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アンダー・アース 終末姉弟死線記  作者: 遁遁拍子
第2章 黒界・日本
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24 魔法使いたちの戦い

 暗い――閉鎖的な視界の中、自分の息遣いとうめき声だけが聞こえる。

 巨樹の根元に横たわったアーマーの中で、アキラは目を覚ました。


「うっ……ふぐ……ぬあっ!」


 数十秒、試行錯誤の末なんとか脇腹の非常脱出スイッチを見つける。


「はぁっ……はっ……」


 開放されたバックパックを押しのけ、外に出ると、まず焼け焦げた木々が目に入った。

 白騎士の放った電撃の影響で所々まだ炎が立っている。


 近くにはバラバラに破壊された銃剣が落ちていた。さすがにもう使えそうもない。

 仕方なく、ナイフだけを拾って森を歩いていく。

 しばらく進むと、ドゴーン、と遠い轟音が聞こえてきて、切り立った崖に出た。


 崖下には想定外の光景が広がっていた。


 ※


 パシパエは気づけば、何も無い白い空間にたっていた。


 あれ……私……何してたんだっけ。

 夢の中のように思考がおぼつかない。でも、この場所はなんだかずっと前にも来たことがある気がする。

 彼女の目の前には小さな“穴”があった。そこから外の景色が見える。


 眼帯を外した自分がジローたちの立っていた。堂々とした顔で杖を構えている。


『……あなたは……』


「ようやく(わらわ)の出番だな」


 王女が眼帯を外した瞬間、空気が変わった。白騎士は鎧の中、全身の肌が粟立つ感覚を味わっていた。


「なんだ……随分派手な状況になってるじゃないか?」


 魔力は普通、人間の目で視認することはできない。だが、異変を察知する生物の本能として、その“濃さ”を感じることはできる。

 姉弟がクレーターに立った時に感じた肌がピリつく感覚などがそうである。


『あの王女には怪物が宿っている』


 今にも目で見えそうなほど濃くなった魔力の中心で、少女はまつ毛の多い目を見開いて口角を吊り上げ、周りを見渡していた。


「フム……ともかく、感謝するぞ、黒界の民よ。よくぞ妾を解放してくれた」

「わ、わらわ……?」


 困惑するジローたちに話しかける。

 肩を開き、大きく息を吸い込んで、


「ウン、若干焦げ臭いが……爽快な気分だ!

 お前たち、礼として今日一日は命を保証してやる」


 と、自信に満ちた顔で胸に拳を当てる。


「あぁ……えっと……ありがとう……?」


 話し方、表情も仕草も、先ほどまでとはまるで別人だ。ジローたちがその変化に対応しきれていない間に、


「それが貴方の本性ですか、王女」


 白騎士は冷静に話しかける。「随分と猫を被っていらしたのですねぇ」ドロメタスが冷やかすように言った。

 

