25 渡カイ
“第二の地球”は太陽光を遮らない。
それは出現からすぐに判明した事実である。
我々の世界の空に居座るその巨星は、あくまで実物ではないので、
宇宙からの光線や放射線は透過され、そのまま地表に降り注ぐ。
広大な雲海と、落ちかけた陽光の狭間で、その黒い機体は航行していた。
兵員を運ぶことのみを目的とした軍用機はたいてい、窮屈な内装をしている。
ただこの機体は違う。さながら小太りのコウモリのようなシルエットを持つ。
その膨らんだ腹にあたる収容部は、少数の兵員を、複数の任務をまたいで輸送することを想定している。
ある程度の自由なスペースを確保している。
室内には、移動中に兵士らがリラックスできるような設備が整えられていた。
「フンッ……ムンッ……」
いまそこには三人の兵士がいる。一人は、腕立て伏せをする屈強な男。
アフリカ系遺伝子由来の凄まじい筋肉量。はち切れそうなタンクトップから覗くチョコレート色の肌には、無数の古傷が刻まれている。
床に置かれたスピーカーからはロッキーのテーマが流されており、ちょうどサビに入るところだった。
「…………ぐぅ……」
男なら誰もが筋トレしたくなるその音楽を聴きながら、隣席の兵士は熟睡している。
ブランケットをかけて、座席をめいっぱい倒し、耳栓とアイマスクをつけた完全防備だった。
「チュー……」
さらに、もう一人も寝転がってのんきに雑誌を読んでいた。
小麦色の肌に目元まで覆うくせ髪。
ベジタブルスムージーを口いっぱいに吸って、カップを座席のホルダーにはめ直す。
『到着まであと15分』
ロッキーのテーマが終わったところで、ちょうど機内放送が響いた。
「ん……よし」
クリスチャン・テイルズは耳栓越しにそれを察知し、アイマスクを取った。
くっきりした目鼻立ちの白人。焦げ茶色の髪をビジネスマンのようなオールバックにしている。
睡眠グッズ一式を座席横のポケットに仕舞い、代わりにクシを取り出す。
「……ベスは一人で大丈夫かしら……」
筋トレを終えた兵士がタオルを手に呟く。光沢ある肌の上で汗がキラキラ光っていた。
「あいつは引き際はわきまえてる。死にそうになったらちゃんと逃げるだろ」
テイルズはクシで寝癖を撫でつけながら返す。
「そうだろうけど……心配ねぇ。大きな怪我とかしてないといいけど……」
アフリカ系兵士、ギルバートは女々しいため息をついた。
頭にピンク色のタオルを巻き、片手でプロテインシェイカーを振り始める。
「はァ~……私たちが戻ってから一緒に行けばよかったのに……ねえ? そう思わない? テイルズ」
入念に、丹念に、粉末が溶けきっても、もう片手を頬に当てて一心不乱に振り続ける。
「心配だわぁやっぱり……」
「切り替えろよ、ギル」
クシを仕舞ってジャケットを羽織ったテイルズは、「おい、ノートン」もう一人の部下にも話を振った。
「ん?」
「例のブツはちゃんと持ってきてるだろ?」
「……ああ……ウン」
アラブ系のノートンは、菜園の雑誌を閉じた。持ち込みのバッグをまさぐり、タブレット端末を取り出す。
「お菓子は……スナック系とポテトチップス……漫画はとりあえず、ニッポンの少女漫画を中心にダウンロードしてきた」
と、画面をスワイプさせていく。
「あいつ少女漫画読まねえだろ」
「え?」
「少年漫画が好きだったんでしょ? ドラゴンボールとか」
プロテインを飲みながら、ギルバートが補足する。「そうなの?」ノートンは目をしばたさせた。「そうそう、ワンピースとかな」テイルズが手を叩いて同調する。
「いや、ワンピースはたしか読んでなかったわね」
「え、ウソ」
「アニメ派なんだって」
「そんな奴いんのかよ??」
「別にいるでしょ」
「うーん、少年漫画は……ベルサイユのばらと、あとベルセルクの14巻までしかない」
「一番良いとこじゃねえか。蝕のとこだろ。蝕」
「あんな悲惨なの10代女子に見せられるわけないでしょ。ベルばらにしましょ」
「少女漫画じゃねえか」
「あら、男女問わない名作よ?」
