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アンダー・アース 終末姉弟渡界記  作者: 遁遁拍子
第3章 黒界・サンフランシスコ 白界・ニニギ
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4 日本人コミュニティ

 サンフランシスコにおける日系人コミュニティの歴史は古い。

 最初の移民は200年以上前にこの地にやってきた。


 災害、戦争、汚染を経て、コミュニティは縮小をしながらも生存し続けてきた。

 東京で最初のポータルが開かれ、日本列島が人の住めない汚染域となった20年前。

 サンフランシスコのコミュニティは、日本避難民の受け入れ先として機能とした。


 いま、アキラの目の前にいるのは、そんな経緯を持った人々だった。


「よく来たな」


 再会したカイダは、アキラに向かってぎこちない笑みを向けたあと、周りを見回した。


「彼女はアキラ。戦場で、俺の命を救ってくれた少女だ」


 拍手と歓声が上がる。まだ状況を飲み込みきれていないアキラは、そのままテーブルの椅子のひとつに案内された。

「では」カイダの隣で、ふくよかな女性がグラスを掲げる。


「私たちの新しい同胞。アキラさんを歓迎して、カンパイいたしましょう」


 フロアに集まった人々に宣言する。


「カンパイ!」


 長テーブルについた老若男女が一斉にグラスを打ち鳴らした。


「オレはカイ。そっちは妹のリン」

「よろしく~、アキラさん」


 アキラは、隣に座った若い男女にさっそく話しかけられた。反対側の隣にはミリーが座って、既に親しげに近くの人と挨拶を交わしている。


「ここにいる人、本当に……みんな?」

「あ~そうだぜ。まあつっても、俺らはハーフだけどね」


 カイとリンと名乗った兄妹は、共に黒髪だが、たしかに若干彫りが深めで欧米系の特徴もあるようだった。

 でも、同じテーブルに座った人々の半数くらいは、アキラにも馴染みのある、いわゆる“日本人”の顔をしていた。


「遠慮せずにいっぱい食べてね!」


 テーブルには和食メインのご馳走が並んでいる。


 それから食事をしながら、日本人コミュニティの概要と人々の経歴をカイが説明してくれた。


「運良くアメリカ行きの避難船に乗れた人。元々、汚染当時からこの街にいた人。

 複数の避難先をたらいまわしにされて、ここに流れ着いた人。色々いるよ」

「汚染当時のひっ迫した状況だと、どこの地域も避難民をそう簡単に受け入れてはくれなかったの。

 でもこの街(サンフランシスコ)は元々日系人が多く住んでて、

 彼らの働きかけのおかげで、私たちのママは受け入れてもらえた」


 リンが耳に髪をかけながら、さっきカンパイの音頭をとっていたふくよかな女性に、視線を向ける。


「……そうなのね」


 同じような境遇の人達に囲まれていると自覚して、アキラは妙な居心地になった。


「でもさ、君みたいに本島で生き残ってた人とは初めて会ったよ」


 そこにカイが活発な声をかけてくる。好奇心に満ちた目をして、待ちきれない様子で、


「カイダさんが任務中にたまたま助けたんだろ? それまで、どうやって暮らしてたんだ?」

「ちょっと、やめなよカイ」


 その筋肉質な二の腕を、リンがぐいっと引っ張る。「ごめんねいきなり」と眉をしかめたままアキラに謝った。


「ウチの兄貴、本当にデリカシーなくてさ」

「そうだぞ、思い出したくないこともあるだろう」

「無理しなくていいからね? あなたが話したくなった時に、言ってくれたらいいから」


 周りの大人たちも気遣う表情でフォローを入れてくる。


「べつに……気にしなくていいわよ」


 アキラは咳払いをした。


「私のことが聞きたいなら」


 その時、胸に込み上げた衝動のままに口を開こうとしたが、



「私は……シェルターに住んでて…………ッ……」


 言葉を口にした瞬間、嗅ぎなれた“臭い”が鼻をついた。


 隣のカイが食べているハンバーグが目に入った。

 ナイフで綺麗に裂かれた、赤みがかった断面から、肉汁が溢れ出す。


「ぐっぅ……!」


 その瞬間、耐えられなくなって席を立った。ガチャリと皿が落ちる音に「アキラさん!?」ミリーが気づいて、


「とっ、トイレに!」


 肩を支えてフロアから連れ出してくれた。


「大丈夫!?」

「いやっ、平気っ……気にしないでっ……」


 トイレの個室で一通り吐き出して、アキラは顔を上げた。


「……私は……平気……」


 個室から出ると、リンが目に涙を浮かべて抱きしめてきた。


「……ごめんなさい、そうだよね、辛かったよね。アキラさん……」


 耳元で優しく囁かれる。


「だ、大丈夫だってば……」


 視界の端ではミリーとカイが何やら話している。ミリーからの耳打ちを聞いて、カイが驚愕した顔で振り向いた。


「我々の配慮が足りませんでした。どうか許してください」


 その後、二人の母親ミチコからも深々とした謝罪を受けた。

 彼女らは、アキラがシェルターで“何を”食べていたのか知らなかったらしい。

 とはいえアキラも、その過去が自身にとってデリケートになっているという自覚すらなかった。


「やめて……それ以上されたら、私がやりづらくなるから」


 むしろ、騒ぎを起こして場を台無しにしてしまったことに、勿体なさを感じていた。


