かな鳴き声と、風の音だけが聞こえる。とても静かな場所だった。
「グゥ……」
ベッドに身を沈めると、疲れがどっと出てきた。
隣からは、既にジローの寝息が聞こえる。お婆さんが用意してくれた、フカフカの枕と毛皮毛布に包まれて、気持ちよさそうに。
「…………」
また、体温が上がってくる。
パシパエは、慌てて目を外す。それでも視界の端に映る彼が気になってしまう。
その一挙一動を、もっと観察したいと思う。
「すぅ……くぅ……」
寝息のたび、上下する胸の動き。
むぐむぐと噛み合わされる口。
枕に貼り付いた短いくせっ毛。
あ、寝返りを打った。
こちらに顔を向けた、口の端から涎が垂れて――
「っ、くっ……バカ」
ぎゅっと目を瞑り、いさめるように、胸に当てた手を握りしめた。
過ちを繰り返すな、私。
客観的に考えるのだ。
いま、彼がここにいるのは私のせいだ。
危険に巻き込んだばかりか、姉と離れ離れさせるという事態まで、引き起こしてしまった。
罪悪感が熱を冷ましていく。
そう――私が、彼に好意なんて、抱いていいわがない。
もっと関わりたいなんて、考えてはいけない。
「ふぅ……」
ようやく落ち着いたところで、自分も毛布の中に潜り込もうとした。
『このガキが勝手についてきただけだ』
その時、枕元に声がした。