コミックマニア・ベスの影響で、いまボルツ第四分隊では空前の漫画ブームが起きていた。
『あと三分で到着です』
また機内放送で流れて、緩みかけていた三人の空気が、引き締まる。
「……そろそろ行くか」
座席に置いていた紙コップの水を飲み干し、テイルズが合図した。
小太りのコウモリが、焼け野原に着陸する。
そこには、既に複数のヘリや輸送機が駐機しており、防護服姿の兵員たちが忙しなく行き交っていた。
機体側面の扉が開き、タラップから三人の兵士が降り立つ。
「……もう終わってるな」
テイルズがアーマーのヘルメットをポリポリ掻いた。
魔法使いとの戦闘を想定し、フル装備で出撃した《ボルツ》第四分隊だったが、
周りの人々はチラッと彼らを見るだけで、すぐに自分たちの作業に戻っていく。
「完全に終わってるわね。これは」
「みんな~! お~い!」
ギルバートが呟いた時、一人の少女が駆け寄ってきた。
朱色のアーマーに身を包み、片腕をギプスで首から下げ、もう片手も包帯に巻かれている。
「ギル~!!」
「ベス~~!」
ボルツの最年少隊員、ベスが、屈強なギルバートの胸に抱きつく。
「だぁ~~疲れた~~!」
「無事でよかったわ♡ ひとりでよく頑張ったわね~~」
体を預けて脱力する彼女の頭を、ギルバートはガシガシと撫でた。
「お土産も持ってきたわよ?」
「マジ?? なになに?」
「ベルサイユのばら」
「うわ……いちばん丁度いい巻数だわ。帰りのフライトで3週目読破するわ」
「その腕じゃあ無理でしょ」
深緑色の地味なアーマーを着たノートンが小声で口を挟む。「たしかに!」ベスは今気づいたように包帯巻きの両腕を見て、
「じゃあノッチが読ませてよ」
「…………ヤダ」
「いいじゃない~、何まだ照れてるの?」
「照れてない」
「ようベス。怪我の具合はどうだ?」
一方、別の兵士から状況報告を聞いていたテイルズが戻ってきた。彼のアーマーはさながら狼を思わせるシャープで攻撃的な形をしている。
ベスがぎくりと肩を跳ねさせる。彼の声のトーンが、いつもより低かったからだ。
「ゲッ、テイルズ……」
「隊長だろ、コラ。……試作アーマー《ベルムヘロス》を民間人に着させたってのは本当か?」
「……ハイ」
片足重心で立ち、目を逸らして答えるベス。
「開発に、ウン百万ドルかかった、封印機構つき眼帯を壊したのも?」
「………………ごめんなさぁい、隊長~」
上目遣いによる恩赦を試みたが、「何枚始末書かかせる気だッ!!」何の効果もなかった。
「腱鞘炎になるわ!! また指に受験生みてえなペンだこが出来るわ、ボケ!!」
「電子で入力すればいいのに」
「怪我人相手に怒りすぎよ、隊長」
今にも飛びかかりそうな勢いのテイルズを、ノートンとギルバートが平熱でなだめる。
「あァ? お前らヒラ隊員はいいよな、後始末はぜーんぶ隊長がひとりでやってくれるからいいよなァ??」
「まあまあ。そのぶんの埋め合わせはするわよねぇ、ベス」
「もちろん! プリングルス1ヶ月分の用意があるよ」
「許すかっ!」
彼らが会話する前では、負傷兵が次々と担架で運ばれていく。その中にはカイダの姿もあり、振り向いたテイルズと一瞬目があった。
「……生存者は兵士5名と……民間人2名だったな。ターゲットは? 収容は済んだのか」
「パシパエちゃんなら大丈夫。いまは鎮静剤を投与して……《ベルムヘロス》に入れて運んでるよ」
少し顎を引いたテイルズに、ベスが「あちらでーす」と指さす。
棺桶のような体勢で横倒しになった黒い鎧、《ベルムヘロス》があった。
当初の機能、ターゲットの拘束具としてバギーの荷台に懸架され、輸送機に運び込まれている。
「まさか、自分で追手を返り討ちにするとはねェ……」
ふとギルバートがぼやいた。「そんなことできるなら、最初からやって欲しいもんだわ」と困ったように言う。
「あの子の魔法、もうヤバかったよ~。完全に一線越えちゃってる感じ」
ベスが興奮冷めやらない、といった口振りで説明する。
「オスカルとアンドレが結ばれた時くらいの衝撃だった」
