5 仕事えらび
翌日、ミリーから仕事を案内されることになった。
「とりあえず、この中からどれか好きなものを選んでみてください」
アキラは自室のベッドの上で、渡されたパンフレットと睨めっこしていた。
「どこも人手不足なので引く手あまたですよ」
「……ウーン……」
「何か得意なこととか、好きなこととか、もしくは経験とか。ありませんか?」
「……狩り、とか」
「かり?」
「いや、そうね……体動かすことは、得意かも」
「それじゃあ、いい所がありますよ!」
午後からミリーに連れられさっそく職場へ。そこは街の片隅にある建設現場だった。
「ご連絡した市の者です」
「ああ?」
受付はアキラの頭からつま先を見ると、露骨に眉をひそめた。
「じゃ、ついてきて」
案内され、事務所に入る。待っていたのは、椅子にふんぞり返る恰幅のいい欧米系人だった。
「嬢ちゃんがやる仕事じゃねえよ」
アキラとミリーを客間に座らせるなり、そう口を開いた。ごわついた長い髭を撫で付けながら、ライターで煙草に火をつける。
「たしかにウチも人手は足りてないが、わざわざ“危険”を増やしてまで雇うほどじゃねえ」
「危険?」
「些細なほころびが事故に繋がる現場だ。嬢ちゃんみたいな子を雇うことはそういう要因になりうる。
ちなみに、これは差別じゃなく、いままでの俺の経験からの統計だ」
と、気怠げに煙を吐き出す。
「でも~……あの、採用要項には性別の制限は特にありませんでしたよね……?」
「そりゃ、アンタら街の役所がそういう募集は取り合わねえからだろ」
二人の顔の前に白い煙が舞う。所長は奥まった目でジロリとこちらを見る。
「悪いが、他を当たってくれ」
そう突き放した直後、携帯が鳴る。所長は電話に出て、
「俺だ。なに? オイオイうるさくて聞こえん。移動しろ」
「…………」
アキラは無言で席をたった。
「足場は今日中にできるんだろうな?」
「えっ、あ、アキラさん待って」
部屋の出口に向かい、ドアノブに手をかける。
「だから、それじゃ納期に間に合わ――」
直後、金属が破砕する轟音がオフィスに響いた。
「たしかに私がここで働いたら、足手まといになるわよね」
壁からむしり取ったドアを放り捨て、軽く手を払うアキラ。
「なっ、あ……」
口を開けて固まる一同。「……」所長は携帯を耳に当てたまま沈黙した。
やがて目を瞑ると、「かけ直す」と電話を切った。
煙草を灰皿に押し付けて、アキラを睨む。
「…………よくわかった。お嬢ちゃん」
こうして仕事が決まった。
※
同じ頃、グレン・ウォーカーは同都市防衛基地に来ていた。
「オッチャン」
ケーブルカーを降りて、門兵に声をかける。「おっ?」守衛所で座っていた壮年の兵士は目を丸くした。
「グレンか!」
「久しぶり」
「なんだ戻ってたのか。どうしたんだ」
「ちょっと時間ができたから。寄りに来た」
「おーそうかそうか」
孫と話すような砕けた口調で、守衛は門を開けてくれる。「おカミさんは相変わらず?」「あー何も変わらんよ」食べかけのハンバーガーをテーブルに置きながら付け足す。
「いまバレずに職場で何個バーガー食って帰れるか試してるとこだ」
「そりゃいいや。頑張ってよ」
グレンも、兵学校時代に戻った気分で手を振った。
「あいつらは……」
敷地内をぐるりと見渡し、とりあえず脳内に馴染みの顔を思い出すと、アーマー整備庫へ向かった。
馴染みの場所に戻ってきたグレンは、久しぶりにその鉄片とオイルの臭いを嗅いだ。
ハンガーの奥でいつものメンツの声が聞こえる。
訓練を終え戻ってきたアーマーに取り付いている二人の作業着姿。