「本性?」


 パシパエは振り向き、ゆっくりと首を傾げる。


「おまえが“コイツ”の何を知ってるんだ?」

「……は?」


 手の中で杖をくるくると回しながら、不敵に笑っている。


「何がおかしい」

「いや……随分みすぼらしい連中だと思ってなァ。兄上殿はこの程度で妾を(とら)えられると思ったのか。

 ……それとも王子をたぶらかした魔女の采配か?」

「…………」


 コイツ、どこまで知っている。


 あまり喋らせない方がいいかもしれない。と白騎士が内心(あせ)りを強めた頃、


「……あまり王国魔法士を舐めない方がいいですわよ」


 隣で、冷酷な笑みをうかべたドロメタスが返す。


「城に閉じこもっていた貴方と違い……我々は絶えず戦場に身を投じてきた。

 生き残るために鍛錬を重ね、技術を磨いた。積み重ねてきたモノは比べ物になりませんわ」


 彼女の足元では既に鎖たちが待機している。白騎士がガントレットを握り込み、バチバチと激しい電光を瞬かせ始めていた。


「そうか。ならその成果今日ここで見せてもらおう」


 それに対し、パシパエはニヤリと笑って、ただ簡単に言い切る。

 おもむろに杖を振り上げて、地面に突き刺した。


Rinetuリネツmekatitarメカチタル


 彩度の濃い紫の右目から、ぼんやり光が発する。

 詠唱の始まりに反応した魔法使いたちが瞬時に身構える。

 しかし、変化が起きたのは()()()()()()()()だった。


「うわっ!?」


 突如として地面が(めくれ)れ上がるようにずれていく。

 ベルトコンベアの容量でスライドし、はるか後方まで運ばれたジロー、ベス、グレンの三人は、

 次いでめくり上がった地殻がそのまま変形した巨大な壁によって隔離された。


「これで邪魔者の撤去は良し」

「よそ見!!」


 パンパンと手を払うパシパエにドロメタスが間髪入れず魔法を行使してくる。

 十数本の鎖が唸りを上げて殺到するが、パシパエは特に慌てることなく振り向いた。


 直後、両者の間で激しい金属音が響き渡る。


 パシパエの足元から伸びた同数の鎖が、迫り来る鎖を弾き返していた。

 的確に、一本につき一本ずつ。


「同じ技を……??」

「ただの土いじり(・・・)だ。特段珍しいモノでもないだろう」


 瞬時に生み出したとは思えない精細な防御に驚愕するドロメタス。

 その攻防の間、白騎士はすでに側面から標的に肉薄している。


Ikachina(イカチナ) Delkim(デルキム)