「もういいだろベルばらの話は。それより、敵の死体は。回収したのか」
テイルズが話を戻す。
その時、ちょうど伝令兵が駆け寄ってきた。
「ご苦労さまです」
なぜ口頭なのかというと、魔力汚染下では無線通信は阻害されるためだ。
生真面目そうな若い兵。背筋を正して敬礼しようとするが、テイルズは手で制する。
「俺たちにそれはいい。で、なんだ」
「は……“鎖”の魔法使いの収容が完了しました」
今回の任務で敵となった魔法使いは二人。
どちらも白界・オリュンテア王国の軍属魔法士らしく、
事前情報では“鎖”と“白騎士”との仮称が振られていた。
「“白騎士”の方も、捜索班のドローンが発見したとのことです」
「噂をすれば、ね」
「わかった。お前は先乗ってろ、ベス」
「は~い」
ベスを負傷兵とともに行かせて、テイルズは「行くぞ」と残りの部下に声をかける。
三人が伝令兵について歩き出した。その時、「うわぁあっ!」不意に悲鳴が聞こえてきた。
「おい! こっちにまだ異獣がいる!」
簡易テントの近くの地面が盛り上がり、目の無い泥だらけの生物が顔を出していた。
「ォォオオオオアア!!」
巨大なモグラのような異獣。
魔法使いの戦いで森が焼き払われた最中、地中に逃れて生き延びていたようだ。
傷ついた体の表面から蒸気を上げながら、すみやかな栄養補給のため、近くの兵士を襲い始める。
「負傷者に近づかせるな!」
「早く、BF弾を持ってこい!!」
慌ただしく対応し、怒号が飛び交う中。「おい」テイルズの命を受けたノートンが即座に拳銃を抜いた。
流れるような動作で両腕を伸ばし、体との間に二等辺三角形を作る、射撃姿勢をとる。
パン、パン、パン、パンッ…………。
乾いた銃声が続けて四発。喧騒の中に響く。
「――ギィアッ――ァ――」
モグラが短い悲鳴をあげる。「グッ……グッ」低いうめきを上げながら数秒もがき、やがて崩れ落ちた。
姿勢を解除し、銃を胸元にキープするノートン。
「え……?」
余りに唐突な事態終息に、火器をかき集めていた兵士たちは立ち尽くした。
ありえない。
9ミリの拳銃弾などでは、数メートルの至近距離でもなければ異獣を殺すことはできないはずだ。
彼と標的の間には間違いなく50メートル以上の距離がある。
「……で」
答えは、死体の眉間に空いた一つの銃創にあった。
その他には傷はない。周囲に外れた弾もない。
つまり、同じ一点に四発命中させた
「あ……え?」
「やっこさんはどこだ?」
まだ呆然とする兵士の肩を叩き、テイルズは何事も無かったように尋ねた。
先導役と護送役の車両に続き、《ボルツ》を乗せたバギーが焼け野原に出発する。
「ほんっとに何もないわねェ~」
土埃を上げて疾走する車両たち。
がたがたと激しく揺れる荷台では、ギルバートがオーバーなリアクションで辺りを見回している。
「さすがは魔鍵眼の魔法……ね」
「…………」
隣では狙撃銃を抱えたノートンが、座り心地悪そうに車体側に体を預けていた。
「生存者からの報告によると……白騎士の使用魔法は主に電気系統のようです」
伝令兵、シェーンが強張った声で言う。さっきちょっと話を聞いたら、今回が初任務らしかった。
「また、補助として風と水の魔法も使うとのことです。
奴がまだ生きているのかまでは……ドローンでは判別できませんでした」
「それだけわかってりゃ充分だよ」
まだ緊張の色が残る新兵に、テイルズは自動小銃の点検をしながら応えた。
「……おまえ、名前はシェーン、だっけか? ちょっとした校外学習だ」
と、少し身を乗り出して話を変える。
「《魔法》は、白界においても誰でも使える技術じゃないってのは、兵学校で習ったよな?」
「え、あ、は、はい」
急な問いかけに反射的に背筋を正すシェーン。
「こちら側が白界文明の研究を開始して……すぐ判明した事実です」
「そうだ。中でも戦闘に使えるレベルの者はさらに一握り。
そして、限られた人生の中でより高みに至るため、魔法使いたちはたいてい、“自分に合った特定属の魔法のみ”を極めることが多い。この意味わかるか?」