「おーい!」
メカニックのトーマスとメイリン、兵学校時代に同じ小隊に所属していた。
「グレン? 戻ってたんだ」
ゴーグルを外した、ブロンドヘアの白人の少年、トーマスが笑顔で手を差し出してグータッチする。
「久しぶりねー」
中華系のころっとした少女メイリンも汗を拭って、レンチを作業台に置く。
「おう」
彼女ともグータッチしたグレンは、整備中の懐かしい訓練アーマーを見上げる。
《ラケルタ》という旧型アーマー。
無骨で角張った胸部装甲に触れようとして、「ダメ」とメイリンに手を引っぱたかれる。
「塗装なおし、まだ乾いてない」
「スマン」
「休暇?」
「いや。ちょっとしたらまた“上”にいく」
さっき自販機で買った缶ジュースを二人に渡す。
「上? 欧州戦線じゃなくて?」
首を傾げるメイリンに「あぁ……」曖昧にうなずく。
「任務の話、聞いたよ。大変だったらしいね。よく五体満足で戻ってこれたもんだ」
トーマスは作業台に腰かけ、缶のフタを開けた。
「……ああ……」
グレンの脳裏に一瞬、貨物室に並ぶ遺体袋が浮かぶ。
ついここに来る前も、ニコロ伍長の家族に会ってきた所だった。
『申し訳ありません。自分が不甲斐ないばかりに』
奥さんを前に、そう口に出してはみたものの、まったく内実を伴っている気はしなかった。
不甲斐ないと言うことすらおこがましい。
グレンには、ニコロを助ける術など何も持ち合わせていなかった。
その力を持っていたのは……あの少女、アキラだ。
『謝ることなんて、何もありませんよ。気に負うこともどうかしないで』
窓辺に立つ夫人の声はカラリとしていた。
『あなたは、あなたの人生を精一杯生きて。それがあの人の唯一の希望です』
その赤の他人に向ける優しさを、グレンは理解してしまった。
ああこの人は、べつに俺に何の期待もしていなかったのだ。
だから、怒らないのだ……。
「…………」
かき消すように咳払いする。グレンの表情を読み取ったトーマスが、
「アーマー、回してくれたらいつでも整備するよ」
と呑気な声をかける。
「……サンキュー」
グレンもいい加減に気持ちを切り替えて、首を振る。
「けど、当分の間は使わなさそうだ」
「どういうコト?」
喉を潤しながら、やや中国訛りの発声で聞き返すメイリン。
「試験があるんだよ」
グレンは飲み干した缶をクシャッと潰し、携帯端末を取り出す。
今朝、一通のメールが来ていた。
差し出し名は無い。
《V試験。本日22:00。ターミナル基地東口》。
「えっ、うそ、それってホントに界兵隊から??」
「なんでグレンが……」
「俺だって、何が何だかわかんねえよ」
空軍基地から発進した輸送機が頭上を飛んでいく。
「なんで俺が《ボルツ》に……」
結局、何も果たせなかったまま任務が終わり、
その気持ちの整理もしきれていないうちに、次の任務が始まる。
白界最大国での内乱。
ポータルを開く能力を持つ、“鍵の目”の亡命。
あの任務から二世界の情勢には明確な変化が生まれた。
大きな波が生じて、その中で自分が流されていっている。
漠然とした居心地悪さと高揚が、グレンの胸には渦巻いていた。
※
「大佐。そろそろです」
同じ頃、空の“上”では。
秘書の呼びかけで、《ボルツ》 司令官ロバート・リンドヴルムはタブレット端末を手放した。
「あぁ、わかった」
軍帽を被り、執務室を出ていく。
ドアが閉まり、机で置きざりになった端末にはまだ明かりが灯っている。
今回の試験の“候補生”たちが一覧名簿で並ぶ。
その中には当然、「アキラ・イタカ」の名前もあった。