 引き伸ばした両掌の間に青白い光が生まれる。バチバチと音を立てしなるムチ状の高圧電流を振り抜く。

 が、その先には既に防御魔法が生成されていた。

 パシパエが顔を逸らし、土盾が真っ二つに焼き切られた瞬間、さらに地面から巨大な柱が白騎士を突き上げる。


「グッ――!?」


 払い除けようとした手を、指の形に分裂した土柱の先端に拘束される。いつの間にか柱ではなく巨大な腕の形状に変わっていた。

 パシパエが最初に発動した《土練》は、魔力が尽きぬ限り、周囲の土や石を変換し続ける持続発動型の魔法。

 白騎士の動きに応じて、生成物を再構成したのだった。


 なんとか攻撃魔法で破壊して脱出する。そのまま《雷焦》を数発放つが、パシパエは風魔法で滑るように回避した。

 杖を構えられたので、こちらも一旦後退してドロメタスの元へ着地する。


「あの防御……単なる反応速度……ではないですわね」

「ええ……」


 魔法使いたちは息を整え、王女への認識を改めた。


 通常、魔法は“魔石から魔力を抽出”、“魔力の作用を発動”という、大きく二段階の工程を踏まなければならない。

 しかし彼女は違う。大気や土壌、河川、周囲の環境に元から含まれる魔力を直接、現象に変換している。

 杖の魔石はその効率を上げる補助的作用にしか使っていない。


「あれが本来の、“鍵の眼”の速さか」


 ゆえに発動までのタイムラグはほぼゼロ。

 純正魔鍵眼(まけんがん)の視界内では、想定よりも遥かに速く魔法が起こるようだ。


「これは厄介……ウフフ……燃えてきますわね」


 隷属の身になってなお、嗜虐心を刺激されたようなドロメタスが舌なめずりする。


「大物狩りの予感ですわ」


 パシパエは既に土の腕を分解して、「Dainshi(ダインシ)」その破片を無数の弾丸に変形させている。


「こんなものでは無いな…………おまえたちが培った技術は」


 魔力の局所的力場作用により極限まで加速した石の弾が次々と射出される。


「出し惜しみしてる間に死ぬなよ!?」


 複数の高速飛来物を感知。ドロメタスの鎖が反応し防御に入る。


 だが弾丸は、鎖を打ち砕きその勢いをまったく減退させないまま、二人の魔法使いに襲いかかる。

 後退が間に合わず攻撃を食らいそうになるドロメタスを、白騎士が突き飛ばして救う。彼女は即座に《土練》でより強固な防御魔法を展開。

 分厚い壁を地面から生やすが、石弾はそれすらも、ガリガリと凄まじい威力で削砕(さくさい)していった。


 《石弾》は本来低威力、代わりに大量連射可能という対人攻撃魔法のはずだ。


「有り得ない……こんな威力は……」

「どうした! 王国魔法士の実力はそんなものか!」


 高らかに笑うパシパエの目には、ドロメタスに負けるとも劣らない暴力性が宿っていた。


「なんだアレ……どうなってんだ??」


 隔離壁から顔を出していたグレンが思わず呟く。

「さぁ……私も詳しくは聞いてないよ」ベスもその下でお手上げ状態だった。

 よじ登っていたグレンが降りてくる。


「あいつらを倒したら次は俺たちに来るってことはないのか」

「それはないでしょ~。さっき守ってくれるって言ってたし。たぶん」

「……たぶん……」

「ジローくーん、キミも危ないから早く降りてきな~!」


 緊迫した二人の会話をよそに、ジローは壁に登ったまま、外の戦況を見つめ続けていた。


 一方、絶え間ない石弾によって穴だらけになった壁の裏。白騎士は向こう側にいるパシパエの様子を注意深くうかがう。


「魔法とは本来、神の御業の再現であろうが! 枠組みなど無い超常の力だ!!」


 様子は……もう明らかに常軌を逸している。流石“生まれながらの怪物”とあだ名された王女だ。

 が、見るべきはそこではない。彼女の足元に生成された石弾の数。

 もうすぐ撃ち切られる。その時を見計らう。

 次の魔法を生成する前に肉薄するのだ。


「この程度で到達したなどと自惚れてはないだろうな!!」


 彼女の使う魔法はどうやら土に関連する魔法らしい。威力も発動スピードも凄まじいが、数発なら避けられないことはない。


 防御魔法の発動タイミングは掴んだ。今度は掻い潜って――一撃で命を奪う。


 ちょうど土壁が限界を向かえ、ドロメタスが四枚目の壁を生成し直した時、轟音が止んだ。


 瞬間、電流を纏ったホワイトが壁から飛び出す。


「魔法とは、こうやるのだ」


 パシパエはそこを待ち構えていたかのように、こちらに杖を向けていた。

 ぎくりと身構えた白騎士の目の前に、太陽があった。


「は――――」


 ちょうど肉眼でそれを見た時と同じ感覚だった。凄まじい速さで光の波が押し寄せてきて、視界すべてが真っ黄色に染まる――――。


Kyastuc(キャスツク) Kathanôma(カタノーマ)


 カッ!!