「えっと……」
一気に色々言われたシェーンは困惑して言い淀む。
「狭く、深く派が多い……」
「そうだ。“魔法”は万能だが、“魔法使い”は万能じゃない」
被せ気味に言って、テイルズは点検を終えた銃に弾倉を差し込んだ。
「なるほど、そういうことですね」コクコクうなずくシェーン。
「奴らがどんなに強大で厄介な戦力を持っていようが、あくまでそれは人知の範囲内。
力の内容を知り、分析し、適切な対策をすれば……戦う前に勝てる」
ボルトリリースを押して、初弾を装填するテイルズ。
「もちろん俺たちの近代兵器でな。お前が教えてくれた情報のおかげで、今回は楽勝ってことだ」
「……はい」
そう気楽な声をかけ、新兵の肩がようやく少しほぐれた頃。
何も無い景色の中にポツポツと、焼け残った建物の残骸が見え始めた。
バギーはその一角で停車した。
荷台から降りた兵士たちが隊列を組む。ボルツの三人の兵士が、先頭、中央、最後尾にそれぞれ位置し、全体をカバーする形で、建物群の捜索を始めた。
先頭のテイルズが半壊した廃墟に踏み込む。銃身に着けたライトで暗がりを照らしながら、「コチラです」案内役の指示する方向へ進んでいく。
「クリア!」
通路を周り、部屋をひとつひとつ確認していく。
「クリア!」
「いました! 目標発見!」
テイルズの無線にノイズ混じりの報告が入った。
狭い更衣室のような一室の奥に、その鎧姿は横たわっていた。
天井に空いた大きな穴から、外光が差し込んで、黒い血溜まりにてらてらと反射している。
白い鎧は各所がひび割れ、破損し、ほぼ“真っ赤な鎧”と言って差し支えない無惨な姿と化していた。
欠損している部分は無いようだが、見たところ、手足は全てひしゃげ折れている。
腹部の傷穴も深く、内臓まで損傷していそうだ。
「この状態では基地まで持ちません。処置をしますか?」
「当然だ。一度の拷問もせずにくたばらせてやるか。絶対に死なせるな」
「了解」
すぐに外の車両から医療班が呼ばれる。
赤と白のマーキング付きアーマーを着た、同じような背格好の兵士たちが入ってきた。
「まず止血だ、冷却スプレーと保護ジェルを」
「了解、鎧を脱がす」
「端の割れたとこから引っぺがしてけ。俺は胸板部を切開する」
彼らは速やかに救急キットを広げ、処置を始めた。
狭い室内にチェンソーの甲高い音が響く。
「硬いっ……何だこの素材は……」
作業を進める医療兵たちをテイルズは一歩引いて見ていた。
ふと、白騎士の右腕に目をつけた。「おい」隣で小銃を構えて立つシェーンに確認する。
「奴が“石杖”として使っていたのは左腕のガントレットだけだな?」
「え? はい……報告ではそうですが……何故です?」
新兵の問い返しを一旦無視し、白騎士に向き直る。
ちょうどフルフェイスの兜を脱がされようとする所だった。「ん……?」素顔を覗き込んだ医療兵が、怪訝な声を発する。
「どうした」
テイルズが近づこうとした、その時、白騎士の右手が僅かに動いた。
紫の光が瞬く。
「――全員離れろッ!!」
「ぐあっ!?」
床に応急キットが散乱する。
騒がしい金属音の中、医療兵たちが一斉に弾き飛ばされ、壁や天井に激突した。
まだ回転するチェンソーの刃が呆然と立ち尽くすシェーンに向かって飛んでくる。
「うわっ!」
思わず身をかがめた新兵を、テイルズが腕を伸ばして庇う。
「チッ――ギルバート!!」
刃を弾き飛ばし振り向く。
白騎士の姿が消えていた。
「逃げたぞ!」
「撃て撃て!!」
通路を、目にも止まらぬ速度で移動する。
兵士たちが次々発砲するが、白騎士には一発足りとも当たらなかった。
「クソ……!! あの状態でなんで動けるっ!?」
いまの白騎士は、右腕と、左足だけで走っていた。それぞれもう片方の手足は力なく垂れ下がっている。
「ふっ……ふっ……」
一目散に建物の出口へ向かう。
あと一歩で外へ――というところで、屈強な人影が立ち塞がった。
ドガッ!!
