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アンダー・アース 終末姉弟渡界記  作者: 遁遁拍子
第3章 黒界・サンフランシスコ 白界・ニニギ
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5 仕事えらび

 翌日、ミリーから仕事を案内されることになった。


「とりあえず、この中からどれか好きなものを選んでみてください」


 アキラは自室のベッドの上で、渡されたパンフレットと睨めっこしていた。


「どこも人手不足なので引く手あまたですよ」

「……ウーン……」

「何か得意なこととか、好きなこととか、もしくは経験とか。ありませんか?」

「……狩り、とか」

「かり?」

「いや、そうね……体動かすことは、得意かも」

「それじゃあ、いい所がありますよ!」


 午後からミリーに連れられさっそく職場へ。そこは街の片隅にある建設現場だった。


「ご連絡した市の者です」

「ああ?」


 受付はアキラの頭からつま先を見ると、露骨に眉をひそめた。


「じゃ、ついてきて」


 案内され、事務所に入る。待っていたのは、椅子にふんぞり返る恰幅のいい欧米系人だった。


「嬢ちゃんがやる仕事じゃねえよ」


 アキラとミリーを客間に座らせるなり、そう口を開いた。ごわついた長い髭を撫で付けながら、ライターで煙草に火をつける。


「たしかにウチも人手は足りてないが、わざわざ“危険”を増やしてまで雇うほどじゃねえ」

「危険?」

「些細なほころびが事故に繋がる現場だ。嬢ちゃんみたいな子を雇うことはそういう要因になりうる。

 ちなみに、これは差別じゃなく、いままでの俺の経験からの統計だ」


 と、気怠(けだる)げに煙を吐き出す。


「でも~……あの、採用要項には性別の制限は特にありませんでしたよね……?」

「そりゃ、アンタら街の役所がそういう募集は取り合わねえからだろ」


 二人の顔の前に白い煙が舞う。所長は奥まった目でジロリとこちらを見る。


「悪いが、他を当たってくれ」


 そう突き放した直後、携帯が鳴る。所長は電話に出て、


「俺だ。なに? オイオイうるさくて聞こえん。移動しろ」

「…………」


 アキラは無言で席をたった。


「足場は今日中にできるんだろうな?」

「えっ、あ、アキラさん待って」


 部屋の出口に向かい、ドアノブに手をかける。


「だから、それじゃ納期に間に合わ――」


 直後、金属が破砕する轟音がオフィスに響いた。


「たしかに私がここで働いたら、足手まといになるわよね」


 壁からむしり取ったドアを放り捨て、軽く手を払うアキラ。


「なっ、あ……」


 口を開けて固まる一同。「……」所長は携帯を耳に当てたまま沈黙した。

 やがて目を瞑ると、「かけ直す」と電話を切った。

 煙草を灰皿に押し付けて、アキラを睨む。


「…………よくわかった。お嬢ちゃん」


 こうして仕事が決まった。


 ※


 同じ頃、グレン・ウォーカーは同都市防衛基地に来ていた。


「オッチャン」


 ケーブルカーを降りて、門兵に声をかける。「おっ?」守衛所で座っていた壮年の兵士は目を丸くした。


「グレンか!」

「久しぶり」

「なんだ戻ってたのか。どうしたんだ」

「ちょっと時間ができたから。寄りに来た」

「おーそうかそうか」


 孫と話すような砕けた口調で、守衛は門を開けてくれる。「おカミさんは相変わらず?」「あー何も変わらんよ」食べかけのハンバーガーをテーブルに置きながら付け足す。


「いまバレずに職場で何個バーガー食って帰れるか試してるとこだ」

「そりゃいいや。頑張ってよ」


 グレンも、兵学校時代に戻った気分で手を振った。


「あいつらは……」


 敷地内をぐるりと見渡し、とりあえず脳内に馴染みの顔を思い出すと、アーマー整備庫(ドック)へ向かった。


 馴染みの場所に戻ってきたグレンは、久しぶりにその鉄片とオイルの臭いを嗅いだ。

 ハンガーの奥でいつものメンツの声が聞こえる。