 その場は一旦お開きになった。

 皆が食器やテーブルを片付けている中、アキラはミリーに勧められて、テラスで夜風に当たっていた。


「気分は収まったか?」


 カイダがやってきた。片足に包帯が巻かれて、松葉杖をついていた。


「ええ。そっちこそ、その足……」

「いまはリハビリ中だ。治ったらまた部隊に戻る」


 隣の手すりにもたれかかってくる。

 その表情は固く、まるで怒っているかのような仏頂面だが、

 そうでは無いことくらいはアキラももう知っている。


「あの人たち……」

「ん?」

「私のこと、どこまで知ってるの?」


 不安を押し殺すように尋ねた。カイダはこちらの表情を少し確認してから、「詳しくは知らない」と気軽な風に返した。


「任務中のことは基本的に口外を禁じられている。察している部分は、あるだろうがな」

「じゃあ、私が……その、あなたの仲間を」

「ああ、知らない。知ったとしても、それで君を責めるような人たちじゃない」


 夜の通りは静かだが、建物の窓にはたくさん灯りが点って、まだ明るかった。


「俺がこの20年兵士として生きてこれたのも、彼らの存在が大きい。君にも会ってほしかった」

「……なんか変な感じだわ。みんな初対面なのに、私のこと心配して、気遣って」


 彼らの態度が嫌ではなかった。

 むしろ嬉しいはずなのだが、アキラは、どうにもその中に溶け込める気はしなかった。


世界はひとつの共同体ワールド・イズ・ワンコミュニティ


 不意にカイダが呟いた。


「え?」


 アキラが眉をひそめると、


「黒界連合が掲げるスローガンだ。いまや世界はひとつの共同体になった。

 あらゆる人種・民族が協力しなければ生き残れない社会。それが現代の黒界なんだ」


 彼は視線を、通りを挟んで向かいの建物に向ける。

 明かりのついた窓の中に、夕食を取る家族が見える。色々な肌、異なる顔立ちの人々がひとつの建物に混在している。


「見ず知らずの他者を愛し、互いに助け守り合う以外に、生き残る方法はないと。

 バカみたいな綺麗事だよ。でも、そんな方弁でも無ければ、俺たちが一つの街で共に暮らしていくことなどできなかった」

「…………そうでしょうね」


 アキラも、幼少から徹底した“共生教育”が刷り込まれてきた。

 隣人と仲良くしなさい。クラスメイトと仲良くしなさい。

 家族と仲良くしなさい。


 シェルターや街……狭く閉ざされた場所で人間同士が憎み合えば、待っているのは外よりも酷い地獄だ。

 シェルターでは、それを子供でも理解できるほど叩き込まれた。


「でも私たちは、たった二人になっても、毎日喧嘩ばっかりしてた」

「ああ。対立は必ず起こる。

 問題はそこで、いかに理性を持ち、対話による擦り合わせを行い、妥協点を探せるかだ」

「……無茶言わないでよ。あいつが妥協なんて」


 そう呟きながらもアキラは一度だけ弟が妥協したことを知っている。

 その声には意図せず感傷的なものが滲んだ。

 カイダは少し喋りすぎたと思ったのか、しばし口をつぐむ。


「……軍から、弟のことは聞いたんだな」


 ぎこちなく尋ねてきた。


「ん……ワレワレが見つけ出すから、私は休めって言われた」

「そうか。君はそれで納得したのか?」

「……」


 風が少し冷たくなってくる。

 そこに僅かに混じる潮の匂いを感じながら、アキラは肩を竦めた。


「べつに。探してもらうのが最善なら、それでいいわよ。私にどうこうできる範囲なんて超えてるし……」


 元々、“弟を守るのは自分でなければならない”、というようなこだわりがあったわけでもない。

 言い聞かせてるわけじゃない、とアキラは心の中で付け加えた。


「……そうか」


 カイダはそれ以上は聞き返さず、視線を景色に戻した。


「アキラさん」


 そこで、さっきの兄妹の母、ミチコがテラスに出てくる。


「私は孤児院をやってるの。あなたと同じくらいの子たちもいるから、いつでも遊びにおいでね」


 優しそうな目元が少し母を思い出した。


『ごめんね……』


 同時に、またあの臭いもよみがえっていた。


「また連絡する」


 カイダに去り際、少し心配したような声をかけられた。


「……ん、うん」


 アキラはぎこちない微笑みとともにうなずいた。

 コミュニティの人達に見送られ、その日はミリーと二人で帰路に着いた。


「どうでしたか? アキラさん」

「…………いい人たち、だったわ」


 彼女の方は見ずに返した。


 鼻の奥ではまだあの血の臭いがする。

 目を瞑ると、どこからとも無く悲鳴がこだます。


「また誘って」


 まぶたの裏にはっきりと刻まれたあの日の悪夢がある。


 私とあなたたちは違う。


 あなたたちには助けがあった。逃げる場所があった。

 地の底でなんの抵抗の余地もなく皆殺しにされた私たちとは違う。


 体験してきた人生(痛み)が。

 どんなに寄り添われたとしても、そこに真の共感は得られない。


「そうですか……よかったです!」


 アキラの心の声は当然目の前のミリーには届いていない。

 彼女は屈託のない笑顔でうなずく。


 こんなに良い人たちなのに。

 アキラはつくづく自分の内面性に嫌気がさした。

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