ギルバートの射撃が白騎士を捉えた。
よろめき、立ち止まった所に、さらに両手の散弾の連射が襲う。
「ッ……」
その制圧力に、為す術なく室内に押し戻される。
なんとか火線から抜け出した白騎士は、柱の影に飛び込んだ。
「囲め!! 逃がすなよ」
追いついてきたテイルズたちがさらに一斉射を始める。廊下の前後から無数の弾が殺到し、白騎士をその場で張り付けにした。
「ッ……ぐ……!」
弾丸の大半は柱か鎧に弾かれるが、一部は割れた隙間から生身に当たった。
右腕のガントレットに仕込まれた緊急治癒魔法を発動できたはいいものの、このレベルの重傷は、すぐには完治できない。
「ぉおおおおッ!!」
銃撃に耐え、ようやく骨が繋がった左腕を振り上げる。ガントレット内の魔石に残った最後の魔力を振り絞り、兵士たちに反撃するために。
詠唱しようとした瞬間――轟音が白騎士の耳をつんざいた。
「…………!!」
赤黒い霧が視界に発し、高速の何かが目の前の壁に突き刺さる。
左腕を下ろすと、肘から先が無くなっていた。
「ッ……ぐあっ!?」
鮮血を溢れさせる断面を押さえながら、白騎士は壁に穿たれた“弾痕”の直線上にある、窓を見た。
そこから約200メートル離れた廃墟の屋上。
狙撃を成功させたノートンは、光学スコープ越しに敵と目を合わせていた。
「杖を破壊」
報告しながら銃のボルトを引く。50口径の太長い薬莢がひび割れた床にころげ落ちた。
次弾装填。照準を鎧の兜に定める。
『まだだ、ノートン!!』
引き金に指をかけた時、テイルズの切迫した声が返ってきた。
『――右腕もだ!』
反応し――照準を定め直すより早く、白騎士の右腕ガントレットが光を発していた。
直後、照準から標的が消えた。
「いまのは――」
一瞬の出来事だった。
即座に立ち上がるノートン。腰の拳銃に手をやりながら周囲を警戒するが、屋上に気配はない。
再度スコープを覗くと、標的がいた場所にテイルズたちが駆けつけてくる。
彼はしばしその場を見回し、無言でノートンの方を見た。
「……窓から出たんじゃねえな。いまのは」
『うん。転移魔法だ。詠唱してないから、たぶん魔道具』
「チッ……なんてこった」
テイルズはヘルメット内に短い舌打ちを響かせた。
魔道具……物に予め魔法を組み込み詠唱無しで発動させる白界技術。
持ち運びできるサイズだと、単純な機能の魔法しか組み込めない、というのが軍研究部の所見だった。
「治癒に転移……複数の高難度魔法を詰め込んでいるとは、ずいぶん贅沢な装備じゃねえか」
こちらの予想は外れていた。もしくは、オリュンテアが新しく完成させた技術か。
いずれにせよ、そんな高等な物を持たせているとは、相当敵に渡したくない秘密があったのだろうか?