 訓練を終え戻ってきたアーマーに取り付いている二人の作業着姿。


「おーい!」


 メカニックのトーマスとメイリン、兵学校時代に同じ小隊に所属していた。


「グレン? 戻ってたんだ」


 ゴーグルを外した、ブロンドヘアの白人の少年、トーマスが笑顔で手を差し出してグータッチする。


「久しぶりねー」


 中華系のころっとした少女メイリンも汗を拭って、レンチを作業台に置く。


「おう」


 彼女ともグータッチしたグレンは、整備中の懐かしい訓練アーマーを見上げる。

 《ラケルタ》という旧型アーマー。

 無骨で角張った胸部装甲に触れようとして、「ダメ」とメイリンに手を引っぱたかれる。


「塗装なおし、まだ乾いてない」

「スマン」

「休暇?」

「いや。ちょっとしたらまた“上”にいく」


 さっき自販機で買った缶ジュースを二人に渡す。


「上? 欧州戦線じゃなくて?」


 首を傾げるメイリンに「あぁ……」曖昧にうなずく。


「任務の話、聞いたよ。大変だったらしいね。よく五体満足で戻ってこれたもんだ」


 トーマスは作業台に腰かけ、缶のフタを開けた。


「……ああ……」


 グレンの脳裏に一瞬、貨物室に並ぶ遺体袋が浮かぶ。

 ついここに来る前も、ニコロ伍長の家族に会ってきた所だった。


『申し訳ありません。自分が不甲斐ないばかりに』


 奥さんを前に、そう口に出してはみたものの、まったく内実を(ともな)っている気はしなかった。

 不甲斐ないと言うことすらおこがましい。

 グレンには、ニコロを助ける術など何も持ち合わせていなかった。

 その力を持っていたのは……あの少女、アキラだ。


『謝ることなんて、何もありませんよ。気に負うこともどうかしないで』


 窓辺に立つ夫人の声はカラリとしていた。


『あなたは、あなたの人生を精一杯生きて。それがあの人の唯一の希望(のぞみ)です』


 その赤の他人に向ける優しさを、グレンは理解してしまった。

 ああこの人は、べつに俺に何の期待もしていなかったのだ。

 だから、怒らないのだ……。


「…………」


 かき消すように咳払いする。グレンの表情を読み取ったトーマスが、


「アーマー、回してくれたらいつでも整備するよ」


 と呑気な声をかける。


「……サンキュー」


 グレンもいい加減に気持ちを切り替えて、首を振る。


「けど、当分の間は使わなさそうだ」

「どういうコト?」


 喉を潤しながら、やや中国訛りの発声で聞き返すメイリン。


「試験があるんだよ」


 グレンは飲み干した缶をクシャッと潰し、携帯端末を取り出す。

 今朝、一通のメールが来ていた。

 差し出し名は無い。


 《V試験。本日22:00。ターミナル基地東口》。


「えっ、うそ、それってホントに界兵隊から??」

「なんでグレンが……」

「俺だって、何が何だかわかんねえよ」


 空軍基地から発進した輸送機が頭上を飛んでいく。


「なんで俺が《ボルツ》に……」


 結局、何も果たせなかったまま任務が終わり、

 その気持ちの整理もしきれていないうちに、次の任務が始まる。


 白界最大国オリュンテアでの内乱。

 ポータルを開く能力を持つ、“鍵の目”の亡命。


 あの任務から二世界の情勢には明確な変化が生まれた。


 大きな波が生じて、その中で自分が流されていっている。

 漠然とした居心地悪さと高揚が、グレンの胸には渦巻いていた。


 ※

 

「大佐。そろそろです」


 同じ頃、空の“上”では。

 秘書の呼びかけで、《ボルツ》 司令官ロバート・リンドヴルムはタブレット端末を手放した。


「あぁ、わかった」


 軍帽を被り、執務室を出ていく。


 ドアが閉まり、机で置きざりになった端末にはまだ明かりが灯っている。


 今回の試験の“候補生”たちが一覧名簿で並ぶ。

 その中には当然、「アキラ・イタカ」の名前もあった。

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