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アンダー・アース 終末姉弟渡界記  作者: 遁遁拍子
第3章 黒界・サンフランシスコ 白界・ニニギ
39/42

1 黒連都市

 《サンフランシスコ》


 交暦20年現在、黒界アメリカ大陸はその大半が人の住めない汚染領域となっている。

 白界においては少数民族以外の国家が存在しないエリアであるため、

 自然発生ポータルの“二世界の同座標地点を繋げる”

 という原理上、大規模国がこちら側に侵攻してくる危険は薄かった。


 代わりに、黒界アメリカは、大量の異獣と汚染被害に晒される地域となった。


 太平洋に面するサンフランシスコはその状況下でも堅牢な防衛力を誇り生存し続けた。

 黒連の中央政府、および軍の統合参謀本部が置かれる、現黒界の首都とでも言うべき都市である。

 かつて“霧の街”と呼ばれた美しき沿岸都市は、黒界人類の叡智を結集した武装城郭都市に生まれ変わった。


 市内の建物は旧市街の雰囲気が多く残るものの、内部は最新設備化されている。

 インフラや交通機関は旧来の物を整備、改装しつつ利用されているという。



 ※


「検査の結果が出たのですか」


 狭い書斎。閉められたカーテンの前に座る男が、机に肘をついて尋ねる。

 視線の先には、軍帽を脱ぎ、テーブルの前の椅子に座る、もう一人の男がいる。


「はい。彼女の遺伝子にはやはり白界人(はっかいじん)固有の配列が確認されました」

「……そうですか。では」

「同時に、黒界人(こっかいじん)の遺伝子も存在しました。彼女の証言は真実です」


 その回答に、男は深いため息をついた。


「本当に混血だと」

「はい。ですが、黒界連合憲章では、“異界混血”の権利に関する保証はありません。この場合、彼女を迎え入れるかどうかは各都市の判断に委ねられます」

「……我々の総意は変わりませんよ。彼女を街に入れたくはない」


 現サンフランシスコ市長オルム・ハーランドは、太ましい両手の指を固く組み合わせて答えた。


「彼女……汚染環境で長年生きていたんでしょう。しかも、異獣の肉を食べていたと。

 ただでさえ混血事例は前代未聞な上……未知の病原を抱えているリスクもある。市民に加えるにはあまりに、危険すぎる」


 軍から提供された彼女のデータは、“何の疾患もない極めて健康な状態”と結論づけられていたが、それだけで安心はできない。

 なにせ本当に、何もかもが未知なのだ。

 額に脂汗を浮かべながら、訴えかける視線を目の前の男に向ける。


「なぜこの街なのですか。オキナワの基地に隔離されるはずでは?」

「それは別事案の話です。彼女は半分は我々と同じ。しかもつい最近までは、自身の混血の事も知らなかったと話しています」


 大柄な身体をピッチリした軍服に包んだ男はおもむろに立ち上がり、書棚に近づく。


「彼女は……われらが黒連(こくれん)軍兵士と協力し、魔法士を撃退しました。

 その功労には報いなければならない。そうは思いませんか?」


 本を一冊引き抜き、パラパラとめくりながら振り向く。「はあ……」そんなことを俺に言われても。という悪態を噛み殺し、|ハーランドはハンカチで額を拭った。


「彼女には他者を慈しみ守る信念がある。迎えいれれば、この美しい街に貢献してくれますよ」

「…………」

 

 男が開いたページには、青い海原から連なる街並みの航空写真がある。城壁で隔離された現在はもう見れない景色。


「強制はできません」


 男は本を棚に戻すと、肩についた埃を指で払って、椅子に置いた軍帽を被り直す。


「ですがもう一度考えていただきたい。“隔たらない協力”こそが、我々が生き残ってきた方策ではありませんか」

「…………」


 沈黙するハーランドに背を向けて、男は扉に向かっていく。


「あなたは噂通りの方だ」


 つい我慢できなくなって、声をかけた。


「“新しき人類”の英雄、ロバート・リンドヴルム大佐」


 扉を開けて、外の光が差し込む。最後にもう一度振り返った男――リンドヴルムは、屈強な体躯に似合わない童顔に、人懐っこい微笑を浮かべていた。


「お褒めいただき光栄です。ハーランド市長」


 テレビで何度も見た、空色の黒界連合旗をバックに立っていた時と全く同じ顔。


 澄んだ茶色の瞳で、しょぼくれた老人の目を真っ直ぐ見つめ返す。キッチリした動作で敬礼をして、部屋を出ていく。


 相変わらず彼の掲げる正義は、どこまでも純粋で、どこまでも幼稚。

 しかし、この終わりかけの世界で人類がひとつになるには、彼のような旗印が必要なのも事実だった。


 ハーランドはため息をついて、机の引き出しからもう一度書類を取り出した。

 (くだん)の少女の検査データと経歴。

 混血という新しさ、地下シェルターで生き延びていた不屈の精神性。しかも強い。なるほど確かに軍が取り込みたくなりそうなキャラクターだ。


「……参ったなァ……」


 ()()()()()()()()()都市の立場から、軍の要望をそう何度も突っぱねることはできない。

 各都市に自治権があるとは言っても、前提として、都市は黒連政府の方針に従う義務がある。


 なんて言って市民を説得しよう……。


 薄くなった髪をポリポリかいて、ハーランドは机の角に置いた写真立てを手に取った。そこに映る孫たちとの夕飯を今日唯一の“光”としながら、市長席の椅子に思考を沈めていった。