「…………」
テイルズは顎に手を当て思考する。
単に情報漏れを防ぐなら自害させればいい。
そうではなく、緊急脱出……。
「奴らをこっちに寄越したポータル……まさか」
「テイルズ少佐! 敵はどこに……我々はどっ、どうすれば……??」
敵の消失に動揺したシェーンたちが四方を見回している。
「テイルズっ!」
ギルバートの焦れた呼び掛けに、ようやく顎から手を離す。「キャンプに戻るぞ」その場の全員に指示した。
「奴はもうここにはいない。だが逃げてもねえ。ターゲットが、危険だ」
※
数分前。ジローとアキラの元に輸送機が着陸した。
コウモリのような黒く平べったいシルエット。それは彼らを運ぶ専用機だった。
「さっさと歩け」
無機質なアーマー姿の兵士に、乱雑に背中を押されて歩く。「おい」近くにいたグレンが声をかけた。
「そのふたりも保護対象だ。丁重に扱えよ」
相変わらず険のある口調で釘を刺す。「……フン」兵士はグレンを一瞥しただけで、姉弟を急かす態度は変えないままタラップを上がらせた。
「これからどこに行くんですか?」
小さな扉の中にふたりを押し込んで、さっさと出ていこうとする兵士に、ジローが尋ねる。
「サンフランシスコだ。聞いてないのか」
「どこよ、それ」
やや敵意を込めた声でアキラが問い返す。
「黒連軍の統合本部がある都市だ。そこで今後の処遇が決まる」
無表情のヘルメットを振り向かせて、兵士は端的に答えた。そして今度こそ機外に出て行った。
「……まぁ、お前らは入れないけどな」
去り際、ぼそりと呟いた言葉は、姉弟には聞こえなかった。
重い音を立てて扉が閉鎖される。
「…………」
狭い機内には、十席以上の座席がずらりと並べられていた。
姉弟はその二つにポツンと横並びに座り、大人しく離陸を待っていた。
隣に降りた輸送機にはあの黒鎧が棺のように運ばれていく。
あの戦闘の後、意識を失ったパシパエは兵士たちによって鎧に収められ格納された。
「……あの子は……」
これからどうなる。と、弟に聞いても仕方ないことはわかっていた。
アキラは開きかけた口をつぐみ、行き場のない目線を小さな窓にやった。外では兵士たちやバギーが忙しなく行き交っている。
「パシパエは、人間だよ」
ジローは前の背もたれを見つめ、杖をぎゅっと握りしめて断言した。
「僕たちと同じように扱われるはずだ」
「あいつらは、そう思ってないみたいよ」
窓を向いたままアキラが応える。バギーに懸架された黒鎧がこちらに運ばれてくる。
ふたりが乗っている機体の、すぐ隣に着陸した機体に乗せられるようだった。
「もしこの先、軍がパシパエを閉じ込め続けるなら……」
ジローが顎に手を当てて唸る。
「それに、僕らの自由も奪うなら、何か手を打たなくちゃいけない」
「手って……?」
「…………」
彼は黙っている。「何よ。考えがあるの?」アキラがもう一度聞き返そうとしたその時、外で光が発した。
「ッ――――――」
灰色の空から太い稲妻が伸びて、隣の輸送機に着弾した。
凄まじい轟音とともに全体が炎に包まれる。
両翼のタービンエンジンが引火しさらに大爆発を起こす。近くにいた兵士たちがまとめて吹き飛ばされ、ジローたちがいる機内にまでガタガタと揺れが伝わった。
「なに!?」
「パシパエの飛行機が……!」
ふたりは顔を見合せ、席を立った。
扉はロックされている。「クッ!」アキラが思い切り殴っても、蹴っても、分厚い鉄板が凹むだけで開くことはなかった。
「誰か! 開けて!」
「こっちだ!」
ジローが提案、窓から出ることにする。アキラがガラスを殴り割った瞬間、熱気が機内に入ってきた。
窓枠についたガラスを除去し、ジローがまず外に這い出した。
幅広の主翼の上に着地する。