 爆発的な熱と衝撃波がジローたちが隠れた隔離壁まで押し寄せてきた。

 巨樹が次々になぎ倒され、崩落が森に広がっていく。


「伏せて!」


 ベスに引きずり下ろされたジローの脳裏には、道中でカイダに質問した記憶がよみがえっていた。


『魔法って、いったいどこまでの現象を起こせるの?』


 意識が遠のくような激しい振動が隔離壁を襲う。三人は、壁から弾き出されないようにお互いに必死にしがみついた。


『黒界の最新研究では、“魔法に際限はない”と言われてる』


 あの時、カイダは教えてくれた。


『分子レベルの操作すら可能な技術だからな。極論、やろうと思えば何でもできるんだろう。

 ただし、(とう)の白界人たちもM線……魔力というエネルギーの全てを使いこなせているわけではない。そういう意味での限界はある』


 外では爆縮(ばくしゅく)現象が始まり、今度は真空になった中心地に向かって強風が押し寄せていた。

 ときどき壁に木か建物の破片が当たって轟音を立て、三人の背筋をひやりとさせる。


『もし人類がその力を完全に理解し、使いこなせてしまったら……それはもう人とは呼べなくなるだろうな』


 ようやくおさまった頃。ジローたちが顔を出すと、魔法が発動した範囲の森が、丸々えぐり取られたようにどす黒く染まっていた。

 その周囲には、いくつも火事が発生しており、焼け焦げた匂いと熱気が風に乗って流れてくる。


 文字通り天災に見舞われたような現場に、白髪の少女は静かに佇む。まだ杖を握りしめている。


「Kyastuc」


 おもむろに呟く。すると周囲の風がまた強くなる。大量の酸素が空中の一点に送り込まれている。

 そこにさらに、火災の熱が再び集められて――。


「Kathanôma」


 再度、魔の森にまばゆい恒星が生まれた。

 そこに住むあらゆる生物、無生物を残らず焼き尽くす光が発散する。


「Kathanôma」


 発散してなお、まだ終わらない。余波で起こった周辺物の燃焼熱をさらに集約・再利用して、三度(みたび)点火。


 四度点火。五度点火。

 発散、集約、再点火の工程を、まるで気になった動作を反復する子どものようにひたすら繰り返す。


「なんで……だよ」


 そのあまりに無意味な破壊を前に、グレンは棒立ちになっていた。


「なんでこんなこと……すんだよ……」


 真っ白な彼の頭に残されたのは、純粋な畏怖と、困惑だった。体と声が、自分のものではなくなったように不気味に震える。


「そんなの分かるわけないよぉ」


 青い瞳にまばゆい炎を写しながら、ベスが乾いた呆れ笑いで応えた。


「私たち人間がどんなに考えても。“神様”の考えてることなんて」


「……ほんとに……」


 いたずら感覚で大災害を起こす彼女(パシパエ)と、自分が知る少女(パシパエ)のギャップを、ジローはまだ受け止めきれられずにいた。


「フゥ……」


 ひと息ついて、杖を下ろした少女の周囲は、まっさらな焼け野原に変わっていた。

 樹木は根だけを残して炭化消失し、ゴツゴツした地面の灰色だけがどこまでも露出している。

 当然、動くものは何も無かった。


「ジロー!」


 ようやく隔離壁から這い出したジローたちの元に、アキラが崖上から降りてきていた。


「あ……アキラ……!」


 ポカンとしていたジローの顔に生気が戻る。

「無事!?」お互いに抱きつき、存在を確かめ合う姉弟。

「…………」コイツらよく人前でも普通にこういうことするよな。とグレンが内心思う隣で、「よかったぁ~無事で~」ベスも目を細めた笑顔で胸を撫で下ろす。


「死んじゃったかと思ったよ~、アキラちゃん」

「私が死ぬわけないでしょ。それよりこれは……あの子がやったの?」


 焼け野原を見回した姉の問いかけに、「うん……」ジローは目を逸らし答える。

 彼らの視線を受け、少女が振り向く。


「え……」


 その眼帯が外されていることにアキラが驚いたのもつかの間、足元から伸びた鎖が、少女の細い体を縛り付けた。


「パシパエ!」

「案ずるな。黒界の民」


 駆け寄ろうとするジローたちを制し、少女はまったく動じないままに首をめぐらせ、空を見上げる。


「ほう……いまのを凌いだか」


 曇天の中、ポツリと動く二つの人影があった。

 一人は見る限り、全身黒く焦げており、戦場から離れるように落下していく。逆にもう一人はこちらに真っ直ぐ降りてくる。


我ら(・・)の知識に踏み込んだ魔法だな。あれは」


 眩い光に包まれたその姿はまるで流星が落ちてくるようだった。


「誰に教わった?」


Hyano(ヒャノ)hasakarï(ハサカリ)


 白騎士のガントレットの中で、魔石が急激に熱されている。全身の鎧も、既に形を保つのも限界の負荷がかかっている。

 この魔法(・・・・)を維持できるのもおそらくあと数秒だろう。

 それまでに決着を付ける。

 慣性軽減、電磁整流。目まぐるしく魔力作用を変動させながら、パシパエのいる地上に方向を定める。

 反応した少女が挙動を見せる。

 させるか――。反撃の隙を与えず、さらに爆発的な加速力を解放しようとした刹那。

 地上から何かが発射された。


Haitsu(ハイツ)bhadakrusバダクルス Irisha(イリシャ)


 パシパエが生成したのは、小型ロケットを思わせる太い槍。それが彼女の周囲にずらりと20本ほど並ぶ。

 一本ずつ発射される槍は、極限まで空気抵抗を減らす力場を付与され、上空の白騎士へ、一直線に飛来してきた。


「ッッ――!」


 (かす)めただけでぶん殴られたような衝撃に吹き飛ばされる。

 なんとか体勢を直そうとするが、体に力が入らなかった。見ると、衝撃波を受けた側の手足が関節から逆に曲がって、ブラブラ揺れていた。


「あ……??」


 そこに間髪入れず第2射が襲い来る。

 地上ではパシパエが次々と槍を点火している。


「――あッ――あぁっ」


 超長距離の制圧射撃。避けることすらままならず、その場で身動きが取れなくなった白騎士の胴体を、十数本目の槍が捉えた。


 ポッ、と空に小さな火球が生じて、消える。


 一連の光景を見届けたパシパエは、そこで追加の射撃を打ち切った。

 残った一本の槍を剣に変形させ、もう一人の黒焦げた人影が、最期の足止めに作った鎖を断ち切る。

 それ以上の鎖の生成が来ないことを確認し……


「終わったぞ」


 その言葉とともに、ジローたちを囲んでいた隔離壁が崩壊した。

 同時に、少女の手から杖がするりと抜け落ちた。

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