 ※


「特例入都?」


 市役所庁舎1階、デスクでミリーは唐突に投げかけられた言葉を丸々聞き返した。

「そうだ。軍がらみだと」先輩の男性職員が机に書類をバサッと置いてくる。


「これ、仮住宅までの地図ね」

「……って……なんでこれを私に」

「今日の午後16時に3番ゲート前で出迎えな」

「私が行くんすか??」

「お前ヒマだろ。何せ、いきなり上から言われたことでな、いま対応出来るやつが他にいないんだ」


 たしかに、辺りの職員はみな忙しくなく自分の職務に没頭している。

 対して、入庁2年目のミリーには特定の持ち場はなく、他の職員のサポートが主である。まあ、ていのいい雑用係と言って差し支えない。


「頼むよ。今日は他の業務はやんなくていいから。こいつにだけ目を通しといてくれ。な」


 市民課の窓口には今日も老若男女大量の市民が押し寄せ、オフィスは戦場のごとき喧騒に包まれている。押し切るような先輩の声掛けに、反論を飲み込んだ。

 ミリーが雑用係になっていることには理由がある。

 彼女は、瞬発的な対応や自発的な働きは苦手だが、他人から指示された業務にはほぼ完璧に応えることができる。

 ようは、どんくさいが、従順。


「頼んだぞ」

「……はい」


 先輩は彼女の肩を軽く叩いて、「お待たせしましスミスさん~」すぐに笑顔で自身の窓口業務に戻っていく。

 ミリーは仕方なく、眼鏡をかけ直すと、「ふう」深呼吸して気持ちを入れ直す。

 書類をぺらりとめくり、そこに記された情報のインプットに集中していった。


「………………この子……すごい」


 はっと顔を上げると、時計は15時50分を指していた。「あれっ?」さっき昼休みが終わった所だったのに、いつの間にか三時間近く経過していたらしい。


「やばいっ!」


 慌てて席を立ち、必要書類を詰め込んだカバンと上衣を持って庁舎を飛び出した。


 ホール前の広場では、今日婚姻届を提出したらしい若い夫婦が記念写真を撮っている。

 彼らとカメラの間を「すみません!」と突き抜け、ケーブルカーの駅に向かう。

 三番ゲートは太平洋側のゲート。主に駐留軍が使う都市内への入口だった。


 駅から赤色のケーブルカーに乗り込む。IDカードをタッチして席に座る。

 窓から見える街並みでは、誰ひとり防護服を着ていない。代わりに、街はぐるりとまるごと巨大な壁に囲まれている。


 降車するなり裏路地を猛ダッシュする。近道を通ってなんとか16時10分に三番ゲートに到着。

 そこにはまだ人気はない。


「よ……よかった……間に合った」


 ずり下がっていた眼鏡をなおし、一息つく。

 ところで今回の入都者、どんな見た目なんだろう。資料には経歴のみで顔写真などはついていなかった。


 経歴を見る限りはかなり過酷な生い立ちを持つようだったが……。


「うーん」


 シガニー・ウィーバーのようなたくましい感じの顔をミリーが思い浮かべた時、

 ちょうど目の前の扉から警告音が鳴り響いた。


 慌てて黄色線の後ろまで離れる。

 ゴリゴリと音を立てて扉が解放される。


「離せ!!」

「オイッ! 暴れるな!!」


 まず出てきたのは、迷彩軍服の兵士たち。その手に携えられた黒い自動小銃が目に入り、ミリーの心臓がドキリと跳ねる。


 次いで、例の入都者が現れた。


 歳は高校生くらいで、ボーイッシュな短い黒髪とやや鋭い目つきが印象的な、日本人の少女。

 彼女はいま、兵士たちに羽交い締めにされ、無理やり門から引きずり出されようとしていた。


「離せっつってんでしょ!! 私のナイフ返せよッ!!」


 コワッ!!

 ミリーが肩を抱いて震えていると、


「あなたが市の担当者ですか」


 先頭の兵士が硬い声で尋ねてくる。「は、はい」慌ててカバンを開き、受領書を取り出す。


「こちらで……」

「ごわっ!!」

「ぎゃあ!!」


 その間、背後では屈強な兵士たちが次々と投げ飛ばされている。


「……たしかに」


 書類の受け取った兵士は、「街中には持ち込めん! さっき説明したろ」と、何とか少女を落ち着かせて、ミリーの前まで連れてきた。


「チッ……」


 めちゃくちゃ不機嫌そうな顔だ。もう眉間にシワが刻まれまくっている。


「えと……初めまして。アキラさん。私はミリー・アーキンです」


 背筋を正して自己紹介する。


「あなたがこの街で暮らすサポートをさせていただきます。どうか、何卒、よろしくお願いします」


 なんとか誠意が伝わるように、深々と頭を下げた。


「…………」

「……アキラ、さん?」


 ところが顔をあげると、少女アキラはこちらを見ていなかった。「あ?」数秒遅れで視線をこちらに戻し、何を言われたか察した顔をして、


「……ああ、うん。よろしく」


 気の抜けた声を発した。


 これがアキラの新生活の始まりだった。

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