続いてアキラも出ようとするが、窓枠が狭く、肩がつっかえた。
「……ちょっ……ジロー! 待ちなさい!」
ジローはそのまま主翼の上を慎重に歩いて、隣の機体に飛び移っていく。
「これは……」
機体は爆発によって左右真っ二つに割れていた。穴から中を覗くと、立ちのぼる炎と黒煙でかなり視界が悪かった。
袖で口と鼻を多い、姿勢を低くして、機内に降り立つ。
「パシパエ……どこだ?」
彼女は黒い鎧に収納される前に鎮静剤を打たれ、意識を失っていた。
自力では脱出できない。
自分が行かなくても誰かが助け出してくれているだろう、などと考える回路はジローには無かった。
アーマーを格納する貨物スペースへやってくるが、動く物は何も無かった。
ふと、足元に何かが落ちていた。
拾い上げる。
「これは……」
黒鎧のヘルメットだった。
嫌な予感を感じて振り向くと、立ち並ぶハンガーのひとつの前に、鎧姿が立っていた。
もはや、そう呼んでいいかも怪しいほど損壊し、血にまみれた白騎士。
彼はハンガーに眠る黒鎧の胸元を掴んでいた。ヘルメットが外され、目を瞑ったままのパシパエの素顔が見える。
「パシパエ!」
反射的に叫んでいた。この場で白騎士に抵抗できるのは彼女しかいない。
杖は手元にある。これを彼女に渡せば…………。
しかし少女は固く目を閉じ動かない。代わりに白騎士が反応し、振り向いた。
左腕がない。兜を脱いでいる――その素顔を見て、ジローの思考は止まった。
「……君は……」
こちらを冷たく睨む、まつ毛の多い瞳に、淡い紫色の光が宿る。
「クソッ……ふんむ!」
アキラは、窓枠を無理やりひしゃげ広げて、なんとか機外に脱出した。
すぐに弟を追おうとする。
が、直後、凄まじい光が視界を覆う。
「ッ……」
また雷かと思った。でも、違う。
目の前の半壊した機体の中から、眩い“光の柱”が、空に昇っていく。
あまりの高熱で、周囲の物が焼き焦げる臭いがして、そこかしこから煙が上がる。
顔面を殴りつけるような爆風がアキラを襲う。
弾き飛ばされ、なんとか尾翼にしがみついて耐えながら、アキラは、それが何の現象か遅れて理解した。
「……まさか。ウソ」
心臓が早鐘を打つ。足をもつれさせながら、残骸に踏み込む。
「ジロー! どこ!?」
機内には人の気配は無い。内装は黒焦げを通り越して溶けている所も多く、光の熱の凄まじさを感じさせた。
「ジロー!! パシパエ! 返事して!」
「アキラちゃん!」
貨物室に入るとベスがいた。白い簡易防護服に身をつつみ、武装した兵士を連れている。
「ベス……ふたりは??」
アキラの問いかけに、ベスは首を振った。
「やられた……二人ともいない」
彼女は淡々といつもと変わらないトーンで言って、地面に目を落とした。
「連れ去られちゃったみたい」
「つれ……さられ……」
貨物室の天井には大きな穴が空いていた。地面はその穴の形を写したような丸形に窪んでおり、底が焼け焦げていた。
さながら“クレーター”のように。
フラッシュバックする廃墟の街で見た光景。
『光の柱、ポータルだよ』
アキラは強烈な目眩がして、膝を着いた。
「…………なんで……」
「素顔を見た兵士によるとね。あの白いヤツもパシパエちゃんと同じ“目”を持ってたみたいなの。
それで向こう側に――」
ベスがテイルズたちから聞いた報告を伝えるが、もうアキラの耳には届いていなかった。
「………どうしよう…………」
光の柱によって灰色の雲が散らされ、あらわになった空に、
“第二の地球”の巨大な像が顔を出す。
「どうしよう…………母さん……」
途方もなく遠いその星を、アキラは呆然と見上げることしかできなかった。
こうして姉弟は二つの世界に別れた。
|《第二章 終わり》




